大砲
甲板で武器を持って襲ってきた者たちは、全員無力化した。
次は船内の捜索に切り替えて、取りあえず一息入れたいところだ。
しかしそんな暇はなく、他の武装船の大砲がこちらを向いていることに気づく。
どうやら一番大きな船がやられたことで、次は自分たちの番だと理解したらしい。
つまり彼らは今ここで私を仕留めて、全てを海の藻屑とすることに決めたのだ。
奴隷取り引きを行い、日本の最高統治者に銃口を向け、さらには悪魔呼ばわりした。
実際に殺す気満々だったし、多数の犯罪に加担した者たちである。
もはや言い逃れができないほど、真っ黒なのは間違いない。
彼らの心境的には進退窮まっている。
なので私を亡き者にしたあとは日本にはいられないので、国外に逃亡するつもりなのだろう。
だが確かに相手が普通の人間なら、それも可能だ。
しかし私は中身はへっぽこだが、稲荷神を自称している。
基本的に脳筋ゴリ押ししかできなくても、それっぽい力を持っていた。
「まさか、大人しくやられるとでも?」
周囲の船団から次々と発射される大砲の弾だが、こちらも狐火を連続で撃ち出す。
気弾のグミ撃ちのように無差別に見えるけど、ちゃんと的確に当てていく。
「だだだだっ!!!」
銃弾を指で摘むことが可能な私にとっては、砲弾を迎撃するぐらい余裕だ。
全てが空中で金属もろとも燃え尽きるか、火薬が詰まっていたモノは盛大に爆発する。
衝撃で船が少し揺れたが、それだけであった。
「何とかなって良かったです」
もし船に着弾したら、甲板や壁に大穴を開けていたかも知れない。
今回は純粋に火力特化の攻撃を放ったのだが、空中の砲弾に百発百中なら被害は気にしなくて良い。
やれやれと一息ついた後は、次はこちらの番だと、周囲の商船に向けて狐火を構える。
だが犯罪者とはいえ、知らずに悪事に加担していた乗組員も居るかも知れない。
それ以前に木造船なので、燃え移るのは確実だ。
(燃やさないこともできるけど、その場合は加減が難しくなるしなあ)
もし船が燃えたら、死傷者が大勢出ることが予想される。
私としては殺して終わりではなく、法廷で会おうで済ませたい。
何よりまだ、情報を聞き出せていないのだ。事件は迷宮入りになって、被害者に謝罪もせずに死んで楽になるのは許せなかった
「困りましたね」
なるべく殺さずに、無力化できないこともない。
だが周囲の武装商船の大砲は依然としてこちらを向いているし、この船を守りながら戦うのは、かなり大変そうだ。
だからと言って、悠長に考えている時間もない。
下手をすれば自分を無視して転進し、行方をくらますかも知れない。
何しろ私は囚われの奴隷を助けるために乗り込んだので、私はこの船を離れられないのだ。
追い詰められているのは、こちらも同じである。
どうしたものかと悩んでいると、島原藩に拠点を置く海上自衛隊の船団が、急速接近していることに気づいた。
やがて向こうも確認したらしく、ここで私を仕留めるか自衛隊を迎え撃つか。
それとも尻尾を巻いて逃げるかで意見が割れたのか、甲板上で言い争いが起きて大混乱している。
本来ならこの場で命令を下せる立場の者は、顔面に青あざを作って完全に気を失っていた。
どうにも収拾がつかない有り様だ。
結局その後、海上自衛隊の鉄で出来た武装船舶が警告を発した。
さらに超遠距離から砲塔を商船団に向けて発砲し、周囲に水しぶきをあげて威圧する。
しばらくすると白旗が上がり船足が止まったので、悠々と接舷した。
こうして奴隷商人たちは、一斉検挙されたのだった。
その後の私はと言うと、本来ならば島原藩に留まるのは一日かもしくは二日の予定だ。
しかし、まだ神の子の正体が掴めていない。
ついでに大事件が起きて一日潰れる。
その後の事情聴取に、二日も使ってしまった。
なので、無理を言って延長をお願いしたが、立場的に江戸幕府に何の連絡もなしで、勝手に旅行を伸ばすのは不味い。
乗ってきた船に伝言役を乗せて、一部の人だけ先に帰すことになった。
ようやく一段落した私は、これで次の日は天草四郎を訪ねられると考える。
だが、そうは問屋が卸さない。
彼の実家が奴隷の販売先である、南蛮商人と繋がりがあることが発覚した。
容疑者リストに含まれていたので、そう簡単には接触することはできない。
それに島原城の者たちが、ぜひとも稲荷様のお知恵をお借りしたいと、再度の土下座を行ったのだ。
結果、どうにも困っている人を見捨てられない私は、天草四郎の実家の取り調べが一段落するまでは、泊まり込みで臨時職員をやるハメになってしまう。
さらには領内の噂で、キリシタンや南蛮商人が日本の最高統治者に危害を加えた。
そんな100パーセントの事実が広まり、大混乱になっていた。
もしそこに当人が飛び込んだら火に油だ。
余計、混沌とするのは目に見えている。
なので久しぶりに事務室に泊まり込み、飯風呂寝る以外は、書類仕事に励んだ。
しかし、自分は別に知恵者ではない。
遠方の江戸幕府と、船便でこまめに連絡を取りながら、本当に賢い人に案を出してもらう。
取りあえずしばらく島原藩に滞在して、領地経営の立て直しを図ったのだった。
日本の最高統治者が武装商船団に単身乗り込み、大暴れしてから十日が経過した。
領内もようやく落ち着いてきた……とはいかずに、何故か過去最高の盛り上がりを見せていた。
理由は、本日の午前十時、日本の最高統治者で稲荷神様に危害を加えた悪徳商人に対して、厳正な裁きが行われるからだ。
一体何処から情報が漏れたのかは不明である。
しかし、そんな歴史的にも非常に珍しい裁きをひと目見ようと、島原奉行所には大勢の人が押しかけていた。
普段はお裁きの最中は部外者は立入禁止にしているが、島原藩とキリシタンは犬猿の仲だ。
それゆえ、下手に規制して暴動が起きたら収拾がつかなくなる。
裁きの妨害をしたら即刻退去することという特例を出し、見学を許可した。
ちなみに私も、島原奉行がどのような判決を下すのか、とても気になっていた。
なので火に油を注ぐのを避けるため、お忍びで裏口からこっそり入らせてもらっている。
今は島原奉行所の奥座敷に、分厚い座布団を敷いて腰かけていた。
障子戸により、表から見えない安心設計だ。
お忍び用として村娘の服を着た側仕えが、熱い緑茶と饅頭を用意してくれた。
それをいただきながら、のんびりと裁きの開始を待つ。
奉行所の役人たちには、自分が出張って騒ぎになったら困るので、黒子のように居ない者として扱うようにと、厳命している。
今日はただの見物人として、大人しく座ってのんびり眺めていた。
ちなみにここは、私が時代劇を参考にして提案した奉行所だ。
大変画期的なシステムだと驚かれて、瞬く間に各藩に導入される運びとなった。
そんないつものやらかしはさて置き、いよいよ歴史的に非常に珍しい裁きが、島原奉行所で開かれるのだった。




