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天狐 前編

今回は過去の話になります。

フロガと出会う前の天狐の話です。


昔々、あるところに九つの尾を持つ狐の魔獣がおりました。

 金の毛皮と金の瞳を持った狐はとても美しく賢くて、飢餓に苦しむ村人達へ炎の魔法と豊作の魔法を授けてくれました。


「ありがとうございます! このご恩は決して忘れません!」


 村人達は喜び合い、狐にお礼を言いました。

 しかし、ある日のことです。

 村人の青年が、誤って狐が大切にしていた祠を壊してしまい、神聖な炎が消えてしまったのです。

 するとどうでしょう。

 狐の美しい毛並みは見る影もなく真っ黒になり、九本の尻尾も一本になってしまいました。

 それを見た村人は慌てて謝りました。

 新しい祠を建て、おおきな神殿も建てましたが、狐の怒りはおさまりません。


 そして、祠へ閉じ籠もり、村人達に呪いをかけてしまったのです。


 以来、村の作物は不作が続き、疫病や災害で沢山の人々が死んでしまいました。

 時折、また九つの尾が生えた狐を見ることがありましたが、今度は助けてはくれません。

 人々は、嘆き悲しみました。

 そんなとき、村人の誰かがこう言いました。


「御狐様に生贄を捧げ、許しを乞おうではないか」


 生贄を選ぶために村の近くで一番高い崖から放った矢が、とある家の屋根に刺さります。

 そこには産まれたばかりの女の子と、若い夫婦が住んでおりました。


 そうして、無垢な赤子の命と引き換えに、村にはまた平穏が訪れたのでした──


「……それで?」


 少女の期待に満ちた瞳が、じっと父親を見つめる。

 が、父はうんざりしたように瞳を閉じて、肩をすくめた。


「終わりだよ」

「え!? 本当に赤ちゃんを殺しちゃったの!?」

「だから今も平和に暮らしているんじゃないか。 さあ、今日はもう寝よう」


 ぷうっと頬を膨らませる少女の赤髪を父親は宥めるように撫でた。

 それでも少女は納得できないのか、父親の手を取り続きをせがむ。


「でも、祠と神殿はあるけど村の誰も魔法なんて使えないよ? その話変だよ!」

「ただの御伽話さ。 明日はもっと面白い話をするから、もう寝よう」

「ほんとに!? 約束ね」

「ああ、おやすみ」


 ランプの灯りが消える。

 この御伽話はもう二百年も昔の話らしい。

 村人はもう誰も信じてはいないが、その狐が教えてくれた豊作の魔法のおかげで今も村が栄えているのだと、神殿に住む村長……アンバーが言っていたのを、少女は思い出した。

 

「狐はいい魔獣だったのかな」

「うーん、いい魔獣だったんじゃないかな」


 気怠そうに父親が答える。

 やがて小さなイビキが聞こえてきても、少女はお話の事で頭がいっぱいであった。


 ──翌日、少女はいつも通り、母親と共に畑仕事へ出た。

 畑仕事が終わると神殿へ向かい、お手伝いをする。


 神殿は村で一番大きくて、偉い人たちが働いている場所であった。

 偉い人たち、というのは村長のアンバーとその家族、親戚たちの十数人だ。

 皆、頭が良くて優しく、村の子供達に勉強や楽しい話をたくさん教えてくれる。


 神殿でのお手伝いというのはとても簡単だ。

 小さな買い物や掃除、たまに食事を運んだりする。

 家で母親の手伝いをしているときと、何ら変わり無い。

 これで少しのお駄賃と甘いお菓子が貰えるのだから悪くない仕事であった。

 なにより、この村では神殿で働いている事がステータスになるのだ。


 アンバーの関係者以外は神殿にはほとんどヒトがいない。

 少女のように、小間使いで来ている子供が二、三人いる程度である。

 小間使いには頭が良く、大人の言うことをちゃんと聞ける良い子が選ばれる。 と、村の大人たちは言っていた。

 だから、少女は小間使いにに選ばれたことを誇りに思っている。


 そんな毎日を過ごしていたある日、少女はアンバーに呼び出された。

 

「この食事を地下に持っていってくれ。 いいかい? 何を見ても絶対に声を出してはいけないよ」


 不思議に思いながらも、少女は指示された隠し扉を見つけ、長い階段を降りて、食事を地下へ運んでいく。

 ここに地下があるということすら知らなかった。

 それに、食事といえるのかわからない灰色の液体と乾燥したパンのかけら。 こんな粗末なものを少女は初めて見たし、とても食べられる物とは思えなかった。

 

(家畜を育ててるのかな……? でも、羊や山羊はこんなもの飲まないよね……)


 それなら、見たことのない生き物か。

 前に父が話してくれた昔話に怖い魔獣が出てきたことがある。

 もしかしたら、そんなものがいるのかもしれない……


 そんな想像に、少女は背筋を震わせた。

 恐る恐る階段を降り終え、大きな本棚が沢山ある部屋に出た。 そこを通り過ぎて薄暗い通路をさらに歩いていくと、鉄格子が見えてくる。

 そして、その中にいるモノを見て少女は思わず声を上げそうになった。


 そこにいたのは、二十歳前後の美しい女性。

 薄暗い牢屋の中でも輝いて見える程の、赤みがかった綺麗な金髪と、吸い込まれてしまいそうな琥珀色の瞳。

 申し訳程度に掛けられた布から見える、陽に当たったことのないような白い肌と細い身体。

 更には大きな狐の耳と九つの尻尾が生えていた。


(昨日お父さんが話してくれた狐と同じだ……!!)


 その女性は少女を見ると、優しい笑みを浮かべて首を傾げた。

 

「こんにちは。あなたはだれ?」

「あ……わたし……」


 言い掛けてから、慌てて口を閉じた。

 アンバーが声を出してはいけないと言っていた事を思い出したのだ。


「どうしたの?」


 小鳥の囀りのような、心地良い声が訊ねる。

 近寄って来た女性からは、甘い香りに混じって微かな石鹸の香りがした。

 このヒトと話をしてみたい、と少女は思うのだがアンバーの言葉を無視することはできない。

 困ったように眉を下げる少女を見て、女性は悲しそうに俯き、大きな耳をぺたんと下げた。


「……困らせてしまってごめんなさい」


 酷く悪い事をしてしまったようで、少女の胸がズキンと傷んだ。

 持っていた食事を置いて、急いで通路を引き返し、階段を昇っていく。

 その先には、アンバーが優しい笑みを浮かべて待っていた。


「そんなに慌てて、どうしたんだい?」

「……いえ、なんでもありません」

「そうかい」


 穏やかな笑みを崩さないまま、アンバーは少女の赤髪を撫で、ご褒美に、と甘いお菓子をくれた。

 あの女性のことを話してはいけない。

 少女は、そんな予感がした。

 


 ──それから少女は毎日、女性の牢屋へ食事を運んだ。

 いつも同じスープとパン。 そして女性はいつも悲しそうな顔をしていた。

 こんな暗いところで、こんな粗末なものを食べていれば悲しくもなるだろう。

 少女は、この女性がなんだか可哀想に思えてきた。


 だから、少女はアンバーの言い付けを、つい破ってしまったのだ。


「あの……」


 おずおずと、少女が小さく声を出す。

 その声に、女性はピンと耳を立てて嬉しそうに顔をあげた。


「なあに?」

「あなたは、御伽話に出てくる狐さんですか……?」


 ピクピクと、何度か耳が動く。

 九つの尻尾がふわふわと揺れ、少し考えてから女性は答えた。


「ごめんね……よくわからない」

「えっと……じゃあ、お名前は?」

「天狐」


 名前を聞いたはいいが、あの御伽話に出てくる狐の名前を知らない。

 少女は続けて質問をする。


「どれぐらいここにいるの? 外に出たことある?」

「多分、生まれたときからずっといる。 この檻のせいで、外には出られないの」

「魔法とかで壊せないの?」

「ここでは使えない……それに、この檻には仕掛けがあるの」


 そう言って天狐が、牢屋の檻に触れる。

 瞬間、火花が散って弾けるような音が鳴った。

 天狐の手は赤く爛れ、小さく震えている。


「大丈夫!?」

「大丈夫。 でもすぐにあいつが来ると思うから、あなたは怯えたふりをしてね」


 狼狽えていると、天狐の言った通り「あいつ」……つまりは、アンバーが歩いてきた。

 いつものような穏やかな笑みを浮かべているが、少女はそれが妙に恐ろしいと感じた。


「何をしている?」

「話し掛けたのにずっと無視するから、その子とここを燃やしてやろうと思ったの」

「今まで良い子にしていたのに、どうしてそんな事をするんだ。 それにお前はここから出られないよ」

「……そうだった」


 アンバーと天狐が話す度に、ピリピリとした空気が流れる。

 少女は怖くて震える演技をしてみたが、うまくいっているかはわからない。

 天狐の反抗的な態度に、アンバーは深くため息をつく。

 それから震えている少女の肩に手を置いた。


「……ああ、君。 怖かっただろう? 先に戻っていなさい」


 少女が小さく頷く。 どうやら演技はうまくいっていたようだ。

 背中を押すアンバーの手に促され、少女は通路へ向かう。

 少しだけ振り返って天狐を見やると、いつものように悲しげな表情を浮かべていた。


「さあ天狐、下らない話は終わりだ。 今日もいつものように私の言うことを聞けるね?」


 そんな言葉が耳に届いたのを最後に、少女は階段を駆け上っていった。




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