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井戸掘り

 何処情報かは覚えていないが、野生動物は水を探すのが上手く、匂いでわかるらしい。

 もちろん全ての動物が凄い能力を持っているわけではないが、私は家族は普通の狼よりも賢くて、ある程度の意思の疎通が可能だ。


 なので私は身振り手振りで、地下を流れる水脈を探して欲しいと、頑張って伝えたのだった。




 しかし、何事もトントン拍子に進むわけはない。

 水路や各家庭の水瓶に案内されること十回以上、違うそうじゃないを繰り返していた。


 そんな私と狼の漫才を、地域住民が微笑ましい表情で見守っていることには全く気づかない。

 当人はとにかく必死であった。


 何しろ私が引き続き山に住むには、成果を上げ続ける必要がある。

 稲荷神(偽)を自称している以上は失敗は許されず、村民の信頼を勝ち取らなければいけない。


 神様のすることは全て正しく、昔からそういう風潮なのでなおさらだ。


 現在の状況は、地域住民に家や道具や食料を分け与えてもらっている。

 そして妖怪として討伐されることない、安住の地を手に入れたと言っても過言ではない。


 まだ短い間だけど、戦国時代でも平穏に暮らせているのだ。これは私にとっては大きな一歩である。


 そして他の地域がどうなっているかは知らないが、きっと酷い有様に違いない。

 なので追い出されない限りは、ずっとここに住み続けたかった。少なくとも私はそう考えていて、村の人たちも異論はないだろう。


 ただし今回の件の結果次第では、それも怪しくなるので何としても成功させなければいけない。







 現状がオワタ式で詰みかけているのはともかく、お天道様が真上になるまで地下水脈を探したものの、全然見つからない。


 私は体はともかく、少々気疲れしてしまった。

 一応狐っ娘は疲れ知らずだ。しかしその中身は女子高生なので、精神的な疲労は避けられない。


 と言うことで、お昼御飯を食べて気持ちを切り替えることにした。




 河原の適当な岩の上に、どっこいしょと腰かける。


 そして、品種改良の進んでいない麦飯の塩おにぎりを、包んでいた竹皮を解く。

 海苔がないのでただの握り飯を小さな手で掴んで、小さな口に運ぶ。


 肌を撫でる涼しい風や、絶え間なく流れる水と光を反射して泳ぐ魚を見ながら、おにぎりをモグモグと咀嚼する。

 まともに使える調味料が味噌と塩しかないのは辛いなーと、呑気にぼんやり考えた。


 しかし肉体が幼女なせいか、少し食べるだけでお腹いっぱいになる。

 その点はだけは、省エネでありがたかった。だがやたらと高出力な狐っ娘で、一体何を燃やして超パワーに変えているかと疑問に思った。


 けれど私の足りない頭では、いくら考えても答えが出ない。

 やがておにぎりを二つ食べ終わり、腹八分目になる。


 次に出かける前に稲荷神社の湧き水を竹筒に入れてきたので、口につけて喉を潤していく。


 一段落したのでぷはぁと息を吐くと、狼の群れのうちの一頭が何か言いたそうに私をじっと見つめていることに気づく。


(あれはマロ? 付いて来いってことかな?)


 視線を合わせると、こちらを見ていたマロはこの場から離れるように少しだけ歩く。

 もう一度こっちを振り返り、他の狼たちも彼のあとに続いた。


 一連の行動から、きっと何処かに案内したいのだろうと推測する。

 今度こそ地下水脈を見つけたのかと思いはするが、既に何度も失敗していた。


 だがこの先に何かがあるのは間違いないし、私は家族を信じることにして座っていた岩から飛び降りる。

 そして期待と不安が半々だが、取りあえず付いていくのだった。







 私が後ろを付かず離れずの距離を維持して歩いていると、マロたちは村の外れでピタリと動きを止めた。


 そこは草茫々の荒れ地だ。

 木々はヒョロヒョロの若木しか生えていないので、もしかしたら元は田畑だったのかも知れない。だが何らかの理由で放棄したのだろう。


 さらに案内したマロが、前足で地面を掘る動きをした。

 とうとう地下水脈を見つけたのだと、何となくだが察する。


 もちろん、まだ実際に水が湧き出たわけではない。

 今さら疑うものか! 私は家族を信じる! と心の中で決意を固めた。


「皆、案内してくれて、ありがとうね」


 私は案内役のマロの頭を撫でてお礼を言う。

 そして荒れ地に生えている丈の長い雑草を強引に踏みつけて歩きながら、ワンコが前足で掘って印をつけた場所に近づいていく。




 ちなみに描写はしていないが、当然のように村長さんが同行している。

 さらにこれから私が何をするのか気になったのか。結構な人数が遠巻きに、何処となくハラハラした表情でこちらを見守っていた。


 一方私は、外野など気にする余裕はない。

 とにかく必死なので、巫女服の袖をまくって気合を入れる。


「……掘ります!」


 大きな声を出して決意表明した後、まるで野生のキツネにでもなったかのように四つん這いになる。

 普通の人間なら物凄く腰に負担がかかるが、無駄に身体能力が高い私には関係ない。


 ただただ地面を真下に向かい、素手で土をかき分けて掘り進んでいく。


 はっきり言って、人力どころか重機すら上回る速度だ。

 やり方は素手で直掘りという、何かもう滅茶苦茶であった。


 それでも身体能力の高さに物を言わせて、未来の掘削機も顔負けなのは、神の所業としか言いようがなかった。


 なお、そこに至る過程が色んな意味で無駄だらけなのは、目をつぶるものとする。




 そんな事情もあってか、唯一問題があるとすれば、途中で何度か崩落したことだ。

 ド素人の直掘りで、掘削技術も何もないので仕方ないと言えばそれまでである。


 しかし普通なら大事故でも、私は生き埋めになっても全然平気であった。


 なので、まずはひょっこりと狐耳を出す。

 次に顔と手足を生やして崩れた土から這い出ては、懲りずに再び井戸を掘り始める。


 戦国時代に飛ばされてから、未来の便利で快適な生活とは無縁な暮らしと理不尽な環境のせいで、色々とストレスが溜まっていたのかも知れない。


 なので今までの鬱憤をぶつけるように、心の中でこんちくしょうと叫びながら、言いようのない怒りに任せて力の限り土を掘っていく。


 泥をかぶったり土に埋もれても、窒息せずに体や服も汚れない。

 素手で掘っても一切傷がつかないのは本当にありがたかったが、これ絶対人間辞めてるなと否応なしに実感させられたのだった。







 どのぐらい掘ったかわからないが、途中で岩盤に当たった。

 マシンガンのように連続で下駄で踏みつけてぶち破ると、ひび割れから澄んだ水が噴水のように勢い良く溢れ出てきた。


 この結果を見て、取りあえずの役目を果たしたと判断した私は、薄暗い井戸の底から一足飛びで地上に舞い戻る。


 すると、辺りはすっかり夕焼けに包まれていた。

 井戸の周りにはこんもりとした土の山と、今日の仕事が終わったと思われる大勢の村人に囲まれていた。


「稲荷神様! 本当にありがとうございます! あとの仕上げは我々石積み職人にお任せください!」


 何やらやたらと暑苦しいおじさんと、お弟子さんらしい人たちが私に向かって深々と頭を下げる。


「そうですか。では、後は任せましたよ」

「はい! 稲荷神様のご期待に添えるよう! 精一杯頑張らせていただきます!」


 そもそも石積み職人とは何ぞやという状態であり、私は全く理解していなかった。

 なので取りあえず一旦後ろに下がって一休みしつつ、彼らがどんなことをしているのか学ぶことにした。


(井戸って、掘って終わりじゃなかったんだ)


 彼らは大きな石を運んだり、支え棒で土が崩れないように工夫しているようだ。

 しかし井戸の底までは光が届かないので、狐火を投げ入れて足元を照らすことにした。


 石組み職人の人たちに感謝されたが、この程度しか役に立てなくて申し訳ないぐらいだ。


 そんなこんなで、彼らは上から順番に丁寧に足場を固めていく。

 井戸という言葉は知っていても、実際にどのように作られているかまでは知らなかったので大変勉強になる。




 やがていつの間にか夕日はすっかり沈んで夜になっていたが、石組みはまだ半分も進んでいない。

 予想はしていたけど、一朝一夕にはいかないようだ。


「私はそろそろ帰りますが、灯り用の狐火は残しておきます」

「はい! お任せください!」


 狐火を井戸の内部に設置することで、私が操作しない限り消えない青白い光が暗がりを明るく照らし続ける。

 ちょっと不気味だが熱くないし、ロウソクや松明、薪を燃やすよりは村民に負担はかからない。




 とにかく残りは職人や村の住人がやってくれるという言葉を信じて、私は井戸の底から外に出る。

 続いて作業が終わるまで大人しく待っていてくれた狼たちに、帰るよと声かけた。


 新たな狐火を浮遊させて、夜の闇を明るく照らす。

 そして山の中腹にあるオンボロ社務所に向かい、家族たちと一緒にのんびり歩いて行くのだった。







 次の日、朝日が木枠の窓から差し込んできた眩しさで目が覚める。

 寝ぼけ眼を擦りながらのそのそと起きた私は、作り置きしていた味の薄い塩粥を温め直す。


 それを朝食として口に運んで咀嚼しては、前世の恵まれた食生活を懐かしんだ。

 やはり現在手元にある調味料が塩と味噌しかないのが、致命的すぎる。


 だがまあ火力に関しては自由に調整可能な狐火で問題なく、薪は不要で煮たり焼いたりできる。

 今は無い無い尽くしで節約するに越したことはないので、余裕ができるまではこの手で乗り切るつもりだ。


 あとは油も貴重らしい。

 揚げ物や炒めものが厳しく、ついでに言えば蒸し器もないし、全体的に調理器具も足りてない。


「うーん、足りないものだらけだよ」


 やはり味気ない。

 麦飯の塩粥では流動食か病人食か、何かコレジャナイ感が否めない。


 お米も現代とは違って玄米で、粘り気も少なく小粒であまり甘くはない。

 ついでに言えば、農民の間では麦飯が普通で米は貴重だ。

 

 なので、もう何と言うか、現代っ子には世知辛い生活環境であった。


「やっぱり平穏に暮らすだけじゃ満足できないし、便利で快適な生活を手に入れないと。

 でも現状だと、普通に生きていくだけでも大変だしなあ」


 駄目押しとばかりに、机やちゃぶ台もない。

 木の床にオボンのような容器を敷いて食べる、味の薄い塩粥が悲しみを誘う。


 戦国時代の庶民の食事風景としては、これが普通なのかも知れない。


「お貴族様なら、もっと美味しい料理を食べてるんだろうけど。

 はあ、……とても辛い」


 あとは、お風呂にも入りたい。


 今は滝行のごとく湧き水を頭からかぶり、全身をブルブル振って水気を飛ばしている。

 何とも豪快な狐の行水であった。


 今の所は体調を崩したことはないので、きっと風邪も引かないのだろう。

 健康状態を心配しなくて良いのは、ありがたい限りだ。


 しかし逆に言えば、私は人間っぽい挙動で汗や涙は出る。けれど汚れは付着しないので、体を洗う必要は全くない。

 ついでに尿や糞も出ないが、それはそれこれはこれだ。


 未来の日本では毎日入浴していたので、やっぱり風呂は命の洗濯はどうしても外せないのであった。

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― 新着の感想 ―
なんでしたっけ、大名の殿様?がお弁当で鮭の切り身入ってて、これは珍しいと、みんなで分けたくらいには質素だったみたいですね。
この時代のごちそうといえば、白いごはんと魚の塩焼きぐらいじゃないですかね 当時の伊達政宗の好物が大豆と米を炊きこんだ豆めしというレベルですから、現代人が美味しいと思えるような料理は、ほとんど無かったで…
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