エビフライ
薄茶色で、足が沢山あって、ヒゲが長く、硬い体を持つ、気持ちの悪い魔獣。
それらがヴァルムの厨房に置かれたカゴの中でウゾウゾと犇めき合っている。
カイナンまで遊びに行ったついでに、と言いながらフロガが大量に狩ってきたそれを見て、天狐は顔を顰めた。
「……気持ち悪い」
「でも美味しいよ」
「わかっている。 だが調理前のそれを私に見せるな」
「一応魔獣だけど、ただの海老だろ」
カイナンの海でよく出現するという海老型魔獣のシュリップ。
大きさは10インチと普通の海老より少し大きいくらいだが、船に穴を空けたり網を破ったり、群れで漁師に襲い掛かったりと意外と凶暴である。
しかしその身はぷりっとしていて肉厚。 濃厚で旨味もあり、刺身でも焼きでも大変に美味しいのだ。
そんなシュリップの緊急討伐クエストとして掲示されていたギルドの掲示板に、フロガがカイナン観光そっちのけで飛びついて今に至る。
観光する時間もなく、討伐クエストを終えて帰ってきたのが宵1ツ。 もう夜中である。
「カイナンで美味いもの食う約束だった筈だ」
「ごめんごめん。 思ってたより沢山居たから夢中になっちゃった。 これで美味しいもの作るから許してよ」
全く悪びれていない笑顔で謝るフロガに、天狐は小さく舌打ちをした。
「本当に悪いと思っているのか? 私がそれくらいで満足すると?」
「するだろ」
「ふざけんな! そんな事で許せるか!」
ぷりぷりと海老のように怒った天狐は、二階へ上がっていってしまった。
大量のシュリップを冷却魔具にしまい、フロガも二階へ向かう。
ベッドの中で不貞腐れている天狐に声を掛ければ、毛布を頭までかぶってしまった。
「天狐、悪かったよ」
「触んな! 大体、お前エビ臭いんだよ! 今日は一緒に寝ないからな!!」
毛布の中でそう言ったかと思うと、ヒト型に膨らんでいた毛布の中身が突然小さくなった。
狐になった天狐が、そのまま毛布を咥えてフロガの足下をすり抜け、リビングのソファで丸くなる。
どうやら今夜はそっちで眠るらしい。
怒っている割にはちゃんとベッドで眠らせてくれる辺り、なんだかんだと優しい。
「わかった。 おやすみ、天狐」
声をかけると尻尾が一度だけ揺れたが、返事はなかった。
翌日、大量のシュリップをフロガはひたすら捌いた。
毒のあるヒゲは切り落とし、硬い殻を剥いて尻尾の汚れを取る。
殻は後でソースに使う。 剥き身にしたエビは粗めのパン粉をまぶしてフライにした。
そうして出来上がったエビフライを二本、皿に並べる。
……ということで本日のヴァルムのおすすめはエビフライ。
自家製のタルタルソースを好きなだけかけるもよし、ウスターソースでいただくのもよし、ソイソースやレモン、塩もさっぱりして良いだろう。
揚げたてはサクサクのぷりぷり。 肉厚な身だけではなく、尻尾までカリカリで美味しく食べられる。
何より、尻尾に詰まった身は特に味が濃厚である。
そんなエビフライはランチで好評であった。
「エビフライは尻尾が一番美味いんだよなぁ」
あらかた食べ終わったランチプレートを見ながら、常連客のバイロブが楽しそうに呟く。
彼はたまに来ては毎回エビフライを注文する程、エビフライを愛している男だ。
鼻下に生えている髭と赤い髪は、どことなく海老を想起させる。
そんなバイロブの皿の上に残っているのは、二本の尻尾。
バイロブはそれをニコニコと眺めながら、まずは一本目を口に入れた。
「うーん、美味い! 殻がサクサクだし、何よりこの中身が濃厚だ!」
「ありがとうございます」
「尻尾ってのはさ、汚れが詰まってるからちゃんと下処理しないと食えないんだ。 マスター、流石だねぇ!」
「いや、あはは……」
バイロブがあんまり褒めるものだから、フロガは照れ笑いを浮かべた。
こうして喜んでもらえるならば、頑張って作った甲斐がある。
「うん、美味いなあ!!」
「……ごちそうさん」
二本目の尻尾を楽しむバイロブの横で、別の常連客が手を上げた。
「ありがとうございました。 タルコットさん」
「今日のタルタルソースも美味かった。 また来るよ」
「はい、お待ちしておりますね」
そう言って微笑むと、タルコットと呼ばれた男もまた満足げに笑った。
彼の皿には、エビの尻尾が二本残されている。
それを目聡く見つけたバイロブが、すかさず声を上げた。
「おいおい、あんた尻尾残すのかい」
「何をどう食おうが俺の勝手だろ」
「エビフライっていうのはさ、尻尾の中身が一番濃厚で美味いんだぜ」
「横で散々聞いていた。 だがな、エビフライっていうのはタルタルソースを食べるための棒なんだよ。 尻尾なんかどうでもいい」
「な、なんだと!? あんた、エビフライを馬鹿にしてるのか!!」
信じられない、と言わんばかりに叫ぶバイロブを尻目に、タルコットは鼻で笑って店を出てしまった。
思わずそれを追いかけようとしたバイロブを、フロガが止める。
「落ち着いてくださいバイロブさん。 人の好みはそれぞれですから……」
「そりゃあそうだけどよ……!」
「タルコットさんは、タルタルソースが大好きなんです。 毎回、一滴も残さず綺麗に食べてくれるんですよ」
言われて見たタルコットの皿は、尻尾こそ残されているものの、とても綺麗に食べられていた。
だが、バイロブは悔しそうに顔を顰めている。
「せめて尻尾の中身だけでも食えばいいのに……」
そう嘆くバイロブは、フロガが下げる皿を恨めしげに見つめていた。
その日の夕方。
ディナーが始まるが、今日は雨が降っているからか客の入りが殆ど無い。
先程まで居た客も帰ってしまい、店内は誰もいない。
しかし、そんな中で昼にも来たバイロブが再び来店した。
その後ろには、偶然同じタイミングで来たであろうドッドウェルもいる。
「酷い雨だなあ。 マスター、エビフライね!」
「俺はエールと……海老で何かつまみ作って」
「はい、ありがとうございます」
バイロブの注文したメニューは昼と同じエビフライ。
彼がエビフライを愛している事はわかっていたが、昼と夜の両方に来たのは初めてだ。
余程、今回のエビフライを気に入ってくれたのだろう。
「魔獣って美味いんだなあ! いつものエビフライよりでかいし、尻尾の身もずっと濃厚だ!」
「バイロブさんは本当に尻尾が好きですね」
「ああ!」
嬉しそうにエビフライを頬張るバイロブ。
その横ではドッドウェルが待ち遠しそうにフロガを見つめていた。
「ドッドウェルさんお待たせしました。 どうぞ」
「待ってましたー!! うまそー!」
ドッドウェルには海老のガーリック炒めとエールを用意した。 エールに合うように、ガーリックは普通より強めに効かせて味を濃い目にしている。
「うまーい!! シュリップ最高だなあ!」
早速それを口に運ぶと、ドッドウェルは満面の笑みを浮かべて声を上げた。
それからエールのジョッキを傾ける。
「なああんた、エビフライも美味いぜ」
「エビフライかあ……そうだな。 マスター、俺もエビフライひとつ」
「俺はエビフライおかわりで!」
「かしこまりました」
バイロブがエビフライを齧りながら、隣の席のドッドウェルに話しかけた。
それにつられてしまったのか、ドッドウェルもエビフライを頼み、バイロブもついでにおかわりをする。
「エビフライは尻尾の中身が一番美味いんだぜ」
「ああ、そうだよなあ。 さっき聞いたから知ってる」
そんな他愛もない話をしていると、また一人客が入ってきた。
「こんばんはマスター。 昼と同じものを」
「あ……あんた、昼間の……」
そこに現れたのはタルコットだった。
バイロブはタルコットの顔を見るなり、勢い良く立ち上がる。 が、なんとか抑えたのか、再び座った。
しかし、顔は険しいままだ。
そんなバイロブに、タルコットは昼間と同じように鼻で笑ってみせた。
「なんだ、あんたも来てたのか尻尾野郎」
「尻尾野郎?!」
「ああそうだ。 尻尾ばっかり食いやがって。 俺はエビフライの尻尾が大嫌いなんだよ」
「て、てめえ……!」
「いやいや、ちょっと落ち着けよ。 好みは人それぞれだろ? 普通に飯食おうぜ」
喧嘩が起こりそうな雰囲気を察してドッドウェルが間に入る。
その騒がしさを聞きつけたフロガが、厨房から顔を出した。
「こんばんはタルコットさん……どうしました?」
「……いや、なんでもない。 昼と同じものをくれ」
「かしこまりました」
フロガが厨房へ戻る。
それを見届けてからバイロブはタルコットを睨みつけた。
「あんた、エビフライは好きなのか」
「ああ。 タルタルソースに一番合う食い物だ」
「なんで尻尾を残すんだ? 尻尾だってタルタルソースに合うだろ?」
バイロブの言葉に、タルコットは黙ってしまった。
二人に挟まれて居心地の悪そうにエールを飲むドッドウェルが軽くため息をついて口を開く。
「俺もたまに尻尾残すぜ」
「ええ!? あんた、さっき尻尾は美味いって……」
「中身は美味いけど殻が歯に引っ掛かるんだよ。 沢山は食えないなあ」
「ああ、わかるぜ……」
タルコットが深く頷く。
今度はバイロブが居心地の悪そうに顔を顰めた。
そんな空気の中、フロガが厨房からエビフライを持って戻ってくると三人の前に並べていく。
「お待たせ致しました。 エビフライです」
三人の前にエビフライが置かれる。
瞬間、バイロブとタルコットが同時に「えっ」と声を上げた。
タルコットのエビフライに、尻尾がついていないのだ。
「タルコットさんのエビフライは、殻を取って尻尾の先まで揚げてあります。 尻尾の中身が美味しいのは間違いないですから、どうぞ味わってください」
「マスター……」
タルコットが感動したように呟く。
バイロブはというと、驚いたまま固まってタルコットの皿を見つめていた。
「ほら食おうぜ。 今日は俺も尻尾食うからさ」
「あ、ああ……」
ドッドウェルに促されてバイロブもフォークとナイフを持つ。
タルコットもまた、ナイフでエビの身を切って三人は同時にエビフライを口に運んだ。
「美味い!」
「ああ、美味い」
「タルタルソースも最高だ……」
そう言って、タルコットは幸せそうに大好きなタルタルソースをたっぷりとエビフライに絡ませ、口いっぱいに頬張った。
エビフライの甘い油と弾力のある身、それからまろやかなタルタルソースが口の中で混ざり合う。
最後にふわっと香るスモーキーな味わいは、他のタルタルソースにはないものだ。
「今回のタルタルソースは別格だな、マスター」
「ちょっとアレンジしまして、ピクルスの代わりに燻製野菜の漬物を入れてみました」
「どうりで……ちょっとスモーキーだと思ったんだ」
こってりとしたマヨネーズの風味の中に、燻製の香りが広がる。
同時に漬物のパリパリとした食感が食欲を増幅させて、いつまでも食べていたい気分だ。
「タルタルソース、おかわり」
「かしこまりました」
タルタルソースを堪能するタルコットが、パンにも塗り始める。
おかわりした分もすぐに無くなり、最後の楽しみにと取っておいたエビフライの先……つまり尻尾の部分に、皿に残った少ないタルタルソースを絡みとって、口に入れる。
そして、タルコットはふっと息をついた。
「……美味い。 確かに、少し濃厚な気がする」
「だろぉ!?」
「ああ……だが、俺はやっぱり尻尾は食えない。 あの殻がどうしても昔を思い出させるんだ……」
「昔?」
「俺の実家は大家族でね……俺は八人兄弟の末っ子だった」
突然、タルコットが遠い目をして昔話を始めた。
興味深げに聞き入るバイロブと、困惑するドッドウェル。
同時に、フロガも何故エビの尻尾からここまで話が広がっているのか困惑していた。
「俺はエビフライにタルタルソースをつけるのが好きだ。 けどな、大皿に盛られたエビフライは兄貴達が殆ど食っちまうんだ。 俺に残されるのは尻尾だけ……タルタルソースも殆ど残らない」
「そいつは酷い話だな……」
「まあ、昔の話だ。 すまなかったな、尻尾野郎だなんて言って」
「いや、俺の方こそ悪かったよ。 そんな事も知らずに俺の好みを押し付けたりして……」
「なんか良くわかんねぇけど、解決したの?」
ドッドウェルの問いに、二人は揃って首を縦に振った。
それからドッドウェルはほっとしてエールを一口飲み、フォークを手に取った。
「ふーん……納得してる所悪いけど、エビフライの尻尾はこうすると中身だけ取れるんだぜ」
「えっ」
「は?」
素っ頓狂な声を出す二人に挟まれたドッドウェルがエビフライの解体を始めた。
まずは身の部分を少し多めに残しておく。
それから尻尾の殻の真ん中の部分を外して、二股になっている尻尾の付け根の部分に切り込みを入れる。
最後に身の部分を引っ張ると、綺麗に殻から外すことだけができるのだ。
「な? こうすると中身だけ食えるんだ。 殻が嫌なら中身を食えばいい」
「……知らなかった」
「……すまん、俺もだ」
バイロブとタルコットが呆然としながら言う。
ドッドウェルはそんな二人を見て得意気な笑みを浮かべた。
「あんたらもまだまだだな!!」
悔しそうな二人と、楽しそうに笑うドッドウェル。
このあと三人は酒を飲み交わしたあと、二軒目へ消えていった。
三人が帰ると、再び店内は静かになる。
カウンターテーブルを拭き、洗い物を済ませてもまだ客は訪れなかった。
こういう静かな日は、二階から天狐が降りてきて店内で夕飯を食べるのだが……。
(昨日は大分怒ってたし、朝ごはんは食べたけど昼は顔を出さなかったし……今日はどうかな)
店内はフロガ一人だ。 雨音に耳を澄ませながら、椅子に座ってぼんやりと新聞を眺めていると、階段を下る音が聞こえた。
新聞から顔を上げれば、階段にかかっているカーテンから天狐がじっとこちらを睨んでいた。
「天狐、今日はエビフライだよ。 食べるか?」
「……食べる」
少し間をおいて、天狐が答える。
それを聞いたフロガはにっこりと笑みを浮かべ、カウンターに食事を並べ始めた。
大きなエビフライを二本。 付け合わせにはキャベツの千切りとミニトマト、キャベツとコーンのスープと、柔らかな白パン。
天狐は席につくと、黙って食事を始めた。
まずはスープを一口。 それから別に添えてあるタルタルソースをたっぷりと取って、エビフライに絡めて口に入れた。
すると、不機嫌そうだった瞳がパッと輝く。
「美味しい?」
「……美味い!」
そう言うなり、エビフライを食べ進めていく。
嬉しそうに食べる様子に、フロガは内心ほっとしつつ笑顔を浮かべて、天狐に紅茶を差し出した。
「なあ天狐。 次の休み、またカイナンに行かないか」
「……ああ」
「そしたら、今度こそ美味しいものを食べよう。 約束」
天狐が無言でうなずく。
こういう時はちゃんと素直になってくれるのが可愛いところだ。
フロガは思わず緩んだ頬を引き締めて、仕事に戻った。
次の定休日、二人はカイナンで海産物の焼き物をたらふく食べたそうだ。




