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環境保護

 私たちは大河の船着き場に着いたので、すぐに陸に降りる。

 続いて、稲荷大社用の木材の切り出しを行っている現場に向かう。


 だが陸地に移動した直後、川の中にあるものを見つけた。

 ピタリと足を止めて、興味深そうに覗き込む。


 先に下船した松田さんたちも、自分が川の一点を見たまま微動だにしないことに気づく。

 同じく、立ち止まって尋ねてくる。


「稲荷神様、如何された?」

「少し、気になる物を見つけました」


 そう言って、さらに目を凝らして大河の水面を見る。

 狐っ娘の視力は半端ではなく、細部まではっきりと見えてきた。


(アレはもしかして?)


 私が気になったのは、普通の魚よりの長い生き物だ。

 それは黒く光沢を放つ体を、ウニョウニョと蠢かせている。何匹も大河の中を元気良く泳いでいた。

 一目見て、あれはナマズやドジョウではないと理解する。


 その後の行動は早かった。


「鰻だああああっ!!!」


 まさかの、前世ではめっきりお目にかかれなくなった天然の鰻だ。

 こんな所でお目にかかれるとは思わなかった。


 あまりの嬉しさに、思いっきり素が出てしまう。

 さらには恥も外聞もなく、見た目相応の子供のように勢い良く大河に飛び込む。


「「「稲荷神様!?」」」


 周囲の者たちが驚く声など全く聞こえずに、とにかくもう無我夢中である。

 大河を何匹も泳いでいたので、その中でもっとも長く大きな鰻を狙って捕まえようとした。


 だがやはり、体の表面がヌルヌルで滑る。

 殺さずに生かして捕らえようとしても、なかなか思うようにはいかない。


 泳いで逃げようとしても狐っ娘なので余裕で回り込めるが、決め手に欠ける。

 とにかくしばらく息継ぎなしの水中戦を行い、相手が疲れてきたところで、自分の身の丈ほどもある鰻の首根っこをガッチリ捕まえる。


 こうして私と鰻の勝負は決着し、ようやく陸に上がれたのだった。




 辺りを見回すと、船着き場が下流に見える。

 鰻を捕まえるために、いつの間にか上流に泳いでいたようだ。


 私はしばらく、片手で完全防水の巫女服についた水滴を簡単に払っていた。

 すると松田さんや護衛の人たちが、焦った様子で駆け寄ってくる。


「稲荷神様! ご無事でございますか!」

「私は大丈夫です。それより、心配をかけて申し訳ありません」


 先程の軽率な行動は、稲荷神のすることではないと今さらながら自覚した。

 謝罪のために、深々と頭を下げる。


「いっいえ、稲荷神様に大事がなければ良いのです」


 何事もなくて良かったとホッと胸を撫で下ろしたのか、皆は安堵の表情に変わる。

 そして次に、私が小さな手でガッチリ捕まえている鰻に気づいたようだ。


 護衛の一人である本多さんが、私が持っている鰻を見て口を開く。


「それは鰻でござるか?」


 当然聞かれると予想していた。

 だが先に何故、あんな突拍子もない行動を取ったのかと、総ツッコミを受けると思っていた。


 矛先がそれて助かったと安堵する。流石にそっちを尋ねられては、皆が納得する説明はパッとは思いつかない。


 しかし、本当の理由としては単純明快だ。


(鰻は絶滅危惧種で、天然物は滅多に食べられない高級食材。

 だからこそ、ここで会ったが百年目で、絶対に逃すまいと捕まえたかった。……とは言えないしね)


 個人的には、物凄くわかりやすかった。

 けれど今の時代の人たちに、そのまま伝えるわけにはいかない。


「鰻なら三河の川でいくらでも捕れるでござるが、北条領も同じでござったか」


 どうやら戦国時代は高級魚でも絶滅危惧種でもなく、庶民でも気軽に食べられるようだ。

 ならば何故今まで気づかなかった理由は、あまりにも一般的過ぎたからだろう。


 長山村や岡崎城下で当たり前のように食べられていても、私の口に入るお供え物は常に厳選され、米や山菜や肉など、庶民は滅多に口に出来ない高級品ばかりだ。


 他の人が焼いて食べたり川で泳いでいるのを見かけても、どうせドジョウかナマズだろうと思い込んでいた。


 鰻といえば、蒲焼きやうな丼のイメージが強すぎた弊害と言える。


 とにかく裂いてタレをつけて串に挿して焼き、食欲を誘う強烈な香りを漂わせてこその鰻だ。

 ぶつ切りにして塩を振って焼かれた謎の塊を見ても、何かの魚としか思えない。




 今回は、自分の身長ほどもある大物を間近で目撃した。

 なので興味が湧いて注目した結果、前世では殆ど見かけない鰻の存在に、初めて気づけたのだ。


「もし叶うならば、遠い未来でも鰻を好きなだけ食べたいものです」

「どういうことでござるか?」


 正直説明するのが面倒だし、私の寿命が尽きる前に鰻が絶滅することはなさそうだ。

 だから、割と適当に返答する。


「鉱山と同じく、海や川の資源も有限ということですよ」

「はははっ! 稲荷神様も冗談──」


 本多さんが冗談だと勘違いしておどけても、私は表情を崩さずに真顔のままだ。

 そんな自分の様子にただならぬものを感じたのか、彼はすぐに姿勢を正して謝罪する。


「申し訳ないでござる!」

「いえ、良いのです。

 今の水産資源は豊富ですので、思いつかないのも無理はありません」


 そして護衛たちも、こっちの一挙手一投足に気を配っているのがわかる。

 誰も喋る者が居なくなったところで、私は至って真面目な口調で彼らに語りかける。


「例えば森林を伐採して資材として利用していますが、大樹になるには長い年月がかかるのはわかりますね?」


 今ここで伝えるのもどうかと思うが、環境保護の概念だけでも教えておけば、多少は未来の汚染や資源の枯渇がを防げるかも知れない。

 なので、いつもの行き当たりばったりで適当に口に出す。


「鰻も同じです。

 人間が際限なく取り続ければ、いずれ絶滅するでしょう」


 ぶっちゃけ私が老衰で亡くなった後の歴史など、どうなろうと知ったこっちゃない。


 だが、それでも自分は一人の日本国民のつもりだ。

 自国の未来に関して完全に無責任ではいられず、せめて少しでも良い方向に進んで欲しいとは、ほんのちょっと思っていた。


「個体数が多いうちは、調整は比較的容易です。

 しかし、枯渇寸前から回復させるのは至難の業で、膨大な時間がかかります」


 異常気象で種が絶滅するのは珍しくないが、人間のやらかしで数を減らしていく場合もある。

 それを知ると、何ともやりきれないものを感じるのだ。


 別に、イルカやクジラを保護する団体のように過激になれとは言わない。

 しかし、少しでも心に留めておいてくれれば幸いである。


「何も考えずに大量生産大量消費を続ければ、貴方たちの子孫に多大な負担をかけることになります」


 このまま何も考えずに浪費し続ければどうなるかは、前世の隣の大陸がわかりやすい。

 アメリカでも白人がプレーリードッグを狩ったことで、砂漠化が進んだと何処かで聞いた覚えがある。

 なので希少な野生動物が絶滅するのは、避けられないことかも知れない。


 日本も鰻だけでなく狼などの件もあるし、全く他人事ではない。


 ゆえにせめて私が居るこっちの日本だけは、同じ轍を踏まないで欲しかった。

 自分たちで正しい答えを導き出し、より良き未来に進むのだ。


 だがまあ志は立派だろうが、結局私が言っていることは俗に言う丸投げである。

 それを悪びれもせずに堂々と口に出した。


「貴方たちが正しい選択をしてくれることを、心から願っています」


 何となくはっきりしない象徴的な言葉でお茶を濁して、あとは頑張ってくださいと現場に任せる。


 正しい答えを提示しないのは、自分でも明確な解決策は持ち合わせていないからだ。

 それに今ここで何をしようと、後の歴史には大した影響はないだろうと高をくくっていた。


 だが願わくば、湖に小石を投げ込んだあとの僅かな波紋ぐらいは、今の時期から環境保護へと舵を切って欲しいと願ったのだった。







 色々熱く語ったが、ぶっちゃけ資源や環境に関しては、現時点ではそこまで重大ではない。

 今の日本も森林資源を取りすぎてハゲ山が結構あったりするけど、それはそれである。


 取りあえず、鰻を捕まえるために川に飛び込んだ理由を誤魔化したのだ。

 あとは何かもう色々とテンパって脱線してしまったので、私自身も全てが終わったあとに何を喋っていたのか良く覚えていないのもあった。


 松田さんの追求から逃れるために、環境破壊解決案として、うろ覚えの植林や養殖についても伝授することになったし、どうしてこうなったである。


 とにかく肉体的には全く疲れてないが、精神的にはクタクタになってしまったのだった。




 ちなみに鰻は、お世話係の桜さんや護衛が、樽に真水をたっぷり入れて持ってきてくれた。

 なので私が下手な言い訳を始めてすぐの辺りで、泥抜きのためにそちらに移動させて、元気いっぱいだ。


 生臭いまま食べるのは嫌だったが、今すぐ食べたい私にとっては、まさに断腸の思いなのだった。

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