浪人
永禄十年の秋の終わりになり、武士階級の者が解雇されたり就職難になっているという情報が入った。
私も雑学として、武士は食わねど高楊枝という言葉は知っている。
きっとそれだけ生活が厳しかったのだ。そして今は、戦のない平和な世の中だ。
血の気の多い武士が食べていくには、役人になるか殿様に仕官するのが一般的である。
剣術道場を開くにしても、その道一本で食べていくのはかなり大変だ。
しかし普通に考えれば、大名も無駄金を使いたくはない。
つまりは軍縮によって武士階級の大量解雇や就職難が発生するのは、当然の流れと言える。
今後は浪人の数は増加の一途を辿るが、時代劇ではそういった者は用心棒として雇われたり、先生と呼ばれて活躍していた。
だが私個人としては、そのような状況は避けたい。
何故なら町中で帯刀を許可された浪人が彷徨い歩いて諍いが起きた場合、高確率で傷害事件や死亡事件に発展してしまうからだ。
娯楽作品では、そこから胸躍るシチュエーションに発展するかも知れない。
だがもし現実に発生したら治安が悪いにも程があり、おちおち外も歩けなくなる。
なので日本の最高統治者としては、今後予想される浪人の大量発生は断固阻止すべき案件なのであった。
時は流れて、永禄十年の冬になる。
私は稲荷大社の謁見の間に、いつも通りに各所の役人を集めた。
そして一段高い畳の上に座って緑茶をちびちび飲みながら、皆に向かって堂々と宣言する。
「職にあぶれた武士階級の者たちは、江戸幕府がまとめて雇用します」
「稲荷様、それはどういうことでしょうか?」
役人の一人が尋ねてきた。
私は、あらかじめ考えておいた答えを口に出す。
足りない頭を空回りさせて捻り出しただけあって、スムーズな対応である。
「浪人たちは今後、日本を守護する自衛隊となります。
各国の人質が江戸に集められているので、地方の反発も少ないでしょう」
こっちは人質など要求していないが、向こうが勝手に送ってくるのだ。
まさか利用することになるとは思わなかったけど、今さら文句を言われても困る。
しかし、これは見せ札だ。
実際に首をはねたり切腹しようとしたら、私は殴り込みをかけても強引に止める所存である。
ちなみに彼らは稲荷大社に臨時に雇用されており、盆と正月には実家に帰らせる方針に決定した。
おかげで仕事にやりがいが出たと、皆の表情はとても明るかった。
「確かにそれなら、反発は少ないでしょう。
ですが、そう上手く行きますでしょうか?」
やはりと言うか役人たちは皆、半信半疑といった様子だ。
ぶっちゃけ私も、これもう人質と言うか地方からの出稼ぎ労働者じゃと思っている。
稲荷神様のお膝元である江戸在住を羨ましがる武士はいても、不憫だと憐れむ者は殆どいないのが現状であった。
何となく抑止力としての効果は薄い気もする。
だが、ないよりはマシだと考えていた。
そして役人たちの冷静な指摘を受けて、今の提案には流石に無理があったかと思い直す。
今度こそすんなり乗り切れると思ったのだが、結局いつものように、プランBをその場で即興で考える事態になってしまう。
私は小さくウンウンと唸りながら、しばらく思案する。
その後、まるで過去の発言などなかったかのように、唐突に話題を切り替えた。
「武士の世は終わりました。
しかし、それを受け止めきれない者も居るでしょう」
人質を利用するプランAは破棄して、Bこそ重要だと言い聞かせる。
思いついたことといえば、結局いつもの脳筋ゴリ押しであった。
「浪人となって働き口のない武士を、大勢稲荷大社に集めてください。
私が直接説得します」
ぶっちゃけ私は、この手しか知らない。
今回も感情に任せて、場当たり的に行動する。
やはり足りない頭で何を考えたところで、ろくな案が出てこない。
たとえ説得に失敗しても七転び八起きで、一歩ずつでも着実に平穏な暮らしに近づいていければ、それで良いのだ。
なので今はできれば成功しますようにと願いつつ、急ぎ日本全国にお触れを出すのだった。
永禄十年の冬なのは変わらない。
それでも朝晩がかなり肌寒くなってきた。そんなある日のことだ。
江戸の稲荷大社に、日本全国から大勢の武士が集まってきていた。
彼らは雇い主に解雇を宣告されたか、太平の世では戦いの意義が見い出せなくなり、自ら職を辞した。
それ以外にも就職先が見つからなかったりと、様々な理由によって浪人になった者たちである。
私の身も蓋もない一意見としては、鳴かず飛ばずの下級武士か、戦闘特化で血の気の多い者たちだ。
なお盛大なブーメランとなって、脳筋の自分に突き刺さっているが、それは考えないことにする。
何にせよ、これから彼らに今後の待遇を説明しなければいけないが、少し気が重かった。
幸いなのは、もし大ブーイングが起こったとしても、武力で強引に制圧できることだ。
脳筋相手には実力行使に出たほうが、後腐れなく言うことを聞いてもらえるかも知れない。
だがいくら私が、彼らと同じような蛮族寄りな思考だとしても、中身は一般女性である。
できれば暴力は最後の手段にして、まずは穏便に話を聞いてもらうことから始めたい。
そのような事情もあり、私は小さく溜息を吐きながら、稲荷大社の舞台の上に進み出る。
続いて大きく深呼吸をした後、良く通る声で大勢の武士たちに語りかけた。
「貴方たちも知っての通り、これからの日本は戦のない天下泰平の世になります」
最高統治者の口から、はっきりと告げられる。
舞台の下に集まった者たちの表情に影が差して、にわかにざわめいた。
戦がなければ、彼らが活躍する機会は訪れない。
つまり当然仕官や出世など望めるはずもなく、貧しい浪人暮らしが死ぬまで続く可能性もあるのだ。
だがそれは、彼らの早合点である。
私の話は、まだ終わっていなかった。
「しかし、平和になったのは日本だけです」
私は天下統一を成し遂げたが、それは世界から見れば小さな島国に過ぎない。
「諸外国は日本を支配するために、虎視眈々と隙を伺っていることでしょう」
江戸時代になって、日本は三百年も平和が続いたと聞いている。
だがそれと比べると、外国は戦争したり植民地を増やしたりと波乱が続いていた。
「よって貴方たちはこれより、稲荷神直属の自衛隊に配属されます」
正確には江戸幕府の管轄なのだが、最高統治者は自分だ。なので別に大した違いはないだろう。
「役割としては日本全国の治安を維持し、諸外国からの脅威を退ける。
まさに、唯一無二の国防軍と言えるでしょう」
この辺りのことを説明するのは面倒だし、神様の軍隊という響きは男心をくすぐる。
今は少しでも彼らが受け入れやすい状況を作って、あとは時代に合わせて修正していけばいい。
とにかく今は、さっさと次に進める。
「土地や領地は与えられませんが、月に一度金銭や物品で支払われます。
また最新の兵器を用いての訓練を行い、成績が優秀な者には出世の道も開けるでしょう」
何だか、新規事業の説明会でもやっている気分だ。
私は実際にそれをしたことはないが、戦国時代にはまだない仕組みを作るのである。
あながち間違ってもいないだろう。
幸いなことに、集まった武士たちは皆真剣な表情で聞き入っている。
それに今のところは暴れたり、反対意見は出ていない。
藩からあぶれた者の就職先として面倒を見るのだから、悪いことをしているわけではない。
むしろ彼らの救済策と言えた。
「差し当たっては、各藩に駐屯地を設けます。
そこで各々の適性を測るための試験を受けて協議を重ねた後、自衛隊内での階級を決定します」
まんま前世の自衛隊の駐屯地のようなものだ。
彼らは来たるべき時に備えて、日夜訓練に明け暮れることになる。
だがその前に簡単な適性試験を受けて、指揮系統をきっちり定めておかないと、いざという時にスムーズに動けなくなる。
しかし今さらながら思ったが、武士の人口が少なくて本当に良かった。
さらに、藩が採用した余りを私が拾い上げたのだ。その点でも、幕府の負担が軽くて何よりであった。
ただまあ、これから三百年ほど平和な時代が続くのだ。
主な活躍の場は諸外国からの脅威ではなく、災害や海難救助になりそうである。
それでも山賊や野盗や凶悪犯といった小規模な戦いならあるかも知れないし、町村に侵入した野生動物の処理など、何かかんやで武力を使う仕事には困らない。
だがまだ草案の段階なので、その辺は追々である。
それはそれとして、ここで私は唐突にあることを思い出した。
今後は藩に仕えなくなることを、はっきりと伝えておかなければいけない。
なので堂々とした態度で、彼らにある言葉を投げかける。
「これからの武士が仕えるのは主君、幕府、私ではありません。
はっきりと言えば、日本国そのものなのです」
ようは国防軍、もしくは自衛隊の概念だ。
これからの日本は各藩ではなく、皆が一丸となって邁進していく。
指揮系統こそ征夷大将軍の私に属しているが、それも建前に過ぎない。
根底にあるのは、日本の民衆を守ることだ。
それこそが自衛隊の真の役割なのだと、ハキハキと説明していく。
「言うなれば貴方たちは、力なき人々を守る盾! そして、外敵を倒す刀です!
さらには亡国の危機を退ける、唯一の希望でもあります!
皆、しかと心に刻むように!」
そう言って説明を終えた私は、静かに口を閉じる。
あとは背を向けて舞台から去り、稲荷大社の本宮に入っていく。
その場の勢いで、ついついトークが白熱してしまった。
だが幸いなことに、暴れたり反対意見はでなかったのは、本当にありがたい。
実は血の気の多い武士が乱闘騒ぎを起こすんじゃないかと、内心では結構ビクビクしていたのだった。
説明を終えた私が家に帰ろうと稲荷大社の廊下を歩いていると、幕府の役人が近づいてくる。
そして、率直にあることを尋ねる。
「稲荷神様、駐屯地に滞在する武士の集団の呼称は、いかが致しましょうか?」
そう言えば、あの場は自衛隊と宣言した。
だがそれは、あくまでも仮名だ。
そもそも、江戸時代には存在しない軍隊である。
もっと別の名称があれば、好きに呼んでくれて構わない。
「まだ仮ですが、自衛隊と呼称します。
しかし他に相応しい名称があれば、そちらを採用してください」
「宣言通りでございますね。了解致しました」
国防軍やEDFでも良いが、自衛隊という呼称のほうが私的には馴染み深かった。
けれど今の時代的には、銃火器や兵器を扱う兵士ではない。
刀を振り回す武士が主役なのだ。
ならばもっと相応しい名称があって然るべきだし、現場の管理者もそちらを採用するだろう。
それにいきなり自衛隊が採用されたら、いくら何でも時代の先取りが過ぎる。
私はまさかそんなことは起きないだろうと考えながら、森の奥の我が家を目指す。
これでようやく一息つけたと肩の力を抜いて、のんびり歩いて行くのだった。




