長山村の秋祭り
戦が終わって一息ついた、永禄四年の秋の中頃のことだ。
酒井忠次さん、本多広孝さん、大久保大八郎さん、鳥居半六郎さんの四名が、山奥の社に参拝に訪れた。
それだけなら他の参拝者と変わらないのだが、私に向けて何度も頭を下げる。
「遅くなりましたが、これは松平様からです」
そう言って肉や野菜、干した魚や白米、高級な酒等を山程貰った。
さらに四人共やけに必死にお祈りするし、追加でお供え物もたくさんくれる。
見張りの狼にこちらに通すようにと伝えて、取りあえず社務所にあげた。
そこでたった今受け取ったお酒とツマミを。小分けにして彼らに出す。
我先にと畳に上がった本多広孝さんが、今日ここに来た経緯を熱く語ってくれた。
何となく予想はしていたけれど、私が乱入した戦の件で来たらしい。
「……なるほど、本多さんは今回の戦を決死の覚悟で挑んだのですね」
「その通りでございまする!
もし敗走でもしようものなら、拙者は生き恥を晒すか、その場で切腹かのどちらかだったでしょうな!」
何でも自分の鎧の上帯の結んだ端を解けないように、部下に命じて切ってもらい、この戦に絶対に勝利するという決意を表明したらしい。
確かにこれで負けて帰ってきたら、ただの道化だ。その場合は切腹待ったなしなので、本当に勝てて良かった。
「大久保と鳥居の二人も、危なかったからのう!」
「俺たちは負けてねえ!」
「然り! あのまま続けておれば、我らが勝っておったわ!」
今反論した二人は、私が跳躍投げを決めた敵将と戦っていた。
本多さんが言うには始終劣勢で、敗北も時間の問題だったらしい。
「ふむ、お主らは、本当にそう思っておるのか?」
「そっ……それは!」
「……ぐぬぬ!」
何がぐぬぬだと水を差すわけにはいかない。
私も自分のお酒に口をつけて、成り行きを見守る。
今の体は見た目は十にも満たないが、どれだけ飲んでも不思議と酔い潰れない。
未成年の飲酒は前世で禁止されているけれど、そういう気分のときもあるし身体的に問題はないだろう。
「此度の勝利は、稲荷神様の御力があってこそ! 主らもわかっておろうが!」
本多さんがそう言うと、二人は図星を突かれたのかバツの悪そうな顔をして黙って俯く。
ここで私はハッと思いついたので、酒を嗜みながら小さな口を開いた。
「どうでも良いですが、私は藤波畷の戦いには参加していません。
それに貴方たちとも初対面ですし、誰かと見間違えたのでは?」
「……えっ?」
「ですが、貴方たちの感謝の気持ちは伝わりましたし、お供え物もいただいておきますね」
松平さんには肩入れしないと口に出したのを、自ら破ったのだ。
そして咄嗟に誤魔化したが、遠目に目立っていて変装も解けてしまった以上、もはや合戦場に行ったのはバレバレである。
だが、それを認めてしまうわけにはいかない。
あくまでも知らぬ存ぜぬを貫き通す。
稲荷様ロールプレイは今さら止められないし、何の権力もない狐っ娘が戦国時代を生き抜くなど、始めから無理な話だ。
ならばやはり平和な時代が来るまで、今の立場を維持するに限る。
既に色んな方面で破綻しているが気に病んでも時間は戻らないし、開き直って平然とした表情を浮かべる。
「なるほど! 稲荷神様も大変でございますな!」
「何が大変なのがわかりかねますが。その通りです……と、答えておきますね」
「いやはやっ! 稲荷大明神様だけあって、流石器が違う! いやぁ! 感服致しました!」
戦勝気分もあるだろうが、酔いも回っているようだ。
何処にワッショイする部分があったか疑問だが、常に私を持ち上げる本多さんを適当にあしらう。
「それは、どうも」
結局その後はまた宴会となり、夜が明ける頃には大久保さんと鳥居さんも完全に打ち解けた。
四人揃って酔っ払っているのか、ぜひ嫁に来て欲しいと熱心に口説かれる。
私は軽くあしらった後、はっきりとお断りをしておいた。
何しろ狐っ娘の体はおかしいところだらけで、人間と同じ寿命かも不明である。
それでも私としては、昔誰かが言った人生五十年を切に願っている。
取りあえず江戸時代が始まって平和になるまでは、平穏に暮らしたい。
最後は老衰で安らかに逝けたらいいと考えている。
たとえ戦国時代に来てから肉体的な成長を全く感じなくても、希望を捨てたくはない。
それからしばらくして、飲み勝負が行われてシラフの自分以外は皆轟沈する。
なので、よっこらしょと立ち上がり、汚物の処理と散らかった徳利やツマミの片付けを始めるのだった。
秋も半ばが過ぎて、稲の収穫が終わった。
私が教えたどの村も昨年とは打って変わっての大豊作だったようで、結果的に山の社へのお供え物の量が激増することになった。
だが私は、たまの来客以外は基本的に一人暮らしだ。
ついでに腹が減っても死なない不思議体質で、おまけに幼い体である。
朝昼晩の三食をお腹いっぱい食べたところで、少量でこと足りてしまう。
「必要な分はいただきましたので、残りはお返しします」
「はっ……はあ、そう言われましても」
麓の神主さんを本宮に呼び出して、私自らお茶を出しておもてなしする。
別に青い顔はしてないが、若干居心地が悪そうに見えた。
「お供え物は稲荷様への感謝の印ですので、それを返却されますと……その」
確かに神様へのお供え物を突っ返されたら、良い気分にはならないどころか、気に触ったのかもと怖くなってしまう。
しかし実際問題、私が受け取ったとしても、消費しきれずに腐らせるのがオチだ。
去年と同じぐらいの量なら、何も言うことはなかった。
だが結果は天候に恵まれたのか大豊作となり、収量だけでなく信仰心までうなぎ登りになってしまう。
年貢を納めた後に、村民の生活に余裕が出来たと考えれば、むしろ良いことである。
代わりに稲荷神への信仰が際限なく加速しまくるのは、この際致し方ないと諦めるしかない。
私としてはどうしてこうなったと、マジで困っていた。
けれど何かしらの案を出さないと、せっかくいただいたお供え物が無駄になってしまう。
私は足りない頭を捻って、一生懸命考える。
「ではこうしましょう。
お供え物の余りを村々に返すことは変わりません。
ですがそれを今年の苦労を労ったり、来年の五穀豊穣を祈願する秋祭りの食材として使うのです」
この時代の行事がどうなっているのかは、あまり詳しくは知らない。
だが正月や収穫の祭事、または寺や神社の催し物はあるはずだ。
ここにさらに一つ増やすぐらいなら、大した影響はないだろう。いわゆるローカルルールというやつだ。
うちだけなら小規模な村祭りで済むので、特に問題はないだろう。
だがこの意見を聞いた神主さんが、ポンと手を打って大声をあげた。
「なるほど! 麓の村々を一つにまとめて盛大な祭りを開くのですね!」
「えっ!? そっ……そんなところです」
「稲荷神様! ありがとうございます! これから村長たちに、説明をしに行って来ます!
それでは、失礼させていただきます!」
私のアイデアを聞いた神主さんが、目に闘志を灯してスクっと立ち上がる。
慌てた様子で社務所から飛び出していった。
やけに気合が入っていたが、まあ自分の代わりに説明してくれるなら助かる。
本当は地方の小さな祭りで十分だが、あの様子から見ると一大プロジェクトのように考えていそうだ。
だが麓といっても長山村と、あとはせいぜい一つか二つだろう。
私はやる気がありすぎるのも困りものかもと呟き、大きな溜息を吐く。
次にすっかり温くなったお茶を口に運んで、乾いた喉を潤すのだった。
それからしばらくして、祭りを開くということで各村の代表が分社の社務所に集まり、寄り合いを開くようになる。
しかしなかなか意見がまとまらずに困っていると、神主さんが本宮の私に意見を聞きに来た。
会議はそういうことは良くあるし、何だか大変そうだなと思ったが他人事で、適当にアドバイスする。
そんなことが何度も繰り返されて、秋の終わりが近づいてくるのだった。




