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おこさまランチ

 昼のピークが訪れた、とある花の日。

 今日のヴァルムは一際賑やかであった。

 その賑やかさに、天狐がやや眉を顰めているが二階へ引っ込まないのは、相手が小さな子供だからである。


「ママー! ぼく、グラタンがいい!!」

「今サンドイッチ頼んだでしょ! それにグラタンなんてありません!」


 元気よく声を上げたのは三歳くらいの小さな男の子だ。 母親はメニューを見ながら困惑している。

 注文を取るために二人の前に立っている天狐は何処か宙をみていたが、困惑する母親を見兼ねてフロガに目線を送った。


「グラタンも作れますよ。 お子様用にグラタンのセットをご用意しましょうか?」 

 

 カウンター越しに声をかけると、母親はパッと顔を明るくした。


「じゃあ、それでお願いします」

「かしこまりました」


 注文票を持った天狐がカウンターへ戻ってくる。 が、フロガに手渡すと、すぐに別の客に呼ばれて出ていってしまった。


「ワンプレートランチをひとつと……あのう……あちらと同じものいただけますか?」


 そう言ってきたのは、小さな女の子を連れた母親だ。


 最近は子供を連れた客が多い。

 というのも、収穫祭でクッキーやらカボチャやらの甘い料理が親子連れの客から評判が良かったのだ。

 花の日のランチタイムや、他の日でもディナーになれば、家族客で埋まることもある。


「はい、かしこまりました」


 定型文で対応する天狐が再びカウンターに戻り、フロガに注文票を渡した。

 忙しさから表情は虚無となっている。


「悪いな、天狐。 終ったらクッキーとプリン用意するから」


 ほんの少しだけ、琥珀色の瞳が輝く。

 そして「クッキー……」と呟きながら、出来上がったランチを客席へ持っていった。


「お待たせ致しました。 ワンプレートランチと、ミニグラタンです」


 ミニグラタンと一緒にブロッコリーサラダとウサギ型のリンゴを添えたものを並べる。

 すると、母親の横に座る子供が嬉しそうに身を乗り出した。


「うさぎさんだ!」

「うさぎさんは後でね。 ほら、グラタン美味しそうだよ」

「うん!」


 そんなやりとりに、フロガは思わず頬が緩む。

 りんごをウサギ型に切っただけで、こんなに喜んでくれるなんて、子供というのは本当に可愛いものだ。

 天狐も同じ事を思ったのか、それともクッキーの事を考えているのか、先程よりも柔らかい表情を浮かべて戻ってきた。

 昼が終わると、あとは緩やかに客数は落ち着いてくる。


 ──花の日は昼だけで営業終了だ。

 最後の客を見送り、看板を「CLOSE」に変え、店内の掃除を終らせてから遅い昼食をとった。


「最近、小さな子供連れのお客さんが増えたよね」

「そうだな」


 昼食を終え、ソファでくつろぎながらクッキーをかじる天狐が、興味なさげに頷く。

 淹れたての紅茶をクッキーの横に置いてやり、フロガもソファへ腰を落とすと、柔らかな尻尾が絡んできた。


「で、子供用のメニューを考えようと思うんだけど、何がいいと思う?」

「よく言われるのはチキンライスやオムレツ……ハンバーグやエビフライなんかも人気だな。 今日は寒いからグラタンも出ていた」


 興味なさげにはしているが、意見はしっかりとくれるのが天狐の良いところだ。

 

「盛り沢山すぎても食べ切れないよな……小さいワンプレートで少しずつ作ろうかな」

「見栄え良くすれば、受けもいいんじゃないのか」

「いいかもね。 よし、明日試作してみるから、味見よろしくな」

「わかった」


 天狐は大抵の物は何でも美味しいと言う。

 ただし、辛いものは不味いと言うし、苦いものも不味いと言う。

 つまり、お子様向けのメニュー開発には天狐の味覚がピッタリなのだ。

 今まで天狐に出して特に喜んでいたのはハンバーグだ。 ピーマンの肉詰めなんかも、苦いものが嫌いな天狐でも喜んで食べたし、それで苦手だったピーマンを克服した。

 やはりメインに肉は必須だ。

 そんな事を考えながら、フロガは熱い紅茶を一口飲んだ。


 ──翌朝、フロガは天狐と共に朝市へ出かけた。

 翌日の仕込み用と、今日の試作用の食材を買うためだ。

 朝市の賑やかな露店では、新鮮な野菜は勿論、魚も肉もなんでも売っているし、焼き菓子等の甘いお菓子の屋台も出ていたりする。

 そんな菓子の屋台が列なるスペースで立ち止まった天狐を追い越して、フロガは必要な食材を購入して市場を周った。


「天狐、帰るぞ」


 一周して戻ってきたころ、天狐は甘い香りのする焼き菓子の屋台の前で佇んでいた。 

 おそらく、ずっとこうしていたのだろう。

 フロガが声をかけるなり、焼き菓子を指さした。


「おいフロガ。 これ」

「しょうがないな……一袋だけだぞ」


 天狐がじっと見つめていたのは、細長くて茶色い焼き菓子が作られている様子だ。

 鉄で出来た大きな細長い型に茶色い液体を注ぐ。

 それから蓋をして焼き、蒸気が立ってきた所で蓋を開け、一本ずつ取り出して粗熱を取り、淡い緑色の紙袋に詰める。

 八本入った袋を一つ買い、近くのベンチに腰掛ける。

 まだ温かい菓子を一本取り出し、天狐がかぶりついた。


「うまい」


 満面の笑みを浮かべているということは、気に入ったのだろう。 一本目をすぐに食べ切ると、二本目を食べ始めた。

 

「俺にもひとつちょうだい」

「嫌だ」

「買ったの俺だろ」

「……ひとつだけだ」


 言いながら、天狐が紙袋を差し出す。

 中からひとつ摘んで口にいれれば、黒糖の素朴な甘みが広がった。

 あの茶色い液体の正体は、黒糖の色だったようだ。

 もちもちとした食感は、菓子というよりはパンに似ている。


「美味しいね、蒸しパンみたいだ。 もう一個ちょうだい」

「嫌だ」

「今日のおやつ無しにするぞ」

「……卑怯なやつめ」


 全く同じやり取りをしたあと、天狐が再び袋を差し出す。

 またひとつ摘んで口に入れ、素朴な甘みともちもちの食感を楽しむ。なんだか癖になりそうだ。

 

「……ちょっともう一袋買ってくる」


 二本では物足りない。

 しかしもう一本くれる程、天狐は優しくない。

 フロガは腰を上げると、再び屋台へ向かった。

 八本入りを購入し、ベンチに戻る。

 もちもちと口を動かす天狐がフロガを見上げているのが、なんだか小動物のようで可愛らしいと思った。


「二つやったんだから三つよこせ」

「なんで?」

「手数料だ」

「なんの……?」

「何でもいいからよこせ」


 言われるままに、二つ取り出して天狐の袋の中に入れてやるが、結局もう一つ取られてしまった。

 しばらく二人で菓子を食べながらぼんやりしていると、ふいに人混みの中にいる小さな男の子と目が合った。 瞬間、男の子は満面の笑みを浮かべて走ってくる。


「ママーっ!!」


 男の子は一人だ。

 ということは、迷子で彷徨っていた所に母親でも見つけたのだろうか。

 そう思い、フロガは周囲を見渡す。 が、それらしき人物は見つからない。

 視線を戻すと、男の子は天狐の脚に抱きついていた。


「……???……??」


 困惑しながら天狐がキョロキョロしている。

 面白いのでこのまま放っておこうとも思ったが、縋るような瞳でフロガを見始めたので、それもできない。

 フロガはベンチから立ち上がり、男の子の隣にしゃがんで、顔を覗き込んだ。


「……坊や、こいつは君のママじゃないよ。 よく見てごらん、意地の悪さが顔に出てるだろ」

「……あれぇ……? ほんとだ」

「おい、今なんて言った?」


 天狐の言葉を無視して、男の子の背中をぽんぽんと叩く。

 顔を見上げて気付いたのか、男の子は首を傾げると、おずおずと離れて肩を落としてしまった。

 天狐はふるふると肩を震わせている。


「ママと離れちゃったの?」

「うん。 おじさん、ママしらない?」

「…………そう、だね。ママはどんな人なのかな」


 何やらショックを受けたフロガが悲しそうに視線を落とす。

 そんな姿を天狐がニヤニヤしながら見ているのを、フロガは見ないようにして男の子に改めて笑いかけた。

 

「えっと……お姉さんと同じ髪の色」


 お姉さんと呼ばれた天狐が勝ち誇ったようにフロガを見下ろすが、今はそんなことをしている場合ではない。

 

「うーん、そっか……まだ近くにいるかな。 坊や、お兄さ……おじさんが肩車してあげるから、呼んでみてくれる?」

「肩車!? やったー!」


 目を輝かせる男の子を、フロガは軽々と持ち上げる。

 そのまま肩に乗せて、見回してみた。


「ママ―! どこぉー!! ……いない……」

「大丈夫だよ。 すぐに見つかるからね」

 

 比較的、身長が高いフロガが肩車をすれば人の群れを見下ろす事ができるが、それでも母親を見つけるのは難しいようだ。

 後ろで眺めていた天狐が、フロガの横に立って男の子を見上げた。

 

「警備隊に迷子の捜索依頼を出してるんじゃないのか」

「だね。 ちょっと詰所に行ってみようか」


 男の子を降ろすと、残念そうな顔をされてしまったが、このまま歩くのは少し危ない。

 代わりに手を繋ぐと、男の子はまた嬉しそうににっこりと笑った。

 その隣に天狐が並ぶ。

 

「また迷子になったら困るからな。 ちゃんと前見て歩けよ」


 そう言いながら、天狐がもう片方の手を握る。

 その意外な行動に、フロガは目を丸くした。


「なんだよ、その顔」

「いや……お前って意外と子供に優しいよな。 子供好きなの?」

「別に。 どうでもいい」


 そう言う割に、天狐は男の子をよく気にかけている。

 手を繋ぐだけではなく、寒いだろうからと自分のケープを巻いてやるし、歩くスピードはいつもよりずっと遅い。 

 十数年間一緒に居て薄々気付いてはいたが、やはり子供好きなのではないだろうか……

 そんな事を考えていると、天狐が片手に持っている菓子の袋を、男の子が指差した。


「ねえねえ、お姉さんが持ってるそれ、ぼくもたべたい」

「ああ、いいぞ」


 即答だった。

 その返答に、フロガは耳を疑う。


「ただし、歩きながら食べるのは駄目だ。 行儀も悪いし、危ないからな。 ほら、抱っこしてやる」

「わあい!」


 自分の菓子を与え、抱っこまでしてやるとは思わなかった。

 驚きで固まっているフロガに気付くと、天狐は「しまった」と言わんばかりに目を見開いて、男の子をフロガに押し付ける。


「抱っこ……身長高いんだからお前がやれ」

「ええ……いや、いいけどさ……。 お前か抱っこしてあげたいんじゃないの」


 すい、と顔を背けてしまったため、返答はなかった。

 柔らかな胸から固い筋肉質な腕へ移動させられた男の子は、若干不満そうな顔をしているが仕方ない。

 先に歩き出した天狐を追いかけ、三人は詰所へ向かった。

 


 警備隊の詰所へつくと、男の子が早速「ママだ!」と、声を上げた。

 予想通り、母親が迷子の捜索依頼を出そうと訪れていたのだ。


「良かったね、坊や。 ママに会えて」

「うん! ありがとう、おじさん!」


 母親のスカートにしがみつくと、男の子は満面の笑顔を見せた。

 母親は何度も頭を下げ、「この度は本当に有難うございました」と、丁寧に礼を述べる。


「いえ、見つかってよかったです。 坊や、もうママから離れたら駄目だよ」

「うん!」

「じゃあ、俺たちはこれで……」


 フロガは優しく微笑み、男の子の頭を撫でた。 それから母親に軽く一礼し、少し離れた場所にいる天狐の元へ向かう。

 

「ばいばーい!」


 男の子が元気よく手を振ると、母親はもう一度頭を深く下げてから去っていった。

 まだ手を振る男の子へ振り返してやり、再び天狐を見ると小さく手を振り返していたことに気付く。


「やっぱり子供好きじゃん」

「……嫌いではない」


 そんな会話をしながら、二人は帰路についた。




 ──帰宅後、フロガは他の仕込みをしつつ、試作に取り掛かった。

 メニューは大体決まっているし、イメージも出来ているので、あとは天狐の反応次第だ。

 木製のワンプレート皿に、メインのミニハンバーグを上中央に乗せ、甘めのデミグラスソースをかける。その横にはブロッコリーとトマトのサラダを添えた。

 ハンバーグを挟むようにミニオムレツを乗せ、真ん中にはクマの形に整えたチキンライスを鎮座させた。

 クマの横にエビフライ、空いている隙間にはリーフレタスを敷く。

 最後にうさぎ型のりんごを添えれば完成だ。

 

「天狐ー、できたぞ」

 

 二階のリビングへ持っていき、ソファで丸くなっていた天狐に声を掛ける。

 眠そうな目をしょぼしょぼさせながらヒトの姿になり、椅子へ腰掛けて、テーブルの上にあるプレートを見た。


「……ちいさい」

「子供用だからね。 足りなかったらおかわりして」


 天狐が頷く。

 それからフォークを取り、まずはサラダから口をつけた。

 向かいに座ったフロガも、同じようにサラダから食べる。

 ブロッコリーに絡むコーンドレッシングはまろやかで、最後にトマトの酸味が口の中を引き締めてくれる。 隣のハンバーグは柔らかめに作ったので、きっと子供でも食べやすいだろう。

 そんな事を思いながら、無言でもくもくと食べている天狐の尻尾がふわふわと揺れているのを見つつ食べ進めていけば、小さなランチプレートはすぐに無くなった。


「どうだった?」

「全部うまい。 見た目も良いんじゃないか」

「良かった。 じゃあ明日からメニューに追加するね」

「ああ」

「子供たちが喜んでくれるといいなぁ」


 にこにこと嬉しそうに笑うフロガに、天狐は「そうだな」と頷いて口の端を上げてみせる。

 しかし、一瞬、耳がぺたりと倒れたのをフロガ見逃さなかった。


「どうした? あ、おかわりする?」

「いや、もう一眠りする」


 どうやら眠かっただけらしい。

 またしょぼしょぼと目を閉じ、狐の姿になってソファへ飛び乗った。

 そんな天狐の頭を撫でてやると、柔らかな尻尾が手に絡む。

 眠いだけではなく、少し寂しいのかもしれない。


「もうちょっとしたら、仕込み終わるから待っててね」

「ああ」


 目を細めて見つめる天狐が、くんくんと鼻を鳴らす。

 大きな欠伸をして再び目を閉じると、天狐は丸くなって眠ってしまった。



 翌日、子供用のワンプレートは非常に好評であった。

 特にクマの形のチキンライスに子供たちは大喜び。量も丁度良いのか、注文されたワンプレートはどれも完食だった。


「おいしかったねー!! またこようね!」

「そうね。 マスター、今日も美味しかったわ」

「ありがとうございます。 お子様にも喜んでいただけたみたいで良かったです。 また、お待ちしておりますね」


 今日はこの一組が最後の客だ。

 満足げにしている親子連れを見送るフロガに、子供が大きく手を振る。

 カウンターから手を振り返すと、子供はぴょんっと跳ねるようにして店を出て行った。

 その愛らしさに、フロガは思わず破顔する。


「かわいいなぁ」


 笑顔のまま呟いたフロガを、天狐が横目で見やる。

 何を言うわけでもなく目を逸らすと、表へ出て行き、看板を裏返して戻ってきた。


「お前は子供が好きだったな」

「え? ああ、そうだね」


 背中を向けてテーブルを拭いている天狐の表情はよく見えない。

 いつも通りの淡々とした声だが、どことなく、いつもより低いように聞こえるのは気のせいだろうか。

 もし、何か気になっているのであれば、フロガはその原因に何となく察しがついている。


「子供は好きだけど、欲しい訳じゃないよ」


 ぴたり、と天狐の手が止まる。

 しかし、すぐにまた動き始めると、何も気にしていないかのように次のテーブルを拭き始めた。

 どうやら、フロガの考えは当たっていたらしい。


「本当にそう思うのか」

「そりゃあ、できれば嬉しいけど……」

「なら、やっぱりお前の子供を孕める奴と一緒になったほうが良いんじゃないのか」


 天狐が僅かに顔を上げて、ゆっくりと振り向く。

 琥珀色の大きな瞳からは、怒りも悲しみも悪意も感じられない。 つまりはこれはただの提案である。

 重く受け止めていたフロガだったが、天狐にとっては世間話と何ら変わりがないのだ。

 声が低く感じられたのはテーブルを拭くために身をかがめていたからだろう。

 フロガは思わず溜息をついた。


「……まだそんな事考えてたの。 話は最後まで聞けよ」


 フロガが困ったように眉を下げる。

 同じやり取りをプロポーズの時にもしていたのを思い出したのだ。

 そのときは、「子供を産んでやれないがそれでもいいのか」と言っていた。

 そこで天狐が子供を孕める身体では無いのだと言うことを知ったのだが、そんな事はどうでもよかった。

 そもそもフロガにとって、天狐以外の相手など考えられない。

 こんなにも愛しく思っているのに、中々わかってもらえないのは、少し悲しいとも思う。


「俺はお前がいればそれでいいんだよ」

「わかっている。 耳が腐るほど聞いた」

「わかってないから何度でも言ってやる。 そもそも俺みたいな面倒な奴、お前じゃないと受け入れられないだろ」

「ああ……まあ、確かに……」


 面倒な奴、という所に天狐がやけに納得する。

 そんな様子を眺めながらカウンターから離れ、天狐に向かい合う。

 そっと手を伸ばし、頬に触れて目元をなぞれば天狐の視線が戸惑ったように泳いだ。


「だから天狐、他の人と一緒になるなんて、俺には無理なんだよ」


 顔を近付けたところで、頬へ触れていた手に、天狐の指先が絡んだ。

 そのままぎゅっと握られると、唇へ触れる前に突き放されてしまった。

 どうやら急に恥ずかしくなってしまったらしい。

 天狐としては、何となくで話をしたつもりだったので余計に照れてしまったのだ。


「も、もういい、わかった。 この話はおしまいだ」

「本当にわかってる?」

「……さっさと掃除しろ」


 ほんのりと赤く染まった顔を背けて、天狐が離れていく。

 その瞬間、耳と尻尾が出て来てしまったのは照れている気持ちをどうにかして逃したかったからだ。

 耳はぺたりと倒れ、尻尾は膨らんで揺れている。

 大変に可愛らしいので、もっと愛の言葉を囁きたいところだが、きっと天狐は機嫌を損ねてしまう。

 ぐっと堪えて、フロガはキッチンの片付けをすすめることにした。


 

 ──夜になり、ディナータイムが始まる。

 ディナーでも子供用ワンプレートは好評で、昼と同じように子供たちは喜んでくれた。

 満面の笑みで「おいしい」と言われた瞬間、フロガは心底嬉しくなるのだ。


「また来るね!」


 そう言って帰る客に、フロガは丁寧に頭を下げた。

 また、子供が大きく手を振る。

 振り返せば、嬉しそうな笑顔を向けて両親の手を取り、帰っていく。

 子供は可愛らしいし、その子供を連れた親は、いつも穏やかな視線で我が子を見つめている。

 その幸せそうな家族が、料理を食べて美味しいと笑顔になり、楽しそうに帰る姿がフロガは好きだ。

 自分が、その幸せの一つを与えることができたのだと考えるのはおこがましいのだが、それでも自分の事のように嬉しくなるのだ。


 ──しかし同時に、いつか奇跡的に子供ができて、あんな風に歩ければ楽しいのだろうな、とも思う。

 きっと天狐の子供なら、男の子でも女の子でも可愛いだろう。

 だが、多くを望むつもりはない。

 今のままで十分満たされているのだから。




 ドアベルが鳴り、談笑しながら帰路につく親子連れの客を天狐は二階の窓からぼんやりと眺める。

 小さな子供を真ん中に、その手を握る両親。

 その姿を、ほんの少しだけ羨ましいと思う。

 もし子供ができたら、あんなふうに歩けるのだろうか、と。


(今が幸せじゃない訳ではない……子供だって、どうしても欲しい訳じゃない)


 それでも、考えずにはいられなかった。

 今以上の幸せなど必要ない筈なのに。

 


 やがて天狐は静かにカーテンを閉めると、窓辺から離れた。

 ベッドへ潜り込み、隙間風ですっかり冷えた身体を丸め、足先を擦り合わせて、ゆっくりと目を閉じる。

 もう少しすれば、帰ってきたフロガがこの冷たい身体を抱き締めてくれているだろう。

 今夜はそれがやけに待ち遠しくて、天狐はそっと息を吐いた。 


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