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帰化

<オーストラリアの議員>

 オーストラリア、それは日本の遥か南に位置する大陸である。


 三百年ほど前から日本の文化と言語が広まり始めて、今では貨幣も円になっているほどだ。

 貿易相手の一位は言うまでもないし、昔から変わらない良い関係が続いていた。


 技術協力も数え切れないほど行っているうえ、専守防衛が基本である自衛隊や向こうの諜報機関も、オーストラリア大陸では特例として活動している。


 もちろん自国の軍隊や諜報員は居るが、あえて日本を懐に入れることで、それだけ信頼していますよというアピールを欠かさない。


 ちなみに今年は明治八年で、年号や暦まで日本に倣っているので、筋金入りだ。

 ならば、互いに相思相愛の仲だと言いたいが、残念ながらそうはなっていないのだった。




 明治八年の春に、オーストラリアの国会にある議題が持ち込まれた。

 そこには各州の議員が一同に集まり、各々の席について沈黙を守っている中で、立ち上がっている自分だけは。大声で熱弁を奮っていた。


「──であるからして!

 三十四回目となる日本への帰化を! ここに提案致します!」


 提案の内容を簡単に言うと、日本との関係を今一度見直すことであった。


「賛成!」

「それでこそオーストラリア人だ!」

「悪くない提案だ! 異議なし!」


 本来ならば、発言権のない者が途中で口を出すのはルール違反だ。

 しかし皆が私の意見に心から賛同してくれている証明なので、悪い気はしなかった。


 国会の騒ぎが収まるのをしばらく待っていると、途中で他の議員が挙手をする。

 そのまま正式な段取りを踏んで、彼が立ち上がって口を開いた。


「素晴らしい提案です。同意もできます。しかし、勝算はあるのですか?」


 なお議題にかけられるのもこれが初めてではなく、通算三十四回目となる。

 提案はされたが、様々な事情により取り下げられたことも何度もあった。


 そして三百年も昔から、オーストラリアは日本への帰化を希望している。

 しかし、それが叶えられたことは一度もないのだ。


 うちの最高統治者としても崇められている稲荷神様が、どうしても首を縦に振ってくれない。

 それでも決して諦めることなく、次こそはと決意を新たにして国会の議題に上げたのであった。


 しかし挙手した議員は、でもまた失敗するんでしょうと思っているようだ。

 不安そうな表情を浮かべていた。


 ならば、まずは彼を元気づけることから始めるべきだ。

 私は再び発言権を得たあとに、小さく咳払いをしてから堂々と発言した。


「私たちは稲荷神様ではありません。

 なので、この提案の未来を予知するのは困難です」


 あらかじめ未来を見通し対処するのは、類まれな視野の広さと知恵を持つ彼女だけの特権だ。

 一般人が真似たところで、痛い目に遭うだけである。


 なので私は、今回日本への帰化計画を実行に移すに至った理由を、順序立てて説明していった。


「日本はオーストラリアと同じく、民主政治に移行したのは既にご存知と思います」


 政治体制に関しても右に倣えなので、オーストラリアは日本の後追いだ。


 しかし今は、そんなことはどうでも良かった。

 議会に集まっている者たちは、とっくに理解している。


 なので私は、要点だけをそのものズバリと述べる。


「稲荷神様が最高統治者なのは、不変です。

 しかし、その下は徳川幕府ではありません、身分は平等となり、民衆が政治を執り行うのです」


 オーストラリアから見れば、朝廷や公家は影が薄い。

 殆ど居ないものとして扱われているが、我が国では誰も気にしない。


 そして議員たちは、その点は見事にスルーして、それがどうしたという表情を浮かべるので、順番に説明していく。


「臨時政府を動かすために、藩の代表が議員になり政務を行います」


 私はそれこそが付け入る隙だと考えた。

 堂々と発言させてもらう。


「この機会に、オーストラリアの各州を新たな藩であると主張し!

 我々議員も、日本に組み込んでもらおうという計画なのです!」


 ここまで聞けば誰もが理解したようで、その発想はなかったと感嘆の声があがる。

 身分や血筋の括りがなくなり、皆が平等となって地方も中央政府に参入しやすくなった。


 なお、稲荷神様は身持ちが固い。

 オーストラリアの各州を、日本の新しい藩として認めてくれるかは、正直微妙なところだ。


 それでも、何の取っ掛かりもなしに帰化させてくださいと要望を出すよりかは、成功する確率は高い。


「オーストラリアが日本に帰化するのではなく!

 各州を新たな藩に……いえ、都道府県として統合してもらうのです!」


 国会にパチパチという拍手の音が木霊する。

 説明が終わった私は、笑顔を崩さずに堂々と着席した。


「素晴らしい!」

「異議なし!」

「今度こそ成功間違いなしだ!」


 これだけ賛同が得られれば、三十四回目となる日本帰化計画がすんなり通るのは確実だ。

 早ければ明治八年度中に賛否が取られて、速やかに実行に移されるだろう。


 オーストラリアが日本の一部になるのは、三百年前からの悲願だ。


 現在稲荷神様の御加護を得ているのは、アジアの極東の島国だけだ。


 いくら右に倣えで政策を進めても、二番煎じに過ぎない。

 それでも親日国として貿易を通じて多大な利益を得たり、様々な技術や知識、文化を教えてもらっている。


 困ったときに助けてもらったことは、数知れずである。

 食料や資源、多くの物資を融通してはいるが、それは日本も同じであった。


 これでは恩は積み重なる一方だ。

 同じ国民であれば気にせずに、いつもすまないねで片付くだろう。


 だが物理的な距離は如何ともし難いし、親しき仲にも礼儀ありだ。

 日本に帰化して稲荷神様の庇護下に入れれば、オーストラリアの国民は念願叶って手を叩いて喜ぶし、先のことを心配せずに安寧に生きられる。


 何しろ彼女が降臨してからずっと、三百年以上も一度も失敗をしていないのだ。

 我々の知る限りでは世界最高の統治者で、それが今も続いている。


 オーストラリアは親日国を名乗れるほどの良好な関係だからこそ、あと少しで手が届きそうで届かない。

 余計に羨ましく思ってしまうのだ。


 それに右に倣えをしたところで、全てが上手くいくわけではなかった。

 実際には何度も失敗をしているし、そのたびに日本に手紙を送り、稲荷神様にどうしたらいいでしょうかと、助言を求めている。


 返答はいつも大雑把だったので、困惑することも多かった。

 それでも聡明な彼女の導き出した答えが外れたことは、一度もなかった。


 直接手は出さなくても口は出してくれる稲荷神様に、オーストラリアの民衆は感謝しかなかった。




 おかげで今は、日本に次ぐ技術大国になれた。

 そんな、古き良き親日国だからこその悩みと言えるし、他にも多くの国々が日本への帰化を望んでいるのは間違いない。


 早く稲荷神様に、日本だけでなくオーストラリア全土を統治してもらいたい。

 すぐ近くで眺めているだけなのは、もう嫌なのであった。

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