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空襲

<ラヴレンチー・ベリヤ>

 ソビエト連邦の現状を見つめ直して一息ついた私は、カーテンを開けて執務室から窓の外の景色を眺める。

 亡命する前の見納めだが、その時に気になるものを見つけて、空に視線を向ける。


「モスクワ上空の飛行許可は出してないぞ。

 一体誰が? ……まさか!?」


 私は空の向こうから首都モスクワを目指して近づいてくる飛行物体を、肉眼で確認する。

 どれも豆粒ほどの大きさだが、大部隊だからこそ違和感に気づけた。


 ソビエト連邦の保有している航空戦力は、欧州で大多数が撃墜されている。

 残存兵力は極僅かしかなく、あれ程の数で空を埋め尽くせるはずがないのだ。


「近々連合軍の一斉侵攻作戦が始まるのは、察知していました!

 だがまさか! 首都モスクワを強襲するとは!」


 ソビエト連邦の国境沿いに、連合軍が集結しているという情報は掴んでいた。

 そのために軍部も侵攻に備えて、兵力を前線に集めていたのだ。


 だから今のモスクワや内地の主要都市には、戦力は殆ど残っていない。


「都市に投下させた部隊が全滅しかねない作戦を! 良く実行できたものですね!」


 モスクワは内地にあり、国境からは遠く離れている。

 なので飛行部隊が帰還するだけの燃料は、残っていないと考えられた。


 ゆえに連合軍は作戦を実行した以上は勝利するしかなく、良くもなあ一か八かの強襲に命運を賭ける気になったものだ

 それともソビエト連邦が死に体だと知り、勝利を確信したのかも知れない。


 とにかくモスクワに敵軍がやって来た以上、いつまでもこの場に留まるわけにはいかなかった。


「何にせよ、こうなった以上は! ソビエト連邦は終わりでしょう!

 ええい! 事態が落ち着くまで、何処かに身を潜めなければ!」


 防衛戦力は殆ど残っていないので、ソビエトは高確率で滅びる。

 万が一退けたとしても、都市機能は壊滅的な被害を受けてしまう。


 さらに敵が優先的に狙うのは、戦略的に重要な軍事基地か政府機関。または国家の中枢なのだ。




 私が慌てて逃げ支度を始めると、モスクワ上空に到達した大部隊から次々と爆弾が投下される。

 それが地上に接触するたびに、轟音や振動、そして火災が発生し、多くの建物が倒壊していく。


 窓から様子を見ると市民も相当混乱しているようで、多くの者が避難しようと政庁を目指して押しかけてきていた。


 自分も一刻も早く、安全な隠れ家に逃げ込まなければいけない。

 状況の整理や国外逃亡は、襲撃が終わってから考えればいいことだ。


 そのためにも、まず執務室の扉を開けて廊下に出なければならない。

 私は荷物をまとめて、暴動を起こす市民と炎で赤く染まるモスクワが見える窓際から、急いで離れたのだった。




 政庁の近くに爆弾が落ちたらしい。

 振動で足元が少しふらついたが、扉を開けて何とか廊下に出る。


 しばらく歩くと顔見知りの同志が私を見つけ、慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。


「同志ベリヤ! これはちょうど良いところに!」


 彼は一度リトルプリンセスの暗殺に失敗し、捕らえられた同志だ。


 しかし捕虜収容所に捕まっている他の仲間たちと、大規模な反乱を起こした。

 その際に連合軍の機密情報を持ち帰り、満身創痍になりながらも何とかソビエト連邦に帰還した英雄的存在だ。


 おかげで祖国は一時的に勢いを盛り返し、優れた功績を上げた工作員として出世して私に並ぶほどになる。


 そんな彼に護衛してもらえば安心だと判断して、こちらもおもむろに声をかけた。


「ああ、私もキミに会えて良かっ──」


 だが彼は急に拳銃を構え、私に向けて発砲する。


「な……何故……?」


 撃たれたのは腹部で、あまりの激痛に意識が遠のく。

 私は疑問を口にしながら、為す術もなく膝から崩れ落ちてしまった。


「同志ベリヤ。私は共産主義ではなく稲荷主義です。

 貴方のことも、調べさせてもらいました」


 倒れた姿勢でも、何とか顔を動かして彼を見上げる。


 すると、同志は心底嫌そうな表情を浮かべながら、痛みでろくに動けずに苦しむ私を見下ろす。


「貴方はリトルプリンセスにとって、害にしかなりません。故に、この場で処分します。

 理由は、おわかりですね?」


 先程彼は、私のことを調べたと言った。


 ならば自分が、リトルプリンセスに対してどのような感情を抱いているか、そして過去に大勢の少女たちにしてきたことも、きっと知っているのだろう。


「そっ、そうか。全て、知られた……のか」


 自虐気味に呟くが、そろそろ痛みで意識を失いそうだ。

 大怪我をしても辛うじて生きているけれど、彼が医者に連れて行ってくれるとは思えない。


「最後に、言い残すことはありますか?

 周囲は稲荷主義によって封鎖済みですので、多少なら猶予はありますよ」


 何とも用意周到で、ここで私が大声で助けを呼んでも無駄なようだ。


「いや、ない。せめて、……一思いに」


 一瞬色々な考えが脳裏をよぎった。しかし結局、遺言は残さなかった。


 私の恋慕がリトルプリンセスに届くなら別だが、彼は彼女の気分を害するようなことは決してしない。

 ならばこの場で何を言ったところで、意味はないだろうと判断した。


「わかりました。では、さようなら」


 信頼していた同志が、倒れている私に拳銃の照準を合わせる。

 そして、躊躇いなく引き金を引いた。


 それが、自分が最後に見た光景なのだった。

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