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第2話 「予選への序曲」


9月、夏合宿から戻った紫桜大学陸上部は、予選会へ向けた最終調整に入っていた。本格的な秋の訪れを感じさせる風が、キャンパスの木々を揺らす。


藤沢監督はホワイトボードに予選会のコース図を貼り出した。選手たちは真剣な眼差しで見つめている。


「立川駐屯地をスタートし、立川市街地を通り、国営昭和記念公園でゴール。ハーフマラソンの距離だ」


監督はコースの要所に印をつけながら説明した。


「特に注意すべきは三つ。一つ目はスタート直後の駐屯地内の2周回。700人以上の選手が一斉にスタートする混雑だ。二つ目は立川駅前の声援地帯。三つ目は昭和記念公園内の後半部分。基本的には平坦だが、細かいアップダウンが数多くある」


風馬と速水は真剣にメモを取っていた。


「予選会のエントリーメンバーを発表する」


藤沢監督の声に、部室内が静まり返った。


「吉田、本城、鈴木、速水、高杉...」


監督が12名の名前を読み上げた。風馬と速水は互いに視線を交わした。これが彼らの初めての公式戦だ。


「この12名で立川に挑む。上位10名の合計タイムが勝負を決める」


---


練習後、風馬は図書館で予選会についての資料を調べていた。


「こんなところにいたのか」


声に振り返ると、あおいが立っていた。


「予選会のことをもっと知りたくて」


「私も去年、見に行ったの。陸上自衛隊立川駐屯地の広大な滑走路に、各大学の選手たちが整然と並ぶの。そこからの一斉スタートは圧巻よ」


あおいはスマホで写真を見せてくれた。整列した何百人もの選手たち。その規模に風馬は息を呑んだ。


「昭和記念公園は10月だから、コスモスや紅葉が始まる頃。公園内は自然豊かで美しいけど、細かいアップダウンが多いの」


風馬は少し考え込んだ。


「平坦なコースは速水の得意分野か...僕は山登りや下りの大きな起伏には自信があるけど、細かいアップダウンの連続は少し不利かもしれないな」


「その通り」あおいは頷いた。「速水は平地のスピードが持ち味だから、昭和記念公園のコースは彼に有利ね」


「シード権を失った今年、私たちは予選会から戦わなければならない。紫桜大学は必ず箱根に立たなきゃいけないの」


あおいの瞳には強い決意が浮かんでいた。


「必ず箱根に立つ」風馬も力強く頷いた。


---


予選会2週間前、紫桜大学陸上部は立川市へ実地練習に訪れていた。


「ここが駐屯地の出口だ」花山コーチが説明した。「ここから立川市街地に入る」


選手たちは熱心にコースを確認していく。やがて昭和記念公園に到着した。


「ここから公園内に入る。一見平坦に見えるが、細かいアップダウンが連続する」


わずかな起伏が続くコースは、疲労が蓄積した後半では大きな障壁になる。


「速水、お前はこのコースは得意だろう」花山コーチが言った。「平地のスピードを活かせ」


「高杉、お前は持久力で勝負だ。細かいアップダウンは不利かもしれないが、ペース配分を工夫して乗り切れ」


宿舎に戻った後、風馬は速水と二人でコースマップを見直していた。


「風馬、率直に言うと、昭和記念公園のコースは僕より君に有利だと思う」


「確かに平地は俺の得意分野だ。だが、それを理由に諦めるのか?」


「もちろん違う!ただ、どうやって対応するか考えてるんだ」


速水は微笑んだ。


「お前らしくないな。持久力があれば、細かいアップダウンも乗り越えられる。自信を持て」


---


予選会1週間前、紫桜大学陸上部は最終調整に入っていた。


「今日の練習は軽めにする」藤沢監督が告げた。「体を休め、精神的にも落ち着かせろ」


練習後、風馬は吉田先輩に声をかけられた。


「高杉、予選会は本番だ。何が起こるかわからない」


「気をつけます」


「特に、立川駅前の声援は想像以上だ。初めて体験すると、つい興奮してペースを上げがちになる。自分を見失うな」


吉田先輩の言葉には、昨年11位に終わった苦い経験が滲んでいた。


「昭和記念公園のコースだが、細かいアップダウンを甘く見るな。疲労が溜まった状態では、わずかな起伏も大きな壁に感じる」


「わかりました。気をつけます」


「我々4年生にとって、今年が最後のチャンスだ。絶対に箱根に立ち、そしてシード権を取り戻す。お前たち1年生の力も必要だ」


---


予選会3日前、最終ミーティングが行われた。藤沢監督が戦略を書き出していく。


「高杉、速水。お前たちには1時間4分台を期待する。厳しい目標だが、夏合宿での成長を見れば十分可能だ」


「はい!」二人は力強く返事をした。


部室を出た風馬は、校舎の屋上に上がった。夕暮れの空を見つめながら、明後日の自分の走りをイメージする。


「ここにいると思った」


振り返ると、速水が立っていた。


「緊張してるか?」


「ああ、少しは」風馬は正直に答えた。「細かいアップダウンが続くコースは、正直不安もある」


「俺なら大丈夫だと思うぞ。お前の持久力があれば、細かい起伏なんて問題ない」


「チームのために、最高の走りをしよう」


「初めての予選会。紫桜大学の復活の第一歩になる」


「全力で走る」風馬が言った。「一秒でも速く」


二人は無言で握手を交わした。この約束は、言葉以上の重みを持っていた。


---


予選会前日。紫桜大学陸上部のエントリーメンバーは朝からバスで立川市へ向かっていた。


立川市内のホテルにチェックインし、昼食の後、軽く近くの公園でストレッチとジョギングを行った。


夕食の後、最終ミーティングが行われた。


「明日は朝7時集合、朝食後にバスで駐屯地へ向かう」藤沢監督が説明した。「スタートは9時35分」


「最後に一つ」監督は全員を見回した。「明日の予選会は、単なる通過点ではない。紫桜大学の誇りをかけた戦いだ。全員が力を出し切れ。そして...」


監督の目には強い光が宿っていた。


「紅蓮の襷を取り戻す第一歩を踏み出せ!」


風馬の部屋にノックの音がして、ドアを開けるとあおいが立っていた。


「風馬くん、まだ起きてた?」


「ああ、少し緊張して...」


「これ、持ってきたの」あおいは小さな紙袋を差し出した。「私特製のエネルギーゼリー。明日の朝、食べて」


「あおいさんの兄さんのことも、聞いたよ。去年の...」


「兄は去年の紫桜のキャプテンだった。シード権を逃した時、泣きながら『ごめん』って謝ったの」


あおいの声が少し震えた。


「わかってる」風馬は真剣な表情で頷いた。「必ず走り切る。そして箱根の舞台に立つ」


あおいが部屋を去った後、風馬は窓の外を見つめた。


「必ず箱根の切符を手に入れる。そして失われた紅蓮の襷を取り戻す」


風馬の目には強い決意の光が宿っていた。すべての準備は整った。あとは、走るだけだ。


(第2話 終)

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