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夜会 後編


 ヤニックを別室に連れて行って間もなく、本物のアタックにヤニックが殴られたのは言うまでも無い。


 アタックが二人いることに動揺しているヤニックが何も喋ることができないので、フロガは天狐に改めて別の姿で魔法を上書きしてもらった。

 来たときと同じ、何の印象にも残らない顔だ。


「冒険者のフロガと申します。 ヤニックさん、どうしてこんな事をしたのか、教えてくれますか?」

「……お、おれは、見たこともない奴がこの家を継ぐのが嫌なだけだったんだ」


 予想通りだ。

 ヤニックは、この家も侯爵も兄達も大好きだった。

 なのに、突然現れたアタックに全てを奪われ、利用されるのではないかと思うと、居ても立っても居られなくなってしまったのだ。


 そんな話を聞いたアタックは居心地の悪そうに頭をかき、ヤニックに目線を合わせた。

 

「なあヤニック。 俺は別に軽い気持ちで家を継ごうと思ったんじゃない。 そりゃ、金持ちにはなりたいけど、援助してくれた親父に恩返ししたいとも思ってる」


 その援助は母親がギャンブルで殆ど使い果たしたが、援助があったからこそここまで生きてこられた。

 それが無ければ、きっと母はアタックを何処かへ売ってでも金を作っていただろう。

 だから、オラージュ侯爵には感謝している。


「親父は、強い奴に家を継いでほしいって言っていた。 だから、お前以外の弟達は全員俺の手でぶちのめしたんだ」

「ええ……」


 ヤニックが青ざめている。

 それからアタックは爽やかに笑ってみせた。


「だからお前も、俺と決闘しよう! そんで、俺に勝ったらお前が家を継げばいい。 俺に負けたら、俺の事を助けてくれ。 貴族のことは、よくわからねーからよ……」

「アタック……いや、兄上。 俺は兄上を助けていくよ。 いや、助けさせてください……」


 それなりに鍛錬を積んでいるヤニックなら、アタックがどの程度強いのか、先程の一発で理解できた。

 きっと戦えば、勝ち目はない。


 身の危険を感じたヤニックは改めてアタックに謝罪し、決闘することなくその場は収まった。


「これからヨロシクな、ヤニック」

「はい、兄上」


 本当に丸く収まったのだろうか。

 フロガはヤニックが部屋に戻って行ったのを見計らって、アタックへ声をかけた。


「アタックさん、ヤニックくんが落ち着いたら、もう少し掘り下げて聞いてみましょう。 もしかしたら、誰かに唆されたのかもしれません」

「そうだな。 俺も、ヤニック一人で暗殺者を雇うとは思えねぇ」


 今日はまだ、ヤニックが怯えている。

 もし協力者がいたとしても、まだ正直に喋ることはないだろう。

 アタックとフロガは、一旦様子を見ることにして今回の暗殺騒動は幕を閉じた。


「マスター、今日はありがとうな。 助かったよ」

「いえ、俺は依頼を全うしたまでです。 アタックさん、これから大変だと思いますが無理しないでくださいね。 何かあったら、またお店に来てください」

「ああ! 何かあったらなんて言わず、いつも通り花の日には食べに行くぜ」

「ありがとうございます! お待ちしてますね」


 アタックと握手を交わし、フロガは一礼する。

 天狐と共に帰ろうとしたそのとき、オラージュ侯爵が部屋に入ってきた。

 フロガを見るなり、アタックに似た笑顔を浮かべる。


「今日はご苦労だった。 実は君にお礼をしたいと思ってな」

「お礼……?」

「息子達を助けてくれて、ありがとう。 君の一芝居のおかげで、アタックもヤニックも我がオラージュ家も、周りから非難されることなく円満に解決することができた」


 あれか……と、フロガは思い出して何だか恥ずかしくなった。

 咄嗟の判断だったとはいえ、あまりにも酷い茶番劇だったが、周りにいた貴族にはそれがウケたらしい。


「お礼になるかはわからないがね、良かったら奥方と一曲踊っていってくれないか? ああ、心配するな! 新しい服をこちらで用意しよう」


 一瞬、天狐が金色のスーツを横目で見て嫌そうな顔をしたのを、オラージュ侯爵はすぐに汲み取った。

 思ってもいなかった提案に、フロガは恐縮しながら慌てふためく。

 まさか、パーティー中に物欲しそうにしていたのだろうか。

 天狐と踊りたいとは思っていたが、わざわざ衣装まで借りて、貴族でもないのに混ざって踊るなど、おこがましいにも程がある。

 

「オラージュ侯爵、私も妻もただの冒険者です。 あんな煌びやかな場所で貴族の方々とダンスだなんて、とても……」

「恐縮しなくて良い。 フロガ、君はきっとダンスもできるのだろう? 隠していても私にはわかる」

「そうだぜ、マスター! せっかくのパーティーだし、奥さんも綺麗だし、こんな機会めったにないぜ。 俺からも頼むからさ、一曲踊っていってくれよ」

「いや……ですが…………天狐、お前はどうしたい?」


 天狐を横目で見る。

 すると、意外にも嫌な顔はしていなかった。


「まあ、たまには良いんじゃないか」


 その一言で、提案を受けることが決まった。


 *****


 フロガが更衣室へ連れて行かれている間に、天狐も乱れた髪や装飾品を直してもらったあと、ホール近くの階段下でフロガを待った。

 ホールから流れてくる優雅で甘い曲は聞いたことがあるような、ないような、よくわからない物だったが、きっとフロガはこの曲が何なのかすぐにわかるのだろう。

 そしてなんとも言えない表情で「子供の頃に教えてもらった」と、呟くのだ。 


 ──フロガはあまり実家の事を思い出したくないようだった。

 思い出せば、必ず表情を僅かに曇らせる。

 

 このオラージュ侯爵の提案だって、もしかしたら昔を思い出すから嫌だったのではないだろうか。

 余計なことを言ってしまったかもしれない。


 そんな心配をしていると、階段の踊り場にある大時計が鳴った。

 重く響く音に釣られて、顔を上げる。


 ──見上げたその先には、フロガが立っていた。


「お待たせ、天狐」


 紫紺色の瞳を細めて微笑むフロガは、少しだけいつもと違っていた。

 焦げ茶色の髪は柔らかく纏められ、凛々しい眉と人好きな表情がよく見える。

 目に痛かった黄金色の衣装は黒で統一され、上品な金糸の刺繍が施されていた。

 初めて見るフロガの貴族らしい風貌に、天狐は何も言葉が出てこず、何故だかわからないが直視できない。


 とりあえず、オラージュ侯爵の提案が嫌だった訳では無く、むしろ乗り気だったのではないかとさえ思う。


 フロガはそんな天狐の様子に首をかしげ、ゆっくりと階段を降りてきた。


「どうした?」

「いや……驚いただけだ」

「珍しいな。 えーと……どう? 変じゃない?」

「……似合ってるんじゃないか」


 そんなやり取りが終わる頃には、フロガが目の前まで来ていた。

 なんだか、あの金色の衣装とは別の意味で眩しい気がする。

 慣れた仕草で手を取られるが、どうにも顔を上げることができなかった。

 一向に目を合わせてくれない天狐に、フロガは少し考える。


「なあ天狐。 ほら、これ見て」

「…………?」


 言われるままに顔を上げると、フロガは首元のタイブローチを指差していた。

 金の縁取りと、真ん中に輝く琥珀色の宝石。

 それは、天狐の瞳の色によく似ている。


「綺麗だろ? オラージュ侯爵が用意してくれたんだ」


 目を丸くしている天狐を見つめながら、タイブローチを指差した手は天狐の目元をなぞったあと、後ろへ組まれる。

 握っていた天狐の手を流れるように唇に引き寄せてから、フロガはいつもと違う笑みを作ってみせた。

 それから、そっと手の甲へ口付けを落とす。

 

 ──瞬間、天狐は心がどこかへ行ってしまったような感覚に襲われた。


 触れられた手や顔が熱い。

 急に胸がチクチクと痛くなって、呼吸が浅くなる。

 この感覚には覚えがあった。

 覚えはあったが、今更自覚はしたくない。


 またフロガの顔が見れなくなった天狐は、絞り出すように小さな声で悪態をついた。


「…………おまえは……ほんとうに、ばかな……」

「あはは、なんとでも言えよ。 それじゃ、行こうか」


 天狐の台詞は最後まで通らず、微かに震える手はフロガの腕へと添えられた。

 

 *****


「じゃあ、おやすみ。 ヤニック」

「おやすみなさい、兄上。 今日は……本当にすみませんでした」

「気にすんな! これからは仲良くやろーぜ」


 アタックがヤニックの手に握り拳を軽くぶつける。

 それから戻っていくのを見送って、ヤニックも部屋へ入った。

 開いている窓から入ってくる夜風が、カーテンを揺らす。 月の光が差し込む部屋の中は青色に染まっていた。

 ふと、ヤニックは部屋の違和感に気付く。


 ──窓なんて開いていなかったはずだ。


「おかえりなさい、ヤニック様」


 薄暗い部屋の中で、男の声がした。

 部屋の照明をつけるよりも早く、雲から零れ出た月明かりが窓際の椅子に座っていた声の主を照らし出す。


「クレヴォ……」

「今日は残念でしたね。 でも、どうしてあんな所で暗殺者を仕掛けたんですか?」

「それは……ヒトが多いところなら、動けないかと思って……!」

「へえ……? その後ご自分で向かわれた理由は? うちの暗殺者でも敵わなかった相手に勝てるとでも?」


 ヤニックが黙る。

 クレヴォは苦笑いを浮かべると、軽い溜め息をついて足を組み直した。


「ヤニック様は随分と自信家のようですね」

「だ、大体! お前の所の暗殺者だって役にたたなかったじゃないか! ……それで、次はどうやってアタックを殺す?」

「予定を変更します。 私は貴方から手を引こうかと」

「はあ!? なんでだよ! 愛人の息子なんかより、俺の方がこの家に相応しいって言ったのはあんただろ!?」


 困ったように首を傾げるクレヴォが、椅子から立ち上がる。

 窓から吹いてくる夜風が焦げ茶色の髪をサラサラと靡かせ、紫紺の瞳が月明かりに反射した。


「そんなの、ただのお世辞に決まってるだろ。 そこまで頭が悪いとは思わなかったなぁ」

「お前……よくも、俺にそんな口を……!」

「使いやすいから協力してあげたけど、とんだハズレだよ。 [[rb:あっち> アタック]]の方がよっぽど頭も良くて話も通じそうだ」


 クレヴォにいつもの人好きな笑顔はなかった。

 まるで別人のような冷たい視線と見下した表情に、ヤニックは怒りと羞恥で顔が真っ赤になる。

 

「クレヴォっ! 覚えておけよ、お前の事は父に言い付けて化けの皮を剥いでやる!」

「あはは。 残念だけどそれはできないと思うよ」


 黒い雲が月を隠す。

 暗くなる瞬間に見えたクレヴォの嘲笑を最後に、ヤニックの目前は完全な闇に包まれた。

 

 部屋が明るくなるころには、ヤニックは手首を切った状態で見つかったという。


 *****



 花の日、ヴァルムにはアタックの姿があった。

 いつもと変わらない庶民的な服装ではあるが、一つ一つの所作は少しずつ変わってきている。


「最近ようやく食事のマナーを覚えてきてよお……マナーの先生がマジ怖えんだ」

「頑張ってますね。 姿勢もナイフの使い方も凄く綺麗になりましたよ」


 フロガがそう言うと、アタックがぱっと顔を明るくした。

 それなりに努力をしているらしく、それが形になってきたのが嬉しいようだ。

 以前は適当に切っていたステーキも、今は綺麗に切りながら静かに口へ運んでいる。


「うーん、飯はやっぱりこっちが美味いなぁ」

「恐縮です。 そうだ、ヤニック君の様子はどうですか?」

「ああ、体力はもう回復したんだが、記憶がどうしても駄目でなぁ」


 ヤニックは、手首こそ切っていたものの傷自体は非常に浅くて命に別状はない。

 が、何かのショックで記憶の殆どを失っているそうだ。

 医者が言うには、回復は難しいらしい。


「でも無事で良かったですね」

「ああ。 記憶なんか無くても、意外とどうにでもなる。 今は俺と一緒に勉強してるんだぜ」


 昨日は一緒に社交界について勉強をしたそうだ。

 自分の家の歴史、交友関係、取引先などを詰め込んで頭はパンパンである。

 その中でも特に父が気に入っているのがメロウラージュ領を治めるエリュプティオ家であった。


 そこまで話すと、フロガはアタックの言わんとしている事をなんとなく察した。

 きっともうクレヴォにも会ったのだろう。

 なら、そろそろ事情を話すべきだ。

 別に隠したい訳では無く、ただあの家と縁があると思うのが嫌なだけなのだから。


「アタックさん、実は俺……」

「なあマスター。 きっと何か事情があると思うから、あんたの事は何も話してない。 だから俺、またここに通ってもいいかな」


 意外な言葉だった。  

 全く同じ顔のクレヴォのことを知ったのだから、きっとエリュプティオ家について聞かれると思っていたのだが、アタックはエリュプティオよりもヴァルムへ通う事のほうが大事なようだ。

 

「もちろんです!……ありがとうございます、アタックさん」

「はは……良かった。 貴族の仲間入りしたらもう来るなって言われるかと思ってドキドキしてたんだ」


 アタックが安心したように笑う。

 それから食後のコーヒーを一気に飲み干した。


「ああ、そうだ。 今さ、貴族の間で金色の服が流行ってるんだ」

「えっ」

「俺の……いや、マスターの大立ち回りが格好良く見えたみたいでさ、今の夜会はみんな金ピカだぜ」

「あはは……流行ってわからないものですね……」


 あの衣装を思い出して、フロガは苦笑いを浮かべた。

 出来ればもう二度と着たくない代物だ。

 そんなフロガを見て、アタックも眉を下げて笑う。


「じゃあ、そろそろ迎えが来るから行くわ。 またな、マスター」

「はい。 またお待ちしております」


 一礼するフロガに、アタックが手を振る。

 軽快なベルの音が響いて、扉が閉まってからフロガは片付けを始めた。

 今日は花の日。 営業はもう終わりだ。


「閉めるのか」


 階段を降りてきた天狐が、カウンターの隅に座る。


「ああ。 外の看板下げてきてくれる? 片付けが終わったらお昼にしよう」


 天狐が店の外へ出て、メニュー看板を仕舞う。

 それから掃除をして、その間にフロガは昼食の用意をした。

 今日のお昼はランチで余ったサーモンのマリネをクリームチーズと一緒にライ麦パンでサンドしたもの。  

 それに野菜のコンソメスープとニンジンサラダだ。

 

 片付けが終わって、席についた天狐が早速食べ始めた。


「美味い」

 

 もぐもぐと口を動かしながら、ちらりとフロガの様子を見る。

 考えるように揺れる尻尾は何か言いたげだった。


「どうした?」

「ん? いや、大したことじゃない」

「まあ言ってみてよ」


 天狐がまたもぐもぐと口を動かす。

 まだ何か考えているようだったので、フロガは天狐が喋るまで自分も食事を続ける。


 やがて全部を食べ終わったころ、天狐がようやく続きを喋り始めた。


「今回の依頼、 止めたほうが良かったんじゃないかと、仕事中ずっと考えていた」

「心配してくれたの」

「お前、家族の話になると良い顔しないだろ」


 微かに眉を寄せたフロガを見て、天狐は珍しく申し訳無さそうな顔をして耳を下げた。

 

「まあ、正直会いたくはなかったよ。 父親よりはマシだったけど」

「……そうか」

「でも、アタックさんが困っていたから絶対に助けたかったし……それに、良い事もあった」


 ぺたりと下がっている耳を撫でてやると、天狐はくすぐったそうにフロガの手を払った。

 足を叩いてくる尻尾はとても心地良い。


「良い事なんてあったのか? ずっと浮かない顔していたぞ」

「最後にお前とダンスしただろ……夜会であんなに楽しかったのは初めてだった」


 ふと、あの日のことを思い出して、天狐は下を向いた。

 またぺたりと耳を下げ、尻尾が垂れ下がって揺れる。

 どうにもあの時のフロガを思い出すと、気持ちがざわざわと落ち着かなくなるのだ。

 それを知ってか知らずか……いや、きっとわざとだろう。 フロガは天狐の顔を上げさせて、そっと抱き締めた。


「お前のおかげだよ。 ありがとうな、天狐」


 腕の中で身動きもせず固まっているうちに、フロガの体が離れる。

 おそるおそる見上げた顔は抑えきれないニヤケ顔をしていた。


「なんだよ、そのだらしない顔は」

「いや、やっぱり照れてる天狐は可愛いなって」


 嬉々としてそんなことを言うものだから、天狐は更に赤くなった頬を隠すように尻尾でフロガの視界を遮る。

 そんな天狐にフロガはこみ上げてきた笑いをこぼした。

 

「……笑うな」

「ごめんごめん」


 一切悪びれる様子もなく、視界を遮る天狐の尻尾を撫でる。

 そんなフロガは随分と幸せそうだったので、天狐は大人しく撫でられることにした。


 和やかな昼下がり、二人の時間はゆっくりと過ぎていく。

 この時間がずっと続けば、いずれフロガは嫌な記憶を思い出さなくなるだろうか。

 そんな事を想いながら、天狐はフロガのだらしない顔を眺めた。



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