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水場

 村長さんから水不足を何とかして欲しいと頼まれた。

 恐らく稲荷神様(偽)への要望としては、雨乞いを期待しているのだろう。


 しかしあいにく私の見た目は狐っ娘だが、神様でも妖怪でもない。中身は平凡な元女子高生だ。

 身体能力が高くて狐火が出せる以外、何ができるかと言えばこっちが聞きたいぐらいである。


 つまりぶっちゃけて言えば、水不足をバッチリ解決など無理ということだ。

 もちろんはっきり出来ませんとは言わない。いや、言えないというのが正しい。


 村民たちは私を稲荷神様だと信じているから、色々と援助してくれるのだ。

 もし信頼を裏切るようにことになれば、さてはオメー妖怪だなからの斬り捨て御免である。


 掘っ立て小屋でも雨風を凌げる住まいなのには変わりなく、食料までいただいているのだ。

 たとえ本物の神様ではなく皆を騙しているとしても、戦国時代で行く宛もない放浪生活は嫌である。


 なので私は、妥協案でも良いので村長さんたちのお願いを達成することにした。

 双方に得がある関係なら、もし正体がバレても土下座をすればギリギリ許されるという浅い考えである。


 もちろん誰にも漏らす気はなく墓まで持っていくつもりだが、誰だろうとウッカリはあるのだ。

 たとえ元女子高生だとバレなくても、妖怪認定されても人生終了のお知らせなので、地雷原でタップダンスを踊ってるんじゃないんだぞと、内心で大声で叫びたくなる。


 そんな全く平穏ではない心理状態だが表情には出さないように気をつけ、村の人たちに案内してもらって参道を下りて、麓の村までやって来た。


 取りあえず目的地周辺に到着したので、おもむろに声をかける。


「村の案内は村長さんだけで十分です。他の皆さんは仕事に戻っても大丈夫ですよ」


 だが、それでも離れる気がないようだ。


「我らもぜひ稲荷神様のお供に!」


 各々が興奮気味な様子で前に出て、私のお供をしたいようだ。


「何かあれば、その時は頼りにさせてもらいます。

 しかし今は、村長だけで十分なので」


 若干引き気味になりつつも、顔には出さずにお断りする。

 大勢に見られるほど不審に思われる確率が増すので、同行者は少ないほうが良いのだ。


 とにかくいざという時には呼び出すことで、ようやく諦めがついた。

 村長さん以外の四人は一礼し、各々の仕事場へと去っていく。


(私のやったことと言えば、大きなイノシシを狩って、首をはねて内臓を取り出したぐらいなんだけど)


 ただまあ手刀で首をはねて、内臓を手で引きずり出したのは確かに驚くだろう。

 しかし冷静に考えれば、私が思い描く稲荷神のイメージとは全く違っていた。


 これでは農耕ではなく、戦いの神だと勘違いされてしまう。

 あとは裁縫仕事も少ししたが、こっちは村民に教わることも多かった。


 とにかく現地住民に敬われるほどの偉業を成したとは、とても思えないのだ。


(戦いが得意な稲荷神もいたのかな? うーん、私は神仏も歴史も詳しくないしなぁ)


 自分は歴女ではなく、平凡な高校一年生だ。

 強いて特徴を上げれば、田舎住まいの広く浅くのライトオタクだった。


 それで戦国時代の勝ち組になれるかと言うと、大いに疑問である。

 ぶっちゃけ民衆の信仰心や神様の特長など、殆どわからないし理解もできそうにない。


 だがまあ娯楽作品を通じて、中世は魔女狩りをしていたという情報は得ている。

 ゆえに狐っ娘の自分がどれだけ必死に足掻いても、綱渡りの人生から抜け出すのは困難だと察していた。


(逃げ隠れて妖怪として退治されるなんてまっぴら御免。

 寿命が尽きるまでは、稲荷神のフリをして平穏に暮らしたいね)


 朧気な歴史知識から、戦国の次は江戸になり平和な時代が三百年ほど続く。

 永禄えいろくが西暦何年なのかは知らない私は、運が良ければ自分が生きているうちに天下泰平の世になる。


 なので取りあえずお世話になっている村民の悩みを解決して、稲荷神の立場が盤石にするのだ。




 私が深いように見えて、実際には単純明快で浅く思案していると、参道の入り口で一人になった村長さんが、こっちに顔を向けて質問してきた。


「稲荷神様。村の何処を見に行かれますか?」


 村長さんが尋ねられた私は現実に戻る。

 そして慌てて周囲をキョロキョロと見回して今の状況を分析し、コホンと咳払いをしてから無難な答えを出す。


「まずは村民の利用が一番多い水場を、見に行きましょう」

「では、案内致します」


 彼が先頭に立って歩き出したので、私はすぐにその後を追う。


 歩調は小さいが狐っ娘の身体能力はとんでもなく、チョコチョコ歩きでも引き離されることない。

 お供の狼たちもだが、余裕で付いていけるようだ。


 なお、道中に村の人たちが挨拶してくれた。

 私もにっこりと微笑んでは、おはようございますと返す。




 適当に村の観察をしたり、村民に挨拶しながら歩いていると、やがて川の前に到着した。


 どうやら自分が住んでいる山の方から流れてきているようだ。

 透き通っていて底まで見通せて、一番深いところで私の膝まであるのだとわかった。


 立ち止まって川に視線を向けたことで、村長さんが少し緊張気味に説明を始める。


「ここが村民の多くが利用している水場です。

 普段はもっと川幅が広く深いのですが、最近は雨が降っていないので」


 元がどのぐらいなのかは川や河原を観察して調べるしかない。

 だが素人の私でも、水位が減っているのは何となく理解できた。


 そこでふと周りを見ると、何人かの村人が水桶を片手に川の水を汲み上げているのが目に入る。


「川の水は、どのようなことに利用されているのですか?」

「飲料水や食事、また米や雑穀を育てるにも必要です。

 あとは下流の側屋で糞尿を落としたりと、色々ですね」


 それから村長さんは、思いつく限りのことを丁寧に説明してくれた。


 私はと言うと、川の水が村民の生活を支えているため、なくてはならないのだと納得したのであった。




 ちなみに、側屋と言うのは便所のことだ。

 言葉の意味は何となく知ってはいたが、実際に見るのも聞くのも初めてだ。

 しかし、普通は肥溜めではないかと疑問に思い、取りあえず聞いてみる。


「穴を掘るのは重労働です。

 近くの川に流したほうが楽ですから」


 つまり自然の水洗便所のようなものかと、私はなるほどと小さく頷く。

 川が遠い地域では、普通にぽっとん便所が掘られているらしい。

 うちのように川沿いの村町では、そのまま流すのも多いとのこと。


 あとは糞尿を撒かないのかと聞くと、宗教的な理由で田畑を穢してはならないのだと、教えてくれた。


(じゃあ川は穢しても良いの? このガバガバ感、でも下流の水質汚染が心配だなぁ)


 だが今ここであれこれ考えても、私の頭が悪いこともあって名案が出るとは思えない。

 それに解決すべきことは水不足で、糞尿問題ではない。


 なのでそれは一旦棚上げして、取りあえずでも自分なりの考えを整理していく。




 現場を見て村長さんの説明を聞く限り、最近日照り続きで川の水かさが減っているのは確かのようだ。


 そして村民にとっては、水の安定供給は死活問題である。

 戦国時代では明日の天気さえわからないし、不安が広まるのは当然と言えた。


 私は口元に小さな手を当てて思案を続けながら、村長さんに再度質問する。


「では、川以外の水場は何処にありますか?」

「長山村には、川以外の水場は存在しません」


 つまり川の水以外は供給されていない。それが枯れたら大打撃というわけだ。

 そこまで考えて、私は村長さんの顔をマジマジと観察する。


「……冗談ですか?」

「えっ? あの、事実ですが?」


 思わず間抜けな返事をしてしまった私だが、彼の答えを落ち着いて分析する。


 現状は、山から流れてくる川に頼り切っている。

 きっとそれだけでも十分な水の恵みを長年、長山村にもたらしてくれていた。だから、他の水場は必要ないと考えていたのだろう。


 しかしここ最近は晴れが続いて、水かさが減ってきた。

 過去にも同じようなことが起きていたが水が枯れることはなく、無事に乗り越えられてきたようだ。

 ただし上流の長山村は大丈夫でも、下流はそうはいかない。


 とにかく何故このタイミングで私に話を持ってきたのかという疑問は、これは自分が稲荷神(偽)だからで間違いない。


(困った時の神頼みとは言うけどさ)


 稲荷神を自称しているし、村民に面倒を見てもらっているので仕方ないことだ。

 けれど個人的には小さな悩みからコツコツと解決していきたかったのだが、無茶振りをされては堪ったものではない。




 しかし神様ロールプレイを続けるうえで、やっぱり出来ませんとは言えない。

 妥協案でも良いので解決に向かって動かなければいけない。


 なので私は、麓の村では川の水のみという現状を打破するため、足りない頭をひねって考える。


(うーん、私の家まで来れば湧き水が出てるし、元々水が豊かな村なんだろうな)


 山深い場所にある村なので、水資源には苦労はしてなさそうだ。

 そこでふと疑問に思ったので、私は改めて質問させてもらう。


「井戸は掘らないのですか?」

「井戸を掘ろうにも、うちの村は人手も金も、何もかもが足りません」


 麓の村では毎年の年貢を納めて、村民全員が冬を越すので精一杯だと教えてくれた。

 つまり金と時間と人員を使う井戸掘りは、する余裕はないのだ。


(でも現状だと、川の水場が枯れればお終いだし。

 川の水は不純物が多いし、生水を飲んでお腹を下したら大変だよ)


 何もかもが足りないだらけの戦国時代では、逐一水を沸かして殺菌してから飲むのは、貧しい農村ではなかなかにハードルが高いと察してしまう。


 ついでに自分に食料などと分け与えるのも、住民の生活を切り詰めているのが容易に想像できてしまう。

 ゆえにここで少しでも役に立つ所を見せないと信頼関係は築けないうえ、それ以前に良心の呵責に苛まれて心を病んでしまいそうだ。


濾過ろかに関しては、炭を入れるってことまでは覚えてるんだけどなぁ)


 口元に手を当ててああでもないこうでもないと思案する。

 濾過に関しては確かに重要だが、何か脱線している気がするので一旦置いておく。


 私は水不足の解消へと再び思考を切り替えて、足りない頭が捻って考える。

 この先も平穏な生活が送れるかどうかがかかっているので、必死である。




 それでも結局、名案は浮かばなかった。

 なので迷った末の脳筋ゴリ押しの妥協案を、迷うことなく堂々と口に出す。


「わかりました。私が井戸を掘りましょう」

「「「えっ!?」」」


 村長さんだけでなく、近くで聞き耳を立てていた他の住人までもが一斉に驚いた。


「いっ、稲荷神様がですか?」

「正確には私と、狼たちがです」


 チラリと家族であるワンコのほうに視線を向けると、狼たちもこっちを見つめ返す。

 私の家族がおいおいマジかよと困惑の表情を浮かべて、つぶらな瞳で見上げている。

 気づいてはいるが家族とはある意味では運命共同体でもあるし、彼らの意見は無視させてもらう。私もこの場を乗り切るために必死なのだ。


 とにかく彼らの力を借りて、井戸掘りを行うことを決断したのだった。

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