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絹糸のお菓子と温泉

 昼の営業が終わった、花の日。

 花の日は午後の営業が無いため、フロガは遅い昼食を済ませたあと、ぼんやりとソファに身体を預けて新聞を眺めていた。

 

「へえ、イタの村で温泉が湧いたんだ」


 新聞の隅にある見出しを興味深く読み込んだあと、隣で丸くなっている天狐に声をかける。

 尻尾に顔を埋めて目を瞑ってはいるが、耳がピンと立ってフロガの方を向いているので一応は話を聞いているようだ。


「新たな観光地として大人気なんだって」

「それがどうした」

「今度休み取って行ってみない?」

「面倒だ」


 一蹴された。

 しかしそれで諦めるフロガではない。

 再び新聞に視線を落としてから、見出しの続きを読んだ。


「名物はこの付近でしか捕れない砂魚。 それから、絹糸のような見た目のお菓子も人気……らしい」

「なんだそりゃ。 美味いのか」

「人気って事は美味しいんじゃない」


 天狐の尻尾がふわりと動く。

 それから顔を上げたと思うと、ヒトの姿に変わっていた。

 フロガの読む新聞を覗き込み、見出し記事をじっくりと眺める。

 そこには文字通り、絹糸を紡いで丸めたような、見たことのない菓子の写真が載っていた。


「水飴で作った菓子か。 美味そうだな」

「それじゃあ休みのお知らせ出して、来月の真ん中辺りに行こうか」

「ああ、行こう」


 そういうことになった。



 

 ──旅行日和のよく晴れた月の日。

 今日から四日ほど、ヴァルムは休店する。

 旅行支度なんて事をするほど持ち物が多い訳でもなく、冒険者メダルだけぶら下げて、フロガは天狐と共に店を出た。

 

 イタの片隅にあるというオウエード村までは、大型の馬車を乗り継いで行く。

 新聞では新たな観光地になっているということなので、ある程度の混雑は予想していたのだが、馬車を乗り継ぐ毎にどんどん乗客が降りてゆくので、フロガは拍子抜けしていた。


「おかしいな……新聞では賑わってるって書いてあったのに」

「飽きられたんじゃないのか。 温泉なんて何処にでもある」

「それにしたって、あの記事見てから一月しか経ってないだろ」


 そんな会話をしていると、近くに座る老爺がチラチラと二人を気にし始めた。

 何やら怪訝そうな表情を浮かべているその老爺を、天狐が見やる。


「何だ、言いたいことがあるならさっさと言え」

「ひえ……すみません……」


 天狐の鋭い眼孔に、老人が身を縮める。

 天狐としては睨んだつもりは無いのだが、表情も乏しく口も悪ければ目つきも悪いのだから、そう思われても仕方がない。

 空かさず、フロガが間に入る。


「おい天狐、失礼だろ! すみません、どうかしましたか?」


 いつものように人当たりの良い笑顔を浮かべ、老爺の横に座る。

 すると老爺も安心したのか、フロガに軽く頭を下げると小さく口を開いた。


「聞き耳を立ててた訳じゃ無いんだが、あの村に行くのかと思ったら心配になっちまってねぇ……」

「あの村って、新聞に載っていたオウエード村のことですよね?」

「うむ。 最初は賑わってたんだが、最近変な魔獣が出るようになったらしくてのう。 危ないから今は誰も近寄らないし、こうやって行こうとする観光者に声をかけておるんじゃ」


 老爺が怪訝そうにしていたのは、二人を心配していたからだったらしい。

 この老爺は件の村の更に先に住んでいるそうで、観光地になった村のこともよく知っていた。

 

「そうだったんですか。 わざわざ、ありがとうございます」

「あんた良い人だねえ。 他の観光者はワシの言う事なんざ聞かずに降りて行っては後悔して帰っていくんだよ」

「その魔獣はそんなに危険なんですか?」

「村長の話では夜中に現れては妙な奇声を上げて暴れまわるらしい」

「え!? それじゃあ村のヒト達は……」

「怪我人はいないそうだが、年寄りばかりだから村を捨てていけないって奴が大半なんじゃ」


 そこまで聞いて、フロガの顔色が変わったのを天狐は見逃さなかった。

 嫌な予感がする。

 面倒事に巻き込まれる……いや、面倒事にフロガが突っ込んでいく。

 そんな予感がして、天狐は立ち上がって声を上げた。


「おいフロガ」

「そうか……村の人達が大変だ。 おじいさん、俺達が村の様子を見てきます!」

「おお、本当かい! そりゃあ助かる……!」


 遅かった。

 天狐は再び座り直して頬杖を付いた。


 ──あの老人、心配していた割にフロガが村に行くのを止めないあたり、あえて声をかけてきたのだろう。

 きっと首からぶらさげているプラチナメダルが見えたのだ。

 そうして話してみて、フロガがヒトの良さそうな馬鹿だと判断して魔獣の事を話した。

 ここまで天狐の憶測ではあるが、概ね当たっているはずだ。


「おお! よく見ればお前さん冒険者かい」


 老人が「今ようやく気付いた」と言わんばかりに声を張り上げる。

 憶測は当たっていたようだ。

 この様子だと、老人が村の先に住んでいるという話も嘘だろう。

 村の住人か、村長本人という可能性もある。


 天狐が聞こえるように大きく舌打ちをすると、フロガに軽く睨まれた。


「ええ、そうですよ」

「しかもプラチナランクかい。 こりゃあ安心だ」

「貴方は、オウエード村の村長さんですね」

「ああ如何にも……へ……?」


 思いもよらぬ言葉に、老爺が気の抜けた声を出す。

 それから目をウロウロさせたあと、慌ててフロガに頭を下げた。


「か、隠してて申し訳ない……が、村が困っているのは本当なんじゃ! ど、どうか我が村を救ってくだしゃい……!」

「もちろんですよ。 さあ、顔を上げて下さい」


 フロガか優しく微笑みかけると、老爺の目尻に涙が浮かんだ。

 

「ああ、なんてありがたい! ……して、料金なんじゃが」


 切り替えの早い老爺だ。

 天狐が顔を顰めている横で、依頼の話はどんどん進んでいくのだが、とても聞いていられなかった。


「一応相場があるので、それに近ければ。 魔獣の討伐なら大体3万クルタからなので……」

「おお、では3万で……?」

「待て、ふざけんな。 どういう魔獣かわからないんだぞ」


 再び天狐が立ち上がる。

 それからフロガと挟むように老爺の隣に座ると、鋭い瞳をぎらつかせた。


「じいさん。 料金の説明は私からしてやる」

「おい天狐……」

「ちょっと黙ってろ。 じいさんよく聞けよ。 まず魔獣の討伐料として30万クルタだ」

「30万!?」

「ああそうだ。 それから宿泊費と食事代は別だ。 一番良い宿の一番良い部屋を用意しておけ」

「むぅ……それは構わんが……」

「追加料金として、怪我をひとつする毎に5万クルタ。 治療費は別で勿論そっち持ちだ。 それから村の護衛料として一日20万クルタだ」

「う……うーむ……ちょっと高すぎんか……」


 渋る老爺の肩を天狐はがっしりと掴む。

 傍から見れば恐喝しているようにしか見えない。


「どうせがっぽり稼いでるんだろ? 魔獣がいなくなれば、また観光客が戻って来て討伐料なんかすぐに取り返せる。 オニキスに頼めば倍以上掛かるし、ゴールドやシルバーじゃ手も足も出ないかもしれないぞ? ここで手を打っておいた方が良いと思うがなぁ」

「そうかな……そうかも……」

「わかったらさっさと指名依頼しろ。 指名料は15万だ」

「よ……よしっ、わかった!」


 ぽん、と村長が手を打つと、天狐がにやりと笑う。

 その顔を見て、フロガが苦笑いを浮かべた。


「メダルに手をかざせ。 それから依頼内容と報酬を言え」


 言われた通りに、老爺がフロガのメダルに手をかざす。

 

「オウエード村の護衛及び魔獣討伐。 報酬……は、言い値で……」


 報酬を言い淀んだ村長であったが、無事に依頼が承認される。


「あと緊急依頼料として15万頂くからな」

「そんなに」


 村長の呟きと同時に、馬車はタイミング良くオウエード村に到着するのだった。



 オウエード村に着くと、温泉独特の香りが村全体を覆っているのがわかった。

 小さい村ではあるが、観光地となった事で潤ったのか、設備が整っていて繁栄しているように見える。

 宿も改装したばかりで大きくて綺麗だ。

 しかし、ヒトがどこにも出歩いていない。

 『ようこそ』と大きく書かれた派手な旗が虚しく風に吹かれている。


「廃れてんだか繁栄してんだか……」

「観光客が減ってるから、仕方ないんじゃないかな」

「その通りですじゃ」


 村を歩きながら、村長が案内してくれる。

 馬車を降りてすぐの場所には源泉掛け流しが売りの大きな宿屋があり、その先には飲み屋、食堂、土産物屋、甘味処なんかもあるそうだ。

 元々飲み屋くらいしか無かった村だったが、続々と来る観光客の為に色々と開業したのだと言う。


「村の名物を是非食べて下され」


 そう言って甘味処の前で止まる。

 店の外には屋台が置いてあり、ここで菓子を手作りしているようだった。

 甘味処の店内に村長が声をかければ、身体の大きな男主人が出てきて屋台に入った。


「いらっしゃいませ。 ようこそオウエード村へ! 見ててください、すぐに出来ますよ」


 屋台の中には沢山の白い粉が見える。

 そこへ男主人が持ってきた丸くて硬い水飴を潜らせた。

 時折カチカチと音を鳴らして、真ん中に穴を開ける。


「これを潰しながら伸ばします」


 説明をしながら、男主人は水飴を大きな輪にしていく。

 大きな輪ができあがると、そこからの動作はは一分もない程の早業であった。 

 輪を白い粉に潜らせながら、何度も捻って重ねていく。

 そうしていく内に太かった輪はどんどん細くなり、最終的には一万本以上の絹糸のような束が出来上がった。

 指でなぞれば、糸のような水飴がさらさらと流れる。


「この中にナッツや黒糖などを混ぜ合わせた物を入れて、巻いていきます」


 サラサラとした綺麗な水飴を切り、ナッツを乗せてくるくると巻けば、新聞で見たものと同じ菓子になる。

 一つずつ丁寧に巻いて、箱に詰めて出来上がったものをフロガは呆然としながら受け取った。


「すごい技術ですね!」

「いやあ、ありがとうございます。 水飴が硬いので握力が大事になってくるんですよ。中ではあんみつなんかもあるので、また来てください」


 照れ笑いを浮かべる男主人が真っ白になったエプロンを叩く。

 白い粉が煙のように舞い、ふわふわと風に流されていくのを見ながら、男主人は再び店の中に戻っていった。


「そのお菓子はお茶や珈琲に良く合うんじゃ。 こうして実演販売をよくしていたんじゃが、魔獣のせいで観光客もいなくなっての……せっかくの技術が宝の持ち腐れじゃ」

「確かにそうですね。 こんなに凄いんだから、もっと色んなヒトに見てもらうべきです」


 フロガはすっかり関心しているようだったが、天狐は味が気になって仕方がなかった。

 早く宿屋に行ってこの菓子を食べて温泉に入りたい。

 無言でフロガを見つめていると、その視線を察したように宿の方を見やった。


「村長さん、宿屋に行ってもいいですか?」

「もちろん! 改装したばかりの自慢の宿屋なんじゃ。 ゆっくりしてくだされ」


 来た道を戻り、宿屋に入る。

 改装したばかりという事で、この小さな村では目立ち過ぎている大きな宿屋は、内装もどこかのお屋敷かと見紛う程に豪華であった。

 大理石の床に重厚な絨毯、綺羅びやかなシャンデリア、そして温泉の香り。

 小さな村である事を忘れてしまいそうな内装は、まるで異空間にでも入ってしまったのかと錯覚しそうであった。

 が、やはりここにもヒトはいない。

 フロントに宿屋の主人が一人いるだけである。


 村長に案内されて入ってきた二人を見るなり、宿屋の主人は深々と頭を下げる。

 それから、軽く宿の施設の説明をして、部屋の鍵を差し出した。


「食事はこの一階のレストランでご用意致します。 お部屋には露天風呂がございますので、どうぞごゆっくりお寛ぎください」


 宿屋の主人が愛想良く笑う。

 その笑顔は何だか疲れているようにも見えた。

 夜な夜な出る魔獣と、減っていく客足に気持ちが滅入っているのだろう。

 フロガは気の毒に思いながら、主人に会釈をして案内された部屋へ向かった。



 通された部屋は要望通り、一番良い部屋。

 5階建ての最上階で、部屋はもちろん広く、景色も良い。

 ベッドは今までに触ったことがない程ふかふかで、露天風呂の他に内風呂まで備えられていた。

 大きなソファに天狐が座ると、早速先ほど買ってきた菓子を開ける。

 そんな天狐の前に茶を置いて、フロガが軽く溜息をつく。

 これは小言を言ってくる前触れである。


「天狐。 お前、村長さんに吹っ掛けすぎ」

「あれくらい普通だろ。 危険な魔獣だったらどうするんだ」

「だから俺も大体同じくらいの金額を要求するつもりだったけど、ちょっと交渉が強引なんじゃないか? もっと丁寧に説明して……」

「そもそも、あいつはお前の態度を見て安く済みそうだと考えたから声掛けて来たんだぞ」

「それはわかってるよ」

「そんな、ヒトを品定めするような金持ちからはしっかり金を取るべきだ。 ほら、お前も食え」


 言われて、菓子を一つ口に放り込む。

 サクサクとした食感、溶けていく甘い水飴、そして最後に残るのは香ばしいナッツ類。

 確かに、これまでに食べたことがない不思議なお菓子だ。


「美味い。 帰りに沢山買って帰るぞ」

「そうだな。 これは神都では手に入らないね」

「これと温泉があれば、元なんかすぐに取れるな。 もっと吹っ掛けて良かったか……」

「怒るぞ」

「冗談だ」


 箱に入っていた十個の菓子はあっという間に無くなってしまった。

 菓子を食べ終えたら、次は風呂だ。

 この部屋の売りでもある露天風呂は、目の前が山に囲まれていて爽快感に溢れている。

 鮮やかに緑が萌える山々を眺めながら浸かる湯船は、当に至福と言って良いだろう。


「こんなに大きいお風呂なんて、久し振りだなぁ」


 熱い湯にどっぷりと浸かりながら、フロガが大きく息を吐いた。

 冒険者として旅をしていたときは、たまの贅沢としてこんな宿に泊まった事もある。

 だが神都に来てからは、食堂が楽しくて旅行に行こうだなんて思い付きもしなかった。


「来て良かったな、天狐」

「ああ、旅行も案外悪くない」


 行くのを面倒くさがっていた天狐も、満足気に景色を眺めている。

 時折、身体を伸ばしてみたり、熱くなったら縁に腰掛けてみたり、また湯船に入ったり、恐らくは一番楽しんでいるのではないだろうか。

 そんな天狐と景色を眺めつつ、フロガも日頃の疲れを熱い湯に流すのだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜



「さて、俺はちょっと村のヒト達に魔獣の特徴聞いてくるよ」


 着替えを済ませたフロガが、ベッドで丸まっている天狐に声をかける。


「私はこのまま寝てる」


 菓子で腹を満たし、温泉で身体が温かくなって眠くなったのだろう。

 柔らかなベッドの上で尻尾を丸め、顔を埋めている。

 

「わかった。 夕飯までには戻る」


 フロガはそう言って部屋を出て、一階へ向かった。

 フロントでは、宿屋の主人が宿泊リストを眺めて溜息をもらしている。

 その表情は暗く、覇気がない。

 が、フロガに気付くなり、自然と愛想の良い笑顔を浮かべた。

 

「お出かけですか? 行ってらっしゃいませ」

「いえ、その……ちょっと聞きたい事があるんです」

「なんなりとどうぞ」

「この村に出る、魔獣の事なんですが」


 主人の笑顔に、曇りが差す。

 

「ああ……あの魔獣には苦労しております」

「出るのは夜だと聞いているのですが、何時くらいですか?」

「あれは、私も眠っている時間なので……宵2ツくらいでしょうか」


 夜中に聞いたことのない音と共に現れ、村を徘徊したあとにこの宿屋の近くで鳴き声を上げ、穴を掘って去っていくのだと、宿屋の主人は語った。

 一通り話を聞き終わり、村人にも何人か聞き込みを行うが、誰も同じことを言う。

 つまり、魔獣の行動は一貫して「穴を掘る」ということだけ。

 しかし、聞き込みを続けているうちに、魔獣の発する「音」がヒトによって聞こえ方が異なるという事がわかった。


「なんか、オルゴールみたいな音楽が聞こえるんだ」


 ある村人はこう言った。

 しかし、その隣の村人はこう言う。


「いいや、オルゴールじゃなくて、もっと優雅な音楽だったよ」


 あるいは口ずさんで聞かせてくれる村人もいた。


「フフフン、フフフン、フフフフフーン……こんな感じかなー?」

「いや、全然違う! もっとテンポの早い曲だったよ」


 聞けば聞くほどわからなくなってくる。

 とにかく、フロガが今までに出会ったことのない魔獣だということはわかった。

 そもそも魔獣なのかも怪しい。

 奇妙な音を垂れ流し、ただ穴を掘って帰っていく魔獣が何を考え、何を目的にしているのか、全くわらない。


 陽が傾きかけてきた頃、フロガは再び宿に戻って天狐に魔獣の特徴を伝えた。


「と、いうことなんだけど、音を出してくるって事は状態異常をしかけてくるかもしれない」

「その音で催眠や幻術をかけてくる可能性もある。 もし村人が操られていたら厄介だぞ」

「そうだよな……なあ天狐、魔法で各家の入口や窓に結界張って家から出られないようにできるか?」

「できなくはない」

「じゃあ、村のヒト達に説明して結界を張らせてもらおう。 あとは俺とお前に補助魔法かけて……」


 淡々と作戦会議が続く。

 途中、食事の時間になったのでレストランへ移動して村の名産に舌鼓をうつ。

 砂魚で出汁を取ったという魚介のスープはさっぱりとした舌触りだが、砂魚特有の芳ばしい香りがやみつきになりそうであった。

 

 食事のあとは仮眠を挟みつつ、魔獣が出るといわれている宵2ツまで待った。


 ──宵2ツになった瞬間、その音が鳴り響く。


「変な音が聞こえる」


 大きな狐耳をピクピクと動かして、天狐が呟く。

 フロガも耳を澄まし、その音を確認した。

 聞いたことのない、ピアノのようなメロディ。

 しかしピアノとはまた違う、どこか機械的な、魔具から聞こえてくるようなくぐもった音。


 それはだんだんとこの宿屋に近付いてきている。

 宿屋の部屋から飛び出し、二人は音のする方へ走った。


「なんだ、こいつ……」


 その姿を見つけて、天狐が唖然とする。

 フロガも同様にその魔獣を見つめて立ち尽くした。

 

『〜〜♪〜〜♪』


 大きさは約6フィート、白い長方形で身体の真ん中には数字の羅列が見られるが何を意味しているのかはわからない。

 脚や腕と思われるものは無く、低く浮遊しながら移動しているようだ。


 謎の音楽を奏でながら、魔獣は二人を素通りして、ホテルの裏側へ回った。

 そして、以前掘った穴の上で止まると音楽が止まった。


「オ頑縺八繧翫ヲr……カ髢句九ㇱ@縺ス」 


 機械的な鳴き声を上げたと思ったら、突然高速で回転し始めた。

 長方形だった身体の先端はドリルのように変形し、穴を掘り進めて行く。


「一体何をしているんだ……?」


 フロガが困惑する。

 その横で、天狐が火の玉を手に浮かべた。


「とにかく、攻撃するぞ」


 言い終わると同時に、火の玉が魔獣目掛けて投げられる。

 ……が、火の玉は回転によって消されてしまった。


「あいつ……魔法を跳ね返す力を持ってるみたいだ」

「なら、物理攻撃だな!」


 片手剣を構え、今度はフロガが向かっていく。

 しかし、今度はバリアのような物で攻撃は弾き返されてしまった。


「ぐっ……!?」

「大丈夫か?」

「ああ、でもまるで剣が通らない」

「少し強い魔法で囲ってみるか……」

「いや、少し様子を見てみよう。 俺たちに無関心だし、敵意を感じない」


 二人が話し合っている間も、魔獣の穴掘りは続く。

 回転する魔獣はどんどん掘り進み、地下へと潜って行った。

 そして、深く深く掘り進んだところでまたあの音楽が鳴った。


「縺「風呂蜻ガ′豐縺キ阪∪マ縺励◆た」

 

 魔獣が鳴き声をあげる。

 と、同時に穴から何かが吹き出してきた。

 ゴオオ、という地鳴りのような音が鳴り響き、吹き出してきた何かが雨のように降り注ぐ。

 その正体不明の液体に当たらぬよう、天狐は急いで結界を張った。


「なんだこれ!? あいつの魔法か!?」


 天狐が跳ねて後退る。

 しかし、フロガは動かない。


「おいフロガ!!」

「天狐……これ、温泉だ」

「ああ!? 何言って……」


 天狐の言葉は最後まで続かなかった。

 確かに、吹き出してくる液体からは温泉の香りがする。 そして、降り注ぐ液体に触れてみればほのかに温かいのだ。

 呆然とその場に立ち尽くしていると、長方形の魔獣が吹き出ているお湯の中から出てきた。

 音楽は奏でておらず、鳴き声もあげず、魔獣は来た道を静かに帰っていく。


「あの魔獣、多分温泉を掘っていたんだ」

「なんでだよ」

「さあ……魔獣の考えてることなんてわからないよ」

「倒さないのか」

「倒さない方が良いと思う」


 あの音楽も鳴き声も謎だが、害のない魔獣だという事はわかった。

 それどころか、この村に利益を生み出してくれるのだから討伐などできるわけがない。

 しかし、この報告をしてもなお、村長がどうしてもというのなら、手を尽くして討伐するつもりだ。

 帰っていく魔獣を見送って、フロガは村長の家へ向かい、ドアを叩く。

 三回叩き終わらないうちに、ドアは勢いよく開いた。

 おそらく、ずっと待っていたのだろう。


「魔獣は倒しましたか!?」

「あー、その、それが……」


 それからフロガは魔獣の事と、また温泉が湧いたことを報告した。

 初めは興味深く聞いていた村長だったが、二つ目の温泉が湧いたと聞くとみるみるうちに顔がニヤけていくのがわかった。


「それで、討伐しますか?」

「しません!!!」


 やや食い気味に村長が声を上げる。

 それからフロガの手を取り、満面の笑みでブンブンと腕を振った。


「まさか温泉が二つも湧くなんて……!! これでこの村は益々繁盛するはずじゃ!!」

「あはは……良かったですね」

「今日はゆっくり休んでくだされ!」

「はい……」


 こうして謎の魔獣討伐は特に何をした訳でもなく、ただ夜更かしをしてお湯を浴びるという、なんとも言えない結果に終わった。


「一応、ギルドに報告しておくね」

「人騒がせな魔獣だったな。 というか、魔獣なのか? あれ」

「その辺も含めて改めて調査してもらおう。 なんか急に疲れた……」

「帰って風呂入って寝るぞ」

「そうだな」

 

 いぶし銀の重い雲が目立ち始めた明1ツ。

 宿に戻った二人は露天風呂に浸りながら、日の出を見ることとなった。



 その後、オウエード村では何度か魔獣が現れては温泉を掘り当てたという。

 たちまち屈指の温泉地となったオウエード村は沢山の観光客で溢れかえり、次々に宿屋を建て、そのサービスと質の良いお湯はとても評判が良かったそうだ。


──やがて、村の一族の間では後世でこう語り継がれた。


 オウエード温泉物語、と。

 

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