稲荷様は平穏に暮らしたい：ＲＥ

戦国

神の奇跡（偽）

　秋も深くなってきた今日この頃、冬の準備にどの家も大忙しだ。

　特に今年はお稲荷様のご降臨という一大イベントがあったので、新規事業の開拓のために引き抜いたり、善意で協力してくれたりと色々である。

　とにかく麓の村々は良くも悪くも活気づいていて、いつ休んでるのが不安になるほど、誰もが忙しく動き回っていた。

　自分としては冬の備えはしっかりして欲しいのだが、正直この時代の神様への信仰を舐めていた。

　なお今は工事中だったマイホームが完成したと知らせを受けて、山の神社に移動して村長さんに説明を受けているところだ。

「稲荷様の新しいお住いは、これでよろしいでしょうか？」

「アッ、……ハイ。…ありがとうございます」

「それはようございました！　稲荷様のお言葉を伝えれば、村の者やこの場に来られぬ者も、さぞ喜ぶことでしょう！」

　今までは簡素な掘っ立て小屋だったマイホームが、麓の村々の協力を得て、殆ど一から建て直された。

　おかげで時代劇に出てくる貴族のお屋敷のような、立派な社務所になる。

　ついでに隣には、稲荷様の使いと呼ばれるようになった狼たちの小屋が建てられ、私の希望でペットの通行用の小窓が取り付けられた。

　ぶら下がっている薄い木の板を押し上げれば、いつでも自由に通行可能という前世で良く見たアレだ。

　もちろん私ではなく、本物の稲荷神様が祀られている神社も立派に改装され、その他の境内に設置された各施設も真新しく立派になった。

　年貢を納めるまでは各村々は非常に忙しい農繁期だ。

　あまり人手を割くわけにはいかなかったので工事はスローペースで進んでいたが、収穫を終えて一段落してからは早かった。

　他にも衣食住の面倒を見てもらっていたり、村の人たちには大変お世話になっている。

　そして参道の整備も進めていて、本来は麓の村から山の中腹までは険しい道程だ。

　か細い獣道のような荒れようで、誰もが気軽に足を運べる場所ではない。

　なので年間行事のみ下草刈りや障害物を片付けて、一度の参拝で済ませていた。

　今はもう急ピッチで土木工事を行っており、道程は長くても登れなくはない程に歩きやすくなる。

　とにかく長山村の稲荷神社、その本宮を新築したのもそうだが、今では周りの村々を巻き込んで、ワッショイワッショイと大きな流れになっているらしい。

　参拝客も毎日代わる代わる訪れているし、私の名前も三河国でかなり知られてきたようだ。

　今のところは神様だと信じてくれているが、いつ手の平を返して妖怪として討伐されないか気が気でない。

　そして、直接姿を見たり訴えるのは恐れ多いようだ。

　新しい神社の説明が一段落し、村長さんや付き添いの村の人たちは、面と向かっては言ってこない。

　だが今も奇跡を起こして欲しいなーと、そんな神頼みっぽい雰囲気をヒシヒシと感じる。

　私はそれに気づかないフリをして、コホンと咳払いをして話題を変えた。

「話は変わりますが、私の教えはきちんと伝えましたか？」

「はい！　それはもう！　しかと村の皆に伝えました！」

　社や社務所を改築してくれた村の人たちに厳かな雰囲気を演出しつつ、丁寧に言葉をかける。

　今していることも、稲荷神が起こす奇跡の下準備だ。

「ならばよろしい。……とは言え、稲荷神も万能ではありません。

　私にできるのは助言がせいぜいで、あとは貴方たちの努力次第です」

「心得ております！　稲荷神！　今後とも、どうか我々をお導きください！」

　膝をついて頭を下げて平伏する彼らに、稲荷様っぽい雰囲気作りを心がける。

　前世では割と一般常識だった、生活に役立つ知恵を与えるのだ。

　だが元女子高生である私の引き出しには限りがあるし、一度に全部話しても戦国時代の人々が理解するのは難しい。

　なので簡単に実践可能で、彼らが欲しがっている知識から順番に教えていた。

「稲が育つ本数は昨年よりも少なくなりますが、それで良いのです。

　等間隔で植えて、陽の光をまんべんなく当てることが重要なのです」

　今話しているのは、現代では当たり前に行われている稲作のやり方だ。

　実際どのぐらい離して植えれば良いかは、大雑把にしかわからない。

　その辺りは、私が前世の田園風景や農作業の経験を思い出し、感覚的に長さを測る。

　既に物差しなどの新しい単位を制定したので、彼らにはそれを基準にして教えていく。

　あとは村人の努力次第という強引な理由をつけて、現場の彼らに試行錯誤をお願いする。

　それでも今年の収量は越えるのは、ほぼ確実だろう。

　きちんとした成果さえあがれば、稲荷神（偽）の助言は、より信憑性が増す。

「種を蒔く前に一度、塩水の中に種籾を入れ、沈むほうを植えなさい」

「あの、もし浮くほうを植えたら、どうなるのでしょうか？」

「生育不良か、発芽しないでしょう。……多分」

「はっ、はぁ……多分ですか」

　平伏している者たちが、私の迂闊な発言を聞いて首を傾げる。

　このままでは神様ではなく偽物だとバレてしまうので、ワタワタしながら慌てて取り繕う。

　ついでに前世に使っていた病害虫予防の農薬が存在しないので、どうしても不完全なやり方になってしまう。

　そのため自分の教えは発展途上であり、効率を高めるには現地住民の協力が必要不可欠である。

　結果的に正史と同じように、失敗を積み重ねて技術を高めていく必要があった。

「幼くして顕現させられたのもありますが！　私とて、全てを見通せるわけではないのです！

　それに逐一教えていたら、時間がいくらあっても足りません！」

「はっはい！　ごもっともでございます！」

　頬を赤く染めて咄嗟の言い訳で何とか誤魔化したが、危ないところだった。

　種籾以外にも怪しい記憶は多いので、自分が覚えている知識や技術は全て書物に書き残すようにしている。

　いつ何処で必要になるかわからないのだ。

　ただし今でも前世の家族や友人以外は鮮明に思い出せるし、いつまで経っても忘れる気配がない。

　明らかに普通ではないが、狐っ娘に転生した時点で今さらだ。

　そして日々の記録や執筆作業は、娯楽の少ない今の私にとって、なかなか良い暇つぶしになっている。

　先人の知恵でも、後の世の役に立つなら立派な仕事だし、村の人たちの役に立っているのでやりがいを感じた。

　さらに新しい道具の構図を描くことで、考えを整理するキッカケになるので、これはこれで悪くない。

　もっとも、中身は女子高生の書いた脈絡のない落書きだ。

　誰かに見せるつもりは一切ないが、自分の死後に引っ張り出されたら大変である。

　その前にどうにか処分できないものかと考えつつも、彼らに次なる助言を口にする。

「ところで、養鶏と養蜂はどうなっていますか？」

「養鶏場は各村に建設中で、養蜂は蜂がもっとも巣を作りやすい箱を、木工職人たちが模索中でございます」

　両方ともまだ試作段階だが、長期計画なので焦ってはいけない。

　口元に手を当てて何やら考えている姿勢を取るが、実際には早く卵と蜂蜜が食べたいなだ。

　未来のことを想像して、思わず垂れてしまったヨダレを、こっそり拭った。

「あの、稲荷様」

「……何か？」

　村人の一人がオズオズと手をあげたので、何か聞きたいことがあるのではないかと発言を許可する。

　私は別に偉くないが、人間と関わる限り稲荷様ロールプレイは必須だ。

　なるべく厳かな雰囲気を維持する。

「本当に鶏を食べて良いのでしょうか？　その、仏様の教えに反するのではと、一部の村の者たちが不安がっており──」

　そう言えば家畜や一部の肉は食べたら駄目とか、そんな教えがあったような気がする。

　目の前に居る村人たちは皆不安そうな顔をしているので、きっと戦国時代の常識か、一部の地域ではそれが普通なのだ。

「貴方たちは仏の教えを守っているのですか？」

「はっ、はい。……その通りです」

　確かに宗教上の教えを守ることは大切だが、それは即ち、私が卵や鶏の肉を食べられないことを意味する。

　だが前世の日本では普通に食べられていたし、その辺りは各々で判断すれば。

　つまり、食べたければ食べればいいじゃんということだ。

　私はコホンと咳払いをして、静かに口を開いた。

「大丈夫です。たとえ貴方たちが仏の教えに背いても、私が許します」

「あっ……あの、それはどういうことでしょうか？」

　境内で平伏する皆がどよめく中で、私は続きを話していく。

「鶏を飼い、それを食べろと命じたのは私です。

　ならば天から罰が下るのも当然、稲荷神であるこの私でしょう」

　この発言は喧嘩腰だが、一応私は稲荷神を名乗っているのだ。

　前世の日本では鶏肉や卵は全国で食べられているけど、特に何も起きていない。

　調理に失敗すれば腹痛になるが、それは自業自得である。

　とにかく今は皆を安心させるのが第一であり、微笑みながら続きを話す。

「養鶏による天罰は全て、この私が引き受けます。

　ですので皆さんは、どうか心穏やかに毎日を過ごしてください」

「おおっ！　これぞまさに稲荷神様よ！」

「稲荷様！　万歳！　万歳ー！」

　考えなしに口から出た発言だが、村の人々から大歓声があがる。

　色々あったが何とか軟着陸させられた。

　だがそうは言ったものの、もし本当に天罰が下ったらどうしようと、心の中は冷や汗をかいていた。

　偉そうに神様のフリをしている狐っ娘だが、中身はただの元女子高生だ。やっぱり怖いものは怖い。

　けれど、米や野菜ばかりでは栄養が偏ってしまう。

　何より今は、日本全国で食糧が不足している時代なので、食べられる物は少しでも多いほうがいい。

　もし上手く行けば、少しは餓死者が減るかも知れないしと、私はそんなことを考えながら、色々あって精神的に疲れたので、新しい我が家に引き籠もってしばらく休ませてもらうのだった。

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４月１７日から、毎日２３～２４回投稿になりますので、読み飛ばしにご注意ください。