野盗
野盗の拠点はすぐに見つかった。
私が匂いを嗅いでも良いが、何となく神様っぽくないように思えたので、今回は狼たちに任せたのだ。
結果、追跡及び索敵能力は優秀だとわかった。
街道から逸れた山中の天然の洞窟に、十人が生活しているようだ。
村から比較的近かったことから、灯台下暗しである。
茂みに潜んだ私は、索敵で得た情報と村人からの証言をすり合わせる。
藁笠で隠したままの狐耳を澄ませたり、目を凝らして洞窟内部を観察したりと、徹底的に調べ上げていく。
(野盗がこの程度の戦力なら、私だけで何とかなるかな)
周辺の案内をしてくれた村人たちを付き合わせる気はないが、万が一逃げられたら足止めを頼むかも知れない。
だが自分も含めて危険はなるべく避けるべきなので、何とかなりそうで安堵の息を吐いた。
とにかく、略奪の限りを尽くした野盗の拠点はわかった。
その次の行動は決まっているので、村人たちに指示を出す。
「貴方たちはこの場で待機して、異常があれば大声で呼びかけてください。
ただし危険ですので、決して茂みから出てこないように」
「わかりました!」
「おっ、お気をつけて!」
村の若い男たちは、今川との戦に借り出されている。
残っているのは、まともに戦えない女子供か老人。もしくは怪我や病気をしている者しか居なかった。
だからこそ、野盗に狙われたのだろう。
しかし私にとっては、理由なんてどうでも良かった。
狐っ娘でも中身は元女子高生で同じ人間のつもりだったのに、無力な村人を惨たらしく殺して火をつけて燃やすという、非道な行いをした野盗たちを決して許すことはできない。
けれど人間と戦うのは初めてなので、突撃する前に念の為にもう一度狐耳を澄ませる。
周囲に敵が潜んで居ないかを調べ、さらに護衛の狼たちに道案内してくれた村人を守らせておく。
準備万端となった私は軽く息を吸って気持ちを落ち着かせ、いよいよ茂みから抜け出した。
そして、真正面から歩いて堂々と近づく。
山中の天然洞窟の入り口を見張っている、二人の野盗の前に姿を見せた。
もし他に入り口があったら逃げられてしまうかも知れないが、その時は走って追いかければいい。
今日の私はとても残酷で、誰一人逃がすつもりはなかった。
洞窟の影に隠れて微妙に見えないが、野盗に乱暴される女性たちの悲鳴が聞こえてくるので、心中の怒りの炎に薪が焚べられていく。
やがて外に立っている二人の護衛の前に、堂々と立った。
「ああん? 何でこんなところにガキが居るんだ?」
「さあな? だが見ろよ! あの豪華な服! 値打ちもんに違いないぜ!」
「確かに! 異人のガキってのも珍しい! 高く売れそうだぜ!」
本人の目の前でベラベラとよく喋る野盗だ。しかし、それも無理はない。
例の噂を知らない彼らにとっては、私を極普通の異人の巫女と考えているのだろう。
しかし、山奥に一人で乗り込んでくる時点で明らかにおかしい。
良く見たら見張りの二人は顔が赤く、少しふらついている。酒をかなり飲んで、泥酔している証拠だ。
きっと村から奪った酒や食料で、盛大に飲み食いしているのだろう。
あまり時間をかけると取り返す物資が減っていくため、さっさと片付けたほうが良さそうだ。
なので私は、見張り二人のすぐ近くで足を止めたまま、堂々と発言する。
「今すぐ降伏し、村から奪った人や物を全て返しなさい。抵抗するなら排除します」
「このガキ、気が触れてんのか?」
「抵抗すると俺たちはどうなるんだ? お前のような貧弱なガキに、一体何ができるんだ?」
藁笠で顔を隠しているが、見た目はまるっきり子供だ。
何を言ったところで、聞く耳を持たないことはわかっていた。
何にせよ想定の範囲内だ。
一応の忠告はしたので、あとは今すぐ降伏しなかった野盗たちが悪い。
下卑た笑みを浮かべる見張りの二人にさらに近寄った私は、殆どノーモーションで片方の見張りの顔を右手で殴り、もう片方の腹を左足で蹴りつけた。
すると、威力がとんでもなかったのか、洞窟内部に向かって吹き飛んでいき、地面を転がって壁にぶつかるまで止まらない。
それから少しして、野盗たちと村から攫われた女性の驚きの声が響き渡る。
「あと八人ですね」
一応は手加減したつもりだ。
岩を容易く破壊する力を人間に叩き込めば、頭がパーンやミンチは確実である。
それを内臓へのダメージや骨折程度で済ませているのだから、手心を加えてはいた。
しかしイノシシはともかく、人に暴力を振るったのは今回が初めてだ。
どのぐらいの力で死ぬのかは、まだちょっとよくわからないが、足を止めている時間はない。
(無力化するのに手間取れば、人質が危険になる)
野盗たちを損害ゼロで片付けるには、敵に時間を与えてはいけない。
私は周囲を警戒しつつ、洞窟の中に入っていくのだった。
洞窟の通路は広かったが、流石に残りの人数で私を取り囲めるほどではない。
正面に三人が横に並ぶと、これ以上は武器を振るのに邪魔になるからか、残りは後ろに控えているようだ。
「だっ、誰だお前は!」
「物資と村人を返して、降伏しなさい。抵抗すれば排除します」
簡潔にそう告げるが、残りの野盗はそれぞれ刀やナタ、片手斧等を持って油断なく私を観察する。
村から攫った女性を犯している最中だったようで、申し訳程度にボロ布をかけただけの者も居る。
だがこんな状況で、男性の股間が見えて恥ずかしがるほど、私の頭はお花畑ではない。
これといった反応がなかったので、気にせず排除に移ることにした。
(洞窟の広さから考えて、同時に相手にできるのは三人。まあ、何とかなるかな)
わざわざ敵の出方を待つこともない。
覚悟を決めた私は、正面の三人を先ほどと同じように狐っ娘の身体能力に頼り切った、素人拳法を叩き込んだ。
目にも留まらぬ速さとはこのことだ。
一瞬で仲間が倒れたことに驚いている間に、青い顔をして棒立ち状態の残りも、手早く順番に片付けていったのだった。
洞窟に乗り込んですぐの出来事だ。
相手に怪我をさせないレベルまで手加減していれば、もっと時間がかかっていたが、少しは痛い目に遭ってもらわないと溜飲を下げられない。
(野盗が死んでも仕方ないと割り切ったから、無事に救出できた。そう思っておこう)
全員まだ息があるが、全治数ヶ月の大怪我でまともに動けない状態だ。
未来の日本なら間違いなく逮捕案件だが、今は戦国時代である。
それに野盗たちのこれからの人生を考えると、痛みを感じる間もなく私に殺されたほうが幸せかも知れない。
ともかく私は洞窟から外に出て、狼と村人が隠れている茂みを目指す。
野盗を退治したのに気持ちは若干沈んでいて、足取り重く歩いて行き、途中で小さく溜息を吐く。
(殺さなくて済んだけど、暴力に慣れたくはないなぁ)
戦国時代なら暴力を振るうだけでなく、人殺しも珍しくはないだろう。
だが元女子高生の私としては、やはり好き好んでやりたいものではなかった。
けれど、野盗をのさばらせておく気にもなれない。
果たして自分の行動が正しかったのかもわからず、正直自信は全くなかった。
それでも報告を届けた村人たちは喜んでくれたし、奪われた女性たちや物資は全て取り返せた。
捕らえた野盗の処分は村の人たちに任せたが、治療を受けなければジワジワと体力が失われていく。
かなり酷い怪我だし犯した罪も重く、どれだけ許しを請うても見捨てられるのがオチだろう。
結局自分が手を下さないだけで、彼らを殺したのは私ということになる。
我ながら血も涙もない仕打ちだと思うが、頑張って命乞いすれば奴隷として生き延びられるかも知れないし、個人的には死んで欲しくないが被害者たちの前で結局口にはできなかった。
色々あったが、私は今回の件で思い知った。
やはり天下泰平の世になるまで、山奥に引き篭もっているのが良い。
外に出たり責任のある立場になれば、今回のように重荷を抱え込んで、決断しなくてはいけなくなる。
自分は肉体は頑丈でも精神や頭脳は元女子高生らしく平凡で、こんなことが続くようではとても保たない。
胃に穴が開くことは絶対にないとしても、気が滅入らないわけではないのだ。
しかし喉元過ぎれば熱さを忘れたり、考えるのが面倒になると真っ直ぐ行って右ストレートでぶっ飛ばすのが私である。
どうせ今後もまた同じ失敗を何度も繰り返すに決まっている。
だが思えば自分は戦国時代に転生しても、性格面は前世から何も変わっていない。
影響は受けても根っこの部分は同じだし、多分ずっとこのままなんだろうなと何となく察してしまうのだった。




