後家殺し
何度も失敗したが試行錯誤を重ねた千歯扱きが、無事に完成した。
しかし残念ながら数が足りず、初期に行き届いたのは長山村だけだ。
なお実際に使用した村人は、何処かのニュータイプのような台詞を口にした。
「この千歯扱きは凄い! 手作業の五倍以上の効率がある!」
大体そんな意味に翻訳できたので、見ている私としてはまさにそんな感じで大層驚いていた。
ついでに何やら皆が勝ち誇った顔をして、大笑いしながら脱穀している。
その様子に私は、ほんのちょっと引いた。
なお、他の村々では、収穫作業が終盤になってから実用化が開始された。
活躍の機会は殆どなかったが、少しは触れられたし概ね好評だったのでヨシとしておく。
何より来年の脱穀作業は、今年よりも遥かに楽になるのは確実である。皆の表情は明るかった。
他には、山の稲荷神社にまでお参りに来る人が日々増加傾向である。
「稲荷神様ありがとうございます!」
「おかげで皆が救われました! これは、うちの村のお米でございます!
どうぞお納めください!」
状況報告をしたり、お祈りした後にお供え物を置いていく人もいる。
そしてお山の社や社務所は修繕はしたが、割とボロくて雨漏りや倒壊は防げる程度だ。
収穫作業の終りが見えてくると、周囲の村々から手の空いた大工さんたちが集まり、少しずつだが神社の改修工事を行うようになる。
何だか申し訳ない気持ちになるが、喜んで作業してくれる人たちのやる気を削ぐのも違う気がしたので、感謝の言葉をかけたりお茶や食事を出すなど少しでもお礼をさせてもらった。
そんな亀の歩みではあるが快適で平穏な暮らしに近づいているが、全てが上手くいったわけではない。
例えば千歯扱きは歯の間隔が合わずに脱穀しようにも、素通りして種籾が落とせなかったり、稲穂自体が狭くて通らなかったりと、苦労話も多々あった。
また、等間隔に揃えようにも職人によって差があるようだ。
完成したので早速周辺の村々に広めて量産体制を整えようと考えても、そこで思いっきり躓いた。
なので私が新しく物差しを作り、直感でミリ、センチ、メートル、キロの単位と長さを設定した。
戦国時代には寸、尺、間、段などの単位が色々あるらしい。
だが職人ごとに規格が微妙にズレているだけでなく、私が計算ミスを連発してしまうのだ。
けれど自分の設定した単位の基準は、全部当てずっぽうである。
色々な記憶を掘り起こしつつ、大体こんな感じでと設定させてもらった。
それでも十、百、千で呼び名が変わるので、計算自体は凄くやりやすい。
おかげでミスもかなり減ったし、現場の職人たちとの意思疎通も容易になった。
些細な失敗でも、それがそのまま自らの死に直結する可能性もあるのだ。
歴史の改変を気にするよりも、取りあえず急場を凌ぐほうが先決である。修正力という謎パワーがあると仮定して、私が天寿を全うしたあとに元通りに戻ってくれることを期待したい。
とにかく各単位を新たに設定し直して規格統一したことにより、その後の千歯扱きの作成は順調に進んだ。
木工どころかあらゆる工作は単位が重要で、微細なズレも許されない。
特に私の広める道具は、構造は単純でも精密性が高いのだ。
初動で各村々で失敗作を製造し、機能不全に陥ったのがその証拠である。
なので今だけで良いので、各単位を統一しなければいけない。あとは野となれ山となれという投げやりだが、歴史を気にして私が生きられるかだ。
まあその歴史に関しても全然詳しくなくて毎回赤点だったのだけど、それは一旦置いておく。
とにかく収穫作業は千歯扱きのおかげで、これまでのやり方よりも効率が格段に良くなった。
さらに収穫が終わる頃には、稲荷製の物差しや各単位の計測機器により、随時修正が完了していく。
何だか色々やらかしている気もするが、脱穀の時間を大幅に削ることができたし概ね好評なので、終わり良ければ全て良しである。
その他に、耕作で深く効率よく土を起こす備中鍬は、肝心の鉄が貴重なのでたった数本しか作られなかった。
人力で風を起こしてお米を選別する唐箕は、予想よりも構造が複雑で製作に時間がかかることが判明した。
満足できる結果が出るのは、当分先かも知れない。
傾斜を転がして米ぬかをふるい落とす千石通しは、網の目が細かいため精密な作業が必要だ。
秋が終わる間際に、一台が完成しただけである。
つまりは本年度の収穫作業に間に合ったのは、千歯扱きだけだった。
それでも周辺地域の住人は大変喜んでいたので、私は現場で指差し確認する猫のような姿勢になる。
「色々やらかしたけど乗り切れそうだし、ヨシッ!」
周囲には私と狼たちしか居ない夜間の社務所で、大きな声で喜ぶのだった。
しかし、良いことばかりではなかった。
私の住まいであるオンボロ社務所に、明らかに暗い顔をした村長さんが、重い溜息を吐きながらやって来たのだ。
大部屋が一つしかないので、畳の床にあげる。
数日前に麓の村々が、イグサの畳を提供してくれたのだ。前世の実家もそうだったので懐かしい気分になるし、個人的にとても落ち着く。
とにかく村長さんに白湯を入れて、どうぞと差し出す。
「ありがとうございます。稲荷神様」
そう笑顔でお礼を言って会釈し、白湯を飲んで一拍置いた。
私も口をつけてのんびりしていると、彼から今現在発生している問題について教えてくれた。
「一向宗からの抗議活動ですか?」
「はい。麓の村の住職が言うには、稲荷神が開発した千歯扱きは、後家から仕事を奪って路頭に迷わせる鬼畜の所業である! と、言っておられました」
私は、ふむ……と口元に手を当てて考える。
ちょっとピンとこなかったので、村長さんにもう少し詳しく教えてもらう。
すると、戦によって夫を失った未亡人を後家さんと呼び、彼女たちが地域に貢献するための重要な仕事が脱穀なのだと、そう教えてくれた。
田畑を耕そうにも力が足りないので、後家さんはその他の雑用しか出来ない役に立たない存在らしい。
まあ色々説明してくれたが、実際には地域によって差がある。
けれど力仕事に向かなかったり家族がいない人は、総じて差別的な扱いを受けているらしい。
そんな彼女たちが村に貢献できるのが脱穀作業であり、私が広めた千歯扱きで活躍の機会を奪ったというのが、一向宗の主張のようだ。
実際には宗派の極一部の人が言ってるだけだろうけど、一向宗は国も無視できないぐらい大きな組織で権力も持っているので、現状村長さんは困っていた。
「つまり私は、後家さんたちの農村に貢献するための活動を奪ってしまったと?」
「けっ、決してそのようなことはありません!」
慌てて否定したが、確かにそう言われてみれば、お寺さんの言うことも一理あると思った。
自分もまさか、千歯扱きで脱穀の効率が数倍に跳ね上がるとは思わなかったのだ。
いつの時代も優れた技術で環境が激変し、職を追われる人が出てくる。
私がもっと賢かったら当然予想して対策を練っていたが、指摘されるまで全く気にもしていなかった。
「これに関しては私に非があるのは事実です。謝罪しましょう」
彼に謝ってもしょうがない気がするが、流れ的に頭を下げておくべきだと思った。
だがまあ後家さんの仕事を奪ったのは事実だが、悪いことをした気は毛頭ない。
「稲荷神様! お顔をお上げください!」
なので謝罪はしたというポーズだけで、すぐに頭を上げた。
稲荷神という絶対的な存在を演じるのであれば、人前で軽々しく頭を下げるべきではない。
つまりこの件の反省は、これでお終いである。
そして心の中で今後の方針について一言で表現し、グッと拳を握った。
(退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! 稲荷神に逃走はないのだ!)
今後も私は、平穏な暮らしを求め続ける。
やらかすのも一回や二回では済まないし、何度も同じことで失敗するだろう。
だがそれでも足りない頭で必死に考えても名案など出てこないし、愚直に突き進むことしかできない。
なお、妖怪認定されたり住処を追われたらさっさと逃げ出すが、それまでは一応真面目に職務に励むつもりだ。
自分の中で気持ちの整理がついたところで、再び村長さんに話しかける。
「謝罪は終わりましたので、次は後家さんの問題を解決しましょう」
「えっ?」
先程までの重い空気は何処へやら、私の態度が急変したのについていけないようだ。
村長さんが驚いているが、お構いなしに話を続ける。
「千歯扱きが後家さんの仕事を奪うなら、脱穀と同等か、それより重要な仕事を任せれば問題ありませんよね?」
「はっはい! 問題はありません! ですが、そっ……そんな簡単に!?」
さっきから驚いてばかりの村長さんだが、私は気にせず口元に手を当てて考える。
お寺さんからの抗議だが、後家さんには脱穀以外にも仕事は山ほどある。
だがそれでは、村々の貢献度は今ひとつのようだ。
私は常に成人男性と作業効率を比較されて、肩身の狭い思いをしていると予想した。
前世でも他人と比べられるのは良くあることだが、同じ土俵に立って勝負すれば勝者と敗者が生まれるのは当たり前だ。
なので私は、なるべく男女で差が開かず、女子供でも無理なく働ける仕事を、一生懸命考えるのだった。