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島原奉行

 大勢の民が静かに見物する中で、歴史的に非常に珍しい事件を扱う島原奉行の裁きがいよいよ始まる。


 判決を下す役人は武士の旗本であり、世間的には殿様にもなれる程の人物だ。

 彼は舞台の袖から登場して、座敷の中央に敷かれていた座布団の上に腰を下ろす。


 そして下座のゴザに座らせて待たせていた商船団の重要人物、つまりは犯罪に加担したと思われる者たちと対面する。


 島原奉行は傍に控えていた役人から書状を渡され、それを開いて目を通して、ここ数日で調べ上げた罪状を順番に読み上げていく。


 正体を隠したうえで障子戸の僅かな隙間から眺めている私としては、まるでぶっつけ本番の時代劇を見ているように感じる。


「──以上が、そなたらが犯した罪である! 相違ないか!」


 事情聴取や情報収集をしたかいもあった。

 日本の最高統治者を殺害しようとした件以外にも、叩けば埃が出るように、様々な犯罪履歴が事細かに記載されている。


 これにはぐうの音も出ないだろうと思っていると、商人が異議ありと大声を上げた。


「いいえ! お奉行様! それは全て濡れ衣でございます!」


 奥座敷から眺めている私は、唖然としてしまう。

 だが冷静に考えれば、面の皮が厚い商人がこの程度で諦めるわけがない。

 認めたらお先真っ暗だし、そりゃ無罪を勝ち取るために動くよねと、内心で溜息を吐いた。


「しかし、そなたらの商船団は、奴隷の密売に加担していたではないか!」


 そのような事実が、取り調べで判明したのだ。

 なお加担どころか南蛮商人や堺の豪商、さらには一部の寺院と結託した蜜月の関係らしい。


 だが彼は、その事実を首を振って否定する。


「あれは何者かが我が商船団を陥れるはかりごと

 気づかぬうちに、積み荷に女子供を紛れ込ませたのでございます!

 詳しく調べていただければ! すぐに無罪だと証明されるはず!」


 こう言っているが、島原藩は念入りに取り調べた。状況証拠はバッチリ揃っている。

 だがこの期に及んでまだ諦めなければ、無罪を勝ち取れると疑っていない表情だ。


 そう考えると新しい証拠を捏造するか、無関係な者を犯人に仕立て上げる用意があるのかも知れない。

 私はあまり頭が良くないので、これ以上はわからなかった。


 けれど、その発言を聞いても、島原奉行は罪状を撤回する気は一切ないようだ。

 冷めた目で彼らを見下ろしながら、無慈悲に次の項目に移る。


「では、日本の最高統治者! 神皇であらせられる稲荷様の殺害未遂!

 これに対して、申し開きはあるか!」


 本来ならば公平な裁きを行う奉行が、若干声を荒らげて商人たちを威圧する。

 私の立場が相当アレなので、たとえ無傷でピンピンしていようと、国家反逆罪として即刻打首や磔にされてもおかしくない。


 だが商人はこれにも躊躇うことなく、大声をあげて反論する。


「それこそ誤解であります! 我々は稲荷様をお救いしようとしたのでございます!」


 奥座敷に隠れている私は、何のこっちゃと思わず首を傾げる。

 島原奉行や記録係を勤めている役人たちも同じだったらしく、話の展開についていけない。

 そのおかげで、一時的だが怒りが鎮火する。


「話が見えんな。理由を説明せよ」


 島原奉行が続きを促すと、商人は待ってましたとばかりに喋り始めた。


 その内容を簡単にまとめると、船員の一部に賊が混じっていた。


 彼は突如乱心して私に斬りかかってきた、近づくと危険なため、やむを得ず護身用として持っていた火縄銃を一斉に発射して、撃ち殺した。

 だが不幸なことに、狙いをそれた何発かが最高統治者を掠めてしまう。


 そして他の船団にも紛れ込んでおり、大砲を使って確実に仕留めようとした。

 海上自衛隊が到着する前に、何とか鎮圧することができたが、結局犯人たちは証拠を残すことを恐れてか、自ら海の藻屑となる。


 その際に、弾丸を掠めたり大砲で命を狙われた私は大いに取り乱してしまう。

 つまり恐怖や混乱のあまり、間違った証言を口にしたというわけだ。




 障子戸の向こうで聞いていた私は、堂々と言い切った商人の面の皮の厚さに呆れて、物が言えなくなってしまう。


「稲荷様を殺害しようとした罪を、我々に着せようとしたのでございます!

 幸い犯人の心当たりがありますので、改めて調べていただければ──」


 ようは死人に口なしで、どうとでも証言できるし証拠も捏造する気なのだろう。


 ちなみにそれとは関係ないが、私が江戸に帰る日はあらかじめ告知されていた。

 行きに乗ってきた船は既に帰還したし、色んな噂が飛び交って面倒なので居ないものとして扱ってもらっている。


 一部の者しか知らないが、ずっと島原城に泊まり込んで書類仕事をしていた。

 ついでに今も町娘に変装し、お忍び中だ。


 当然商人たちは、この場に居ることに気づいてない。


 これ幸いと、さっきから言いたい放題である。

 時間を稼いで弱みと裏金であることないことでっち上げれば、無罪を勝ち取れると考えているのだろう。

 だが、そうは問屋がおろさない。




 いい加減我慢の限界だった私は、座布団からすっくと立ち上がる。


 そして側仕えに、裏から奥座敷の障子戸を開けさせた。

 突然の登場に、大勢の見物人が何事かとざわめく中で、舞台の中央を目指して真っ直ぐに歩いて行く。


 裁きの途中だろうと、全く気にもしない。

 躊躇うことなくお奉行さんの前へと躍り出て、一歩踏み出してやや前かがみな姿勢で大声で叫ぶ。


「相変わらず、良く回る舌ですね!」

「なっ、何者ですか!」


 まるで気づかないことを指摘された私は、お忍びのために藁傘をかぶったままだったことを思い出した。

 なので紐を緩めて外し、乱雑に放り投げる。


 これで特徴的な狐耳が見えるので、村娘を装っていても、悪徳商人はもう言い逃れはできない。

 ついでに少々逆立っているからか、毛並みがモフっとしている尻尾も和服の隙間から外に出す。


「私の顔を、見忘れましたか!」

「げえっ! あっ! 貴女様は!?」


 商人どころか、ゴザに座っている他の容疑者たちも、揃って青い顔をして体を震わせている。

 そのことが、はっきりとわかった。


「なっ、何故ここに! 江戸にお帰りになられたのでは!?」


 黙って罪を認めるならまだしも、他人になすりつけようとする腐った性根に、私は怒っていた。

 なのでいちいち説明する気にもならず、どう返してやろうかと考える。


 するといつの間にか両隣に立っていた近衛と側仕えがずいっと前に出て、自分の代わりに大声を威圧する。


「控え控えーい! この狐耳と尻尾が目に入らぬか!」

「この方をどなたと心得る!」

「こちらにおわすは、朝廷より神皇の位を譲られた稲荷様であらせられるぞ!」

「一同頭が高い! 控えおろう!」


 別に打ち合わせをしたわけではないが、二人の護衛と側仕えは息ピッタリであった。

 気のせいか声に怒気が乗っているので、先程からの私に対して言いたい放題が、余程腹に据えかねたようだ。


 ゴザに座った罪人たちは皆、震えながら青くなった頭を地面に擦りつける。見事な土下座を披露していた。


「「「はっ! ははーっ!」」」


 しかし勢いで飛び出したのは良いものの、私は基本的に行き当たりばったりでで行動している。

 なのでほぼノープランであり、この後どうしようかと思い悩む。

 あとはお奉行様にお任せしますでは、何となく格好がつかないので、取りあえずは流れに乗っておくことにする。


「奴隷販売に加担するだけでなく! 偽りの証言で悪事を揉み消す!

 さらには無関係な者に濡れ衣着せるなど、言語道断!

 その罪、万死に値する! 潔く腹を切りなさい!」

「そっ、そんな! どうかお慈悲を!」


 商人は往生際が悪く、まだ何か喋ろうとする。

 はっきり言って思いつきの見切り発車なので、下手に追求されるとボロが出るのは確実だ。

 反論の余地を許さずに、罪人はさっさと留置所送りにしたほうが、安心であった。


 だがこれで片付くと思っていたが、相変わらず往生際が悪いようだ。


「くうっ! もはやこれまでか!

 稲荷様が、このような場おられるはずがない! 偽者だ! 即刻斬り捨てい!」


 商人が叫ぶと同時に、いつの間に見物人に紛れ込ませていたようだ。

 用心棒らしき侍たちが一斉に刀を抜いて、勢い良く襲いかかってくる。


「助さん格さん! 懲らしめてやりなさい!」

「承知!」

「お任せを!」


 ちなみにお忍び中の偽名として、護衛二人は助さん格さんで側仕えはお銀と呼んでいる。

 複数人で諸国漫遊する時代劇を参考にしたのは言うまでもなく、たちまち島原奉行所は阿鼻叫喚の地獄絵図になった。


 私は無関係の人が巻き込まれないように気をつけて、護身用に預かった刀を引き抜いてチャンバラをする。

 幸いなのは狙いは自分なので、民間人の被害はほぼゼロということだ。


 そして最高統治者がお忍びでも滞在している以上、警戒はどうしても厳重になる。

 私が一般人の保護を最優先にしたので大多数は参戦できずに少数精鋭でやり合うことになったが、それでも十分過ぎるほどの過剰戦力であった。


 みるみるうちに敵が減っていき、やがて商人たちは縄を切って逃げ出す暇もなく、再び捕縛される。


「引っ立てなさい!」

「「「ははーっ!」」」


 私は刀を鞘に収めながら叫ぶと、島原奉行の用意した護衛たちが、顔面蒼白で怪我だらけの犯人グループを縛りあげ、続いて乱暴に連行していく。


 いつも通りの勢い任せで本来予定していたチャートとは大違いだが、辛うじて軟着陸させられたはずだ。


「これにて、一件落着!」


 そして終わりよければ全てよしの精神で、多少強引でも終了宣言を行う。

 一応区切りをつけたから、障子戸の向こうへと近衛と側仕えと一緒に退避する。


 盛大にやらかすのは、もはやお家芸で珍しくない。

 今回は見物人が大勢居るし、心構えをしていなかった。


 事が片付いて冷静になると盛大にやらかし過ぎて、物凄く恥ずかしくなったのだった。




 その後、少々体裁が悪いが切腹を取り消して、彼らからはまだ聞き出すべき情報が残っている。

 より厳しく取り調べを行わせた。


 結果、全ての罪状に相違ありませんと素直に認めることになった。


 日本の最高統治者は、その気になれば白も黒に染められる。

 私が犯罪者にかける慈悲などないと言い切った以上、もはやこれまでと諦めたのだろう。


 なおその時の情報で、宣教師を通じて日本人奴隷を海外に売りさばいていたことが発覚した。

 天草四郎の商家も犯罪に加担しており、神の子は嘘で体の良い隠れ蓑だったのだ。


 島原藩への敵対を煽り、宣教師との結び付きを強める。

 さらには奴隷を効率的に手に入れるための、ただの駒だった。


 盲目の少女の治療や水の上を歩くなど、信心深い者たちを騙すための巧妙な策。と言ったように、知りたくもなかった事実が、芋づる式に明らかになってしまう。


 なお実際に天草四郎と面会する機会があったが、彼はちょっと賢い男の子で、それ以上でもそれ以下でもなかった。


 両親や親族がやらかしていただけで、自ら進んで犯罪行為をしていたわけではない。

 向こうが稲荷神様(偽)を目の前にして興奮状態だったので、私は引き気味になりつつも、噂は噂に過ぎなかったと結論を出したのだった。




 ちなみに今回の件は、宣教師が信仰を隠れ蓑にして悪事に手を染めていた。

 過去にフロイスさんと交わした約束通り、締めつけを厳しくすることになる。


 しかし既に信仰しているキリシタンは例外で、手を出さない。宣教師のみを日本から締め出した。

 文通相手であるローマ法王の顔を立てるのと、私は傷一つなかったのだ。

 あとは真面目な信者も居ることを考慮した、精一杯の譲歩であった。




 だが今後は他国の貿易商と同じように、出島から出るには許可証が必須となる。

 過ちを繰り返さないために、厳重な監視もつく。


 今までも警戒はしていたが、まさか島原藩で協力者を作るだけでなく、堺の豪商や他宗教である仏教徒までもが、不正に手を染めていたとは思わなかった。


 あまりにも規模が大きい話なため、これ以上はもはや私の理解が及ぶ範疇ではない。

 そもそも背後関係にはさほど興味がないため、その辺りは本職に任せる。


 いい加減に、我が家に帰ってゆっくりしたかった。




 とにかく、島原藩の問題はこれにて一件落着したことは確かだ。

 これからは芋づる式に犯罪者を検挙したり、売られた奴隷を買い戻さなければいけないが、そっちは追々である。


 それは幕府や各藩の役人の仕事だし、私ができるのは日本人奴隷を取り戻すために、ローマ法王に一筆書くぐらいだ。

 彼の胃がまたヒギイするだろうが、南蛮側も悪事に一枚噛んでいる。

 この際、使える伝手は有効活用するべきだろう。




 なお今回の奉行所の裁きを見ていた見物人か、それとも藩主が広めたのかは不明だ。

 それでも私が、キリスト教を隠れ蓑としていた悪徳商人を懲らしめたと、そんな噂で持ちきりになる。


 結果、今まで宣教師が築いてきた足場が見事に瓦解して、代わりに狐っ娘がワッショイワッショイと持ち上げられることになった。


 キリスト教から稲荷教に改宗する者が、大勢現れたのだ。


 それはもう上を下への大騒ぎであり、まるで民族大移動のように次々と狐色に染まっていった。

 なので今回の事件のことを、後世では島原の乱と呼ばれることになるのだった。




 それから少しだけ時は流れて、幕府の役人が数名派遣されてくる。

 私は入れ替わるように、江戸に帰ることになった。


 できれば執行猶予期間のうちに領地を立て直せれば良いなと思いながら、海上自衛隊が用意してくれた最新の蒸気船に乗り込む。


 一息ついたあとに甲板に立って、遠ざかる島原城をぼんやりと眺めた。潮風で金色の髪が揺らめく。


 とにかく神の子が偽者だと判明したので、代わりが見つかるまでは自分が国の舵取りをするしかない。

 面倒が起きなければ重い腰をあげなくていいが、多分無理だろうなと内心で大きな溜息を吐くのだった。

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