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漁村

 武田さんの奇病の問題が何とか目処がついたことで、私はようやく我が家に帰れると安堵した。


 だが残念ながら、そうは問屋が卸さない。

 今川さんは、行けたら行くわと約束したことを、忘れていなかったのだ。


 彼は三河に戻る前に、ぜひうちに寄っていってくださいと猛プッシュしてきた。


 最初は断ろうと考えたが、多分ここで行かないとずっと催促され続けるだろうなと察してしまう。

 それに武田さんの領地からひたすら南下し、海に突き当たる。

 そこは今川さんのホームで、領地的にも松平さんのお隣だ。


 帰る直前にふらっと立ち寄って、海鮮料理でも食べていくのも悪くない。

 多少強引でも前向きに考え、渋々だが重い腰をあげるのだった。




 曲がりくねった街道を通り、山越え谷越え川越えて、やって来たのは海沿いに広がる今川さんの領地である。


 ちなみにだが、戦国時代的には海産資源がある国は豊かという風潮があるらしい。

 そして武田さんは山間部だが決して貧しいわけではなく、むしろブイブイいわせている。


 だがそれは、金山パワーのおかげでゴリ押しているからだ。

 しかも金の産出量にも陰りが見えてきたので、私に泣きついて来たのである。


 ついでにもし期待外れだったら、自分が上洛して天下を取るつもりらしかった。

 そうなったら三河は通り道になるので、彼と戦をしていたことになる。


 結果だけを見れば、首の皮一枚で戦を回避できて何よりだ。

 笑い話として普通に語る武田さんは、何とも豪胆な人であった。


 だがまあ今重要なのは武田さんではなく、今川さんの領地経営についてだ。


 こっちには奇病のように緊急の案件ではないので、多少は気楽である。


 造船に木材が大量の必要だからか禿山が目立っているが、そこは今は気にしても仕方ない。

 植林に関しては北条さんの所で指導したので、既にある程度はマニュアル化されつつある。

 おかげで現場で会議や指導を行ったが、問題はなく仕事を終わらせられた。




 今の私は漁村の大通りを、犬ぞりに乗って移動している。

 周囲を見回して、お供の者たちと微速前進中だ。


 あとは三河まで、物見遊山で道中をのんびり楽しめばいい。

 既に帰路についているから、気楽なものだ。


「そう言えば、この漁村の者はどのような仕事をしているのですか?」


 特に深い意味はない質問をしながら、犬ぞりを少しだけ止める。

 すぐ近くの海岸で何かしている村人たちを眺めて、今川さんが手配した護衛に質問した。


「我が領内の漁村では、塩作りや漁を生業としておりまする」


 確かに塩害や水の問題で、近場で米を育てるのはちょっと難しいかも知れない。

 ついでに漁村の近くは禿山だらけだし、大雨が降ったら土砂崩れが発生する危険がある。


 植林をしても、すぐには効果が出ないだろう。

 今後の今川さんの領地経営は劇的に改善は難しく、長い目で見る必要がある。


 私は犬ぞりの上から寄せては返す波を見ながら、大きな溜息を吐く。

 向こうも植林以外も期待して呼んだから形式的な指導はしたが、今さらながら本当にそれで良かったのかと思い悩む。


 だが私は普段から考えなしで、行き当たりばったりである。

 すぐ名案が思い浮かぶわけがない。


 それはそれとして、昼近くに海沿いの漁村を訪れたので食欲が刺激された。

 いつものようにパッと思いついたことを、そのまま口に出す。


「海苔を育てて増やしましょうか」

「「「えっ!?」」」


 戦国時代は漁業は活発に行われているので、私から言うようなことは特にない。


 しかし海苔はまだ安定生産が難しくて、高級品だ。

 それに、朝廷に献上されるほど大人気である。


 長山村では手に入り難く、京都にいる時におすそ分けとして、生海苔を少しわけてもらったぐらいだ。


 見た目は前世の食卓のお供の、瓶詰めにされたアレに近い。

 ふりかけもない時代に、ご飯のお供は貴重だ。

 天然物は違うなと、磯臭い生海苔を食べながらそう思った。


 それはともかくとして、私はついでとばかりに海苔の製法に物申す。


「この際ですし、生海苔ではなく板海苔にしましょうか」

「「「えっ? ……えっ!?」」」


 ご飯に乗せるタイプも良いのだが、おにぎりといえば板海苔だ。

 さらに調味料もくわえた味付け海苔も追加すれば、向かうところ敵なしといえる。


 白米と海苔の組み合わせは無限大で、それだけでご飯が何杯もいける。

 きっと戦国時代の日本人の舌にも合っているから、バカウケ間違いなしだろう。


 なお現実は、狐っ娘の体は見た目相応の少食だ。

 子供用のお茶碗山盛り一杯で、腹八分目になってしまう。


 しかし今はお天道様は真上で、お昼近くだ。

 ちょうど空腹で食欲が刺激されたので海苔を思いついたのだが、今川さんの護衛は慌てて返事をする。


「しっ、しかし、海苔は海の恵を受ける我が領内でも、高級食材ですぞ!

 陸では五穀豊穣をもたらす稲荷神様ですが!

 海の物を増やすのは難しいのでは!?」


 今川さんの部下に、真っ当な指摘をされる。

 陸は長きに渡る積み重ねで、栽培技術がある程度確立されていた。

 生息地の環境を再現して土壌に植えれば、大抵の物は増やせる。


 だが海に関しては、戦国時代ではノウハウが殆どない。

 私もそんなに詳しくないし、確かに簡単にはいかなさそうだと思い直す。


 そうなると、いざ海苔の養殖を開始したところで収穫なしの大失敗になりそうだ。

 稲荷神としての信頼が、失墜する可能性が高い。


 それに古来より海と陸の神は、互いの仲があまりよろしくないと聞く。

 だからこそ役人の彼は、領地に何らかの祟りが起きる前にと、私を必死に止めてくれたのだろう。


 稲荷様は陸の神様だが、今川領では海神の信仰が盛んだ。

 狐色に染まっていない彼の対応も、納得であった。


「確かに、貴方の言う通りですね」


 私も別に、海苔の養殖方法を一から十まで全部知っているわけではない。

 何も考えずに突っ走っていたら、失敗は間違いなしである。


 なので、忠告してくれた彼に感謝して深く頷く。


 だが自分の食欲は未だに健在であり、そのための妥協案に切り替える。


「では生海苔ではなく、板海苔への加工はいかがでしょうか?」

「板海苔というのはわかりませぬが、それならば海神様の怒りを買うことはないでしょう。

 こちらこそ、どうかよろしくお願いし申す」


 セーフ判定が出たので、私は心の中でガッツポーズを取る。


 そして今川さんが送ってくれた案内役のお侍さんに、この村の紙漉き職人の元へと案内するようにと、頼み込むのだった。

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