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牛乳寒天


 白い枕の上で何かがキラリと光った。

 ふいにそれへ目を奪われて眺めてみれば、芯がしっかりとした銀色の短い毛髪が一本。

 天狐は思わずそれを拾い上げ、じっと見つめた。


 ──見慣れない髪の色だ。

 もちろん、フロガのものではないし自分のものでもない。

 誰かが侵入してここで眠ったのか。

 そんな考えはすぐに撤回した。

 天狐は昼間、買い物に出掛けていたが下の階にはフロガがいたし、二階の窓には鍵と結界魔法をかけている。侵入などできるわけがない。

 つまりは誰かが招き入れないかぎり、寝室のベッドに横たわるなんてことはできないのだ。


 天狐は背中が冷たくなるのを感じた。

 しかし思わずにはいられなかった。


 これはもしかして女のものだろうか、と。

 

*****



 その日天狐は、日用品の買い物に出かけようとしていた。

 先月買ったばかりのシャンプーが気に入らなかったのと、洗剤などの日用品もなくなりかけていたからだ。


「フロガ。 ちょっと買い物してくる」

「ああ、ついでに洗剤買ってきてくれる?」

「そのつもりだ。 他にも買ってくるから少し長くなる」

「わかったよ」


 前は一人で街へ出掛けるとフロガが心配していたが、最近は慣れてきたようだ。

 店で忙しそうにしているフロガを尻目に買い物に出たのが昼。

 星まつりのイルミネーションを眺めつつ、フロガへのプレゼントをゆっくりと選びながら買い物をして、帰ってきたのが夜の営業が始まる夕方。


 つまり、人を招き入れる時間は充分にあったということだ。


「……店の客に何かあったのかもしれない」

 

 急病人が出て寝室へ運んだ。

 そう考えたほうが自然だろう。

 しかしわざわざ寝室へ運ぶだろうか。

 急病人が出たなら店の床にでも寝かせて警備隊を呼べば、ワープ魔法を使って一瞬でやって来る。

 

 ならば、知り合いが訪ねてきたのではないか。

 ──寝室へ通すような親しい者などいない。


 天狐はあらゆる可能性を考えたうえで一つの結論を出した。

 聞いたほうが早い。


 見慣れない銀髪をハンカチで包んで、サイドテーブルの引き出しの中へ押し込んだ。

 ベッドには入らず、ソファに座ってフロガが帰って来るのを天狐は静かに待った。


「あれ? 天狐、起きてたのか」


 やがて営業を終えたフロガが帰ってきた。

 珍しく夜遅くまで起きていた天狐に驚いたようだったが、なんだか嬉しそうにしながら隣へ座る。

 そんなフロガの顔を、天狐は一切みることができなかった。


「珍しいな、こんな時間まで起きてるなんて」


 いつもの優しい声色が妙にくぐもって聞こえる。

 覗き込んできたフロガをようやく一瞥し、また目を背けた。


「別に。 喉が渇いて起きただけだ」

「そっか。 俺もすぐ寝るから寝室に戻ってなよ」


 フロガが立ち上がる。

 浴室へ向かい始めたところを、天狐はようやく呼び止めた。


「……フロガ、聞きたいことがある」

「ん?」


 相変わらず顔を見ることはできない。  

 目を逸らしたまま、天狐は喉から絞り出した。

 

「今日、誰か訪ねてきたか? ……誰かこの部屋に招き入れたか?」

「いや、誰も来てないよ」

「そうか。 それならいい」


 即答だ。

 フロガは不思議そうな顔をして首を傾げたが、やがて浴室の方へ行ってしまった。

 つい、怖気付いて遠回しな聞き方をしてしまったことを天狐はすぐに後悔した。

 あの毛髪を見せて「これは誰のだ」と聞けば早い話ではないか。

 それが出来なかったのは、その毛髪を見て動揺するかもしれないフロガを見たくなかったからだ。


 ふっと溜息を吐き、寝室へ戻る。

 しかし、とてもベッドへ入る気にはなれず、天狐は狐の姿へ変わるとクローゼットの上へ登って身を丸めた。

 

(フロガに限って浮気などするわけがない)


 それは天狐自身が良くわかっている。

 やたら重い感情をぶつけてくるフロガが今更別の女に靡くことなどないだろう。

 わかってはいるが、天狐は改めて自分の日頃の行いを思い返していた。


 憎まれ口を叩き、素直にはならず、言う事を聞かない。

 ──これはもしかすると、突然愛想を尽かされても仕方がないのでは……?

 

 天狐は自分の耳が自然と垂れていくのを感じた。

 そんなとき、部屋にフロガが戻って来る。

 ベッドに天狐がいない事に気付くと、キョロキョロと辺りを見回し、クローゼットの上にいる天狐に気付いて声を上げた。


「天狐……なんでそんなところにいるんだよ。 なあ、買い物から戻ってから変だぞ」

「......いや。 今日はここで寝たいと思っただけだ」


 フロガからしてみれば、急に機嫌が悪くなったようにしか見えない。

 こういうときフロガは、あまり天狐に触れないようにしている。

 何故なら更に悪化するからだ。


「……わかった。 おやすみ天狐。 寒くなったら降りておいで」


 いつものようにフロガがベッドの中に入る。

 その様子を尻尾の隙間から眺め、天狐は小さく息を吐いた。


 フロガがもし浮気をしているのなら、きっとうまく隠す。

 証拠が残りやすい家に招き入れるなんて馬鹿な真似はしないだろう。

 もしそうしたとしても、絶対に相手の痕跡を残さないはずだ。

 ましてや毛髪というわかりやすい物を放って置くなんて間抜けな事はしない。

 フロガはお人好しだが馬鹿ではないのだ。

 強かで時には狡猾にもなる。

 そんな男がこんなわかりやすい物を残しておく訳が無い。

 

(明日になったらもう一度聞いてみよう)


 そう思いながら、天狐は目を閉じた。



*****


 

 リネンのカーテンが緩やかに靡く。

 清澄な朝の空気が部屋に流れ込んで来たのを感じて、天狐は目を覚ました。

 リビングからは珈琲の薫りが漂ってくる。 フロガが先に起きているのだろう。

 小さく伸びをしてクローゼットの上から降りると、天狐はヒトの姿へと変わり、サイドテーブルから銀色の毛髪を包んだハンカチを取り出した。


「おはよう天狐」


 リビングでは、いつもと変わらない笑顔を浮かべるフロガが珈琲を飲んでいた。

 その横に立って、じっとフロガの顔を見る。


「聞きたいことがある」

「何?」

「これは誰のものだ。 お前の枕の上で見つけた」


 テーブルの上にハンカチを広げてみせる。

 一本の銀髪を見つめてから、フロガは口元から笑みを崩さずに顔を上げた。 

 いつもと同じ、穏やかな表情だ。


「あー、バレちゃったんだ。 ちゃんと処理したのになぁ……なんて顔してるんだよ天狐。 お前が思っているとおりだよ」


 ひゅ、と息が止まった。

 偽物の心臓が煩いくらいに脈打ち、冷たい汗が背中を伝う。

 天狐には珍しいくらい焦りの表情が出ているのだが、フロガは全く動じずに珈琲を啜っている。


「どう、して……」


 喉から絞り出した言葉にフロガが乾いた笑いを返す。


「あはは、どうしてって。 お前、言ってたじゃないか」

「……?」

「ちゃんと子供を産めるヒトと一緒になったほうが良いって。 だからそうしようと思ったんだ」


 悪気のない笑顔を絶やさないフロガの声は抑揚がなく、どこか機械的に聞こえる。

 フロガは続けた。


「なあ天狐。 俺はもっと優しくて素直なヒトが好きなんだ。 子供だって欲しいし、一緒に歳を取って時間を共有したい。 だからさ」

「やめろ」


 無意識に耳を塞ぐ。

 そんな天狐の手をフロガは優しく掴んで耳から離した。

 冷たくて重い手は振り払おうとしても全く動かず、フロガの方へ引き寄せられていく。

 フロガは天狐の耳元に唇を寄せ、囁いた。


「だから、お前みたいな出来損ないのバケモノなんていらないんだよ」


 それは、愛を囁く時となんら変わらない、とても優しい声色だった。



*****



 重い衝撃が天狐の背中に走る。

 眼の前には寝室の天井とクローゼットが見えた。

 つまりは、寝惚けてクローゼットの上から落ちたのだ。

 いつの間にかヒトの姿になっていたようで、強く打ち付けた背中が痛む。

 呼吸は荒く、冷や汗が伝い、心臓の音が煩い。


(……夢)


 悪夢だ。

 やけに鮮明な、気味の悪い夢。

 まだ混乱する頭で、天狐は確かめるように部屋を見渡した。

 揺れるカーテン、入り込んでくる朝の風、リビングから漂ってくる珈琲の香り。

 夢の中と同じ光景に、フロガの機械的な声色と言葉が蘇ってきて悪寒が走った。

 思わず肩を抱えて身を丸めると、寝室のドアが開く。


「なあ、今大きい音したけど…………天狐!?」


 言いかけたフロガが目を丸くした。

 小走りで天狐の隣に来ると、優しく手を包んで肩を抱く。

 その手は夢の中とは違い、温かかった。


「どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」

「……なんでもない」

「なんでもない訳無いだろ!」


 珍しく声を荒げる姿を見て、ようやく安心した。

 これは夢の中ではない。


「本当だ。 ちょっと寝覚めが悪かっただけだ」

「……本当に?」

「諄い。 朝飯作ってだんだろ? 手伝う」


 訝しげにしているフロガをすり抜け、リビングへ向かう。

 出来上がったばかりであろう温野菜のサラダを取り分け、スープをよそい、パンを並べて椅子に座った。

 程なくして、フロガがベーコンエッグを作り、天狐の前へ置く。

 それから朝食を取ったが、殆ど会話は無かった。


 ──あのやけに鮮明な悪夢のせいで、天狐は余計に聞き辛くなっていたのだ。

 夢のとおりに「バレちゃったんだ」などと言われれば立ち直れない気がした。

  

「天狐、今日どっか出掛ける?」


 ぼんやりと悩んでいると、朝食の片付けを終えたフロガが隣に座った。

 

「いや。 予定はないが」

「そう。 俺、ちょっと出掛けてくるね。 昼過ぎには帰ってくるから」

「わかった」


 フロガは最近、一人でどこかへ行くことが多くなった。

 今まで大して気にしていなかったのだが、あの毛髪を見つけたあとだと気になってしまう。 


「どこに行くんだ?」

「……ああ、ちょっと東区に。 新しい鍋を買おうと思って」


 一瞬の妙な間。

 だが、今の天狐はそれを追求できるような心境ではなかった。

 フロガは一人で出てしまい、部屋に取り残された天狐は何をするでもなくソファへ横になった。

 気が付けば夢で見たフロガの言葉が頭の中を駆け巡る。


(子供も欲しいし、一緒に歳を取って時間を共有したい)

(出来損ないのバケモノ)

  

「わかってる。 全部その通りだ」


 バケモノと、昔はよく言われていた。 実際その通りではあった。


 ただ、フロガはそうは思っていないだろう。

 あの夢は、昔の記憶が最悪の形で蘇ったものに過ぎないのだ。


 もちろん、天狐もそれはわかっていた。

 フロガの事は信用も信頼もしている。

 一人のヒトとして、恐らく愛している。

 だから、フロガがバケモノである自分ではなく普通のヒトと幸せになる事は喜ばしいことなのに、心の奥底ではフロガを手放したくないと思っているのだ。

 これは前にもあったことだ。

 しかし、この感情が何なのか天狐にはわからなかった。


 ──だから、知らないふりをした。


 そして、思い直した。

 もし離れるのなら、きっと早いほうが良いと。


「今度こそ……帰ってきたら……」


 呟いて、天狐は重くなった瞼を閉じた。


*****


 頬に温かい何かが触れて、天狐は瞼を開いた。

 

「ごめん。 起こしちゃったね」


 紫紺色の優しい瞳と目が合う。

 頬に触れていたのは、フロガの手のひらだったようだ。

 まだ眠気の残る重い瞼で見渡せば、部屋は薄暗くなっていて、身体には薄いブランケットがかけられていた。

 

「いつ帰ってきたんだ?」

「ついさっき。 ……なあ天狐、随分うなされていたけど大丈夫か?」

「……そうか。 覚えていない」

「でも泣いてたよ」


 フロガの親指が目尻を拭う。

 そう言われると、悲しい夢を見たような気がする。

 いや、それとも怖い夢だったか……よく覚えていなかった。


「何か飲む?」

「……水」


 わかった、とフロガがキッチンへ向かう。

 それをぼんやりと見つめながら、天狐はゆっくり起き上がった。

 なんだか、頭も身体も重くて怠い。

 

「はい、水」

「ああ」


 フロガから受け取った水を飲み干し、空になったグラスをローテーブルの上に置く。

 それからまたぼうっとしていると、フロガの手が頬に触れたので天狐は顔を上げた。


「大丈夫か? やっぱり具合悪い?」

「いや」

「それなら良いけど……」


 頬を撫でる大きくて温かい手が心地良い。

 隣にフロガがいると、気持ちも安らいだ。


 だからだろうか、天狐はまたもあの毛髪のことを言い出すタイミングを失った。

 一度ならず二度も失敗すると、それはズルズルと続くのだ。

 結局天狐は、この日もフロガに聞くことが出来なかった。


*****


 ──天狐に避けられている、とフロガが感じるようになったのはあれから一月経ったころだった。


 隣に座れば立ち上がり、肩を抱こうとすればスルリと抜ける。

 眠るときはいつもクローゼットの上で、たまに見ればうなされている。

 最初はただ機嫌が悪いだけかと思っていたのだが、何かに怯えているような顔をすることも多くなり、放っておけなくなってきた。


 ついでにフロガも天狐と眠ることができないので、不眠症気味になってきたのだ。


(様子がおかしかったのは、あの日からだったな)

 

 一月前、天狐はフロガに聞いた。

 誰か訪ねてきたか、と。

 きっと、それが関係しているのだ。

 まさかとは思うが、実家のエリュプティオ家が今になって何か仕掛けてきているのだろうか。

 一度、執事にこっそりと連絡を取ってみようか……

 色々考えてみたが、手っ取り早い方法は一つだ。


「……聞いてみるか」


 本人に直接聞く。

 素直に話すとは思えないが、ここまで天狐が衰弱している以上、どんな手を使っても聞き出すしかない。

 フロガは洗い終わった食器を片付けて、二階へと向かった。

 きっと今頃、昼食を食べ終わって寛いでいるはずだ。


 

 ──リビングの扉を開けると、ソファに座っていた天狐と目が合う。 が、すぐに逸らされてしまった。

 また隣に座れば、天狐は何処かへ行くだろうか。

 もしそうなれば、引き留めて話を聞き出すつもりだ。

 フロガはいつものように天狐の隣に座った。

 俯いてはいるが、今日は立ち上がる気配がない。

 なら、早速話をしよう。

 

「なあ天狐……」

「フロガ、話がある」


 言いかけたところで、天狐の言葉が重なった。

 天狐も驚いたのか、琥珀色の瞳が丸くなっている。


「ああ、うん。 どうした?」

「……いや、私はあとでいい。 お前から話せ」


 天狐が視線を再び下に戻す。

 何を言おうとしていたのか気になったが、フロガは手短に自分の話をすることにした。


「最近様子がおかしいけど、何かあった? 先月、誰か来たかって俺に聞いただろ」


 わかりやすいくらいに、天狐が肩を揺らした。

 ここまであからさまに動揺する姿を見るのはあまり無いことだ。

 ということは、やはり一月前に何かがあったのだと、フロガは察した。


「……まあ……」

「まさか、俺の実家の誰かがここに来たとか? それとも、お前に関係してるヒト?」

「それは違う」

「じゃあ一体何があったんだよ」


 天狐が顔を上げる。

 久し振りに真っすぐと見つめてくる琥珀色の瞳には、いつもの力強さは無く、小動物のようなひ弱さを感じた。


「……お前の」


 そこまで言って、天狐は言葉を止めた。

 瞳が大きく見開かれ、手が伸びてくる。

 その手がフロガの髪に触れたかと思うと、勢い良く髪を一本抜かれた。


「いたっ! ……え?なに?」


 天狐の膝元には、畳まれたハンカチが一枚。

 それを開くと、フロガから毟り取った髪の毛をハンカチの上に置いた。

 キラリと光る、()()()()


「……それ……あ! うわ、まさか白髪!?」


 見慣れた焦げ茶色の髪とは違う、白色に変わりかけた、銀色の髪がハンカチの上に二本。

 一本は今しがた毟り取られたものである。

 もう一本は、枕の上にあった件の毛髪。

 どちらも芯がしっかりとした、()()()()

 

「白、髪……」


 全てを察した天狐が呟く。

 一ヶ月前、合わないシャンプーを使い続けたことで生えたであろう白髪。

 そして今。 一ヶ月間天狐に触れられなかったことでストレスが溜まり、生えた白髪。


 フロガが浮気をしていた訳ではないと分かったというのに、天狐の胸はどんどん締め付けられた。

 それは罪悪感というものである。


「……全部説明する。 私の勘違いだ」


 ばつが悪そうにフロガを見上げた天狐が、ゆっくりと話を始めた。


 枕の上で毛髪を見つけてから、悪夢を見て、言い出し辛くなり、浮気などという余計な心配をしたこと。

 フロガの幸せを願ってはいるが、手放したくもないというよくわからない感情に苛まれたこと。

 そこまで話が終わると、黙って聞いていたフロガが口元を手で覆った。


「つまりお前は、俺が浮気してると思って悲しくなっちゃったんだな」

「おい……お前、今笑ってるだろ」

「いや、笑ってないよ」


 そうは言っているが目許が完全に笑っている。

 

「くそ……勝手に笑え」

「悪かったよ。 つい嬉しくて……でも、俺が浮気してると本気で思ってたのか? それなりに愛情表現してるつもりだったんだけど」

「本気で思ってはいなかったが……私はお前に素直ではないし、優しくもしないし、好意すら、伝えていない、から……嫌気が差しても、仕方がないと……」


 消え入りそうな声で口籠りながら目を泳がせる天狐の姿にフロガはまた口許が緩みそうになったが、唇が平行線になるように力を込めた。

 

「それはそうだけど、こうしてたまに素直になってくれるし、俺が辛いときは優しくしてくれるし、好意は……よく言ってるけど、お前が覚えてないって事は無意識に言ってたんだな、アレ」

「……待て、最後のはどういう事だ」

「まあ……ほら、なんでもいいだろ。 とりあえず、お前が俺を大好きだってこと、ちゃんとわかってるよ」

「おい……」

「俺もお前が大好きだよ」

「誤魔化しただろ」

「まあね。 でも本心だし……ああ、そうだ」


 天狐の視線から逃げるようにフロガがソファから立ち上がる。

 寝室へ行ったかと思うと、紙袋を提げて戻ってきた。

 

「俺がよく出掛けてたのはさ、プレゼント何買おうか悩んでたんだ。お前が一ヶ月も口聞いてくれなかったせいで星まつり終わっちゃったけど」


 大きな手提げ袋の中を覗き込む。

 綺麗に包装された箱を取り出し、丁寧に包装紙を開けて、箱の中身を開けてみれば淡い黄色の大きなブランケットが入っていた。

 

「お前、よくソファの上で寝てるだろ。 今使ってるブランケットは薄いから寒いかと思って……どう?」 

「……大事に使う」


 手に取って、頬を寄せる。

 ふわふわで、肌触りの良い質感だ。

 横にはチャックがついていて、丸めてしまえばクッションにもなる。

 身体をすっぽりと包むことができる程大きく、温かくてすぐにでも眠くなってしまいそうだった。

 目を閉じてブランケットの感触を楽しんでいる天狐を見て、フロガは微笑んで頷いた。


「うん。 気に入ってくれて良かった。 そうだ、お菓子も作ったんだ」


 本当は夕飯のあとにしようと思っていたのだが、思いの外天狐がブランケットを気に入ってくれたのが嬉しくて、ついもっと喜ばせたくなってしまったのだ。


 冷却魔具で冷やしていたそれは、朝市で見つけた「カンテン」を使ったデザートだ。

 とある地方で取れる海藻を煮出して冷やし固めてから乾燥させるという、大変に手のかかった食材である。


 少量の水にカンテンを入れて煮溶かしたものを砂糖、牛乳と混ぜ、丸い型にフルーツを並べて寒天液を流し入れて、冷却魔具で冷やし固める。

 固まったそれを皿にあければ、カラフルなズコットケーキ風牛乳カンテンのできあがりだ。


「ケーキ……いや、ゼリーか?」

「ゼリーに似てるんだけど、ゼリーより少し固くて不思議な食感だよ。 まあ食べてみて」


 たくさんのカラフルなフルーツに彩られた牛乳カンテンは、見ても楽しい。

 ドーム状に固まっているカンテンをケーキのように斬ると、綺麗な断面になる。

 天狐はしばらく眺めていたが、ようやく口にいれると嬉しそうに目を細めた。

 いちごやオレンジ、キウイの爽やかさと、牛乳のまろやかな甘み、そしてカンテンの独特な食感が口の中に広がる。


「うまい」

「良かった。 これは昔、俺が牛乳寒天バトルで戦ったときに作ったものを再現してみたんだ」

「牛乳寒天……バトル……?」

「猛者たちばかりだっなぁ」


 フロガも自分の分を切り分けて口へと運ぶ。

 確かに不思議な食感だが、味は良いし何より天狐が気に入ってくれたのが嬉しい。

 それに、こうして喜んでくれるから作り甲斐があるのだ。

 喜びと美味しさを噛み締めていると、先に食べ終わった天狐が席をたつ。

 それから、リビングのキャビネットから何かを取り出して戻って来た。

 

「やる」

「なに……?」

「開けろ」


 あまりにも唐突で説明も無いが、袋の中身にはリボンでラッピングされた手のひらサイズの何かと透明な袋。

 透明な袋の中にはキャンディのように個包装された、スティック状のお菓子が入っている。

 つまりこれは、星まつりのプレゼントだ。


 まずは、手のひらサイズの可愛らしい袋にかけられたリボンを丁寧に外して開けてみる。 出てきたのはマスタード色のカードケースだった。

 

「今日の話次第では捨てようと思っていたんだが……お前、いつもポケットに決済のカード入れてるだろ。 ちゃんと入れ物使え」

「あはは……ありがとう。 早速使うよ」


 まじまじとカードケースを眺める。

 シックで濃い黄色の布地と、温かみを感じるような丁寧な手縫い。 きっと、ハンドメイド系の店で買ったものなのだろう。

 

「……どうした、変なところでもあったのか」

「え? いや、そんなことないよ。 これ手縫いだろ? 俺こういうの好きなんだよね」


 天狐が無言で口の端を吊り上げる。

 フロガは嬉しそうにケースを机に置くと、もうひとつの袋を開けた。

 スティック状のお菓子を手に取って包みを開ける。

 中には白いバウムクーヘンが入っていた。


「食べて良い?」

「ああ」

「じゃあ、いただきます」


 口に入れると、まずはミルクの風味が口いっぱいに広がる。 色が白いのはミルクが沢山使われているからだろう。

 柔らかくてしっとりとした生地はくちどけが良く、ほどけるように無くなっていく。

 

「美味しいね」

「そうか」


 相変わらず素っ気ない返事ではあるが、尻尾がぱたぱたと動いているのを見るに、喜んでいるのだろう。

 フロガはもう一つ包みを開けて二個目のバウムクーヘンを口に入れた。

 天狐も牛乳カンテンをひとつ取り分けて、口へ運ぶ。

 

「うまい」

「そうだね。 美味しい」


 美味しいものを食べると思わず笑みが出る。

 ゆっくりと味わって、食べ終わる頃には夕方になっていた。

 

「なあ天狐、遅くなったけど」


 フロガが天狐へ向き直る。

 ソファの上に置かれた天狐の手を取り、じっと見つめられたところで天狐は察した。

 これは毎年フロガが言ってるプロポーズの言葉だ。


「待て。 今年は私が言ってやる」

「えっ、いや、ちょ……」

「フロガ」


 毎年面倒くさそうに話を聞いていた天狐が、まさか自分から言ってくるとは思わず、フロガは驚きで体が固まった。

 構わず天狐が続ける。


「これからも、お前のそばにいさせてほしい」


 きっと今、自分はマヌケな顔をしているだろう。

 と、フロガは思った。

 何故なら言い終わったあとに天狐が吹き出したからだ。


「なんだ、その顔」

「……お前のせいだろ」


 軽く溜め息を吐く。

 それからフロガは、天狐を抱き締めた。


「あと省略しすぎ。 反省してるなら「好き」ってところから言ってよ」

「細かいな……どうでもいいだろ、そんなの。 で、返事は?」


 返事の代わりに抱き締めている腕へ力をこめる。

 後ろに回された天狐の手が言葉を催促するようにフロガの背中を軽く叩いた。


「…………もう離れないでくれ」

「ああ」

「ずっと、俺のそばにいてほしい」

「わかった」


 フロガが天狐から身体を離す。

 そして天狐の頬を両手で包むと、そのまま顔を近付けた。

 唇が触れるか触れないかという距離に、天狐が思わず息を飲む。


「愛してるよ、天狐。 これからもよろしくな」


 天狐の顔が赤く染まる。 手で包んでいる頬は熱くなり、耳まで真っ赤になっている。

 その様子が面白かったのか、フロガはニンマリと笑った。


「俺の代わりにプロポーズするなら、これくらい言ってくれないと満足できないな」

「……馬鹿が」


 照れ隠しに目を逸らして口を尖らせる天狐をフロガはもう一度抱き締めた。


 流星群を一緒に見ることはできなかったが、こうして腕の中に天狐がいるという幸せを再確認する。

 この日の夜はようやく天狐と同じベッドで眠ることができて、フロガは不眠症から解放されたのだという。

 

 星まつりが終わり、厳しい寒さも薄れてきたラディエンでは黄色い大樹の花が舞っている。

 黄色の星花に混ざる青い蕾は、春の訪れを告げていた。

 




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