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ダリア


 ひゅう、と冷たい夜風が吹く。

 後ろで結んだ長い黒髪をさらさらと風に遊ばせ、ドッドウェルは鼻歌を歌いながら千鳥足で西区の街を歩いていた。

 夜も更けてきたというのに、西区は他の区と違っていつまでも明るい。 不規則な生活を送る研究者たちのために、一日中開いている店が多いからだ。


 ドッドウェルの軽快な鼻歌に乗って、宵1ツの鐘が鳴る。

 一つ、鐘が鳴ったあとには間髪入れずに住宅街から爆発音が響いた。

 何かが焦げたような臭いが薬品のツンとした臭いと共に流れてくるが、ドッドウェルは特に気にする様子もない。 西区なら、こんな時間でも爆発音が響くくらい日常茶飯事なのだ。

 

 魔法技術研究所の脇を通り抜け、薄暗い路地の先にある掘っ立て小屋に辿り着く。

 ここはドッドウェルが居候している、クリフの家だ。

 家に近づいてから、ふと、ドッドウェルは玄関に誰かが倒れていることに気付いた。


 小さな身体と、緑色の髪、そして一際目立つ白い大輪の花。

 近寄ってよく見てみれば、葉脈のようなものが肌に這っているのがわかった。

 ──これは花人の特徴だ。


「花人!? しかも子供じゃん!」


 思わず声を上げてしまった。

 一気に酔いが冷めていくのを感じつつ、ドッドウェルは倒れている花人の身体を揺すった。


「おいどうした? 大丈夫か?」


 花人の子供がゆっくりと目を開く。

 エバーグリーンの瞳がドッドウェルを捉えると、小さく口を開けた。


「おかあさん……どこ……?」

「おかあさん? いや、ここにはいねえよ」


 子供が再び目を閉じる。

 それからは呼び掛けても反応しなくなってしまった。


「参ったな……このままにしておけば危ないけど、うちの中も危ない気がする」


 花人は大変珍しい種族だ。

 闇市ではエルフと同じくらい人気があるのをドッドウェルは知っている。

 血液の代わりに流れる蜜のような体液、美しい髪の毛、透き通るような緑の目玉、血管、花……そんなふうにバラされたものが高額で売られているのを何度か見たことがあった。

 そしてそれを買うクリフも。


「いや、でも外に置いておくよりはマシか……?」


 この西区にはクリフと同じように何を考えているかわからない輩が多い。

 それにまだ肌寒い季節だ。 放っておけば誰かに拾われてバラされるか、そうでなくても寒さに弱い種族だからじきに衰弱して朝には死んでいるだろう。

 その証拠に、大輪の白い花は萎れかかっている。

 色々と悩んだ結果、ドッドウェルはこの花人を家の中へ連れて行くことにした。


 そっとドアを開け、クリフがいない事を確認する。

 眠っているか、地下の研究室に籠もっているのだろう。 都合がいい。

 ドッドウェルは子供を抱えて素早く自室に入り、ベッドへ寝かせて、暖房魔具のスイッチをいれた。

 それからキッチンへ水を取りに行く。

 花人の栄養源は水と光だ。

 水を与えて部屋を温めれば、ある程度体力を回復できるだろう。


 グラスに水を入れ、部屋に戻る。

 すると、そこには子供を見下ろすクリフがいた。  


「ええ……いつの間に?」 

「たった今だ。 コレは何かね、ドッドウェル」


 暗い部屋の中で、淀んだエメラルドグリーンの瞳がドッドウェルを見据える。

 リビングから入る光がクリフを薄っすらと照らして、なんだか不気味に見えたので、ドッドウェルはベッド脇のランプをつけてクリフとベッドの間に入った。


「この子、うちの前で倒れてたんだ。 ちゃんと世話するからバラさないで!!」

「君は何を言っているのかね。 私が節操なく珍しい生き物をバラす男だと思っているのか?」 

「そうでしょ」

「そうだが」

「やっぱりそうじゃん!! ヤダーッ!!」


 すかさずドッドウェルが子供を抱えるが、クリフに肩を掴まれてしまった。


「花人は貴重だ。 しかし、流石の私も子供には手を出さんよ」

「嘘だ……あんたいっつも嘘つくじゃん」

「そう、私は嘘しかつかない……しかし、今の言葉が本当なら私は真実を言ってしまったことになる。 だが、この言葉も嘘なら私は普段から真実を語っていることになる。 さて、きみならこの矛盾をどうする?」

「………………なんだって???」


 突然、わっと言葉の波を浴びせられてドッドウェルが固まる。

 その隙に子供を抱えると、クリフはさっさと部屋から出て行ってしまった。

 その素早さと言ったら、今までに見たことがない程であった。


「ちょ、待てよ!!」


 急いでクリフの後を追う。

 向かった先は地下室だ。

 普段殆ど歩かないくせに、こういう時だけクリフの足はやたらと早い。

 地下室にあるベッドへ子供を寝かせ、上から謎のライトを照らし始めた。


「何してんだよ」

「これは太陽光に限りなく近い光を発する魔具だ。 この光を当てて部屋を暖め、水を与える。 そうすれば直に目覚めるだろう」


 クリフがこんなことをするなんて意外だ。

 すぐに殺さず生態を調べる気なのだろうか。

 それとも、ある程度回復させてから標本にでもするのか。

 そういえば、闇市で標本にされた花人を見たことがある。 生首なんかも売っていた。


「回復させてから殺す気か?」

「それもいいな、花人は高く売れる。 しかし今はその必要はない」


 何も読み取れない無表情のまま、クリフは自室へ戻っていった。

 まさか、本当にこの子供を心配しているのだろうか?

 一瞬そんなことを考えたが、安心はできない。

 ドッドウェルは子供が目を覚ますまで見守ることにした。  


 ──が、やがて眠ってしまい、朝が来る。

 ふと目を覚ませば、ベッドにいた子供もクリフもいなくなっていた。

 

「やべ……!」


 解体した跡はない。

 慌ててリビングへ向かうと、クリフと子供が向かい合って食事をしていた。


「おはよう、ドッドウェル。 彼女、ダリアという名前だそうだ」


 大輪の白い花を揺らして、少女……ダリアがドッドウェルの方へ振り向く。

 エバーグリーンの瞳は昨夜見たときよりも美しく澄んでいて、髪色も鮮やかになっていた。


「えっと……昨日はありがとうございましたっ」


 耳触りの良い、ほがらかな声でダリアが頭を下げる。

 歳は十二、三歳くらいだろうか、昨日の印象よりも少し大人びているように思えた。


「もう大丈夫なの?」

「うん。ク リフさんが美味しいお水をくれて……」

「そっか、良かったな。 でも、昨日はなんでうちの前で倒れてたの?」


 聞くと、ダリアは少し俯いてから小さな声で呟いた。


「お母さんを、探してるの」

「お母さん? 同じ花人ならこんな所じゃなくて南にいるんじゃないのか?」

「ううん、お母さんはヒトで、昔ここに住んでたってお父さんが言ってたから……」


 三歳まで母親と暮らしていたダリアには、その頃の記憶が殆どなかった。

 唯一覚えているのは、顔の見えない母親らしき人物が自分の手を引いてあるいていること。


 母と離れてからは、ずっと父や祖父母と暮らしてきたが、来月から新しい母親が来ることが決まったのだ。

 継母は優しくて、ダリアはすぐに継母のことが大好きになった。

 そんなふうに継母と親しくする中で、ダリアはふと考えたのだ。


 ──本当の母親は、ダリアのことをどう思っていたのか。

 何故、手放したのか。

 

 ダリアは、血の繋がった母親というものがどういうものなのか、一度見てみたかったのだ。

 そして、踏ん切りをつけたかった。

 新しい母親と、新鮮な気持ちで生活するために。

 

「そっか……そうなんだ……よし、俺も手伝うよ!」


 ドッドウェルはこういう話に弱い。

 うるうると涙を溜めて、今にも零れそうになったところを袖で拭った。

 

「ほんとに!? ありがとう……! えっと、ドッドウェルさん」

「いいんだよ! よし、じゃあ情報収集だな。 朝飯食ったらこの近くで聞き込みしてみよーぜ」


 簡単に朝食を済ませると、ドッドウェルは街へ出る準備を始めた。

 いつものようにキャスケットをかぶる。

 それからダリアのために小さな水筒も用意した。

 

「待ちたまえ、ドッドウェル。 私も行こう」


 先程からずっと珈琲を飲みながら新聞を眺めていたクリフが顔を上げる。

 

「え、クリフ来るの?」

「君一人で見つけることは不可能だ。 それに、それの母親の顔と名前くらいなら私も知っている」

「なんで?」

「この家はそれの母親……ウィネリーから譲り受けたものだからな」

「お母さんを知ってるの!?」


 ダリアが身を乗り出す。

 しかし、クリフは首を振った。


「詳しくは知らない。 何度か取り引きしただけだ」

「……そうなんだ」


 肩を落とすダリアに、ドッドウェルが軽く手を置いた。

 その顔は訝しげにクリフを見ていたが、やがて立ち上がってダリアの手を引いた。


「明るいうちに探しに行こうぜ。 あと、そのままだと目立つから、これかぶっとけ」


 そう言って、ドッドウェルは部屋から持って来たキャスケットをダリアにかぶせてやり、位置を調整する。

 うまく花が隠れるように、それでいて視界が悪くならないよう、キャスケットは少し上に向けてぽんぽんと頭を軽く叩いた。


「ありがとう、ドッドウェルさん!」

「ドッドウェルでいいよ。 母ちゃん、見つかるといいな」

「うん!」


 かくして、三人は街へと繰り出した。




 ──始めは近所の者に聞き込みを行う。

 が、誰もダリアの母親、ウィネリーの名前すら知らなかった。


「そこに住んでた女? いやあ、そこってあんたの前に誰か住んでたっけ? 覚えてないや」


 クリフの家の斜向かいに住む者はこんなことを言っていた。

 西区に住む者は変わり者が多い。

 皆、他人を気にするよりも物創りや研究を気にしているからだ。

 この斜向かいに住む者も、家の中は見慣れない素材で溢れかえっていた。

 そんな中でダリアの目についたのが、肌色の薄い何か。

 何枚も積み重なれたそれは一見すれば布のようだが、妙な違和感がある。


「ねえ、ドッドウェル。 アレなあに?」

「ありゃぁヒトの皮膚だな。 天然物と人工物と半々ってところか。 あんま見ないほうがいいよ」  


 皮膚以外にも、骨や眼球、腕やら脚やら。

 ヒトの形を作るために必要なものが所狭しと床や壁に並べられている。

 こんなもの、子供に見せるべきではない。

 ドッドウェルはダリアに後ろを向かせ、クリフたちの会話が終わるのを待った。

 

「それよりお宅の所から逃げ出したキメラ、うちのホムンクルスのこと食っちゃったんだけど」

「それはすまなかった。 で、キメラはどんな様子だった?」

「ここにレポートまとめておいたよ。 でもうちのホムンクルスは毒性持ちだったからキメラ死んじゃった」

「なるほど。 ところで、その毒性持ちというのに興味があるんだが、どの程度の……」

「おい、もう行くぞ!」


 話が長くなりそうだ。

 そう判断したドッドウェルが、クリフの腕を引く。

 名残惜しそうにしながらも、大人しく従って次の聞き込みへ向かった。


 次に訪れたのは、薬品臭が特に酷い薬屋。

 何の薬を売っているのかは知りたくはない。


「うぃねりー? あー、前に南区でめし食ってるのをみたなあ」


 薬屋を営む、虚ろな目の男が辿々しく答える。

 この男はクリフの客でもあるらしいが、どうも様子がおかしい。

 半開きの口を震わせては、時折焦点の合った目でクリフをじっと見つめるている。

 そんな男にドッドウェルは手短に聞いた。

 

「前っていつぐらいだ?」

「……一週間くらい前かなあ?」

「ホントかよ……」 

「そんなことより良いモノ見つけたんだよお。 あんたも試してみるか!?」

「いらねーよ!!」


 掴まれた腕を振り解き、足早にその場を離れる。

 そんな三人に向かって、男は大きな声で奇声を上げた。


「はあああん!! 先生! せんせいー!! あんた……! あんたが売ってくれたあれ、そろそろ切れそうなんだ!」

「そうか。 でもあれは材料費が上がってしまってね……と言っても二倍程度だ。 金を用意してくれれば今度持ってこよう」

「カネなんてないよお! 最近客が減ったんだよ!!」

「じゃあ無理だな」

「あーーーーーー!!!」


 踵を返すクリフに向かって、男がまた奇声を上げる。

 地団駄を踏み鳴らし、子供のように泣きじゃくって震えている姿を見せないように、ドッドウェルはダリアの肩を掴んだ。


「さっきから何で変なやつに聞き込みするんだよ? 子供に悪影響なんだけど!」

「世の中にはそういう者もいる。 ダリア、良い社会経験になったな」

「ええーと……うん……?」


 困惑するダリアと視線も合わせずに、クリフは次の目的地へと向かう。

 次に会った人物はクリフと同じ錬金術師だ。

 家の中には大小様々な檻が置かれていて、奇妙な生物が動いているのが見えた。

 

「ウィネリー? ああ、昔そんな客がいた気がするけど……多分、十年くらい見てないよ。 それより、ヒト型のキメラについて聞きたいことがあるんだ」

「ヒト型はやはり難しい。 私が昔作ったのは魔力の高い狐魔獣とヒトを組み合わせたキメラだったんだがね、それが本当に良く出来て……」

「知らねーならもう行くぞ!」


 また話が長くなる。

 そう直感したドッドウェルはまたもクリフの腕を引いてその場を離れた。

 もう何度目だろう。 同業者に会うたびにこうして長話をしていて、全然手がかりが掴めない。

 こんな調子ではダリアも気が滅入っているのではないだろうか。

 

「ごめんな、ダリア。 変なやつばっかりで……」


 眉を下げるドッドウェルを見上げ、ダリアは小さく首を振って笑った。

 

「ううん、楽しいよ! 私の周りでは見たことないヒトやお店ばっかり!」

「そ、そっか! よし、じゃあえーと……あ! 飯でも食いにいくか! 南区に良い店があるんだ。 そこなら美味い水も用意してくれると思う」


 ウィネリーを南区で見た、と虚ろな目をした男が言っていたのを思い出す。

 完全に信じている訳では無いが、食事ついでに行ってみるのも良いと思ったのだ。

 それに、あの食堂のマスターなら何か知っているかもしれない。

 ドッドウェルはほんの少しだけ期待しながら、南区にある行きつけの食堂へ向かった。   




*********




 昼1ツの鐘が鳴ってから随分立つ。

 食堂のラストオーダーまでに間に合うだろうか。

 南区の大通りから少し外れた静かな細い路地にある、食堂ヴァルム。

 ここはドッドウェルの行きつけであるが、来るのは夜ばかりなので、昼に来たのは初めてだ。

 木製のドアを開け、いつものようにマスターのフロガへ声をかける。


「よお、マスター。 まだ大丈夫?」


 店の中にはカウンターの端に座る女以外、誰もいない。

 中で食器を拭いていたフロガが顔をあげ、紫紺色の瞳を大きく見開いた。


「ドッドウェルさん! 昼に来るなんて初めてじゃないですか? どうぞ、座ってください」


 人好きの笑顔を浮かべ、手招きするフロガに促されてドッドウェルは外で待っていたクリフとダリアを呼んだ。

 その二人の姿に、フロガはまた驚く。


「アルフレートさんも一緒だったんですね。 えーと、その子は……?」


 アルフレートというのはクリフの偽名である。

 聞き慣れない名前にダリアが首を傾げるが、クリフは唇にそっと指を当てて見せた。


「この子はダリア。 花人の子供で、母親を探しに神都へ来たそうだ」


 そう言って、クリフがダリアの帽子を取る。

 ドッドウェルが慌てて花を隠そうとしたが、既に遅かった。

 

「何してるんだよ! 他の客もいるんだぞ!」


 小声で怒るドッドウェルだったが、クリフは気にしていないようだった。

 それどころか、カウンターの端に座る女の近くにダリアを座らせてしまった。


「彼女はマスターの奥方だよ。 ところで、記憶は戻ったのかな?」

「……あ? 誰だ、お前」


 女の鋭い眼孔がクリフを捉える。

 濃い琥珀色の瞳と赤みがかったプラチナブロンドの長い髪、それに整った顔。

 黙っていれば思わず目を奪われそうな容姿だが、口の悪さにドッドウェルは驚愕した。

 

「天狐! お客様に失礼だろ。 すみません、妻はあの期間のことを覚えていないんです」 

「そうだったか、それは残念。 では、あらためて……初めまして、奥方。 私の名はアルフレート。 ここの常連だ」

「……ふうん」


 心底どうでも良さそうな返事のあと、天狐は席を立って外へ出ていってしまった。

 

「マスターの奥さんって、想像してたのと違う……」

 

 この人好きな笑顔を浮かべる優しいマスターには、きっと同じように優しい奥さんがいるのだとばかり思っていた。

 まさかこんな性格の悪そうなヒトだったなんて。

 でも好みはヒトそれぞれだ。

 見かけによらず優しいのかもしれないし、もしかしたらフロガは極度のドMなのかもしれない。

 ドッドウェルは頭の中で勝手に納得しながら、ランチを、クリフはサンドイッチとスープを注文した。


 注文を終えると、外に出ていた天狐が戻ってきた。

 それからフロガに何か声を掛け、店のカーテンを閉めて二階へ上がっていってしまった。


「あー、奥さんの機嫌悪くなっちゃった?」


 恐る恐る、ドッドウェルがフロガを見上げる。

 何か気に障ることでもしてしまったのだろうか、と思っていると、フロガはいつものように微笑んだ。


「妻はいつもああなんです。 今は、おもてのプレートを変えて閉めてきてくれたんですよ。 花人の女の子だなんて、万が一狙われたら大変ですからね」


 あんなに興味が無さそうな顔をしていたのに、ダリアのためにわざわざ店を貸し切りにしてくれたのだ。

 意外と良いヒトなのかもしれない。


「今日のランチはミートパイです。 ダリアちゃんには、丁度良いものがあるよ」 

 

 そう言ってフロガが持ってきたのは、一般開放されてきる神殿の庭で汲んできた「花の泉」の水だ。

 花人は水の味に敏感であることで有名である。

 この花の泉の水は花人にも大変好評で、暖かい季節になるとこの水を求めて訪れる花人もいるほどだという。


「わあ、このお水おいしい!!」


 エバーグリーンの瞳が、ぱっと輝く。

 心做しか、白い大輪の花も活き活きと煌めいているように思えた。

 

「常連さんで水にこだわりがある人がいるので、いつ来ても良いように常備しているんですよ」

「へえー……あ、ちなみにその人ってウィネリーって女じゃない?」

「いえ、違いますね」 

「だよなあ……」


 そんなに都合良く見つかるはずがない。

 落胆するドッドウェルだったが、ダリアは案外楽しそうにしていた。

 

「ねえドッドウェル。 神都って本当に色んな物があるんだね! 私のいた村と全然違う」


 花人は温暖な地域でしか生息することが出来ない。

 特別な保護も必要だ。

 決して楽しくなかった訳ではないが、やはり村と神都では建物も食すらも違う。

 だからダリアは、こうして色々な物やヒトを見るのが楽しくて仕方がないようだ。

 

 追加で出てきた水と、美味しい果物を食べながらダリアはクリフを見上げる。


「あのね! 次は神殿に行ってみたいの」

「……ここを出たらローターブッフェルに行く。 裏社会の者のほうが、ウィネリーを知っているだろう」

「おいおい、そんな所に子供を連れていけるわけ無いだろ」

「誰がそれを連れて行くと言った。 君達は観光でもしていろ」


 そう言ってクリフが立ち上がり、店を出て行ってしまった。

 彼なりに気を使ったのだろうか。

 そんなクリフを目で見送ったフロガが、ドッドウェルに向き直る。


「ドッドウェルさん。 南区にはガラの悪いヒトもいるので、ダリアちゃんから目を離さないように気を付けてくださいね」


 帽子で花を隠しているとはいえ、目聡い者ならダリアを花人と見破るだろう。

 万が一にでも誘拐されれば、即解体。 夕方には闇市に並ぶ。

 

「わかってるさ。 だからなるべくヒトのいる場所を歩くようにしてるんだ」

「それが良いと思います。 次は神殿に行くんですか」

「そうだなあ……聞き込みはあいつに任せて、俺達は観光でもするか」


 ダリアがぱっと表情を輝かせる。

 

「やったー! 神殿はお庭が綺麗なんだよね? ずっと行ってみたかったの!」


 まるで太陽のように笑うダリアに、ドッドウェルも微笑んでみせる。

 次の目的地である神殿は、ラディエンの観光名所だ。

 毎日祈りを捧げに来る者であったり、遠くの地方から訪れる者であったり、種族も様々でいつも賑わっている。

 ドッドウェルもラディエンに初めて来た時、一度だけ見に行った事があった。


「綺麗な庭だったよ。 たくさん花が咲いてて、まるで楽園みたいな……」


 俺には縁遠い場所。

 そう言い掛けて、ドッドウェルは言葉を止めた。

 かわりに食べかけのミートパイを口に放り込む。


「まあ行けばわかるさ」


 ごくりと飲み込んで、ドッドウェルはまた笑った。




 ──ヴァルムを出たあと、乗り合い馬車を使って神殿区へ向かう。

 この馬車はいつも混み合っているが、なんとか座ることが出来た。 しばらく揺られたあと、神殿前で馬車が停まる。

 ぞろぞろと降りる乗客たちに続いて外に出れば、大樹の花の良い香りがした。


「わあ、すごい! あれが星花の大樹!?」


 神殿を包み込むようにして生えている大樹には、青い花が咲き乱れている。

 春風がふわりとそよげば、花びらが美しく舞った。


「ああそうだよ。 庭の入り口はここ入ってすぐだ。 行こうぜ」

「うん!!」

  

 神殿の一階にある庭は観光客が訪れるだけではなく、市民の憩いの場にもなっている。

 散歩をする者、楽器を演奏する者、泉の水を汲みに来る者も多くいるようだ。


「わあ! 綺麗!!」


 暖かな陽が降り注ぐ庭に嬉しくなったのか、ダリアが歓喜の声をあげる。

 所々に迫り出ている大樹の枝に躓きそうになりながらも、スキップをしながら泉の方へ向かった。


「転ぶなよ」

「わかってるよー!」


 元気よく返事をしたダリアに、ドッドウェルも自然と笑顔になる。

 毎日毎日、日雇いの仕事をして、終わったら酒を飲んで、気のいい常連客やマスターと話をする。

 そんな日々も楽しいが、こうして自然に囲まれるのも悪くはない。


「たまには、良いよなあ」


 楽しそうに手を振るダリアへ、同じように手を振り返す。 それから泉の近くにある東屋へ入り、椅子に腰掛けた。

 近くで奏でられているハープの音に耳を傾けながら、ぼうっと庭を眺める。

 

(次はクリフを誘ってみるか……?)


 ──誘ったところで闇市巡りが始まるのだろう。

 それならいつもやっている事だ。

 あれも意外と楽しい。

 そんな事を考えていると、駆け寄ってきたダリアが横に座った。


「このお庭、凄く綺麗だし空気もちょっと違うね」

「そうなの?」

「うん。 私の村に似てる」

「そうなんだ。 ダリアは良いところに住んでるんだな」

「でも、神都みたいに色んな物がある訳じゃないから、退屈だよ」

「そっか。 まあ、ちょっとわかるよ」


 ドッドウェルも、ハムロ鉱山跡の洞窟に住んでいたころは退屈で仕方が無かった。

 退屈、という点だけではダリアの気持ちはよくわかる。

 しかし、住んでいる場所はまるで違うのだ。


「なあダリア。 明日になっても母ちゃんが見つからなかったら、帰ったほうがいい。 父ちゃんも新しい母ちゃんも、今頃ダリアを心配して探していると思うんだ」

「……でも」

「本当は、母ちゃんの事なんか本気で探してなかったんだろ?」


 びくり、とダリアが肩を揺らす。

 なんとなく途中からわかっていた。

 有力な情報もないのに、やけに楽しそうなダリアは本当はただ観光をしたかっただけなのだと。


「……ごめんなさい」


 泣きそうな声で、ダリアが呟く。

 そんなダリアの頭をドッドウェルは優しく叩いた。


「別にいいさ。 でも、もっと暖かい季節になってから父ちゃんや母ちゃんと来れば良かったのに、なんで一人で来ちゃったんだ?」

「……お父さんと喧嘩したの。 ラディエンに連れて行ってくれるって約束したのに、急にお仕事が入ったからって。 これでもう三回目」

「ま、よくある話だな」

「でも、お母さんの話は本当だよ。 会いたいっていうのも、嘘じゃないの。 もし会えるのなら、お話をしてみたい」

「……そっか」

「でもドッドウェルの言う通り、明日になっても見つからなかったらちゃんと帰る。 それまで一緒にいてくれる?」

「当たり前だろ。 母ちゃんの情報、クリフが掴んでるといいな!」

「うん! ……ありがとう、ドッドウェル」


 大輪の花に似合う、眩しい笑顔。

 庭に降り注ぐ太陽の光が、ダリアの笑顔をより一層美しく魅せていた。




***********





 陽が傾きかけたころ、夕1ツの鐘が鳴り響いた。


「そろそろ帰るか」

「うん」


 帰宅するヒトの姿も増えてきた。

 西区へ向かう馬車の停車場所へ向かい、到着を待つ。

 やがて到着した乗り合い馬車はヒトでぎゅうぎゅう詰めで座る場所もない。

 仕方無く窓際に立って、目的地まで着くのをじっと耐えた。


「ダリア、大丈夫か?」

「大丈夫だよ」

  

 背の低いダリアを時折気にしながら、離れないように手を繋ぐ。

 そうしているうちに、西区の魔封技術研究所前に馬車が到着した。

 ヒトの波に乗りながら、馬車を降りようと歩き出したそのとき、ふいにドッドウェルの手からダリアの小さな手がすり抜けていった。


「ダリア!?」


 ほんの一瞬だった。

 人混みに紛れたその一瞬で、ドッドウェルはダリアを見失った。

 慌てて名前を呼ぶが、姿を見つけることができない。

 まさか、この一瞬攫われたのか?

 どこかで後をつけられていたのか?

 後をつけられていたとしたら、南区か。 それとも西区で聞き込みをしていたときからか。

 手の早い者なら、きっとすぐに解体される。

 ──最悪の事態が脳裏を過り、心臓が早鐘を打つ。


(落ち着け……ダリアを探さなくちゃ)


 でもどこを探せば……

 立ち尽くしていると、後ろから肩を叩かれた。


「何をしている、ドッドウェル。 行くぞ」


 振り向けば、自分と同じ顔の澱んだ瞳をした男。

 クリフだ。


「クリフ!? ……行くって、どこへ!」 

「ダリアを攫った者の後を追うと言っている。 早く来い」


 言いながら、クリフが早足で歩き出す。

 その後を追い掛けているうちに、細い路地へと入っていった。


「なんで場所わかるの?」


 クリフが人差し指を一本立てる。

 すると、その指の先に小さな赤い鳥が止まった。


「これは私の作ったキメラだ」

「ただの鳥にしか見えねえ……」

「ほぼ鳥だ。 しかし頭が良く追跡をする事ができる。 ちなみに脳の一部と嘴には……」

「説明は良いや」

  

 不服そうに眉を動かしたクリフを尻目に、飛び立った小鳥を追う。

 路地を通り、開けた場所に出ると倉庫が並んでいるのが見えた。

 その一つの屋根に小鳥が留まる。


「あそこか」

「よし、行って来いドッドウェル」

「おう! ……え? あんたは?」

「私は戦闘は不得手だ。 もし手を怪我したら研究に差し支える」

「へえ、へえ、わかりましたよ……」


 仕方無く、ドッドウェルは一人駆け出した。

 窓から中を覗い、人数を確かめる。


(男が5人。 ダリアは……無事だな)  

 

 どうやらダリアは眠らされているらしく、椅子に力なく項垂れているのが見えた。

 男は5人で何を話をしているようだが、内容は断片的にしか聞こえない。

 花をどうするか、足をどうするか、そんなワードから察するに、どう解体するか話し合っているのだろう。

 やがて、男の一人が外に出ようと歩き出す。


(ラッキー!!)


 ドッドウェルが小さくガッツポーズを決める。

 出てきた男の後を追い、隣の倉庫から解体道具を持って出てきた所を思い切り殴り殺した。

 それから男に擬態して、落とした解体道具の鉈と小斧を拾い、先程の倉庫に堂々と侵入する。


「持ってきたぜ」


 男たちの顔を見回す。

 一人は背の高い細身の男。 色黒の男。 小太りの男。 髭の長い初老の男。 それからドッドウェルが擬態している中肉中背の男。

 誰も初めて見る顔だが、全員裏社会の者であることは間違いない。

 

「よし、じゃあまずは腕からだ。 OK?」


 初老の男がダリアの腕を指差す。

 

「OK!!」


 威勢よく返事をしたドッドウェルは、右手に持っていた小さな斧を初老男の腕に振り下ろした。

 その勢いの良さに、男の腕が弾け飛ぶ。

 まだ理解していない初老男の腹を蹴り飛ばし、転げたところでドッドウェルは隣りにいた細身男の足を勢いのままに斧で薙ぎ払った。


「なんだあ!? てめぇ!!」


 その一瞬のうちに、ようやく状況を理解した色黒の男が剣を取り、小太りの男が懐からナイフを取り出す。

 躊躇なく振りかざすが、それはドッドウェルの左腕を掠めただけだ。


「いってぇ! けど残念、掠っただけだぜ!」


 シャツの上から血が滲む。 

 しかし、それはよく見る赤い血ではなかった。

 それはどろどろと流れて腕を伝い、左手に持つ鉈を緑色に染めていく。


「な、なんだその血?! まさか……」

「喋ってる暇あったら動かないと死んじゃうよ!」


 そう言っている間に素早く投げた斧が小太り男の頭に命中する。

 後ろを振り向けば、剣を大上段に構えた色黒男が、ドッドウェルの脳天へと振り下ろしていた。

 

「野郎! ぶっ殺してやるッ!!」


 振り下ろされた剣は、鉈の刃で受け止められる。

 ガラ空きになっていた腹に蹴りを入れると、色黒男は簡単に倒れた。

 間髪入れずに、鉈で男の首を落とす。


 少しの静寂のあと、聞こえてきたのは大きな発砲音。

 気付いた頃には、ドッドウェルの足を魔石が貫通していた。


「魔石銃か、物騒な物持ってるね。 でも下手くそだ」


 構えていたのは、細身の男だった。

 上半身を狙ったのかもしれないが、命中したのは太腿。

 走ってきたドッドウェルへ二発目、三発目と続けて撃ってきたが、どれも当たらない。

 真横に来た瞬間を狙うも、魔石銃を持っていた手を踏みつけられて呆気なく手から銃が離れてしまった。

 二人を見下ろすドッドウェルを、初老の男が悲しそうに見上げる。


「お前……どう、して……」


 ドッドウェルが擬態している男が裏切ったと思っているのだろう。

 血の混ざった息を吐きながら、絶望する瞳にドッドウェルは笑いかけた。


「大丈夫! こいつはもう死んじゃってるよ」


 そう言っていつもの姿に戻る。

 その姿を見て、細身の男が声を上げた。


「あ、あんた、クリフ・リンドール!?」

「いいや、違う」


 ドッドウェルの後ろから、ゆらりとクリフが姿を現す。

 懐から取り出した魔石銃で細身の男を撃ち殺したあと、初老の男へ銃口を向けた。


「リンドール先生! か、勘弁してくれ! 集金だろ? 今度こそ払う!!」

「その言葉を聞くのは三度目だ。 ここに金庫はあるかね?」

「あります! あるから、助けてくれ!」

「では、金庫の場所まで案内したまえ」


 まだ無事な方の腕を引っ張り上げて、初老男を無理矢理立たせる。

 背中に魔石銃を当て、金庫の場所まで歩かせた。


 その間に、ドッドウェルは椅子に縛り付けられているダリアの縄を解いてやる。

 この様子では、しばらく起きないだろう。


──薬で眠らされていて良かった。


 今日はたくさん、楽しい思い出を作った。

 その思い出の中に、こんな光景は残したくない。


 ダリアの美しい緑の髪がさらりと揺れる。

 大輪の白い花びらが一枚だけ、ドッドウェルの足元に落ちた。


(同じ緑色なのに、なんでこんなに違うんだろう) 

 

 己の腕を流れる緑色の血を眺めながら、ドッドウェルはぼんやりと考える。

 やがて、倉庫の奥から大きな発砲音が二つ、聞こえた。





 ──翌日、ダリアが目を覚ましたのは昼1ツの鐘が鳴る少し前だった。


「あれ……わたし……」


 ぼんやりとした頭で部屋を見渡す。

 馬車に乗って、降りようとしたところから記憶がないのだ。


「よお、起きたか。 急に倒れたから心配したよ」

「あ……ドッドウェル……」


 まだ眠気の残った瞳で見上げるダリアに、ドッドウェルはグラスに入った水を渡した。

 それをゆっくりと口に含んで、少しずつ飲み込んでいく。


「疲れてたんだな。 今日一日休んで、明日帰り支度をするといい。 父ちゃんと母ちゃんにはこっちから連絡しておいた。 めちゃくちゃ心配してたぞ」

「うん……ごめん……」


 しょんぼりと肩を落とすダリアの背中を軽く擦ってやる。しばらく黙っていると、今度はクリフが部屋に入っきた。


「ダリア、君の母親は見つからなかった」


 入ってきて早々、言い切る。

 それからダリアに目線を合わせて、その場にしゃがんだ。


「残念かね」

「……うん、ちょっとだけ。 結局、お母さんの考えてたこと、わからなかったなって」

「そうか……これは私の推測に過ぎないが」

「すいそく?」

「君の母親は君のことをきっと大事に思っていた筈だ」


 顔を伏せていたダリアがクリフの目を見る。

 澱んだエメラルドグリーンの瞳に、美しいエバーグリーンが映った。


「どうしてそう思うの?」

「花人は特別な保護が必要だ。 この神都では特に神経質にならなければ、三歳まで生きることなど出来なかっただろう」


 クリフは言葉を続ける。


「君は大事にされていた。 大事にされるとは愛されるという事だ。 手放した理由はわからないが、少なくとも君を邪魔とは思っていなかった。 と、私は推測する。 以上だ」


 早口で言い切ると、クリフは部屋を出て行ってしまった。それを見て、ドッドウェルは思わず笑ってしまう。


「あれ一応気を使ってんだよ。 何言ってたか聞き取れた?」

「……うん。クリフ、優しいんだね」

「アハハ。 そうかもな〜」

「ドッドウェルも、ありがとう」

「俺は何もしてないよ」

「ううん。 色んな所に連れて行ってくれて、楽しかったよ」


 また、あの眩しい笑顔を浮かべる。

 釣られてドッドウェルも笑うと、ダリアを優しく撫でた。


「俺も楽しかった。 さて、今日はもうちょっと寝てろよ。 南の村までは結構かかるから、体力回復しておかないとな」

「うん!」


 ダリアに手を振って、部屋の扉を閉める。


 振り返ると、クリフがリビングのソファで新聞を広げていた。


「明日、道中の護衛はヴァルムのマスターに任せた」

「え!? マスター? どうして?」

「彼はプラチナランクの冒険者でもある」

「なんで知ってんの?」

「調べたからな」


 ドッドウェルが怪訝そうにクリフを見つめる。

 しかし新聞に落とされた瞳は一切ドッドウェルを見ること無く、またぼそぼそと喋り始めた。


「それに私達では無理だろう。 君はそんなだし、私もコレだ」

「そりゃそうだな。 あー、でも俺もついて行きたかったなあ」


 まだ痛む足を引き摺りながら、ドッドウェルがひょこひょこと歩く。

 同時にクリフも自分の脇腹を擦った。

 

「あの男も銃を持っていたとはな。 せっかく金を回収したのに、とんだ出費だ。 あれの両親に請求しておかないといかん」

「最低だね、あんた……」


 苦笑いを浮かべ、ドッドウェルはキッチンで茶を淹れた。




 ──次の日の朝、ダリアを連れてヴァルムへ行く。

 いつもの暗い路地で迎えてくれたフロガは見慣れたエプロン姿ではなく、軽装に紫の外套を羽織っていた。


「ダリアちゃんは責任を持って、南の村まで護衛します」

「ありがとう、マスター。 頼むよ」

 

 いつものように人好きな笑顔を浮かべ、フロガが頷く。

 その後ろにはいつの間にか天狐が立っていた。


「夫婦で冒険者なの?」

「いえ、妻は……使い魔みたいなものです」

「へえ。 奥さんもヒトじゃないんだ」


 琥珀色の瞳がじっとドッドウェルを睨み付ける。

 その瞳を見つめ返すと、天狐がふっと息を吐いた。


「妖魔族か」

「そうだよ。 中途半端同士、俺達トモダチになれそうだね」

「……行くぞ、フロガ」


 ドッドウェルを無視して、天狐が歩き出す。

 その後を追いかけながら、フロガはドッドウェルへ申し訳無さそうに会釈した。

 フロガに手を引かれ、ダリアがドッドウェルに振り返る。


「ドッドウェル、ありがとう! また絶対来るから、私のこと忘れないでね! クリフにもありがとうって言っておいて!」

「ああ、またな!」


 大きく手を振るダリア。

 その拍子に、今朝方ドッドウェルがかぶせてやった帽子が取れてしまった。

 新緑のようなみずみずしい緑の髪が、大輪の白い花に絡む。

 差し込んできた朝日に照らされたその姿は、今まで見たどんな花よりも美しく見えた。



*****




「ただいまー。クリフも見送り来れば良かったのに」


 ダリアを見送り、家に戻る。

 リビングではクリフがいつものように本を広げていた。

 帰ってきたドッドウェルには目もくれず、本から顔をあげない。 いつものことである。


「なあクリフ。 ダリアの母親のこと、本当に何もわからなかったのか?」

 

 その問いに、クリフが珍しく顔を上げる。

 澱んだエメラルドグリーンの目は相変わらずどこを見ているかわからない。


「ああそうだ。 あれの母親はもう死んでいるからな」

「やっぱり……ローターブッフェルで聞いたの?」

「最初から知っていたよ。 彼女は私からも薬を買っていたからね。 あの娘のことも、よく覚えている」


 ドッドウェルが目を瞠る。

 最初から全部わかっていて、無駄な聞き込みをしていたということだ。

 いくらなんでも意地が悪すぎるのではないだろうか。


「何言ってんだよ」

「ウィネリーは重度の薬物中毒者だった。 薬欲しさに自分の娘を高値で買わないかと私に持ち掛けてきた程だ」

「でも……花人は特別な保護が必要って」

「もちろん。 まあ娘を管理していたのは彼女の親と旦那だったがね。 だから娘を連れて南の村へと逃げて行った。 金策を失った彼女は首を吊って死んだよ」


 珍しく、クリフが薄っすらと笑う。

 その笑みが何を意味しているのかはわからないが、驚いているドッドウェルを面白がっているのかもしれない。


「そうそう、あの娘が来てくれたお陰で料金が未払いだった客を誘き寄せて金を回収する事ができた」

「……最初からダリアを囮にしてたのか? あんた、まさかローターブッフェルで情報流してきたんじゃ」


 邪推がつい口を出る。

 しかしクリフは特に動じず、ドッドウェルを眺めているだけだ。


「それが何だと言うのかね」

「……あんた、やっぱり嘘つきだよ」

「ああ、そうだね」


 ドッドウェルがため息を吐くと、クリフは再び本に目を移す。

 その口元にはもう笑みは浮かんでいなかった。

 


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