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鶏小屋

 秋の収穫作業も一段落して、麓の村々では人手に余裕ができた。

 そのおかげで今まで少人数で少しずつ進めていた、オンボロ神社の建て替え工事が本格的に始まる。


 冬が来る前には完成する予定で、それまではしばらく狼たちと一緒に麓の分社に移ることになった。


 だが稲の収穫が終わっても、村の人たちは相変わらず汗水垂らして働いている。

 そんな中で私だけが、神様という理由で家でゴロゴロしているのは、何となくだが居心地が悪い。


 一応は頭脳労働担当なのだが、戦国時代は肉体労働が主である。

 それに私は狐っ娘で妖怪認定されて斬り殺されないように、神様のフリをしている。他者からどう見られているかは、非常に重要だ。


 今のところは問題なくても、もし私が働きもせずに毎日食っちゃ寝しているという噂が流れたら、その時点で住処を追われたり人生終了待ったなしだ。


 せめてもう少し離れていれば、多少は気が抜ける。

 しかし今の自分は、村人の往来が活発な麓の分社に住んでいた。具体的には参道の入口に建てられている、参拝者用の小さな神社だ。


 そのせいで狐耳を澄ませれば、一生懸命仕事に励む村人たちの声や、感謝や祈りなどが絶え間なく聞こえてきて、大変賑やかである。


 おまけに私個人が御神体のような扱いなので、山を登らなくて参拝できる機会を見逃すまいと、いつもよりもお参りに来る人たちが多い。

 社務所に引き籠もって書類仕事をしているだけでは、どうにも肩身が狭いのだった。




 そういう理由もあり、別に悪いことはしてなくても良心の呵責に耐えられなくなる。

 足りない頭でああでもないこうでもないと考えて、天気が良い日は長山村の視察をすることにした。


 なお視察とは言ったが、実際にはただの散歩だ。

 けれど村人たちからすれば、仕事をしているように見えなくもない。

 私自身は全然そんな気はしないけど、長山村に異常がないか、頼んでいた道具や作業の進み具合など、毎日はする必要はなくても私が直接確認しないと駄目な案件は多々ある。


 なので総合的に見れば、視察も立派な仕事なのだった。


 なお、村長さんは今現在は多忙らしい。

 別に付き添いは必要ないし、私だけのほうが気楽で良い。


 社務所から出た私は、長山村の木工職人に作ってもらった犬ぞりと、狼たちを繋いでいく。


 なお、これは自分は見た目通り小さな体なので、歩幅も小さい。どうしてもチョコチョコ歩きになってしまう。

 狐っ娘の身体能力ならば別に不便はないが、せっかく狼の群れを引き連れているのだ。


 だから木工職人に片手間で良いのでと、犬ぞりを注文した。

 参道では使えないし、舗装もされてない街道を走ると凄い揺れる。

 しかし狐っ娘の身体能力ならば振り落とされることはないので、常に全力で駆け抜けることができて、気分は映画やドラマで見た雪国であった。


「鍛冶職人の工房にお願い」

「ワオン!」


 狼たちは賢いので、私が犬ぞりに乗って声をかけると一斉に走り出した。

 麓の村を犬ぞりに乗り、いつものパトロールというか散歩コースを移動する。


 縄張りに異常はないかや何か面白いことはないかなと、興味津々といった表情で周囲を見回すのであった。




 ちなみに犬ぞりの他にも、村の鍛冶職人に特注のフライパンもお願いしておいた。

 完成したと報告を受けたので、今からそれを回収しに行く。


 だが鉄は貴重で、使える量が限られている。

 これまで見たことがない円形のフライパンは、凄く難しかったらしい。

 結果として四角くて、少しでこぼこしている卵焼き器が出来上がった。


 養鶏で生みたて卵を焼くつもりだったので、用途としては何も間違っていない。


 それに稲荷神様のためにと最優先で作ってくれて、しかも無料である。何とも気前が良い。

 ここまでしてくれて文句を言うことはできないが、制作中に色々と細かい注文をつけてしまったので、なんとも申し訳ない。


 とにかく私は鍛冶職人さんの工房に行き、注文の品を受け取って心からのお礼を言う。

 そして犬ぞりに卵焼き器を積んだ後、すぐに自分も乗り込む。


 ワクワクしながら綱を引き、次の目的地へと向かう。


(養蜂の巣箱は試行錯誤中だから、実際に蜂蜜が採れるのは来年以降のはず。

 ならやっぱり、次に行くのは養鶏でしょ!)


 ちなみに養蜂の箱の打ち合わせに行った時、村の人たちがヘボという地中に巣を作る蜂だと勘違いしていたことを知った。

 慌てて養殖するのはミツバチだと訂正したが、ヘボは付き合いが長く研究が進んでいるようなので、結果的に両方飼育することになった。


 それはそれとして鶏はと言うと、大合唱の鳴き声の騒音被害が酷い。

 ゆえに村外れの山沿いに飼育小屋が建てられて、狼たちの縄張りで獣害から守っていた。




 道中で村人とすれ違うたびに、笑顔で挨拶を行う。

 そして村外れの飼育小屋に近づくにつれて、少しずつ人が減っていく。


 やがて山沿いの養鶏場に到着し、私は犬ぞりを停めて地面に降りる。


 なお、鳥を飼うための施設と言っても、未来のように金網で囲んでいるわけではない。

 可哀想だが飛行能力を奪い、高い木の柵で周囲を覆うことで鶏を外に出られなくしてあるのだ。


 あとは雨避けの小屋と物置があるだけの簡素のものだが、これが養鶏の最初の一歩である。

 いつかは未来の日本式のように、鶏の数を増やしてたくさん卵を生むようになれば良いなと考えている。


(羽を切ってるから飛べないけど。

 家畜の殺生は禁忌だって言うから、全部私がやるハメになるとは思わなかったよ)


 正直に言って、自分も動物を傷つけるのは気が重かった。


 しかし、養鶏は私が提案したことだ。

 それなのに命を背負う責任を持たないのは、稲荷神(偽)として如何なものか。 


 結果、戦国時代にはまだ概念がなかった熱湯消毒した小刀を使い、鶏の軸になる翼を緊張しながら切り落とした。

 大イノシシを撲殺していなければ、吐き気がこみ上げていただろう。

 幸い、躊躇うだけで済んだ。


(生きるか死ぬかの過酷な環境で自由に生きるか。それとも籠の中の鳥で三食昼寝付き。

 私なら迷うことなく後者かな)


 何なら、一生引き篭り生活をすることになっても良い。

 死が身近な戦国時代でビクビクしながら神様のフリを続けるよりは、籠の中の鳥でものんびり平穏に暮らせるならバッチコイだ。


 だがまあ、鶏たちがどう思っているかはわからない。

 自らの手で傷つけてしまった以上は、せめて天寿を全うするまでは何不自由のない暮らしを提供しようと思ったのだった。




 私が小屋の入り口で鶏の運命を考えていると、長山村を巡回している狼たちがこっちに歩いてきた。

 その後ろには、若い女性と子供たちが仲良さそうに手を繋いで、楽しそうに何やら話している。


 そして彼女たちが私に気づき、慌てた様子で頭を下げた。


「稲荷神様!? こんな場所にわざわざお越し下さり! 恐悦至極でございます!」

「ええと、お気になさらず。貴方たちこそ鶏の飼育は大変でしょう」


 この人たちは戦で家族を失ったと聞いた。

 長山村では後家さんや孤児と呼ばれ、正直に言うと扱いに困っている。

 成人した男手と比べると非力だし、互いに支え合う家族も失っているのだ。

 戦国時代の農村では、ずっと肩身が狭い思いをしていた。


「私たちにこのような仕事を与えてくださるだけでなく、お褒めの言葉まで! 嬉しく存じます!」

「「「ありがとうございます!!!」」」


 だからなのか、今の自分たちがあるのは稲荷神様のおかげだと、事あるごとに感謝される。


 しかし私としては、余っていた労働力を有効活用しただけだ。さらに、まだ成果も出ていない。

 村の人たちも、これで山に捨てたり人買いに売らなくて済むと、とても喜んでいた。


 けれど計画を立てた私でさえ、今の状況では成功間違いなしとは言い切れない。


 だが麓の村々では、これまで積み重ねてきた実績がある。

 さらには神様だと信じてくれているので、私の判断に間違いはないと思っているのだろう。

 狐っ娘として平穏に暮らすためとはいえ、我ながら色んな意味でやらかしまくっている。




 まあそれはともかくとして、今は自分の目的を果たすのを優先する。

 私はわざとらしく咳払いをし、多少強引にでも話題を変えた。


「ところで、鶏は卵を生みましたか?」

「もっ、申し訳ありません! 昨晩様子を見たときには、まだ!」


 品種改良がまだあまり進んでいない鶏だ。私もそう簡単に卵を生むとは思っていない。

 それに別の場所に引っ越したばかりでは、環境の違って戸惑っている可能性もあった。


 だから後家さんの返答はある意味当然と言え、申し訳なさそうな顔をされると、こっちが悪い気がしてくる。


「謝らないでください。私にとっては想定の範囲内です」


 長山村にはひよこ鑑定士は居ないようで、オスとメスの明確な違いがわからない。

 なのでひょっとしたら、十羽全てがオスという可能性もある。


(本多さんの上司の、松平さんって人が送ってくれた鶏だけど。

 まずは手に入れることが最優先だったから、手当り次第なんだよね。

 オスメスの具体的な数は明記されてなかったからなぁ)


 少し前に十羽の鶏と一緒に、ミミズののたくったような書状が送られてきた。

 古文と漢文の成績は人並みの私はそれを、時間を掛けて何とか読み解く。


 養鶏の成果と卵料理を楽しみにしているという内容なのは、辛うじてわかった。

 だが残念ながら吉報を届けられるのは、まだ先のようだ。


 ちなみに本多さんはともかく、松平さんとは面識はない。

 温泉を覗いたお侍さんの上司だとしか知らないが、別にお近づきになりたいとは思わないし、今後も手紙だけのやり取りで十分なのだった。




 けどまあ、それは今は関係ないので一旦置いておいて、話を元に戻す。


 私が戦国時代に転生してから、卵料理を食べられていない。

 前世なら毎日一個どころか、数個食べることも珍しくないのに、これは由々しき事態である。


 具体的にはいい加減に卵が恋しくなり、毎日の視察ルートに鶏小屋を入れているぐらいだ。


(昨晩はまだでも、今朝になって生んでいるかも知れないし、念の為に見てみよう)


 卵料理を食べることを諦めきれない私は、飼育小屋の引き戸を開けて中に入る。

 鶏が外に逃げ出さないよう、倉庫を通らないと雨避けの飼育小屋には入れない構造だ。


 私に続くように、鶏の管理を任されている村人たちが全員入った。

 それを確認して、入り口の扉をしっかり閉める。


 少し進んで雨避けの小屋に通じる引き戸を横にずらすと、木の柵で囲まれた敷地内に移動する。

 自由気ままに散策している鶏たちの姿が視界に入った。


「数は、七、八、九……一羽足りませんね」

「稲荷神様! 雨除け小屋の隅にうずくまってるよ!」


 飼育係である子供が見つけたようで、そちらに視線を向ける。

 一羽の鶏が雨除け小屋の隅にしゃがみ込んで動かず、何かを守っているのがわかった。


 全くの無反応なので、もしかしたら怪我や病気の可能性もある。

 しかし、見た感じは何処にも異常はないようだ。


「ちょっと失礼」


 うずくまっている鶏の元へと向かい、淡い期待を浮かべながら手で掴む。

 ひょいっと持ち上げると、お腹の下に卵が一つだけ隠されていた。


 土で汚れているし品種改良が進んでいない。

 現代と比べれば少し小ぶりだ。


(人類にとっては小さな一歩かも知れないけど、私にとっては大きな一歩だよ!)


 これで卵料理が食べられるという喜びに、心の中で小躍りする。

 この後、数を増やすためにオスメスを分けて飼育するなどやることが山積みだが、今は置いておく。


 だが浮かれるせいで、小さな両手に抱えられている鶏が、早く自由にしろと、こけーこけー鳴きながら暴れている。


 しばらくの間は感動のあまり、全く気づかなかったのだった。

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― 新着の感想 ―
本多さんが物凄い剣幕で説得したんだろうなあ
たぶん、鶏さんは「用が終わったんなら離せ!」と言ってるのでは?
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