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ニクソンショック

 時は流れて昭和四十六年になり、仮面をつけたライダーがテレビで放送された。


 なお原作者の小野寺さんは、喘息気味で体が弱いお姉さんと、厳格な公務員のお父さんが居る。

 私がヘッドハンティングして稲荷プロダクションに就職することが決まった途端、親族だけでなく多くの地元民から万歳三唱を受けて、東京行きの列車を見送られたらしい。


 小野寺さんは手塚さんの大ファンで最初はアシスタントとして働いていたが、頭角を現すのは凄く早かった。

 稲荷プロダクション内で宮城県に天才がいると評判になったが、あだ名は何故かじゃがいもであった。


 それはともかく、デビュー当初から売れっ子漫画家だった小野寺さんは、生活に余裕が生まれた。

 だからなのか、毎月実家に仕送りするようになった。


 おかげでお姉さんが良い病院に移ることになり、喘息もかなり改善する。

 今では、滅多に病状が出なくなった。


 まさに順風満帆で、特撮ヒーローの主演俳優さんが大怪我することもなく、多くの子供たちがごっこ遊びをするほど大人気だ。


 だがそれが回り回って、バイクに乗ったライダーの変身を真似ようとして失敗し、自転車が倒れて怪我をする子供が出てしまった。

 なので慌てて、特撮内でも立ち姿で両手を回しての変身に切り替え、事なきを得たのだった。




 話を戻すが俳優さんが怪我をしなかったから、二号が登場しないのはわかる。

 代わりに何故か狐怪人が現れて、正義の味方として活躍させるのは如何なものかだ。


 おまけに、未来でも殆ど登場していない女性のライダーになって、主人公とも良い関係であった。


 それを見た私は、もし自分が成長して二十歳になったら、あんなグラマラスな体になるのかなと、狐っ娘が人化した姿の美人俳優さんを、テレビの前からぼんやりと眺める。

 もしかしたら、あったかも知れない発育良好な稲荷神に、これはこれで良いかなと思いを馳せるのだった。







 同年の六月、私は両手足から狐火ロケットを吹かせて宇宙に出ていた。


 何でも、ロシア連邦のソユーズ11号がトラブル続きで、ちょっと危険かも知れないのだ。


 そもそも前回の10号を打ち上げた時点で、サリュートとのドッキングに失敗した。

 なので11号のクルーを二人に減らして宇宙服を着せ、ドッキング前に船外活動を行ってドッキングシステムを点検することが提案された。


 だがしかし、クルー候補たちは船外活動の訓練を受けていなかったため、これを却下してしまう。

 ロシアの関係者は、空気汚染や火災という失敗続きの11号を見ている。

 場合によっては、もっと不味い事態を招くのではと危機感を持った。


 例えばだが、もし艦内バルブに不具合が起きて、大気圏を再突入する際に空気が漏れ出したら、うちの宇宙開発部門の大失態となり、後々まで暗い影を落とすのは確実だ。




 だからこそ彼らは、本当に駄目で元々だが、日本政府を通して、狐っ娘に何とかしてくださいと頭を下げることにした。


(困った時の神頼みの気持ちはわかるけどね。

 私もそろそろ宇宙に行ってみたいと思ってたから、ちょうど良い機会だったけどさぁ)


 そう言う流れがあって、私は現在ソユーズ11号の外に出て、精密検査していた。


 真空でも無重力状態でも、いつもの巫女服姿で平気で動き回れる。

 狐火を噴出するだけでは移動が不便なので、磁石を取り付けた下駄を着用していた。


 そして特殊な工具箱を片手に、目を凝らしてチェックを行う。


「ええと、帰還モジュールのバルブに重大な欠陥を確認。空気が漏れる可能性ありと」


 宇宙では空気がないので、外部と連絡を取る時はインカムではなく、日本製の船外活動用パネル入力に頼っている。

 日本語と英語以外が殆どわからない私には、自動的に翻訳してくれる機械のほうがありがたかった。


「修理手順の送信を求む……っと」


 地上の管制室から送られてきた修理手順がモニターに表示されるのを確認しながら、私は修理用の工具箱を慎重に開く。


 直径一ミリ以下のバルブの異常に気づくなど、私の人並み外れた視力があればこそだ。

 しかし今は、その辺りはどうでも良い。


 修理を行いながらでも、青くて綺麗な地球を間近で見られるほうに、思考の大部分を持っていかれる。


(地球は青かった。その台詞はうちの国が先に取っちゃったけど、やっぱり綺麗だね)


 日本と親日国の共同開発により、宇宙コロニーや月面ドーム、さらには衛生軌道エレベーターや有人の火星探査船を開発中だ。

 宇宙部門では、頭一つ飛び抜けている。


 世界各国も空の向こうに意識を向けているが、私は基本的には我が家からも出る気はない。


 なので皆、最後には自分を置いて遠くに行ってしまうのだろう。

 それが私の望みだとしても若干の寂しさを覚えて、空気のない宇宙空間で小さな溜息を吐く。


(せっかくだし、帰りに月の石を持ち帰って来ようかな)


 何処かで聞いたが月との距離は38万キロらしいし、狐火を放出して加速すればすぐに到着する。

 狐っ娘だからこそ可能なことだが、せっかく遥々宇宙に来たのだ。

 ちょっと寄り道するのも良いかも知れないと考えつつ、修理作業を進めるのだった。







 さらに同年、日本時間にして八月十六日に、アメリカ合衆国連邦政府が米ドル紙幣と金の引き換えを一時停止する大事件が起こった。


 これまで金と交換できる唯一の通貨がドルであり、それ故にドルが基軸通貨として、国際通貨基金を支えてきた。


 だがしかし、米国の金保有量がドルの金交換に応じられないほど減少する。

 そのせいで、現在の通貨体制を維持することが困難となった。


 そして引き換えの一時停止は、事前に諸外国に知らされることはなかった。

 本当に突然の発表だったのだ。


 なので極めて大きな驚きとともに、その後の世界経済に大きな影響を与えた。

 この重大発表のことを、ニクソンショックと呼称されることになったのだった。




 ちなみに他にも10%の輸入課徴金の導入や、九十日間の賃金や物価凍結等、様々な政策が行われる。

 しかし通貨膨張対策が打てずに、結局はドルの信認が揺らぎ、ドルの切り下げは避けられなかった。




 日本の政府関係者が言うには、アメリカの通貨危機は第二次世界大戦後には既に前兆が見え始めていて、金とドルの交換を一時停止したのは、別に国内市場を大混乱させたかったわけではない。

 ドルの信認を取り戻すためだったらしい。


 だがまあ、それは結果的には失敗してしまう。

 経済に詳しくない私は何が何だか分からないが、とにかくえらいこっちゃとしか言いようがない大変な事態だということは、朧気には理解できた。




 その後は、ドルの売り買いが加速したり、変動相場制、二重相場制、上限変動相場制、固定相場制等、世界各国の対応がバラバラで、市場調整とは何ぞやと首を傾げたくなる有様だった。




 一方私は、居間のちゃぶ台の前に座り、全世界な大ヒットを記録しているカップのヌードルをズルズルとすすりながら、薄型テレビに流れるIHKニュースをぼんやりと眺めていた。


 体に悪いのは知っているが、私は栄養やカロリーも気にする必要はない。

 時々何故か無性に食べたくなるので、そういう欲求には素直に従うのである。


 それはともかくとして、今現在テレビ画面に映っているのは、ドル相場の推移をグラフだ。


 アナウンサーがわかりやすく解説して視聴者に伝えているが、私はふと昔を振り返って呟きを漏らす。


「一ドル三百六十円の時代と比べれば、安くなったなぁ」


 思えば日本が開国したばかりの頃、アメリカの一ドルは三百六十円という圧倒的な高さを誇っていた。


 それは諸外国がうちのことを良く知らなかったせいだ。

 日本の技術力の高さが明るみに出るたびに円の価値が上がり、逆にドルの信認は揺らいでいった。

 

「そう言えばうちって固定相場制? それとも変動相場制?」


 自身が株や証券の取り引きをする機会がないので、これまで気にしたことはなかった。

 しかし私の前世知識が元になっているし、日本の市場は一ドル百円とデカデカと表示されている以上、きっと変動相場制なのだろう。




 それと日本と親日国は除くが、世界市場は元々ブレトン・ウッズ協定と呼ばれる、アメリカ合衆国のドルを基軸とした、固定為替相場制で回っていた。


 説明するとアメリカのドルと各国の通貨の交換比率を一定に保つことによって、自由貿易を発展させ、世界経済を安定させる仕組みだ。


「まあ、それも崩壊しそうだけど」


 四十以上の国々が加盟していたらしいが、ニクソンショックによって固定為替相場制はもはや崩壊寸前だ。

 なので、遅かれ早かれ変動相場制に変えていかざるを得ないだろう。




 一部の投資家はドルではなく円を買い漁っているらしく、アメリカの信頼が下がる変わりに日本が逆に上がっている。


 だがどれだけ価値が高まろうと、うちは世界を引っ張っていくつもりもない。

 本当に勘弁してもらいたいものだ。


 そもそも日本が世界のリーダーとして動くということは、高確率で厄介事が舞い込んでくる。

 その分、私の平穏が遠のくことを意味していた。


「早いところアメリカが立ち直って、世界市場を安定させて欲しいよ」


 わざわざ自らリーダーシップを発揮して、世界を引っ張っていこうとは思わない。

 それが多分、私というか、日本人全体の気質なのだろう。


 替わりの人材が居ればそれでヨシ、自らは二番手に徹して美味しいところだけはいただく。


 私も常にそうありたいと思っている。

 日本国民だけでなく、世界各国も神皇をワッショイワッショイするのだ。


 どうしても先頭に立って人民を導いて欲しいらしいが、そうはいくものかと、私はいつも通りに日本政府と連絡を取る。


 アメリカ経済を支援して、一刻も早く為替市場を安定させるようにだ。

 そんなフワッフワで場当たり的な指示を出して、あとは現場に丸投げしたのだった。

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