惑星ムート 1
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空間があり世界がある。
けれどそれらは、ただ、存在しているだけ。
星という存在や宇宙という概念は、それらの世界に生まれる知的生命体によって形作られる。
各々の環境で星や星雲の名は作られても、それらのある空間やその世界全体の名はない。
その世界しか知らないから、名などなくても問題ない。
ただ[世界]で通用するから。
そして、夢物語のように聞こえる多重世界という概念もある。
伝説になっているものもあれば、空想のものもある。
何にせよ。
次元の違いはあっても、それを感知移動できるものしか[世界]に名は必要ない。
[世界の名]を知る者は、神と呼ばれるものだけ。
この世界、この時代。
すでに航海術は星系内に留まらず外宇宙にまで進出しており、さまざまな知的生命体との交流もごく当たり前に行われていた。
特殊な能力を持つ人類あり、特殊な身体を持つ人類もあり、特殊な生態を成している人類もある。
それでも多くの星に住む人類は特に特殊な能力や身体持たず、社会を作り生活をしていた。
アラント星系リッカス銀河ルサル太陽系第五惑星ムートも、そんな普通の人々の住む、ひとつの星にすぎない。
ただ、昨今の近代化の波に押され他星との交流に成功した者達とそうでない者たちには、かなりの貧富の差と生活の差を与える形となった。
ムート星政府は、他星からの観光にも対応できるよう大きな街は全て上層街と下層街に分ける事で美観を整えていた。
怪しい品物を扱う者や、なにがしかのしがらみをもつ者。
何かから逃げだした者や、危ない仕事をしている者達。
それらの殆どは下層街に住んでいた。
下層街。
その中でも割と奥地に近い場所。
サーナは仕事を終え、帰路についていた。
見た目、年の頃は二十代前半くらいだろうか。
首の後ろで簡単に括られている長く白い髪は、歩く都度に揺れている。
口元には少しだけ微笑み。
『ま、仕事も片づいたし、金も入ったし。これで、しばらくはゆっくりと過ごせる。エウスも喜ぶだろうな』
家路を急ぐサーナの目の前に、人が倒れ込んできた。
きっちりとした身なりからして、ここの住民ではない。
どちらかといえば上層街の人間のようである。
こちらを窺うようなキツイ眼力をみれば、迷い込んだ訳でも、行き倒れでもない事が知れる。
ましてやここは下層街でも奥地の危険地域である。
物盗りのような者は、もうこの辺りには居ない。
この辺りに居るのは人殺しが趣味のヤツとか、変人ともいえる研究者たち。
また合成されたものの失敗し破棄された変異獣が、そこかしこに棲んでいる。
ここは、そういう場所だ。
防御のための武器一つ持たないその姿から思うに、恐らくは誰かの手によって、この下層街へと連れ込まれたのだろう。
だが、サーナには関係のないことだった。
『避けて通るに限るな……』
避けて通り過ぎようとしたサーナに、その男から声が掛かる。
「助けてくれ……金は出す」
「…………ホントに金、持ってるのか?」
興味の目だけで男を見つめるサーナ。
相手の鋭い視線はいまだ衰えを知らない。
「みくびるな……外へ帰りさえすれば、そんなもの腐るほどある」
信じる信じないの問題以前だった。
今、持っていなければあてにはならない。
この下層街では、言葉なんてそんなものである。
「他をあたりな」
男を見捨て、足早にサーナはその場を去って行った。
家へ帰るとエウスが笑顔で出迎えた。
短く切り揃えられた明るい茶髪と涼しげな水色の瞳がきらきらと輝いている。
「お帰りサーナ。早かったね」
「ただいま。入金は確認したか?」
「うん。ちゃんと入ってたよ」
「そうか。じゃあ、急な事が起きない限り、しばらくは仕事も休みだ」
椅子に座るサーナに茶を用意するエウス。
まだ十才だが、気の利く良い子だ。
「どこへ遊びに行こうか?」
訊かれたエウスは嬉嬉として答える。
「[外]の店!」
「欲しいものでもあるのか?」
「ううん。別にないよ。……ただね、空が見たいだけ」
生活に必要な大概のものは、この下層街でも十分に手に入る。
勿論、金さえあれば[外]である上層街では手に入らないものまで手に入れることが出来る。
しかし、そんな場所だけに自由に手にいれる事ができないものの一つが[空]だった。
下層街には人工灯しかないので、いつも薄暗い。
本物の太陽という日の光の恩恵を受けるのは[外]の人間だけに与えられる特権だ。
「そっか。たまには[外]もいいか。久しぶりに部品の買い足しでもするかな……」
「わーい!」
喜ぶエウス。
サーナは[外]が嫌いらしく、滅多に行こうとしないのを知っていたから。
その日の夜。
エウスは、いつものように部屋の隅にあるモニターの前でコンピューターのキーを叩いているサーナを見つめていた。
打ち込む量は結構あったが、サーナの指先は滑らかに早く動く。
サーナが家に帰ってきたのは実に三日ぶりなのだ。
無事に戻ってきてくれた安堵の心が、エウスの口元に笑みを作る。
「入力終わり、っと」
サーナは記録チップを取り出し、エウスにそれを渡した。
これまでの仕事の記録や、それらに関わる様々な情報がチップには収められている。
「私に何かあったら、それを持ってラオジの所へ行くんだよ」
サーナの言葉に顔を歪めるエウス。
ラオジとはこの辺りでは一番顔のきく[繋ぎ屋]だ。
相手が必要なモノを、その用途に合わせて確実に用意できるその手腕は[外]の[繋ぎ屋]からも評価が高い。
サーナは自分に何かあったら、その情報チップを持ってラオジの所へ行かせ、それを対価としてエウスを[外]へと逃がす様にと契約をしているのである。
「何度も聞くと耳にタコができるよ。それにサーナは頭いいから、そんなこと起きないよ」
「おやおや。随分な自信だね」
「僕、サーナより頭のいい奴って見たことないよ。それにさ、誰よりも頭いいから他の奴等だって、こういう仕事はサーナに頼みにくるんだろ?」
と、その時。
扉が、けたたましく叩かれた。
「誰だろ?」
モニターを使い、外を覗き見ると、そこにいたのは帰宅時に見かけた、あの男だった。
「何の用だ?」
音声だけが男の元へ届く。
男は真っ直に、自分を捉えているだろうカメラに向かって言った。
「ここは、なんでも屋だと聞いた。あなたがサーナか?」
「そうだ」
「繋ぎ屋のラオジにここを聞いてきた」
「…入れ」
男を中へ入れる。
先ほど見たときは暗がりの中だったのでわからなかったが、明かりの下で見るとどろどろに汚れているのが見て取れる。
『部屋が汚れるのはイヤだな』
サーナはすぐにその男を浴室へ追いやった。
「とりあえずきれいに洗って髭を剃れ。話はそれから聞く」
浴室にも隠しカメラはセットしてあるが、男はそれには気付いていないようだった。
シャワーが久しぶりなのか、楽しそうに身体を洗い始める。
その様子をモニターで見ていたサーナは、髭を剃った男の顔を見て愕然とした。
『この男は……!』
しばらくして男は、さっぱりした顔で出てきた。
服は高速洗浄機で洗い、すでに乾燥してある。
それを着て、男は再びサーナの前に立った。
「まさか道端で会った者がここらでぴか一の腕利きとは思わなかった。道に随分迷ってな。今度は、正式に依頼に来たぞ」
下層街は元々迷路のようなものだし、ましてやサーナたちの居るこの辺りは奥の奥。
迷って当然である。
「依頼内容は?」
「儂を[外]へ無事に連れ帰ってほしい」
「報酬は?」
「今は持ち合わせがない。[外]へ戻ったら好きなだけ払おう。……ここはカードがきかないからな、苦労するよ。繋ぎ屋はカードが使えたから良かったが」
「ざっと思案してみても、かなり危険が多そうだな。それに現金でないときている。私は即金で前払いだと聞かなかったか?」
冷たく言い放つサーナ。
下層街は迷路とはいえ、抜けれなくはないのだ。
[外]に近い所には案内板もある。
それなのに出られないという事は、誰かにその生命を狙われているという事。
それを手助けするとなると相当な危険がある。
通常の者であれば、まず引き受けない仕事だ。
「確かにそういう内容を聞いた。しかし、聞くところによると金次第、条件次第では後払いも可能だとも、聞いた」
「…………では、先に名前を聞かせてもらおうか。貴方の本名をね」
サーナの言い分に、男が沈黙した。
当然である。
あちこちから手配のかかっている今、もしサーナが追っ手であれば名を出した途端に即座に殺られてしまうだろう。
仮に、そうで無いにしても自分の持つ名の大きさは承知している。
悩んだ末に男は口を開いた。
「儂の名は、ルモア・ターフだ」
サーナは、ようやく笑みを見せた。
「……では、報酬と条件の話をしますか」
「引き受けて……くれるのか?」
ルモアの目が輝く。
「報酬と条件次第だが」
「何でも言ってくれ」
構えるルモアにサーナは言う。
「条件は一つ。私の養い子を貴方に託したい。……報酬は、その養い子にかかる成人までの養育費全額だ」
「な……っ」
とんでもない条件である。
確かに、人一人養うことくらい簡単に出来るが、それを見ず知らずの、それも今日初めて会った者に託すとは、大胆にも程がある。
奥の部屋で話を聞いていたエウスは、それを聞いて飛び出してきた。
「サーナ! 僕の事が嫌いになったの!? 僕が邪魔になったの!? サーナ……嫌だよォ……一緒に暮らそうよ。贅沢も言わない、お金がないなら僕も働くから……」
「エウス……」
サーナは、優しくエウスの頭を撫でた。
「……ここは、お前の様な未来のある者がいるべき所じゃない……[外]に出ればわかる」
「一緒でなきゃ嫌だ!」
泣きべそをかきながらも訴えるエウス。
サーナは諭す。
「……では、しばらく[外]で暮らす……というのはどうだ? [外]の世界を見ておくのも良い勉強になるぞ。それから後で、どうするか決めればいい。それならいいだろ?…………私もお前も、ここには当分帰ってこれなくなるんだからな」
「何で?」
「今度の仕事は大きいんだ」
「わかった」
ようやく納得したエウスを奥へと連れていき、寝かしつける。
「失礼した。……で、私の条件は呑んでもらえそうかな?」
戻ったサーナはルモアに再度訊く。
ルモアは疑問を口にした。
「条件も報酬も呑もう。だが、本当に危険になるだろうし、成功する確率もそんなに高いとはいえないと思う。それでも、やってくれるというのか?」
サーナは不敵に微笑んだ。
「出来ると踏んだから引き受けた。出来ないようなら最初から受けはしない。それよりも条件と報酬の件をよろしく頼む。……貴方なら苦もなく出来ることだろう?」
「…………そんなに信頼していいのか? 裏切るかも知れないぞ」
ルモアの言い分にサーナは笑う。
「信頼している。貴方が本名を名乗った時に全ては決まっていたんだ。……正直だな、貴方は。おまけに度胸もある。普通、狙われている時に素直に本名など言わないものだがな。もし、私が賞金に釣られていたらどうするつもりだったんだ?……暗黒街の帝王、ターフファミリーのボス、ルモア・ターフ」
驚くルモア。
「賞金がかかっているのか? 儂に」
「知らなかったのか? もう半年になるが。暗黒街の帝王にしては情報が遅れているように見受けられるが、まぁ貴方がここに投げ込まれたのも多分そのクチだと思う。何せフィノスの出した賞金額は十億Gだからな」
一億Gあれば贅沢しても四、五年はゆうに暮らせるのである。
十億Gは、誰にとっても魅力ある数字だった。
ルモアは背筋に冷たいものを感じ、同時に味方を得たことに安堵した。
「感謝する。しかし、よく儂の方を選んだな。それだけあれば一人を育てるくらいは充分にあるだろうに」
「金だけあっても困るんだよ。…………育てるには保護者ってのも要るんだからな」
ぼそっと呟くサーナ。
「どういうことだ?」
「気にするな。少しでも良い環境にエウスを置きたいだけだよ。……明朝、出発する。ゆっくり身体を休めていてくれ」
ルモアに毛布を出し、サーナはモニターの前に座り、真剣な目でコンピューターのキーを叩き始めた。
PC内整理中、昔に書いた作品発見(笑)
一枝を書く合間に、手直ししつつ上げてみようかな、とw