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本多さんとの遭遇

 私が狐っ娘として転生してから、気づけば一ヶ月が過ぎていた。

 元女子高生だとバレないように神様のフリを続けているので、ボロい社務所に引き籠もっているときぐらいしか気が休まらない。


 だが良いこともあった。

 狼の縄張りが麓の村にまで広がったことで、野生動物による田畑の被害が殆どなくなったのだ。

 このこともあって、村の人たちはより一層お稲荷様を崇めるようになった。


 さらにいつの間にか群れの数が増えたようだ。

 私の周囲に居るのは主に初期メンバーの五匹なのだが、それでも時々入れ代わっていた。

 些細な違いから動物の見分けはつかなくても、何となくだがわかるのだ。

 多分、狼たちの夫婦や部下や友達とか、そんなワンコたちだろう。


 なので一ヶ月後の群れの規模が、実際にどれ程の大きさになっているのかは不明だ。

 けれど実害はなく、素直に言うことを聞いてくれるのなら問題はないだろう。


 麓の村々の人たちも感謝してくれているし、気にしないことにした。


 狼たちも猟師と協力して獲物を追い立てたり、獣害を防いだりと、仕事の見返りに食べ物を分けてもらっているので、協力関係が築けて何よりである。


 それに稲荷様の使いは賢いと評判だ。

 麓に下りても怖がられたり駆除されることなく、住人に可愛がられている。

 子供たちの遊び相手もしているようで、戦国時代のペットとして見れば、かなり良い関係だと感じた。




 そして私はと言うと、社務所から近いが参道から少し外れて斜面を下ったところに作られた露天風呂に、のんびりと浸かって日々の疲れを癒やしていた。


 時間延びした声を漏らしながら、濁り湯で顔を洗って大きく息を吐く。


「ああー、やっぱり温泉はいいよ」


 ちなみに温泉に関しては、犬の鼻は様々な匂いを嗅ぎ分けるとテレビでやっていたことを思い出したのだ。


 もしかしたら井戸だけでなく、温泉もいけるのではと考えた。


 なお、こちらは急を要する案件ではないので、縄張りのパトロール中に見つけたら報告してくれるだけで良いと、さり気なくお願いしておいた


 ある程度の意思疎通ができるとはいえ、地下水よりも温泉のほうが希少である。

 そう簡単には見つからずに一ヶ月ほどかかったが、ようやく掘り当てられたのだ。


 社務所から少し歩くけど、夜道でも狐火があるので問題はない。

 何より毎日の入浴は、元女子高生としては絶対に実現したかった。


 ちなみに私だけで独占はせずに一般開放しているが、山道は日が出ていても薄暗がりで足場が悪いので、熱心な参拝客ぐらいしか入りに来ない。


 そして日が落ちてからは、明け方まで殆ど貸し切り状態だ。

 だからなのか、いつの間にか夜間は私と狼たちが入浴するので、一般客は立入禁止が暗黙の了解になった。


 個人的には貸し切って申し訳なく思うが、前世でも風呂は一人でのんびりと入っていた。

 他の人と一緒だと気を使ってしまうのでゆっくりできず、今のほうがありがたい。

 なので麓の村々の人たちが何か言ってくるまでは、夜間は私と狼たちのお風呂タイムにさせてもらうのだった。




 そんなことを考えながら、私は星空を見ながらここ一ヶ月を振り返る。

 転生してから色々あったが、どうしてこんな事になったのかは未だに良くわかっていない。


 だが原因は何となく察しており、前世で自分が死んだからだろう。


「もしかして、小狐の恩返しかな?」


 家族や友人の顔や名前が思い出せなくなり、戦国時代に飛ばされたのはほとほと困った。

 だが今では狼たちが傍に居てくれるし、長山村の人たちも良くしてくれている。


 神様のフリをした持ちつ持たれつの関係とは言え、少なくとも村民のために働いていれば衣食住は確保できる。

 さらに温泉に入れるのならば、辛い現実も多少は和らぐ。


 これらは、自分が庇った小狐からの、せめてもの恩返しなのかも知れない。

 猛スピードで突っ込んでくる自動車に轢かれて、命が助かるとは思えなかった。


「死の間際に、私を助けてくれたのかな」


 だがあれこれ考えても答えは出ないし、結局私は平穏に暮らすために行動するだけだ。

 歴史の表舞台に立って、過去の偉人たちとバチバチにやり合う気は毛頭ない。


 どう考えても私のほうが蹴落とされるし、そもそも狐っ娘だ。

 人類と敵対した瞬間、居場所がなくなるので、やはり今のまま役に立つ神様っぽく振る舞って、地域住民との信頼関係を築くべきだろう。


「平穏な暮らしに足りない部分は多々あるけど、こうして存分に浸かれるようになって良かったよ」

「……わふー」


 この時代の家族であるワンコたちと一緒に、温泉をまったり楽しみながら、大きく息を吐く。


 山の中腹にある社からは少し歩くし、参道から外れた斜面の途中にある。

 新しく山道を作っているが、まだ幅が狭くて足場もあまりよろしくない。

 狐っ娘の身体能力ならばチョチョイのチョイだが、村人は途中でうっかり足を滑らせて転倒する可能性がある。


 なので今は参道と同時並行で木材で階段を作り、気軽に足を運べるようにと整えていた。

 冬は地面が凍ったり雪が積もるので、その分だけ転倒しやすくなる。


 現在は収穫作業で忙しいが、終わり次第、長山村だけでなく周辺の村々も巻き込んで本格的に工事が始まる予定らしい。

 いつの間にそんなに大規模な協力体制を構築したのかと驚いたが、手伝ってくれるのは良いことなので、村長兼神主さんにお任せさせてもらった。


「世はまさに、お稲荷様時代なり」


 ただし三河の極一部だけなので、温泉に浸かって良い気分なので言ってみただけである。


 とにかく水面に映る自分の顔をぼんやりと眺めると、茶の瞳に狐色の髪と耳。尻尾も先端の白以外は同色だった。

 アソコの毛はまだ生えていなかったので、この先どうなるかはわからないが、多分一緒の色だろう。


 女子高生をしていた頃の私の容姿は、今は全く思い出せない。

 なので考えても無駄と割り切り、少なくとも狐っ娘の目鼻立ちは整っているのは嬉しいと前向きに考えた。


 しかし代わりに胸も尻も身長も、現代人から見れば十歳ほどの幼女になっている。


「うーん、やっぱり小さい」


 小さくても、身体スペックがずば抜けているので不自由はない。

 普通の人間だったら歩幅の狭さと視点の低さで山中を歩くのも一苦労だし、それよりはマシだと思えば別に良いかと受け入れられる。


 とにかく一風呂浴びたのでそろそろ出ようかと、私はよっこいしょと立ち上がった。

 お気に入りの手拭いで体を軽く拭いて、石畳に足をかけようとしたところで、ピタリと動きを止める。


「そこに居るのは誰ですか?」


 狐耳の聴覚は伊達ではない。

 しかし温泉に浸かって気が緩みきっていて、外を見張らせていた狼に誰か来たよと伝えられても、どうせ野生動物だと気に留めなかったのは痛恨のミスである。


 まだ仕切り板も脱衣所もないので、外から丸見えだ。

 茂みに隠れる時間もないから、大切な部位を手拭いで隠す。


「出てこないのならば、こちらにも考えがあります」


 そう言って、呼吸を整えて再度手拭いで控えめな胸元を隠す。

 次に、右手から威嚇のための狐火を出した。


 すると前方の茂みが突然大きく揺れる。

 そこから勢い良く飛び出した男性が慌てふためきながら、手に持った長槍を地面に置いた。


 続いて転がるようにして頭を擦りつけたが、俗に言う土下座である。


「稲荷様! 申し訳ない! 拙者は覗くつもりは毛頭ござらぬ!

 武者修行の途中に村の噂を聞き、興味本位で立ち寄りました!

 山の中腹には貴女様の住む社があり、稲荷様の隠し湯と呼ばれる温泉まで湧いていると聞き! 居ても立っても居られず!」


 頭を下げながら、マシンガントークのように次から次へと言い訳を行う目の前の青年である。

 もしくは少年の可能性もあるが、稲荷様っぽく振る舞っていた私は、これからどうしたものかと思い悩む。


 しかし、いつまでも黙っているわけにもいかない。

 狐火を消して石畳の上に足を乗せると、近くの木の枝にかけていた紅白巫女服を取りに歩いて行く。


「決して覗かないでください」

「承知した! この本多忠勝! 男に二言はござらぬ!」


 本多さんが後ろを向いたことを確認する。

 彼の言い分を信じるなら偶然、私の入浴とかち合ってしまった。

 外から来た人っぽいので、暗黙の了解も知らなくても無理はない。


 私は少しはある胸が崩れないように、丁寧にさらしを巻いて、フンドシで大事な部分を隠す。

 下着は肌触り重視で着慣れた物が一番だが、足袋や下駄、巫女服にも大分慣れてきた。

 この初期装備は着心地抜群で、どれだけ洗っても色落ちしない。汚れや傷に異常なほど強いどころか、私の体と同じようにまるで変化しないのだ。


 毎日着たり洗濯しても色落ちやほつれ一つないのは、どう考えても普通ではない。

 だが戦国時代の簡素で肌触りの悪い服を、好き好んで着たいとは思わなかった。


 ゆえにもう選択の余地なしで、紅白巫女服を着るしかないのだ。


「着替え終わりましたから、こちらを見ても構いませんよ」

「では失礼して、……おおっ! そのお姿は! まるで天女もかくや!」


 この時代の人の美的感覚は現代とは違うと思ったのだが、私も別に詳しいわけではない。

 それとも今の自分の容姿は、彼の好みに合っているのかも知れなかった。


 だが辺りは、やっぱり良くわからない。

 実害がなければどうでもいいかと、私は持ってきた手桶に、手拭いやお風呂セットを順番に入れていく。


「私は先にあがりますから、本多さんはごゆっくりどうぞ。

 暗いうえに山道が整っていないので、帰り道には十分に気をつけてくださいね」

「心配していただき! 恐悦至極でございまする!」


 いちいちオーバーなリアクションを取る人だなーとぼんやり考えつつ、狐火で足元を照らしながら、簡易的な階段を組んだ山道を歩いて行く。

 狼たちも体を振って水を飛ばして、一緒に我が家に向かう。


「それにしても本多忠勝ほんだただかつって、何処かで聞いたことがあるような。……ないような」


 基本的には私が知っている歴史は、教科書からが主だ。

 それも成績が悪かったので穴だらけだし、個人名を知る者は限られている。


 もしかしたら、ゲームや漫画等の二次元コンテンツで覚えたのかも知れない。


 やがて遠くに社務所が見えてきたが、結局あの青年のことは思い出せなかった。

 だが歴史的な有名人だろうと、関わるつもりは一切ない。


 私の目的は平穏に暮らすことだし、今はボロが出ないように神様のフリをするだけで精一杯だ。

 せっかく麓の村々と信頼関係を築けてきた矢先に、自分から厄介事に首を突っ込む気は全くないのだった。

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― 新着の感想 ―
狼達はずっと一緒に生きられるのだろうか。
私も本多忠勝って戦国無双で大きい槍を持ってる人というイメージだけでさっぱり知識がない……。
ついに始まりですね。
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