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夜会 前編

今回のお話は三話構成になります。


 ゴールドランクの冒険者、アタックは酷く困惑していた。


 それは、いつものように依頼を終え、ギルド併設の宿舎へ帰ってきた日の事。

 アタックの借りている部屋に見慣れない荷物が届いていた。

 荷物が届くなんて初めてだ。

 友達は少ないし、何かを購入した記憶もなく、依頼主に感謝されて何かを送ってもらった訳でもない。

 なら、一体何なのか。

 包装を解きかけたとき、今度は部屋の扉がノックされて速達が届いた。

 受け取った手紙の送り主名を見て、アタックに緊張が走る。


「なんだ……?」


 実家からだ。

 中身を開けて読んでみれば、流行り病で四人の兄が立て続けに亡くなったと書かれていた。

 そして、実家に帰ってくるように、という言葉と共に今度開かれるという夜会の招待状が同封されていた。

 

 突然の知らせに困惑するアタックだったが、このあと更に困惑することになるのだった。



**********



「マスター、助けてくれ!」


 店を閉めた午後。

 突然ドアが開いたかと思うと、開口一番、常連のアタックが険しい顔をしながら喚いてきた。

 いつも恐い顔をして、周りを寄せ付けまいとしていたアタックだが、今日は更に磨きがかかっている。

 これからヒトでも殺しに行くのではないだろうか。


 圧倒されながらも、フロガはアタックを椅子に座らせた。


「どうしたんですか、アタックさん。 花の日意外に来るなんて珍しいですね」


 アタックはいつも花の日にやってくる。

 注文するのは、ステーキとおおきな唐揚げ、そしてウィンナーが一つの鉄板に乗ったミックスグリル。

 

 自分へのご褒美に外食をするのだ、とアタックはよく言っていた。

 ゴールドランクの冒険者であるアタックだが、懐事情はあまり良くないらしい。


「とにかくヤベーんだよ! こいつを見てくれ!」


 机の上に荷物がぶち撒けられた。

 その中で最初に視線をひいたのが、黄金色に輝く礼服。

 目に痛い金色にこれでもかというほど、大きめのラメが散りばめられてギラギラと主張している。

 一体どういうことなのだろう。

 これから舞台にでも上がるつもりなのか。

 そんな疑問が頭を過る。

 

「あの……これは?」

「この服一式に手紙が添えてあったんだ」


 手紙というよりは、走り書きのようなメモがヒラリとフロガの足元に落ちた。

 拾い上げてみると、そこには「これを着なければ殺す」と一文だけ書かれている。

 こんなにも趣味の悪い服を強制的に着せられるなんて気の毒だ。

 フロガは金色のジャケットを手に取って見ると、意外なことに気付いた。


「この服、色はともかく生地はかなり良いものを使っていますね。 でも、なぜこんな手紙が?」

「……実は俺……オラージュ侯爵家の四男なんだが」

「えっ、貴族だったんですか」

「だけど! そんなの最近まで知らなかったし、そもそも四男だし愛人の子だから殆ど関係なかったんだよ! なのに、上の兄貴共が流行り病で死んだらしくてさあ! 俺に跡継ぎになれって!」


 つまり、アタックは今、貴族の跡目争いに巻き込まれているのだ。

 しかし本人の意志はどうなのだろう。


「アタックさんは侯爵家を継ぎたいんですか?」

「金持ちになりてぇ」

「正直ですね」

 

 アタックは昔から金に苦労していた。

 ギャンブル好きの母親は侯爵家からの援助を全てギャンブルに注ぎ込んでいたし、母親から離れたあとも冒険者として金を稼げるまで随分時間がかかったのもあって、誰よりも金には頓着している。

 だからこそ、今回の話はアタックにとって良い話でもあるのだ。

 しかし、心配事もある。

  

「俺は腕っぷしには自信はあるが、もし暗殺者が複数人だったら対応できるかどうか心配でよお」

「これを着れば良いのでは?」

「こんなの着たらターゲットにしてくださいって言ってるようなもんじゃねぇか! 俺を殺しやすくするためにこんな派手な物送ってきたんだ!」 


 だから、アタックはフロガに護衛を依頼しに来たのだ。


「マスター、俺を狙っているのは多分弟たちだ」

「弟さんもいるんですか!」

「四人いる」

「多いですね……」


 弟たちが、アタックを殺して自分が跡継ぎになろうとしている。

 アタックに、その気持ちを否定するつもりはない。 ぽっと出の庶民が突然貴族になるなんて、誰だって嫌だろう。

 しかし、気に入らないことがひとつあった。


「跡継ぎになりたいなら正々堂々戦えばいい! なのにこんな周りくどい事をするのが気に入らねー! あいつらにヤキ入れてやるからよお、マスターも手伝ってくれよ!」

「俺がヤキを……?」

「いや、マスターは俺を狙う暗殺者を頼む。 俺は弟たちをブチのめす!」


 アタックは拳を振り上げ、声高らかに宣言した。

 それから、フロガにアタックなりの作戦を説明しはじめる。


 フロガは贈られてきた金色の衣装を着て、魔法でアタックに扮し、招待されている夜会へ出席する。

 その間、アタックは弟達を一人ずつ殴り倒してゆく。

 そうして主従関係をわからせてやるのだ、とアタックは意気込んだ。


「頼んだぜ、マスター! あんたの噂は聞いてる。 護衛が得意だってこともな」

「護衛は得意ですが、今回のは特殊というかなんというか……」

「ああ、確かに貴族って作法とかあるもんなあ。 でも俺もわからねーからよ、適当にやってくれ!」


 そうじゃないんだけどな。

 困ったように笑いながら呟いたフロガの声はアタックには聞こえていなかった。


**********


「ということで、オラージュ侯爵家の夜会にアタックさんとして出ることになったから、お前は俺に姿を変える魔法をかけてくれ」

「……お前はなんでそういう訳の分からない依頼ばっかり受けてくるんだ?」


 怒りすら通り越した天狐は呆れ返っている。

 前回は怒号を上げていたが、もうそれすらない。


「でも天狐、今回は侯爵家からお金が出るから、お前の好きな言い値の依頼だぞ」

「良くやった、上出来だ」


 わかりやすく掌を返す天狐に、フロガは苦笑いした。

 アタックが取り急ぎオラージュ侯爵家と連絡を取った結果、天狐の好きな「言い値」で依頼料を出してくれることになったのだ。

 貴族相手だから、天狐はきっと信じられない金額を吹っ掛けるのだろう。

 いくら吹っ掛けたところで、貴族は痛くも痒くもないから、フロガはこういうときは特に止めようともしない。


「夜会なんて久しぶりだな。 天狐、大丈夫か?」

「私は護衛としてお前の横に居れば良いだけだろ。 気にする必要はない」

「そうは言うけど、侯爵家の夜会だからお前もドレスだし、話し掛けられたら対応しなきゃいけないんだぞ」

「……面倒だな」

「まあ、わざわざ護衛の冒険者に話し掛けてくるようなもの好きなんていないと思うけど……」


 夜会なんていうものは、貴族同士が話をする場だ。

 今回のように護衛を連れて来る者もいるが、その事を話題に出すことはない。

 オニキスランクの有名な冒険者となれば話は別だが、そもそも天狐は冒険者ですらないのだ。


「当日は美味い物が食えれば良いな」

「侯爵家だからね。 いっぱいあると思うよ」


 そんな呑気な話をしながら、当日の計画を練った。


**********

 

 ──夜会当日。

 昼を過ぎたころに貴族区へと歩いて行くと、招待されているだろう貴族たちの馬車が目立ち始めてきた。


「天狐、俺の顔を知ってるヒトもいるだろうから、そろそろ魔法頼む」

「ああ」


 エリュプティオ家は広く顔が知られている。

 特に双子の兄なんかは同じ顔をしているので見つかると面倒なのだ。

 もう縁を切った家なのだから、フロガとしても関わりたくない。

 だから、こうして変装する必要があった。


 フロガの背中に手を当て、離す。

 天狐から見れば何一つ変わっていないが、周りから見てみれば今のフロガは何処にでもいるような特徴の無い男になっているだろう。

 印象に残らない、平凡で無難な背格好。

 そんなフロガと歩いていると、見知った男が近寄ってきた。


「よお、天狐ちゃん。 今日はマスターと一緒じゃないの?」


 キャスケット帽をかぶった、黒髪の男。

 ヴァルムの常連客であるドッドウェルだ。

 エメラルドグリーンの瞳は不思議そうにフロガを見てから「あっ」と声を上げた。


「マスター?」

「よくわかりましたね! ドッドウェルさん」


 和気藹々と二人が話す横で、天狐はドッドウェルをじっと見つめた。

 この男が常連客で、妖魔族だという事は知っている。

 だが、天狐はずっと前に見たことがある気がしていたのだ。

 店の常連になる、もうずっと前から。

 そろそろ思い出したいところだが、やはりわからない。

 二人の会話も終わろうとしているので、天狐はドッドウェルから視線を外した。

 

「じゃあ、仕事頑張って」


 そう言ってドッドウェルは去って行った。

 フロガがいつもの人好きな笑顔を浮かべて手を振る。

 

「ドッドウェルさんも大変だなあ。 で、どうしたんだ、天狐」

「いや……あの男、どこかで見たことがある」

「ああ、アルフレートさんと双子なんだよ」

「……そうか」


 そういうことでは無いのだが、天狐は納得したふりをした。

 別に嫌な予感がする訳では無い。

 ただなんとなく、気になっただけなのだ。

 貴族街区へ向かうフロガの背中を追い掛けて、天狐は昔を思い出すことをやめた。



*****



 貴族街区の入口では、アタックとオラージュ家の使用人が待っていた。

 案内されるまま屋敷へ向かい、客室へと通される。

 アタックと共に待っていると、オラージュ侯爵と執事が現れた。

 どちらもヒトとは思えない大きさと強面。

 後ろにいる天狐が一歩下がった。


「お初にお目にかかります。 プラチナランクの冒険者、フロガと申します」


 まさか侯爵まで出てくるとは思わなかったが、フロガはあくまで穏やかに頭を下げた。

 天狐も大人しくカーテシーをする。

 恐らく少しは怯えているのだろう。


「今日はよろしく頼むよ。 アタック、久し振りに会ったというのに面倒事に巻き込んでしまったな」

「良いんだよ、親父。 弟達は俺が教育しなおしてやる」


 アタックとオラージュ侯爵の仲は良好らしい。

 愛人の子だと言うが、愛情は他の息子たちと変わらずに注いでいたのだろう。

 母親がギャンブル中毒だったという点さえ無ければ、きっとアタックは金に困ることもなかったはずだ。


「我がオラージュ家は代々武闘家の一族だ。 それなのに己の拳を使わず、他人の手を借りて兄弟を葬るなど恥ずべき事! アタック、しっかり決着をつけてくるんだぞ」

「おう! 任せとけ!」


 拳を握りしめて闘志を燃やすアタックに、侯爵が申し訳無さそうに眉を下げた。


「本来ならば、父親である私の役目なんだが……わかり合うには武を交える事が一番だからな。 私は強い者がこの家を継ぐべきだと思っている」

「俺もそう思うぜ。 だから、負けた時は素直に引き下がるつもりだ」

「……うむ。 さて、フロガと言ったか。 準備はこの執事に命じるが良い」


 言われて、大きな執事が深く一礼する。

 みっちりと詰まった筋肉が小さく音を立てた。


「宜しくお願い申し上げます。 早速ですが、お召し物の準備が整っておりますので、こちらへ……」


 お召し物。 つまり、アレである。

 目が痛くなるような金色の礼服。

 それだけでも目立つのに、いくつかのアクセサリーもついでに用意されていた。

 装飾品は貴族の嗜みでもあるから仕方が無いのだが、あまりにも眩しすぎてフロガは目を細める。


「そういえばコレ着なきゃいけないんだった……」


 小声で呟く。

 隣ではその衣装を初めて見た天狐が笑いを堪えていたが、いつの間にか現れたメイドに連れられて衣装室へと消えていってしまった。


「さあどうぞ」


 視界を攻撃してくる金色に、フロガはため息交じりで袖を通した。



*****


「とてもお似合いですよ」


 執事がにこりと愛想の良い笑顔を浮かべる。

 それは褒め言葉というより、慰めの言葉に聞こえた。


「ははは……ありがとうございます」


 待合室で、天狐を待つ。

 フロガと違って、ドレスやら化粧やら装飾品やらに時間がかかっているようで、中々出て来ないのだ。

 使用人が持ってきたハーブティーを飲みながら、柔らかなソファにもたれる。

 高い天井を見上げれば、嗜好を凝らしたシャンデリアが明るい光で照らしていた。

 こういう空間で寛ぐのは久し振りだ。

 自然と昔の記憶が蘇るが、それは使用人の言葉で遮られた。


「お連れ様のお着替えが完了いたました」


 衣装室へから連れられてきた天狐は、少し顔を顰めていた。

 着慣れないドレスと装飾品が煩わしいのかもしれない。


「フロガ様のご要望通りのドレスやアクセサリーを用意いたしましたが……とても素晴らしいですね」


 メイドたちが深く頷き、大きな執事も微笑ましそうに見ている。

 しかし、天狐はその言葉を聞くなり、フロガを鋭く睨みつけた。


「やっぱりお前の差し金か!」

「まるで俺が悪者みたいな言い方だな」

「おかしいと思ったんだ……あまりに出来すぎている」


 天狐がドレスの裾を持ち上げる。

 フロガの髪色にも似た、ダークブラウンのタイトなドレスがふわりと翻ると、フリルの隙間から細い脚が見えた。

 ヘアアクセサリーやイヤリング、ネックレス等に施された宝石は紫紺色に輝いており、天狐が動くたびにキラキラと光が瞬いている。


「似合ってるよ、天狐」

「裏で自分色にコーディネートするなんて気持ちの悪い男だな、お前は」

「嫌なら別の物を用意してもらおうか」

「……別に嫌な訳じゃない」


 天狐がそっと顔を背け、ドレスの裾を握りしめる。

 嫌な訳ではなく、照れているのだということはわかっていたが、思っていたよりも天狐がドレスを気に入ってくれたようでフロガは満足気に笑った。


「じゃあ行こうか」


 エスコートのために、手を差し出す。

 しかし、天狐はその手を取らなかった。


「護衛をエスコートしてどうするんだよ。 お前、仕事だってこと忘れてるだろ」

「……まあ、ちょっと浮かれてた」


 思い出して、フロガが手を引っ込める。

 それがあまりにも悲しそうな顔をしていたので、天狐は大きく溜め息を吐き、執事を横目で見た。

 

「途中までなら構いませんよ」


 執事がにこりと笑う。

 その言葉に、フロガはぱっと顔を明るくして再び天狐に手を差し出した。

 今度はちゃんと、その手を取ってもらえた。



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