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防衛省

 昭和二十五年になり、お隣さんが何故二つに割れてないのか、今さらながら疑問に思った。

 だが正史に詳しくない私が頭を捻って考えても、これだと言える原因は浮かばない。


 けれど今は存在しないソビエト連邦が怪しいと、何となく見当はついた。

 まあ、それを知っても、だからどうしたである。


 とにもかくにも、隣国も割れるのは不本意だろう。今の状態のほうが、良いことには違いない。


 そう結論を出して、家の居間で熱い緑茶を口に含みながらウンウンと頷く。


 だがしかし、北も南も前世でうちに迷惑をかけた。

 一つのままでもそれは変わらないことを思い出し、日本にとっては良くないかもと溜息を吐くのだった。




 それはそれとして同年の日本だが、近場で戦争が起きてないため、特需は発生しなかった。


 しかし、技術大国日本の看板は伊達ではない。

 メイドインジャパンの品々は、相変わらず世界各国で飛ぶように売れている。


 第二次世界大戦が終結して以降は、イギリスとドイツも日本の主要貿易国に加わった。

 それを見たアメリカも、羨ましそうにチラチラと視線を送ってくるようになる。

 だがそっちの要求は基本的に突っぱねるし、譲歩してくれるなら参加しても構わないと、事前にしっかり条件を出して仲間に入れたのだった。







 私が平穏な暮らしを存分に満喫していた、そんなある日のことである。

 久しぶりに稲荷大社の謁見の間に政府関係者を呼び集め、一段高い畳に座布団を敷いて腰を下ろす。

 そして適当にお茶をお菓子を摘みながら、一つの提案を口にした。


「吉田さん、防衛省を作りましょう」

「防衛省ですか?、稲荷様、これはまた唐突ですね」


 今代の内閣総理大臣である吉田さんが、条件反射的で聞き返してきた。

 私はうまい棒コーンポタージュ味の包装を破り、小さな口に咥える。


 そして、あらかじめ用意していた質問の答えを頭の中で順序立てていく。


 ちなみに、保安庁や防衛省についての違いや各政庁については、殆どわかっていない。


 餅は餅屋ということで政府関係者に任せていたら、所々で時代を先取りして複雑に絡まり合う。

 もはや地頭の良くない狐っ娘では、到底理解不能になってしまったのだ。




 なので、今回の私の提案も専門家から見れば色々とおかしな部分がある。

 今さら気にしても仕方がないと開き直り、うまい棒を齧りながら未来の知識を参考にした要求を、多少強引でも通すことにした。


「モグモグ、ええと、今の自衛隊の陸海空の全ては、私の直轄じゃないですか」


 災害派遣等の緊急事態や私と連絡がつかない場合は、現場の判断で動くようにとは伝えてはいる。

 だが結局、日本の最高統治者が不在では事前のマニュアルに従って動くしかない。

 組織としての能力を十全に発揮できないという、そんな致命的な欠陥を持っているのだ。


 まあ守りの要である自衛隊が、フットワーク軽くて好き勝手動き回るのも、それはそれで問題かもだが、そっちは一旦置いておく。


 今重要なのは、私個人が陸海空の三軍に、いちいち指示出していられないという一点だ。


 こっちはド素人なので、直感に従った大雑把な命令しか出せない。

 ついでに殆ど現場丸投げという適当さ加減も、組織運営として足を引っ張っているのは確実である。




 それに、そろそろ他国が情報戦に本腰を入れてくる頃だと不安を抱く。

 思い立ったが吉日とばかりに政府関係者を招集し、防衛省を作ろうという提案に踏み切ったのだ。


 いくら世界一優秀だと言われている諜報機関を持っているとは言え、私の指示がなければ動けないのは、色々と不味い。

 連絡網が途絶えれば機能不全になるし、誰かが偽の指令をでっち上げて混乱状態に陥る可能性もゼロではないのだ。


 これらは内閣府の管轄外で、神皇直轄の保安庁の抱える問題と言える。

 今後の世界情勢に対応していくのは困難なため、どんな場面にも臨機応変に対処できる防衛省が必要になる。


 まあ色々熱く語ったが、ようは私が逐一指示を出すのが、いい加減面倒になったのだ。

 さらに、いつでも世界大戦をおっ始められる、分不相応な権限を持ちたくない。


 これが本音であるが、わざわざ口に出したりはせずに、黙っておいた。


「法律は時代に合わせて変えてきました。ならば、保安庁もそうあるべきだと思いませんか?」

「なるほど、一理ありますな」


 吉田さんや他の政府関係者も頷いたことで、私はさらに声を大きくして言葉を続ける。


「そこで防衛省です。内閣府に組み込み、政府関係者を長官として立てる。

 今後はその人物から自衛隊に直接指示を──」

「承諾しかねます」


 反対されるのは何となくわかっていたが、はいそうですかと引き下がる私ではない。

 それでも表情は隠しきれずに、狐っ娘のぐぬぬ顔は表に出てしまった。


 だがまだ、完全に負けたわけではない。


「それは何故でしょうか?」

「稲荷様は日本の象徴です。貴女の指示だからこそ、自衛隊は危険地帯でも恐れることなく活動できるのです」


 それを聞いた私は、表情には出さないが心の中はドン引きであった。

 愛国心や家族や友人を守ることよりも、稲荷神(偽)である自分を上に立てているのだ。

 完全に狐色に染まった国とはこれほど恐ろしいものなのかと、自業自得だが背筋が寒くなる。


(完全にディストピアだよ!

 私は従えなんて言った覚えないし、民衆の締めつけもしてないんだけど!)


 しかし、国民は駄目な時には駄目と意見してくれる。

 嫌々ではなく皆が好きで従っているのだ。その点は素直にありがたかった。


(はぁ、だから私は退位できないんだよね)


 周囲にはイエスマンしか居なかったり、民衆を洗脳しているのならば、私が退位すると言えば、それで済む。

 だが結果は、大反対の嵐だ。


 これは国民が本気で日本の最高統治者として、稲荷神(偽)を選んだ証拠である。




 まあそれはともかくとして、この時点で私の意見が通る確率がゼロになった。

 仕方なく、代案に切り替えることに決める。


 そのため、私はコホンと咳払いをして一旦仕切り直す。


「では、これまで通り私が自衛隊に指示を出しましょう」

「納得していただけたようで、何よりです」


 吉田さんや他の政府関係者が、心底良かったという表情でウンウンと頷いていた。

 しかし私はまだ完全には諦めていない。そんな一安心した彼らに、再び言葉をかける。


「ですが、内閣府から自衛隊に指示を出す防衛省は作ってください。

 たとえ私が居なくても独自の判断で動ける仕組みは、この先絶対に必要になります」

「確かに稲荷様の指示を待つ余裕がない緊急事態もありますし、備えは必要ですな」


 私は政府関係者に向けてコクリと頷いた。

 人も増えて組織も複雑になってきたのに、いつまでも稲荷神が一人で指示出しをしていては、うっかり見当違いの判断を下した瞬間、自衛隊員が命を落とすこともある。


「それで稲荷様、防衛省の新たな代表の選抜についてですが──」

「ああ、保安庁では確か陸軍幕僚長が統括していましたね」


 保安庁の陸海空の階級は等しいものだ。

 だが、そこには暗黙のルールがあり、陸軍幕僚長が他の部隊に命令を出していた。


 しかし今後内閣府の一組織として組み込む場合、軍事だけでは務まらない。

 これまで以上に政治手腕が問われるだろうし、その他にも必要な知識や技術は多い。


「稲荷様。防衛省長官の件、よろしくお願いします」

「はっ、はぁ、わかりました」


 近代化する日本と世界情勢を考えれば、これがベストな選択のはずだ。

 しかし、公務を減らしたはいいが、別の仕事が生えてきた。


 そもそも、何故私が代表を選ばなければいけないのかと言うと、自衛隊員が重度のペロリストだからだ。

 稲荷神のためなら、自らの命さえ惜しくないと言い切ってしまうほどなので、本当に重症である。


 しかも毎年自衛隊の募集定員を越えてくるので、まさに日本国民の精鋭と言っても過言ではない。




 そんな自衛隊だが、私の頭脳や手足となって身近で動いてもらう代表を、新たに選出すると知ればどうなるやらだ。

 最悪、誰も彼もがトップに立ちたいがために、クーデターが起きることは容易に予想できてしまう。


 だからこそ、たとえ素人判断だろうと稲荷様が選んだという事実が必要になるのだ。


(はぁ、自業自得とは言え、どうしてこうなったんだろう)


 結局、私は大きな溜息を吐いて、平穏に暮らすのは大変だなーと心の中で嘆く。

 そして、気持ちを無理矢理にでも前向きにするために、うまい棒明太子味に手を伸ばすのだった。

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