延暦寺
正門を強引に押し開けることで閂を破壊して、真正面から堂々と延暦寺に入場した。
次はここの代表である、覚恕法親王に面会しなくてはいけない。
流石に問答無用で焼き討ちをするほど短気ではないので、取りあえずは寺院の境内を奥に向かって歩いていく。
すると同行している本多さんが、興奮した様子で話しかけてきた。
「稲荷神様! 凄まじい怪力でござるな!」
「私は稲荷神なので良いですが、女性にその褒め言葉は使わないでくださいね」
「ははっ! 肝に銘じまする!」
稲荷神を名乗ってはいるが、中身は普通の女の子なのだ。馬鹿力を褒められても全然嬉しくない。
自分は決して、ボディビルダーだと主張しているわけでもない。
しかし本多さんの言ったことは事実なので、否定もできなかった。
取りあえず彼には、怪力を褒め称えるのは女の武将か、力自慢している女性にするようにと釘を差し、これ以上被害が広がらないように気を配るのだった。
それはとにかくとして、私と近衛二十名は無事に延暦寺の境内に入った。
何度か襲撃はあったものの、その全てを退けて全員無傷なので、今の所は順調と言える。
境内を歩きながら辺りを見回すと、京都の住民や伏見稲荷大社の関係者から聞いた通りの光景が広がっていた。
行く宛のない多くの難民に施しや教育を行い、保護するのは立派だ。
住民の相談に乗ったり、調停を行い争いを回避する役目もある。
だがその対価として、銭や物資を寄付という形で要求するだけではなく、中には体を要求して白昼堂々性行為を行っている者も居た。
さらには色んな意味で腐っていたり、大なり小なり悪事に手を染めている僧が巣食っている。
松平さんや織田さんといった各地の大名や、朝廷や公家から教えてもらった通りだ。
何と言うか、何処の国も延暦寺や本願寺といった宗教施設に手を焼くはずだと、しっかり伝わってきたのだった。
私は今、問題の延暦寺の境内を奥に向かって歩いている。
そして周りに目を向けると、昼間から酒を飲んだり賭け事に熱中したりと、どう考えても真面目に職務に励んでいるようには見えない。
正門での騒ぎには当然気づいているのだろうが、大多数の者が君子危うきに近寄らずだ。
つまり延暦寺の中で比較的まともな僧は、私たちを襲撃した者たちである。
それはあらかた再起不能になったため、あとは弱腰だったり私腹を肥やしたり、戦闘能力のない老人や女子供ばかりが残った。
他にも手のひらを返して、私に乗り換えて保身を図る者も居る。
例えば、各勢力が事前に渡りをつけていた僧たちだ。
彼らは今現在、にこやかな笑顔でこちらに近づいてきて、問題なく会話が可能な距離まで来ると、姿勢を正して整列する。
そして代表の若い僧が一歩前に進み出て、恭しく頭を下げて私に話しかけてくる。
「お待ちしておりました。稲荷神様」
「手はず通りですね。覚恕法親王の元まで、案内を頼みます」
「はい、こちらでございます」
まだ若いながらも先見の明があり、将来有望そうな代表の僧が案内役を買って出てくれた。
私たちは、彼の後ろを歩いていく。
周囲に目を向けると、僧の他にも境内の庭には難民らしき者が、多く集まっていることがわかる。
彼らはこちらに興味深そうな視線を向けてくるものの、話しかける元気がないようだ。
それとも私のことを恐れているのか、すぐにまた項垂れて俯いた。
特に理由はないが、釈然としない何かを感じる。
私は、無意識に思ったことを口に出す。
「難民が多いですね」
「稲荷神様が来るまでの京の都は、日夜争いが絶えない生き地獄でございました」
私の問に対して、案内役の僧は前を歩きながら淀みなく答えていく。
「延暦寺は規模が大きく、民の心の拠り所です。
救いや保護を求めて、難民が押し寄せたのでございます」
私は心の中で、なるほどと納得した。
三河国が、最初はまさにそんな感じだからだ。
稲荷神の噂を聞いて、大勢の難民が押し寄せたときは慌てふためいてしまった。
日の本の民は戦乱の世に疲れ果てて、救いや癒やしを求めているという所だろう。
快適で平穏に暮らすのが目的の私だが、神を自称しているので、彼らを救うことが結果的に自分のためになる。避けては通れない問題だ。
私は心の中で溜息を吐きながら、辛くなるから話題を変えようと考える。
案内役の僧に、別の質問をした。
「保護した難民の扱いは、どのようにしているのですか?」
「施しを与えて、仏の教えを広めております。それ以外は特に何も。
人は皆、死ねば仏ですので」
想像以上の待遇の酷さに、内心ドン引きであった。
例えるなら、穀潰しであるニートに毎日最低限の食事を与えて、あとはほったらかしだ。
病気になったら祈祷はするだろうが、死んだらそれまでである。
これは自立支援や就職の斡旋をしないと、難民の未来は永遠に暗いままな気がした。
案内役の僧は、無力感に打ちひしがれた悔しそうな表情をしている。
助けたいのに助けられない気持ちが、言葉の節々から伝わってきた。
私は比叡山をキャンプファイヤーをする決意が、一層強くなる。
近衛の二十人も、きっと自分と同じ気持ちだ。
空気が重くなってしまったので、その後はしばらく無言での案内だった。
ある襖の前で、案内役の僧が足を止めた。
私的には、とうとう来たかと、ラスボスの部屋前に辿り着いた気分になった。
「この奥に、覚恕法親王様が居られます」
出来ればセーブポイントでも欲しいところだが、人生そんなに甘くない。
だがまあ、後先考えていないのはいつものことだ。
延暦寺が燃えても燃えなくても、その場の判断としては最適なことをした。
私はそう開き直って、今は振り返らずに前に進む。
「これまでの内部工作と道案内、ご苦労でした」
突入前に、道案内の僧や仲間の頑張りを労う。
彼は何か言いたそうにして迷いながら、やがて真面目な顔で口を開く。
「稲荷神様のお役に立てるのならば、苦労のうちに入りません。
それよりどうか、皆をお救いください」
若い僧の涙ながらの訴えに、私は静かに彼の手を取った。
「延暦寺の変革の時が来たのです。
私はこの国そのものを作り変えて、民草を一人も余さずに救うつもりです」
ただし、救済方法はその場での思いつきか脳筋ゴリ押しに限るという言葉を、喉まで出かかったところで何とか飲み込む。
とにかく私は、感極まって嬉し涙を流す案内役の手を離す。
何故か後ろには彼と志を同じくする者たちも付いてきており、揃って男泣きしている。
そっちは気にする必要はないし、些細な問題だろう。
とにかく、ラスボス前のやり取りが終わった。
再び前に向かって歩き出す。後に続くのは近衛二十名だ。
そして、覚恕法親王という大層な名前の人の部屋に入る前に、ふと考える。
ここは最初に驚かせて、会話の主導権を得たほうが良さそうだ。
ならばと、いつもの短絡的な脳筋的思考により、周囲に人が居ないことを確認する。
続いてラスボスの部屋に続く襖を、乱暴に蹴破った。
「失礼しますね!」
こうして私は最後の戦いを開始するべく、ダイナミック入室したのだった。




