寄生虫
村の一角にある朽ち果てた廃屋、その隣には多くのお墓があった。
ただし前世のように光沢のある綺麗な長方形で、何々家の墓と畫かれているわけではない。
適当な大きさの石を置いて、そこに名前を彫るという簡単な作りだ。
そして桔梗ちゃんに案内してもらったお墓以外は、何処も草茫々で荒れ放題だった。
ボロボロで寺院か仏閣か判別がつかなくなった建物を見る限り、人の手が入らなくなってかなりの年月が過ぎているように感じる。
「神職の方は、私が生まれる前に──」
「そうですか」
きっと奇病にかかって逝ってしまったのだ。
そう考えていた私は、彼女の次の言葉を聞いて困ってしまう。
「夜逃げしたらしいです」
「そっ、そうですか」
とにかく、返事をするだけで精一杯であった。
普通の人の感性なら、謎の奇病でいつ死ぬかもわからない村に永住したいとは思わない。
住職さんは先祖代々の土地でもなかったようで、途中で恐怖に耐えられなくなったようだ。
そして十年近く経っても、誰もやって来ていない。
そこから村に蔓延る奇病の被害は、相当深刻なのだと察してしまった。
お墓の管理をする人も親族しか居ないため、何処も荒れ放題になるのも納得である。
だがまあ、その辺の事情は置いておいて、今はとにかくやるべきことを先に済ませるべきだ。
「本当に良いのですね?」
「はい、お父とお母も稲荷神様のお役に立てるなら、きっと本望です」
桔梗ちゃんは、何かに耐えるように唇を噛んでいる。だが別に、怒っているわけではない。
彼女の承諾をもう一度聞いた私は、まずは大人が数人がかりで運ぶような墓石を、よいしょっと持ち上げる。
そしていつも通りに、素手で丁寧に積み上げられた土を掘っていく。
「まだ本調子ではありませんが──」
ほんの数分程度で、木製の棺の上蓋に指が触れた。
そこで桔梗ちゃんが、おずおずとした様子で声をかけてくる。
「あの、稲荷神様。できれば、二人共」
「わかりました。調査が終わったあとは、私が責任を持って供養しましょう」
「あっ、ありがとうございます!」
そう言ってまずは一つ目を土から掘り出し、すぐ隣に埋められたと思われる少し傷んだ棺も丁寧に取り出した。
少しだけ離れた場所に壊さないように気をつけておき、蓋を開けて中身を確認する。
ちなみにドラキュラが寝るような長細い形状ではなく、樽のように縦長なタイプだった。
私が疑問に思って桔梗ちゃんにこれに関して尋ねると、座棺について説明してくれた。
何でも村では、死者の体を傷つけることを忌み嫌うようだ。
前世でもそれが普通の感性なので気持ちはわかるが、火葬ではなく座った姿勢で樽に詰める。
そのまま土に埋めて弔う風習らしい。
そんな風習が、当たり前に信じられている村で桔梗ちゃんは育ったのだ。
けれど罵倒や叱責を恐れずに他の人たちに、真っ向から立ち向かう。
奇病の解決に努める彼女は、素直に凄いと思った。
まだ若いので柔軟な発想ができるし、勇気を出して行動を起こせたのだろう。
とにかく引っ張り上げた座棺の中身を、彼女に確認してもらう。
「お父とお母で、間違いありません」
「わかりました。では、お借りしますね」
死装束を着せられた二人は、ガリガリに痩せ細っていた。
しかし何故か、腹部だけは異常に肥大している。
これはまさに、奇病と呼ぶに相応しい不気味さだ。
同時に闘病生活の過酷さを、否応なしに感じさせられるのだった。
とにかく奇病で亡くなった人の遺体は確保した。では次は何処で調査するかだ。
村の住人とは売り言葉に買い言葉で喧嘩別れしたので、協力を得るのは不可能だろう。
幸い墓を掘り起こしている間は、周囲に怪しい気配は感じなかった。
しかし、いつ邪魔が入らないとも限らない。
ならばと発想を切り替えて、村から離れて例の巻き貝を採取した水場に向かうことに決める。
そこなら武田さんのお触れで、余程のことがなければ村人は近づかない。
私には病魔は効かないし、正式な許可を取っている。
桔梗ちゃんも、多分効果はないだろう。
とにかく川や用水路に行っても、何の問題もない。
結果、大人二人にしてはやけに軽い座棺を重ねて持ち、移動する。
念の為に村人に気取られないように裏道を歩き、例の川へと向かうのだった。
巻き貝を採取した場所は、元々水場として使っていたらしい。
ある程度の広さが確保されていたので、私はそこに座棺を二つ並べる。
続けて特別な医療用の鞄を足元に置いて、奇病の調査を開始した。
なお桔梗ちゃんには素人だが、今は猫の手も借りたい状況だ。
臨時の助手として手伝ってもらう。
「私は準備をしますので、ご両親の遺体を横に寝かせてください」
「わかりました! お任せください!」
元気の良い返事が聞こえてきたので、私は鞄からい特殊な部品を取り出して、慎重に組み立てていく。
「稲荷神様、それは一体?」
桔梗ちゃんは私がしていることが気になるようで尋ねてきたので、隠すこともないので正直に答える。
「顕微鏡という道具です。
微生物や細菌など、小さな存在を見つけることができます」
顕微鏡は茸栽培を始めた頃に開発に着手したが、未だに未完成である。
予算や資源や人材なので問題もあったけれど、ガラスがとても貴重で加工技術がまだまだ発展途上だからだ。
なのでガラス容器でなくてもママエアロという物は、現状他の素材で代用している。
顕微鏡の品質は比べるまでもなく、さらに前世よりも大きくて嵩張る。
倍率も低いが、肉眼よりも遥かに小さなモノを見られることに違いない。
とにかく私は桔梗ちゃんにも使い方を教えながら、奇病で亡くなった遺体を調べ始めるのだった。
その後、紆余曲折あって奇病の正体を突き止める。
病原菌ではなく、例の巻き貝が媒介している寄生虫によって引き起こされていたのだ。
さらには寄生虫は水の中でしか生きられず、皮膚から体内に侵入して内臓を機能不全に陥らせる。
人間を死に至らしめる他に、恐らく他の哺乳類にも感染していた。
私の想像だが、きっと巻き貝は中間宿主だ。
なお、これに関しては思いっきり端折ってしまったが、詳細を書こうとするとR18グロになる。
そして死体を切り刻むので、あまり気分の良いものではないので、致し方なしだ。
その際に、私は医療行為で否応なく慣れていたが、グロ耐性のない桔梗ちゃんが途中で何度も吐いたりした。
だがそのおかげで、奇病に対する理解が深まる。
治療法や解決策はこうだと思う止まりだが、今の私にできることは全てやった。
あとは武田さんや、後世の医療従事者に丸投げするのは本当に申し訳ない。
けれど奇病解決までの道のりが、多少は短縮されたのは確かだ。
少なくとも戦国時代としてなら、悪くない結果だと胸を張れるのだった。
そして現在私は、近くの草むらに寝転んでいた。
まだ本調子ではないので、稲荷神様は休んでいてくださいと必死に頼まれたのだ。
その横で桔梗ちゃんが目を凝らして顕微鏡を覗き込み、寄生虫や細菌を熱心にスケッチしている。
私は試作品のテストで事前に試しているし、未完成ながらも極一部だが使われ始めていた。
なので細菌などは少しは知っていたが、奇病の患者と巻き貝に寄生しているモノは見たことがない。
これが奇病の原因だと確信を強めつつ、未知の存在に名前をつけるべきた。
当然本決まりではなく仮であるが、日本住血吸虫と名付けようと思った。
墨と筆で歳の割には絵心のある桔梗ちゃんを眺めながら、そんなことをぼんやりと考えていたのだった。
私が完全回復する頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
その間に桔梗ちゃんは、日本住血吸虫やそれ以外の細菌を何枚か描いてくれた。
灯り用の狐火を使って確認すると、年頃の女の子にしてはなかなか上手なようだ。
携帯食料である乾パンを齧りながら作業を進めていたが、ちょびっと蜂蜜も練り込んでいる。
お菓子は初めてだったようで、桔梗ちゃんは瞳を輝かせていた。
あまりに幸せそうだったから、別に食べなくても死なない私の分も彼女にあげる。
それはともかくとして、大きな収穫があったのは良かった。
この村での用が済んだので片付けに入るのだが、隅々まで調べさせてもらった彼女の両親の遺体は、丁寧に拾い集めて座棺に戻す。
色んな部分をバラバラにしたので、死装束はもう着せられない。
だがそれでもなるべく人体のパーツを元の位置に戻し、上からそっとかけてあげた。
そして、川近くの広場の中央に隣り合うように座棺を並べる。
続いて、私は近くの桔梗ちゃんに声をかけた。
「ご両親のお別れは済みましたか?」
「もう少し、もう少しだけ時間をください」
私は口は開かず静かに頷いて、桔梗ちゃんから離れる。
今、彼女が何を思っているかはわからないが、最後のお別れだ。
自分も、死者への弔いだけでなく、奇病解決への一歩を踏み出せたことへの感謝を込めた黙祷を行う。
一分ほど経ったあと桔梗ちゃんが、もう大丈夫だと声をかけた。
「蓋を閉じます。少し離れてください」
蓋をかぶせて、仲良く並べた座棺から少しだけ離れる。
そして私は、右手に新たな狐火を生み出す。
これが本当のお別れだ。
何だか柄にもなく緊張しつつ、まるで格式高い儀式のように粛々と事を進める。
「今から二人を天に返します。
願わくば、あの世で幸せに暮らせますように」
右手の狐火を飛ばしながら呟く。
稲荷神は神道なので、仏教の極楽は入場拒否されてしまうかも知れない。
桔梗ちゃんに、その点をツッコまれるのは面倒だ。
座棺はゆっくりと炭になっていき、二人の遺体は白骨以外は残っていない。
そこで私は、狐火を巨大な牛へと変化させる。
「……わあっ!」
「あの世への、水先案内人……いえ、水先案内牛ですね」
もし二人があの世に逝けなくても、それは道案内をした牛の責任だ。だから私を責めないでね、という予防線である。
強引にでも責任をなすりつける気満々な、姑息な狐っ娘だ。
ちなみに何故牛かというと、キュウリとナスのお盆飾りを思い出したからで、迎えは馬で送りは牛だからである。
青白く燃えているのでどう見ても精霊とかそんな感じだが、細かいことは別にいいのだ。
とにかくそれ以外の深い意味はないが、私と桔梗ちゃんはしばらくの間、巨大な牛がゆっくり天に登っていくのを、静かに見守っていたのだった。
後日談となるが、奇病の中間宿主である巻き貝と病状については、稲荷神の権威でゴリ押して納得させた。
なので甲斐では、巻き貝が媒介している日本住血吸虫との長い戦いが始まることになる。
被害が酷い場所では積極的に生息地の埋立工事を行い、田んぼではなく畑へと変えていった。
治療法は見つかっていないが、予防法はある程度わかったのだ。
あとは現場の者たちに、頑張ってもらうしかない。
日本国民に余裕があれば、巻き貝は絶滅を寸前で回避して、溜池等で厳重に管理される。
まあその辺りの判断は武田さんに任せるが、どうせ一朝一夕には事が済まない問題だ。
流石にずっとかかりきりにはなれないし、そこまで責任は持てないのだった。
さらに余談だが、桔梗ちゃんは私の側仕えになった。
故郷の村で派手に啖呵を切ったので、ある意味では仕方ないことだ。
両親のあの世逝きを見送ったあとに、もし居辛いのなら一緒に来ますかと訪ねると、二つ返事で首を縦に振った。
そしておじいさんに関してだが、孫娘ちゃんの身内で老い先短い老人だ。
なので武田さんにお願いして、もし村から離れる気があるなら、別の引越し先を手配することを伝える。
それとなく手を回したので、あとは彼の選択次第だ。
なお抗議した武士や桔梗ちゃんには申し訳ないが、残念だが当然という感じで、その村の奇病対策は後回しにされた。
一応防衛策は告知されたので、武田さんの領地経営が一段落するまでは、自前で頑張って欲しいとのことだ。
即刻根切りや取り潰しにならないよう、私が待ったをかけた。
これでもマシなほうだが、本当に戦国の世は命が軽いと実感したのだった。
そして桔梗ちゃんが巫女服を着たことによる影響だが、脱いだらあっさり元に戻る。
私が感じていた謎オーラも消えたことから、装備中のみの特殊効果か。もしくは馴染む前に脱いだことで霧散したのだろう。
何にせよ、目に見える影響が残らなくて一安心だ。
しかしある日、桜さんと花子さんと桔梗ちゃんという歳の近い三人が集まる。
宴席で義姉妹の契りを結び、生死を共にして稲荷神様を決して裏切らない宣言を行っていた。
それを偶然目撃してしまった私は、表情筋が崩壊する。
一瞬だけだがチベットスナギツネのように、何とも言えない顔をしたのだった。




