手術
最前線近くの都市の大病院で働きだして、数日が経過した。
最高司令官で作戦実行の許可を出したり、医療従事者として怪我人の包帯を巻いたりと二足のわらじだ。
けれど狐っ娘は二十四時間動けて、疲労も蓄積しないので問題はない。
そしてきっと、院長先生は連合国の盟主には逆らえないものの、すぐに音を上げて退職を願い出ると予想していたはずだ。
仕事は雑用ばかりでも、指示には従うという契約を交わした。
ワッショイワッショイとは無縁な労働の喜びを、久しぶりに噛み締めることができている。
なので、そこまで不満はないのであった。
事態が急変したのは、私が看護師見習いになって一週間が経った頃だ。
日頃の業務に疲れ果てた院長先生は、久しぶりの仮眠を取っていた。
そこでタイミング悪く、昼頃に大病院の入り口がにわかに騒がしくなる。
「急患です! 手術の準備をお願いします!」
周りを囲む医者と看護師が、入り口の扉を乱暴に開け放ち、病院に搬送してきたのだ。
ストレッチャーには、見るからに重症の患者が横たわっていた。
だが残念ながら、院長先生は先程久しぶりの仮眠に入ったばかりだ。
死ぬほど疲れているので起こさないでくれと、病院の関係者にはそう伝えられている。
色んな意味で、心身の疲労が限界に来ているのは間違いない。
ついでに言えば他の先生たちも手術中で、人員も部屋も空きがない。
なおこれは最前線近くの病院では、良くあることらしい。
だがその一方で私はと言えば、倉庫から医療器具や薬品を各部署に届けるお使いをしている。
ぶっちゃけ雑用ばかりでそんなに忙しくないし、暇であった。
なので騒ぎが気になって一階の入口付近に移動して、遠巻きに様子を伺っていたのだ。
「悪いがうちの病院は、重症患者を受けいれる余裕はない! 他に行ってくれ!」
通訳に翻訳してもらったところ、直接乗り込んでの激しい押し問答が繰り広げられている。
そこで私は、手に持っていた薬品を一階の受け付けに届け、続いてストレッチャーに横たわっている患者に近づいて行く。
背伸びをしてじっと観察すると、片足がちぎれている。
さらに腹部にも銃弾を受けたような穴が開いていた。どう見ても重症で放っておけば確実に死んでしまう。
「この怪我なら治療できますよ」
「「「えっ!?」」」
私が考えなしに呟いた言葉を、通訳が律儀に翻訳した。
そして言い争いをしていた医者と看護師、他の患者たちが一斉に驚きの表情に変わる。
「ほっ、本当に助けられるのか!?」
医者の一人が興奮気味に尋ねてくるが、詳細を説明すると長くなる。
今は一分一秒を争うため、簡潔に答えていく。
「昔、今よりも医療技術が低い時代に、切られた手足を接合したり、鏃や弾丸の摘出をしてましたので」
昔は京都の治安は最悪で、傷害事件が毎日のように起きていた。
前世の医療知識や概念を持っているのが私しか居なかったので、自分が前面に立って手術をせざるを得なかったのだ。
おかげで経験は積めたが、元々の頭が悪いせいか知識はあまり身につかなかった。
だが、今重要なのはそこではない。
思考を現実に戻して、患者を運んできた医者に呼びかけた。
「私に手術を任せるか。他の病院に搬送するか。今すぐに選んでください」
脳筋ゴリ押しこそ至高の狐っ娘なので、手術の腕は上達しても知識はさっぱりだ。
しかしそんな私でも、今この場に居る医療関係者の中では、患者の命を救える可能性が一番高い。
すると迷っている暇はないと判断したのか、搬送してきた医者が深々と頭を下げた。
「キミに手術を頼みたい。だが念の為に、自分が補佐に入らせてもらう」
「確かに私も数百年ぶりですし、補佐は助かります」
「数百年ぶり!? じょっ、冗談じゃ……!?」
周りが明らかにどよめくが、私はわざとらしく肩をすくめるだけで返答はしなかった。
勘はすぐに戻るだろうが、知識が穴だらけだ。
医薬品や道具も新しく開発されているだろうし、頭の良い人が付いてくれたほうが、患者の生存率は上がる。
「それより時間がありません。早速手術を始めましょう」
「だっ、だが、手術室の空きはあるのか?」
私は口元に手を当てて考えるが、そう言えば医師が足りないだけでなく、全ての部屋が埋まっていた。
しかし、すぐに場当たり的な案を閃く。
実行に移す前に、目の前の彼に声をかける。
「この場で手術を行います。至急、医療器具を準備してください」
「「「えっ!?」」」
意味がわからずに周りの医療関係者が呆然とする中で、私の護衛を行っている自衛隊員の精鋭たちは全く動じずに、今が活躍の機会だとばかりにテキパキと準備を始めるのだった。
そのあと十分かからずに、メイドインジャパン製の医療機器を、病院の一階入口に設置し終わる。
ついでに手術着に着替えた私は、背後で呆然しながらも、色違いで同じ服装をした若い研修医に顔を向けた。
「では、手術の補佐をお願いしますね」
「あっ、ああ……もちろん、補佐させてもらう」
あまりの怒涛の展開についていけないのか、彼は何やら釈然としない表情で口を開いた。
一通りの準備が整ったとはいえ、本来ならば手術室で行うべきだ。
色々と足りない部分は多いので、今回私はそれを狐っ娘パワーで補う。
「狐火!」
患者を中心に、半径三メートルを狐火で強引に殺菌消毒する。
さらには陽炎のように薄く揺らめかせ、半球のまま留め置く。
過去に使用した無菌室の小規模バージョンで、境界線を越えたら除菌される結界だ。
そして、地力が上がったのか範囲を絞ったからかは知らないが、疲労は全く感じない。
とにかく狐火による簡易的な無菌室を作り出した私は、患者のものと思われる片足を、手術台からヒョイッと掴んだ。
「では、まずはちぎれた足を繋げましょう」
研修医や周りの看護師に声をかけて、患者に全身麻酔をかける。
そして補佐をしてもらいつつ、手術を開始するのだった。
幸いなのは、勘はすぐに取り戻せたことだ。
おかげで足も無事に繋げ終わったし、体内の弾丸もしっかり摘出できた。
念には念を入れて最後にもう一度、全身を狐火消毒した。
手術後は清潔な環境で療養すれば、感染症にかかることもないだろう。
何はともあれ、手術が終わった。
そして何故か用意されていたピンクのナース服に、さっさと着替える。
一通り片付けて更衣室から出てきた私を待っていたのは、仮眠を取っていたはずの院長先生だった。
「先程の手術は見せてもらった」
「そうですか。契約を破ってしまい、申し訳ありません」
病院入り口で狐火ドームを形成して手術していれば、目立つのもしょうがない。
久しぶりの仮眠とはいえ、院長まで話が届くのは当然だった。これはもう、十中八九首だろう。
だがそのまま彼は、真面目な顔で尋ねてきた。
「あの見事な手術は、誰かに師事したのかね?」
「いいえ、私は誰にも教わっていません」
アニメや漫画がお手本と言えなくもない。
だが結局は不明な部分が多く、見様見真似だ。
「全ては経験の為せる技です」
狐っ娘の身体能力以外には、想像と手術経験で補っている。
師匠は誰も居ないので、自力で技術を磨きあげた結果であった。
「しかし力及ばず、救えなかった命も多かったですね」
「……そうか」
てっきり命令無視で病院を追い出されるかと思ったが、院長先生は何やら深く考え込んでいる。
そして再び視線を合わせると、思いも寄らない提案を行う。
「今後はキミを、院長代理とする。私が不在のときには、よろしく頼む」
「あの、意味がわかりません」
何がどうしてこうなったのか。本当にまるで意味がわからない。
院長先生に認められたのはわかるが、いくら何でも出世しすぎだ。
(副院長が在籍してるから、院長代理の役職を新しく作ったとか?)
だがそんな私の疑問に、彼ははっきりとした答えを突きつける。
「キミの手術の腕は、院内の誰よりも上だ。
医療知識に関しては……まあ、先程の補佐を付ければ問題あるまい」
実際不明な部分は直感や経験に頼っているし、サポートは本当に助かった。
切ったり繋げたり摘出したりと、そういった手術の腕前は人間離れしている。
手塚さんの漫画の黒男が本当に居たら、良い勝負ができそうだ。
とにかく院長先生は、立場的に扱いにくい私は遊ばせておくよりも、医者として用いることを決めたらしい。
自分としても、勤め先を首にならずに済んで良かった。
しかし、そのすぐ後にまたもや急患が運び込まれてきて、院長代理よろしく頼むと丸投げされてしまう。
これからの勤務は休む暇がなくなりそうだと、内心で大きく息を吐くのだった。




