自動車
東京大正博覧会に顔を出した私は、動物の触れ合いコーナーで存分に癒やされた。
その後は色んな展示や館を順番に回って楽しみ、会場内をしばらくぶらつく。
そして正直あまり気乗りはしなかったが、日本館にようやく足を運んだのだった。
やはり開催国で国際的にも一目置かれているからか、多くの見物客が訪れていた。
世界の軍事バランスにはかなり気を使ったようで、日本で普通に走っている様々な種類の自動車やバイクが並んでいた。
「ケーブルカーやエスカレーターがありますね。何だかノスタルジックな気分になります」
外に展示されているケーブルカーやエスカレーターは、大勢の見物客で賑わっていた。
そしてその殆どが、外国からやって来た人たちだった。
日本の一部の観光地、または大手デパート等では既に実用化されている。
展示ではやや旧式で、そこまで珍しいものではなかった。
しかし展示されている自動車やバイクもそうだが、買うとなるとかなりお高い。
だがそれでも、金持ちや投資家はこぞって買い求める。
私は森の奥に住んでいて無一文で生活しているが、そういった方々と関わる機会は多い。
最新機器も身近なものだし、世の中わからないものだ。
そして狐っ娘の中身は元女子高生だ。
古い漫画やドラマでしか見たことないような展示物を前にすると、言いようのない哀愁を感じる。
ただし現在は大正時代で、展示品は少し古いがまだまだ現役だ。
なので懐かしさの使い方としては間違っている気はするものの、心情的にはそんなものであった。
ちなみに親日国では、普通に日本車が走っている。
メイドインジャパンをこよなく愛する国で、そちらの殆どの企業がうちからの支社や吸収合併、または共同開発を行っていた。
正直何でそんなに押せ押せなのかはわからないが、良いお友達やお客さんなのは確かだ。
そして第二の日本的な国々は、長年の信頼関係から機密情報を漏らさないとわかっている。
だから優先的に輸出していたり持ちつ持たれつで共同開発を行っているゆえに、他の国々の輸出は現時点では考えていない。
何しろこんな代物を外に出したら、軍事転用されて当たり前だ。
なので、ぜひうちに輸出をと言われても、今は時期が悪いの一点張りできっぱり断るか、旧型を回すのがせいぜいなのであった。
話を戻すが、日本館にはAA型の自動車が展示されている。
近くにはキャンペーンガールが立っていて、マニュアル通りの説明をしながら、笑顔で手を振っていた。
また、写真やテレビ撮影にも応じている。
ちなみに国内自動車メーカーは数あれど、何故これが選ばれたかと言うと、造形的に西洋人に受けが良さそうだからだ。
ぶっちゃけ骨董品や量産品なら何でも良かったので、本当に見栄え以外の理由はない。
私が館内を適当に見物していると、キャンペーンガールがこちらを向いて、大きな声で話しかけてきた。
「稲荷様! ようこそいらっしゃいました! ささっ! どうぞ試乗してください!」
いきなり何を言っているんだと思いながらも、呼ばれたからには取りあえず近づいていく。
「試乗と言われても、展示物なのでしょう?」
「デモンストレーションでございます! さあさあ! 遠慮なさらずに!」
本当に良いのかなと思ってしまう。
だがしかし、公務で外出が必要な時は、割と頻繁に高級車に乗っていた。
それでも庶民的で小ぢんまりとした自動車は、今世では経験がないので興味が惹かれる。
色々と考えたが、私は少しだけならいいかなと、キャンペーンガールの申し出を受けることに決めたのだった。
東京博覧会場内の決められたコースを、AA型の乗用車が低速で走行する。
助手席にはキャンペーンガールが座り、後部座席には近衛とお世話係が控えている。
私が運転するのは、正直に言えば困惑しかない。そもそも自分は無免許だ。
「運転しておいて何ですが、私は免許を持っていませんよ?」
「しかし、自分は免許は持っていますが運転の許可をもらっていません。
何より許可証は国が発行するものです」
日本の最高統治者だから、国内で何をやってもセーフ理論であった。
神経の図太いキャンペーンガールだと感心するが、別に羨ましくはなかった。
座席の高さを調整したり運転前に簡単な指導を受けたが、ぶっつけ本番な部分も多い。
けれどそこは狐っ娘の身体能力と直感で、問題なく操作できていた。
(ええい! このスイッチだ! って感覚に近いのかも)
頭の中であれこれ考えながら運転して、低速で走行しつつ会場の様子を眺めつつ、ポツリと呟いた。
「人が多いですね」
「入場者は現時点で、一万人を軽く越えていると聞きました」
キャンペーンガールが答えてくれた。
私は、これは初日で二万人越えもあり得そうだと考える。
人口が増えた前世の感覚でも、とんでもない入場者数だ。
「取材陣も多いですね」
「稲荷様が自動車を運転するのは、初めてですので」
「……でしょうね」
車に乗ることはあっても、身分的に送迎される立場だ。
そもそも私は、普通に走ったほうが断然速い。
ついでにデモンストレーションとはいえ、自動車を運転している狐っ娘は前代未聞だ。
なおキャンペーンガールは、稲荷様と一緒に乗りたかったから駄目で元々で誘ったとのことであった。
しかし自分としても、こういった経験は非常に得難いものだ。
前世で女子高生を続けていたら、いずれは自動車免許を取るために教習所に通っていたのかも知れない。
取りあえず微速前進で会場内をグルっと一周したあとは、再びに日本館の中に入っていく。
指定の場所で、ピッタリと停車したのだった。




