東京稲荷の国
昭和五十八年になり、いつもの居間のちゃぶ台の前で醤油煎餅を齧りながら薄型テレビを眺めていた私は、稲荷の国がアメリカで開園したことを知る。
なおこれは、千葉県の浦安市にある東京稲荷の国が元となっている。
日本人だけでなく、外国人観光客にも非常に人気があり、親日国の他にイギリス、ドイツに続いて、今年はアメリカに開園した。
マスコットキャラはハハッとか笑い声を出して、画像を映すと消される黒いネズミではない。
獣とフレンズになるアニメのような、可愛らしい狐っ娘である。
ギンやアカ、フェネックやチベットスナギツネ等とバリエーションも豊富で、子供から大人まで幅広く愛されるキャラクターになっている。
また、テーマパークは完全なファンタジーではなく、何故か忍者や侍等が活躍した戦国時代が元となっており、一番不可思議なのが白亜の城ではなく東京の稲荷大社、その完全再現だった。
内部構造から謁見の間まで、何処もきちんと作られている。
さらに来客用の個室を高級旅館としても貸し出すなど、一体誰得のサービスなのかと私は大いに頭を悩ませた。
元々、私の二次創作は規制しないので自由にどうぞと公言していたが、四百年以上も民衆に親しまれ続けているとはいえ、どうしてこうなっただ。
一方、お土産販売所では、やはりと言うか稲荷神が一番人気であった。
それを知った私は、崇拝の対象で最高統治者でありながら、マスコットキャラとしても引っ張りダコとか、もうこれわかんねえなと諦め顔になってしまう。
細部まで拘って再現された、等身大の紅白巫女服を嬉々として購入していくペロリストが多数だ。
一体その服を何に使うのかが気になてしまう。
しかしここでツッコんだら負けだと思い、渋めの緑茶を飲んで頭をスッキリさせる。
ワンコと戯れて気分を変えようと、テレビを消していそいそと席を立つのだった。
同じく昭和五十八年のことだが、日本海中部地震が発生した。
いくら耐震構造に気をつけているとははいえ、津波には勝てない。
高さは十メートルを越えていたらしく、しっかり避難をしていたものの、犠牲者が出ないわけがなかった。
それでも死者行方不明者が三桁には届かずには済んだので、正史よりはマシだと思いたい。
だがあれこれ考えるのは政府や現地の関係者に任せて、私はできることをするだけだ。
早速被災地に慰問に訪れて現地住民を励まし、割烹着を着用して大鍋をせっせとかき混ぜる。
ちなみに現代では非常食が充実しているので、備蓄物資さえ残っていれば最低限の生活は維持できる。
だが私は割と直情的で、こういう時は人を思いやる気持ちと行動が大事だと信じていた。
それに昔から被災地でのボランティア活動を頑張っているから、行かないという選択肢はない。
ついでにフットワークが軽く、災害発生の当日に毎度のように被災地入りしていた。
現地住民に、待ってましたとばかりに大歓迎されるのであった。
今回も被害が酷い町や村を訪れては、住民を励ましたり、自衛隊やボランティアの人に混じって、炊き出しやら介護やら、ついでに瓦礫の撤去も手伝っていた。
小さいのに巨大なブルドーザーもかくやであり、狐火の狼や家族たちも災害救助に大活躍だ。
半月ほど経過すると、周辺地域のライフラインが復興し始める。
政府や朝廷の偉い方々が到着したので、自分はもう必要ないなと肩の力を抜いてバトンタッチさせてもらう。
しかし交代した途端に地域住民は心底ガッカリしたから、何だか申し訳なくなってしまう。
せめて帰り際に各関係者に向けて、応援しているので慰問を頑張ってくださいと一言告げてから、近衛と側仕えを連れて、東京に向かう電車に乗り込むのだった。
同じく昭和五十八年のことだが、ＩＨＫの朝の連続テレビ小説『いなり』が大ブームとなった。
タイトルで想像がつくように、私のこれまでの人生を綴ったドラマである。
しかし稲荷神の実態は、極度の引き篭もりで公務で表に出る以外は、家でワンコと戯れたり食っちゃ寝をしている。
一般民衆には全く知らされていないが、それが事実なのだ。
だが史実として教科書に乗ったり、一般人の認識としては、表舞台での華々しい活躍が主であった。
あとは小説や脚本家の想像もかなり多い。
つまりは九割以上が捏造、……ではなくフィクションの連続テレビ小説なのであった。
だがこれが何故か大ヒットすることになり、朝ドラの最高傑作とまで言われるようになる。
世界六十八か国や地域で放送され、苦難に遭っても決してあきらめずに乗り越えて、戦国、江戸、明治、大正、昭和という激動の時代を生き続け、今なお日本の最高統治者として手腕を振るっている。
そんな狐っ娘の姿が、日本だけでなく世界各国で人々の共感を呼ぶ。
イナリシンドロームという言葉を生み出して、世界で最もヒットした日本のテレビドラマとされ、ファンが多く根強い人気となったのである。
なお、これを実際に見た私の感想はと言うと、自分はそんなに格好良くて賢くない。であった。
普段から場当たり的な行動しかしてないし、実際に動くとなれば脳筋ゴリ押ししかできない。
それでも何やかんやでベストな結果になるので、後世の歴史学者から大絶賛されるハメになってしまった。
そんな九割以上が捏造のテレビドラマだが、実際に視聴することで、民衆から見た稲荷神のイメージを知ることが出来たのは良いことだと思う。
普段は聡明な名君だが、他人の目がない所では見た目相応の女の子らしく振る舞ったり、時には失敗したりもする。
森の奥深くには和風の豪邸が建てられており、執務室で日本や世界の情勢に思い悩んでいた。
忠義に溢れた近衛が周囲を二十四時間、年中無休で警護して、夜食を持ってきてくれたり炊事洗濯掃除をしてくれる側仕えに微笑みながら礼を返す。
お気に入りのシーンとしては、第二次世界大戦が始まった当初、日本の進むべき道に思い悩み、深夜になっても名案が浮かばずに、いつの間にか疲れて眠りこけてしまう。
そこに夜食を持った側仕えが入室してきて、狐っ娘が執務机に突っ伏して眠っていることに気づく。
彼女は何も言わず、起こさないように気を使って毛布をかけてあげ、夜食のおにぎりにラップをかけて近くの机に置いて、一礼した後に静かに退室する。
台詞は殆どないが演技の一つ一つが見事で、主従の絆を良く表現しており、とても良いシーンだと感じた。
それでも連続テレビ小説の元となった狐っ娘は、毎朝見終わったあとに高確率でチベットスナギツネになってしまうので、面白いけど内心は凄く複雑なのであった。
