極東風スープパスタ
ヌドルは悩んでいた。
最近目立ち始めた、腹周りの贅肉。 体の重さ。 膝の痛み。
そして、体調へのぼんやりとした不安……
「ヌドルさん、少し痩せましょう」
定期検診の折、医師にそう言われたのが悩みの切っ掛けであった。
体のどこかが悪いという訳ではないのだが、体重が去年よりも10キロ以上増えていたのだ。
元々大きかった体は更に大きくなっている。
心当たりはある。
去年に出来た、新しい料理屋だ。
その店はモンスコルリスという、極東のスープパスタを取り扱っている店だ。
豚骨から出汁を取ったという、やみつきになる濃厚なスープが絡んだパスタは一度食べたら忘れられない。
パスタと銘打っているが、その麺はカンスイというものが入ったものだ。
普段、ヌドルたちが食べているパスタとは似て非なるものである。
その食べごたえのある中太麺、様々なトッピング、そして何より濃い味のスープと旨い脂。
そんな料理屋にヌドルは週に五回は通っていたのだ。
「うう……やっぱりやめておくか」
麺屋の前で、独特のスープの香りに釣られて入りそうにはなったが今日もなんとか踏みとどまった。
──代わりに妻から持たされた弁当箱を広げる。
中身は千切りのキャベツとトマトときゅうり、茹でた鶏の胸肉。
家に帰れば、これまた野菜中心の薄味料理を出された。
そんな献立をヌドルは一週間続けている。
「味の濃いものが食いたい……」
ウサギのようにシャリシャリとキャベツを頬張る。
辛うじて味のするドレッシングは、ヌドルの欲求を更に高めた。
体を気遣ってくれている妻には申し訳無いが、野菜では満足できない。
ヌドルの好物は幼い頃から肉や甘辛い味付けのもの。
それが急に無くなってしまえば、悲しさは募るばかりであった。
「はあ……仕事に戻るか」
ヌドルの仕事は配達だ。
バッグ型の魔具を背負い、様々な場所に物を届ける。
南区は飲食店が多いので、誘惑も同じ数だけ多かった。
「ヌドル! どうした、顔色が悪いぞ」
飲食店の誘惑に耐えるヌドルに話し掛けてきたのは、同じ配達員のツッパだ。
「ツッパ! 頼む、南区の配達代わってくれないか? 今の俺には毒だ……」
「あー、そういえばダイエット中なんだっけ。 いいぜ、俺の西区の配達と交換しよう」
「助かるよ」
「お前、ちゃんと飯食ってるのか? 無理したら体に悪いぞ」
飯は食っているが好みではないのだ。
ヌドルがそんな話をすると、ツッパは心配そうに唸った。
「なるほどな……よし、仕事終わったら俺のおすすめの食堂に行こう」
「外食はカロリーが高いから止められてるんだよ」
「大丈夫だって! 良いところだからさ、騙されたと思って付いてきてくれよ」
一週間も頑張ったのだ。 少しくらい良いだろう。
そんなツッパの言葉に乗って、ヌドルは食事の約束をした。
*****
久しぶりに野菜以外の料理が食える。
そう思うだけでヌドルの心は躍った。
西区の配達は怪しげなものばかりであったが、そんなことも気にならないほど、ヌドルは夕飯のことを考えてしまう。
ツッパはとは食の好みも合うから、きっと味は間違いないはずだ。
外食するからには肉を食いたい。
そうなふうに、食事のことばかり考えていたからか、ふと何処かから良い匂い……いや、何やら癖のある匂いがしてきた事に気付いた。
「この匂い……モンスコルリスのスープパスタ……?」
間違いない。
豚骨の、とても「良い匂い」とは言えない独特の香り。
こんな匂いはあのモンスコルリスでしか嗅いだことがない。
匂いに釣られて歩いていくと、人気の無い路地に停められている馬車を見つけた。
白くて大きな馬車には馬は繋がれておらず、外装は全面が鏡になっている。
見たことのない、奇妙な馬車だ。
「なんだこりゃ? 馬車……に見えるが……」
近寄ると独特な匂いが消えた。 鏡にはヌドルの姿が写っている。
なんだか気味が悪く見えて、ヌドルは一歩後退った。
しかし同時に、そこから目が離せない魅力も感じたのだ。
「あれ、匂いがしない。 気のせいだったのか……?」
ようやく、匂いがしないことに気付いて馬車から目を逸らした。
──腹が減りすぎたのだろう。
そう思って、ヌドルは配達の仕事に戻った。
仕事が終わり、ツッパと南区で合流した。
昼に食った野菜はとうの昔に消化されて、腹の虫が鳴っている。
良い香りがする飲食店や、魅惑のモンスコルリスを潜り抜けて辿り着いたのは、奥まった路地の先にある古くて小さな食堂。
名前はヴァルムというらしい。
店先にはメニューボードが出ており、ディナーの内容が書かれていた。
今日のディナーはチキンカツに甘酢とタルタルソースをかけたもののようだ。
ヌドルはカツも好物なので、再び腹が鳴る。
「なあツッパ、カツはまずい……」
「大丈夫だって。 この店は材料さえあればなんでも作ってくれるんだ」
「なんでも……?」
「ほら、入るぞ」
ツッパに押されて木製のドアを開ける。
こじんまりとした店内には客が数人。
テーブル席が空いていたので、そこに座ることにした。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中からマスターのフロガが柔らかな笑顔を向ける。
「マスター! 俺はディナーね。 こいつはダイエット中だから、野菜中心の料理頼むよ」
「かしこまりました。 なにか、苦手なものや嫌いなものはありますか?」
ヌドルが首を降る。
すると、今度は好物を聞かれた。
「好きな味付けとか食べ物があれば、なるべく近付けますよ」
「えーと……俺、肉が好きなんだ。 甘辛いものとか、ガッツリしたものとか」
「なるほど、わかりました。 では、少々お待ち下さい」
そう言ってフロガは厨房へ向かった。
しばらくすると、出来上がった料理を持って来て盛り付けている。
とても良い香りがするが、それでもあのスープパスタの強烈な匂いには敵わないと思った。
こうしている間にも、あの濃い味のスープが恋しくなってくる。
空腹の腹を麺とスープと脂で満たしたい……
ぼんやりとしていたところで、ツッパが話しかけてきた。
「ヌドル、しばらく配達変わろうか?」
「あ、ああ、助かるよ。 今の俺に南区は劇薬だ」
「ま、確かに南区はどこ行っても良い匂いがするもんな! 比べて西区は薬品の匂いばかりだ」
匂いの話をしていて、ヌドルはあの白い馬車のことを思い出した。
「そういえば、西区で変な馬車を見たんだ。 白くて鏡張りで、馬もひかれてない不気味な馬車だったんだが……最近はああいうのが流行ってるのか?」
「白い馬車……? いや、そんなもの見たことないな。 西区は変わり者が多いから、発明品か何かじゃないのか」
そう言われると、なんだか納得した。
錬金術師や魔法技術師といった者たちは、常識から外れた不思議なものを作り出す。
馬がいらない馬車だって、魔術か何かで動かせばできないこともないだろう。
「そっか、そうだよな」
ヌドルが納得したところで、フロガがカウンターから出てきた。
「お待たせしました」
出てきたのは彩り豊かな野菜に餡をかけた料理。
茶色いオリザと、ミソスープ、海藻の和物もある。
甘酸っぱい香りが食欲を刺激し、思わず唾を飲み込んだ。
「マスター、これは……?」
「ササミと夏野菜の甘酢あんかけです。ササミはカロリーが低いのでダイエットに適しているんですよ」
茶色いオリザは加工されていないオリザで、白いオリザには無い栄養が含まれている。
ミソスープは発酵食品で、体に良い。
海藻は低カロリー……と色々説明してくれたが、とりあえずは健康的な食事なのだという事だけはわかった。
「ゆっくりとよく噛んで食べてくださいね」
「は、はい! いただきます!」
久々の柔らかな肉に涙が出そうになった。
野菜と肉によく絡んだ餡は爽やかなコクと旨味があり、ほどよい甘さでオリザが進む。
ミソスープは具だくさんで食べごたえがあり、薄味ながらも出汁が効いてきて満足感があった。
オリザや海藻も腹に程よく溜まってくれて、ヌドルは一週間ぶりに幸福な満腹感を得た。
「美味かった……久しぶりにこんなに美味いものを食べたよ」
「気に入っていただけて良かったです。 健康に気を付けるのは良いんですが、我慢しすぎは体に毒ですよ」
「はは……そうだよな……」
ヌドルは思い直した。
確かに健康は大事だが、そのために好きな物を我慢するなんて馬鹿けている。
運動をしつつ、度を超えないようにすれば良いのだ。
弁当もキャベツだけではなく、もう少し味の濃いものにしてもらえばいい。
「マスター、ありがとう。 嫁さんにマシな弁当を頼んでみるよ」
「よかったらレシピも教えるので、いつでも言ってくださいね」
そう言って微笑むフロガに、ヌドルは笑い返した。
それからヌドルはヴァルムの常連になった。
週に五回通っていたモンスコルリスは頻度を減らして、その代わりにヴァルムへ通う。
ついでに料理のレシピを教えてもらっては嫁に作ってもらったが、やはり店の味とは少し違うのが惜しいと思った。
時折、濃味と脂への欲求が抑えきれなくなるときもある。
そんな時は我慢せずにモンスコルリスへ向かい、運動量を増やした。
──そんなヌドルのダイエットは順調に見えた。
とある日、ヌドルが脂への欲求が高まっているときだった。
いつものようにモンスコルリスへ向かい、見慣れた扉に手をかけたヌドルは膝から崩れ落ちた。
「な、なんてことだ……」
力無く呟くヌドルの目の前には、張り紙が一枚。
『店主急病のため、しばらく休店します』
いつまで休店するのかは、目処が立っていないようだ。
急病とは、何か重い病気なのだろうか?
このまま、あのスープパスタが食べられなくなったら……
そう考えただけで、ヌドルは深い絶望の中へ落ちていくような感覚に襲われた。
──それから程なくして、ヌドルは姿を消した。
*****
カラン、とドアベルが鳴る。
まだ店が開いていない朝の時間に、儚げな婦人がヴァルムを訪ねてきた。
「すみません、まだ準備中なんです」
フロガが申し訳無そうに眉を下げる。
すると婦人は、目を泳がせながらフロガを見つめた。
「あの……少しお訊ねしたいのですが」
「はい? 何でしょう」
「主人……いえ、ヌドルは最近ここに来ましたか?」
この婦人はヌドルの妻であり、名前をリーソという。
巨漢であるヌドルとは対照的な、儚げで小さな女であった。
「ヌドルさんの奥さんでしたか。 いえ、今週は見てませんが」
「そうですか……実は、主人が一週間前から家に帰ってこないのです」
今にも泣きそうな顔でリーソが視線を落とす。
ヌドルは一週間、家にも帰らず職場にも顔を出していないのだと言う。
実家や友人、行きつけの店などにも連絡したがどこにもいない。
警備隊にも相談したが、昨日から定期連絡が来ないのだと語った。
「警備隊から連絡が途絶えるなんて……何か、ヌドルさんの目撃情報とかは無いんですか?」
「それが、主人は西区での配達をしたまま戻ってこなかったそうなんです。 でも西区なんて、配達以外で行ったこともありませんし……」
「西区……」
ふと、フロガは最初にヌドルが来店した日のことを思い出した。
細かいところは聞こえなかったが、確か「西区で馬車を見た」という話をしていた。
フロガが考え込んでいると、リーソがおずおずと声をあげる。
「あの……フロガさんは冒険者だと、ツッパさんから聞きました」
「はい、そうですよ」
冒険者であることは別に隠していることではないし、聞かれれば答えていた。
魔獣料理を出している店は珍しいので、出処を聞かれたときに自分で狩ったことを話したかもしれない。
「報酬はお支払いします。 なので、ヌドルを捜していただけないでしょうか? どうかお願いします……」
「もちろんです。 ヌドルさんは大事な常連さんですから、協力させてください」
断る理由など無い。
未だ不安気な表情を浮かべているリーソへ冒険者メダルを差し出し、捜索の緊急依頼を承認した。
*****
「おいフロガ!! なんでこんなやっすい価格で依頼受けてるんだ!! ふざけてんのか!!!!」
天狐の怒号が部屋に響く。
フロガはそれを聞き流して、出掛ける準備をすすめていた。
大きなリュック型の魔具へ荷物を詰め込み、武器も装備する。
「冒険者への依頼は初めてらしいから、初回割引ってことにしたんだよ。 ヌドルさんはうちの常連さんだしね」
「馬鹿かお前。 大体な……」
「自分を安売りするなってことだろ、わかってる。 ほら行くぞ。 西区にいるのは多分、鏡の魔獣を使ったキメラだ」
まだ文句を言いたそうにしている天狐を連れて、西区へ向かう。
途中で焼き菓子を買ってやると、不服そうにしながらもそれを口にした。
「こんなもので私の機嫌が直ると思っているのか」
「初めて見るお菓子屋さんだったけど、どう? 美味しい?」
「悪くはない」
無事に機嫌が直ったところで、西区に到着する。
早速、全面鏡張りの白い馬車を探してみたが、そんな目立つ物がメイン通りにあるわけがなく、ヌドルの言っていた路地へと進む。
時折、聞き込みをしてみると数人から目撃証言を得た。
「あれは誰かが作ったキメラじゃないかな。 よく出来ていたから観察したかったけど、私は幻術を使う魔獣は苦手でね……」
通りすがりの錬金術師はそう言った。
「幻術……ということは、やっぱりマギアミラージュですか?」
「近寄ったときに独特の目眩が一瞬あったから恐らく。 私が見たのはこの通りより更に奥の方だったよ」
マギアミラージュは鏡の形をした魔獣だ。
その姿は手鏡のような小さなものから、姿鏡のような大きなものまで様々である。
廃墟などヒトのいない場所を好み、たまに近寄ってきた者に幻覚や幻聴、幻臭を駆使して鏡を覗かせるのだ。
鏡にはその者が望んだ「理想の世界」を映し、見惚れたところで鏡の中へ取り込んで養分とする。
また、鏡の魔獣の養分となるのは、体だけではなく「欲する気持ち」だ。
だから、鏡の魔獣の餌食になるのは欲の強い者が多いとされる。
「もし本当に取り込まれていたら厄介だな……」
錬金術師と別れ、フロガが険しい顔をして呟いた。
マギアミラージュの消化は遅い。
まずは体内で幻覚を見せて、最大限欲望を引き出そうとするのでそこに時間がかかる。
その最中、異変に気付いて体内から出て来られれば助かるのだが、己の欲望に抗える者は少ない。
「今の奴が言っていた場所に行ってみるか」
「ああ、そうしよう」
メイン通りから更に遠く離れた、ヒトの少ない路地。
まだ夕方にもなっていないのに薄暗く、不気味な場所だ。
つまり、マギアミラージュの好きそうな場所である。
「補助魔法かけておくか?」
「うーん、あまりお前の魔力を消費したくないんだよな。 とりあえず見てみて、駄目そうだったら頼む」
天狐は補助魔法が不得意である。
そのため、魔力も大量に消費する。
マギアミラージュを模したキメラがどの程度の幻術を使ってくるのかわからない今、闇雲に魔法を使うべきではないのだ。
警戒しつつも、更に暗い場所へ向かっていく。
その最中、建物と建物の間で何かがキラリと光った。
「何かいる」
「ああ」
天狐が声を潜めてフロガを見上げる。
うっすらと冷や汗を浮かべているフロガは、光った一点を瞬きもせずにじっと見つめていた。
「おい大丈夫か」
「…………ああ」
「何が見えている」
「……お前が、もう一人いる」
苦笑いをしつつ、フロガがマギアミラージュ型のキメラと思われるものに近付く。
カラカラと音をたてて車輪を回し、ゆっくりと姿を現したそれは、話の通り奇妙な姿であった。
その手前で、フロガが何かを受け取るような仕草をしていることから幻覚が行動を起こし始めたのだろう。
「マギアミラージュと馬車、ついでに馬の魔獣も混ぜたのか。 意図がわからん」
「……なんだろうな。 俺はこいつを知らないけれど知っている気がする」
フロガの返事は支離滅裂だ。
何が見えているのかはわからないが、鏡から目を離せない程度には辛いようだ。
「ああ……駄目そうだ……なあ、俺まともに喋れてる? 補助魔法頼む」
「わかった」
補助魔法をかけてやると、フロガがようやく目を逸らして大きな溜め息をついた。
安心と疑いが混ざった眼差しを天狐に向け、首を振る。
「天狐、俺に何か言ってくれ」
「お人好しの大馬鹿野郎」
「ヨシ、幻覚じゃないな」
「一体何が見えていたんだ?」
「言っただろ、お前が見えていたんだよ」
誤魔化されたのを察して天狐が鼻で笑う。
そんな天狐を見てフロガも苦笑いで返して終わらせた。
とても軽く話せるような物では無かったのだ。
「……さて、ヌドルさんを呼んでみよう。 意識があれば反応するはずだ」
仕切り直して、キメラへ近付く。
逃げる様子はないので、鏡へ向かってヌドルの名前を呼んだ。
「ヌドルさん聞こえますか! 聞こえたら返事をしてください!」
ややあって、声が聞こえた。
「フロガさん……? そこで何してるんですか」
「ヌドルさんを助けに来たんです! こっちへ来れますか?」
マギアミラージュの体内からは外が見える。
もしキメラの体内も同じ構造ならば、フロガにはヌドルが見えないが、ヌドルからはフロガが見えているはずだ。
しかし、欲望というものは手強い。
「フロガさん、ここは素晴らしいところです。 モンスコルリスの料理をいくら食っても太らないし、なんならダイエット成功したんですよ! 体は軽いし妻も喜んでいます」
「ヌドルさん、それはキメラが見せる幻覚です。 このままでは衰弱して死んでしまいますよ!」
「そんな……でも、俺は今満腹で……」
「本当に満腹ですか?」
その問いにヌドルは黙ってしまった。
フロガは更に続ける。
「ヌドルさん! 今あなたの手元にあるものは本当にモンスコルリスのスープパスタですか? 味は? 匂いは? あなたはそれで本当に満足なんですか?」
「で、でも、この匂いと、味は……いや、何だか腹が減ったような……?」
ヌドルが幻覚を疑い始めている。
助け出すチャンスだ。
フロガは持って来たリュック型魔具から寸胴鍋を取り出し、地面に置いた。
「おい、なんだそれ」
「天狐、火熾し頼む」
「何をするんだ」
「ここでモンスコルリスのスープパスタを作る」
「は?」
困惑する天狐をよそに、フロガは次々と食材を出していく。
密閉された魔具の中に入っているのは、スープや麺や具材などだ。
「ヌドルさん、あなたが食べているそれは偽物だ。 そこから出て、こっちに来てください。 本物のモンスコルリスをご馳走しますよ」
寸胴鍋の中へスープを流し込む。
天狐の魔法の上へ鍋を置き、スープを温めると独特の匂いが広がってきた。
その匂いに天狐が顔を顰める。
「なんだこの臭いは。 排泄物か?」
「こ、この匂い……!! 本物のモンスコルリスの匂いだ!!!」
匂いにヌドルが反応する。
相変わらず鏡の中は見えないが、ヌドルの声が近くで聞こえた事から、きっとすぐそこで見ているのだろう。
「ヌドルさん、これはモンスコルリスの店主から特別に譲っていただいたものです。 今は腰の療養中らしいんですが、一月後には店を再開したいと言っていました。 ヌドルさんのことも、心配していましたよ」
微かにヌドルが啜り泣く声が聞こえる。
その間にスープが温まり、麺を茹でるためのお湯も準備が出来た。
「さあ準備ができました。 ヌドルさん、注文をしてください」
「でも……でも、フロガさん……モンスコルリスのスープパスタはオリザと一緒に食べるのが定番なんです……! ここにはオリザなんて……」
「ありますよ、オリザ」
「……プレソルのカタメオオメコイメ!」
注文が声高らかに発せられると同時に、ヌドルが鏡の中から出て来た。
ヌドルが謎の呪文を唱えているようにも聞こえるが、これはモンスコルリスの注文方法である。
「フロガさん……!!」
「ヌドルさん! 良かった! あ、麺はあと少しで茹で上がりますから。 天狐、皿を用意してくれ」
天狐は言われるままに皿をフロガへ渡した。
無表情になっているのは、考えることをやめているからだ。
深皿の中に、塩味のタレを入れる。
それからスープを入れ、茹で上がった麺を投入。
味の染み込んだチャーシュー、煮玉子、青ネギ、メンマ、海苔を盛り付ければ完成だ。
ヌドルはここに、すりおろしたニンニクと辛味のある発酵調味料を追加する。
「う、うまい!! 美味いよぉ!!」
ヌドルが涙を流しながら麺を啜る。
ひたすらに麺を啜る。
時折、スープに浸った海苔をオリザの上に乗せ、ニンニクと調味料を追加したものを口に入れるとヌドルは再び涙を流した。
天狐は漂う異臭に顔を顰めている。
「美味そうだなあ……」
そんな天狐の後ろ、つまりマギアミラージュのキメラの方から声がした。
振り返ると警備隊の男が数人、鏡の中から出てきた。
彼等は、ヌドルの捜索をしていた男達だ。
他にも、錬金術師の男、魔法技術師の女など、キメラが取り込んだと思われる者達がぞろぞろと出てくる。
皆、スープの強烈な匂いとヌドルが美味しそうに食べる姿に釣られて出てきたのだ。
最後に、また警備隊の男が一人出てくる。
「私で最後だ……!」
この男は、キメラの中にいた人たちを誘導していたのかもしれない。
歓喜の声を上げたあと、剣を抜いてキメラへ向けた。
その様子を見ながら、フロガが天狐に耳打ちをする。
「天狐、あのキメラ燃やしてくれ。 その間に撤収する」
「わかった」
裏路地とはいえ、町中で火を熾して調理していたなんて、いくら人助けをしたとしても不審者であることに変わりはない。
フロガは荷物をまとめ、天狐の魔法に皆が目を奪われている隙にその場を去った。
ヌドルが察して誤魔化してくれることを願う。
──それから一月が経った。
ヌドルはしばらく入院していたが、無事に回復してヴァルムへ通っている。
今日はディナーの時間に、夫婦で来店していた。
「フロガさん、明日ついにモンスコルリスが営業再開するんです!」
「それは楽しみですね。 ヌドルさんはやっぱりいつものを注文するんですか?」
「はい! しかも、焼きエッグボールが期間限定販売されるんです! 楽しみだなあ!」
ウキウキと語るヌドルの横で、妻のリーソが眉を下げている。
「あなた。 嬉しいのはわかるけど、食べ過ぎには注意してね」
「わかってる。 でもほら、あの件で胃も縮んだし前みたいに暴飲暴食はしないよ!」
そう言って笑ったヌドルであったが、当日はいつものメニューに加えて焼きエッグボールを三つ注文し、リーソに怒られていたそうだ。
ヌドルのダイエットの道は長くて険しい。




