過去の日本
時系列順に並べ替え、添削や加筆を行いました。
またそれでも時系列を修正しきれず、多少前後する場合も稀にあります。
三点リーダーの修正は間に合わなかったし。原文はほぼ稲荷様は平穏に暮らしたいのままなので、それでも良ければお読みいただければと。
地元の女子高等学校に入学してからそろそろ一年が経つ頃、私はいつも通りに軽めの朝食を取り、指定の制服を着て通学路を歩いていた。
いつもと同じで、特に代わり映えのしない平和な日常だ。
私は別に物語の主人公のように思うがままに世界を動かしたいとか、そんな野望を抱いてはいない。
今のように家族や友人たち一緒に、のんびりと平穏な日々を過ごせれば、それで良かった。
そんなことを考えながら歩いていると、やがて住宅街の向こうに小高い山が見えてくる。
頂上には小さな神社が建っており、お稲荷様を祀っているらしい。
私は神職の関係者ではないが地元は田舎で、若者はゼロではないが少なかった。
そして毎年巫女が選ばれて神事や祭事に参加するのだが、自分は幼い頃に先輩巫女に指名されてから、今日までずっと続けている。
本職ではなく臨時のバイトのようなものだが、別に面白いものではなくとにかくやることが多くて面倒だ。
できれば他の人に巫女を継いでもらいたいけど、神主さんが言うには私ほどの適任は早々おらず、できれば地元にいる間は続けて欲しいらしい。
参拝客の殆どは顔馴染なので気楽ではあるが、将来は別に巫女になりたいわけではない。
神主さんも忙しいときだけの臨時雇いが欲しいだけだし、大変ではあるが少額でもバイト代が出るのでやっているだけだ。
けれど高校を卒業して大学に進むと実家から遠くなるので、巫女を続けるのは難しくなる。
神主さんには、それまでには代わりを見つけてくださいと伝えているが、薄給で意外とハードな仕事だからか、募集をかけても全然集まらない。
運良く応募があっても誰も彼もが研修中に辞めてしまうと、わざわざ家まで尋ねて来て苦労話を聞かされた。
巫女の仕事がキツイのはわかるが、狐の霊や青い人魂のようなモノを目撃したとか、苦しい言い訳まで口にする有り様で、神主さんも相当参っているようだ。
けどまあ私は、たとえ臨時ではなく正規雇用でも巫女を続ける気はない。
狐なら家の庭にも良く遊びに来ますけど大変ですねと、お茶を飲みながら適当に流させてもらった。
そんな先日あったことを思い出しながら、神社に続く階段の前を通り過ぎる。
すると物陰から突然、小狐が飛び出してきた。
どうやら道路を横断するようで、小走りに走り去っていく。
しかしそこに、運悪く普通乗用車が高速で突っ込んできたのを目撃してしまう。
私は殆ど条件反射で、深い考えもなく小狐を助けようとして勢いに任せて飛び込んだ。
子狐このままだと車に轢かれると本能的に察したのか、驚きに固まっていた。
慌てた私は子狐を抱えて、もはや避けるのは無理だと判断して咄嗟に体を丸める。
すぐ近くまで迫っていた自動車は、咄嗟にブレーキを踏んでも手遅れだ。
次の瞬間、体に強い衝撃を受けて吹き飛ばされ宙を舞う。
微かな浮遊感の後、何処かに叩きつけられたようだ。
激しい痛みを感じ、そこで意識がプッツリと途切れたのだった。
助けようとした子狐と一緒に、深く深く落ちていく。
肉体の感覚はなく、指一本動かせない。
目も見えないし耳も聞こえず、視界は暗闇に閉ざされていたが、小さな彼女の存在だけは感じ取ることができた。
向こうもきっと、同じだろう。
少なくとも私たちは孤独ではなかった。
やがてお互いの境界が曖昧になっていくが、自分でもわけがわからないし、どうやらここはそういう場所のようだ。
(きっとこれは夢だ)
時間の感覚も良くわからず、ほんの一瞬かも知れないし何十、何百年以上が過ぎたかも知れない。
とにかく、一つになった私たちはやがて出口に到達し、暗闇を抜けて奇跡的に目を覚ました。
意識も視界も、ぼんやりしている。
けれど、それでも少しずつはっきりしてきた。
「あっ……あれ? 生きてる?」
正直、何が起きたのか全く理解が追いつかない。
だがとにかく、命があっただけでも良かった。
しかし最後の瞬間を思い出すと、あのときの恐怖が蘇って全身がガタガタと震える。
それに不思議な夢も見ていたはずだが、そのことについては全然覚えていなかった。
だがおかげで意識が急速に覚醒していき、少し緊張しながら体を起こす。
続いて何処か怪我はないかと、体中をペタペタと触る。
「怪我は、……ないのかな?」
血も出ていないし痛みも感じない。とにかく元気いっぱいで安堵する。
しかし、いくつかおかしいところもあった。
まず医者の治療を受けたにしては、治療の痕跡が何処にもない。
それに自分が目覚めたところが、病院ではないのだ。
「何で私、神社の境内で倒れてるの?」
キョロキョロと周囲を見回す。
自分の倒れている場所は鬱蒼とした木々に囲まれており、奥には小さなお社が建てられている。
そこには小さいながらもお稲荷様の木像が祀られていた。
かなり古い建物のようで、風雨で色あせたり湿気で苔むしたりしている。
この様子では雨漏りはしていてもおかしくないし、境内も草茫々で荒れ放題だ。
もしかしたら人があまり立ち寄らないか、かなり昔に放置された神社なのかも知れない。
しかし今はそんなことより、もっと気にしなければいけないことがあった。
「自分の服装も変だ。けど、一番おかしいのが──」
現在違和感がもっとも酷いのが、私は地元の女子校の服装を着ていたはずなのに、紅白色の巫女服に変わっており、白足袋と下駄まで履いていることだ。
さらに怪我の具合を確かめる時にあちこち手で触れたときに気づいたのだが、人間の耳があった部位には何もない。
代わりに頭頂部には獣の耳。お尻の少し上の辺りからは獣の尻尾。長く美しい狐色の髪まで伸びていた。
ついでに言えば、まるで巨人が住む山に迷い込んだかのように、視点もかなり低い。
私はあまりに受け入れ難い現実に動揺して、手足が震えたが何とか呼吸を整えて冷静に考える。
結論は、これは自分自身が小柄な狐っ娘になったと考えるのが妥当だろう。
「そっそれはちょっと、嫌だなぁ!
触ったら感覚あるし、付け耳じゃなくて、神経通ってない!?」
嫌だ嫌だと嘆きながらも、このままじっとしてても始まらない。
私はかなり悩んだが、やがて行動を起こすことに決める。
何かしていないと不安な気持ちが際限なく膨らんできて、現実離れした状況の重圧に押し潰されるのだ。
きっとそうなったら泣き崩れ、一歩も動けなくなってしまうだろう。
その点では、いくら考えてもわからないことは無駄だと割り切り、ジタバタしても始まらないとイノシシのように、目的を決めて取りあえず突っ走る性格が幸いしたとも言えた。
でなければ小型な狐っ娘になって、さらには何処とも知らない見知らぬ場所で目覚めた時点でパニックになる。
そうなれば恐怖で何もする気が起きなくなり、いつ来るかもわからない救助を待ち続ける。
この場合は割り切って動き出せれば良いが、もし無理なら最後まで何もできずに飢えや乾きで命を落としていた可能性が高い。
とにかく地図や携帯電話だけでなく、荷物の一つも持っていない完全に手ぶらな状態だ。
救助が来てくれる望みは限りなくゼロに近いし、長年放置された神社の様子から近くに人が住んでいるかも怪しい。
なので死なないために行動するしかないと判断した私は、まずは周囲を注意深く観察する。
草茫々だが奥には小さな社があって、反対側には獣道に近い曲がりくねった下りの参道が続いていた。
もし誰かに助けを求めるとしても、山を下りないと難しいだろうなと考えた。
「はぁ……携帯電話があれば、家族と連絡が取れる? んっ? あれ?」
今は巫女服一式以外は、完全に手ぶらである。
しかしたとえ携帯電話を持っていても、周囲には落ち葉や雑草、あとは高い木々や茂みぐらいしか見えない。
ここまで自然が豊かな山には入ったことがなかった。
けれど現在地が深い山中だと、電波が通じるか怪しいかもと不安に思い始めた。
だがよく考えたら、それ以前に何故か家の番号がわからない。
しかしこれは日頃から電話帳機能に頼り切っていて、あまりにも現実離れした状況のせいで、一時的にど忘れしているだけだ。
きっとそのうち思い出すだろうと、前向きに考える。
今はとにかく今は人に会ってから考えようと、荒れ放題の参道を歩いて山を下りることに決めたのだった。
しばらく歩いたが、尻尾や耳、そして下駄という風変わりな格好で山道を下っているのに、全くふらつかない抜群のバランス感覚だ。
おまけに疲れもせずにスイスイと下っていくし、子供の歩幅の狭さも何のそのである。
「私って、こんなに運動得意だったっけ?」
何しろ参道はろくに整備されていないのだ。
登山靴でも悪路を進むのは難しく、下駄で転ばずに歩くのはさらに難易度が高い。
特に自分は、休日は結構な頻度で家に引き篭もっていた。
慣れていない山道を歩けば、確実に転ぶ自信がある。
少し試してみようと考えて、二度、三度と軽くステップを踏む。
すると不安定な足場でもふらつくことなく着地し、ビシッと片足立ちができた。
「うっ……うーん、わからないことだらけだよ」
だが今は、とにかく人に会うことが最優先だ。
まだ木漏れ日が差し込んできているが、もし日が暮れたら大変である。灯りがなければ、山道はまともに歩けなくなってしまう。
けれど現状では、どのぐらい歩けば人里に辿り着くのかはわからない。
私は首を振って不安をかき消して、とにかく歩みを止めないように努めたのだった。
下山しながら自分の体のことを色々と試していたら、いつの間にか日が暮れてしまった。
山道は暗闇に包まれて一時は絶望したが、不思議と遠くまで良く見える。
「暗闇でも見通せるんだ。……凄い」
辺りが暗くなって不安に苛まれたが、心配はいらなかった。やはりこの体は人間ではないようだ。
そう察してしまうほど、明らかに夜目が効く。
「でも昼間よりは見えないかな?
やっぱり灯りが欲し……わっ!?」
何か灯りになるものが欲しいなと強く望むと、青白い火の玉が手の先に現れた。
これはもう人間ではなく、完全に妖怪だ。
「でも獣の妖怪はわかるけど、猫か犬か狐か狸か」
お稲荷様の社の前で倒れていたのだから、多分狐っ娘だろうとは思う。
鏡がないので実際の自分の姿はよくわからない。しかし、感触や尻尾は確かに狐っぽい。
ついでに青い炎なのだが、これは私の思い通りに浮遊させられるようだ。
今は自分の少し先に設置し、提灯代わりに便利に使っていた。
あれこれ考えながら参道を歩いていると、やがて木々の隙間からぼんやりとした光が見えてくる。
「あれは、……街路灯かな?」
微かに光りが見えたが、街路灯にしてはそんなに明るくない。
それに白ではなくオレンジっぽい色をしているので、何かが変だ。
だが何はともあれ無事に山を下りて、人里に辿り着けた。
私は荒れた山道を抜けてホッと息を吐き、改めて周囲を見回す。
土がむき出しでアスファルト舗装はされていないが、踏み固められた下道だ。
地元の農道よりもデコボコしているけど、とにかく一歩前進である。
「ようやく山から出られたー」
山道から一般道に下りた私は、改めて深呼吸をして肩の力を抜く。
ふと横を見ると、山の入口付近には自分が倒れていたところで見たような小さな社が建てられている。
そしてこちらにもお稲荷様の木像が祀られていたので、これはきっと分社だと見当をつけた。
だがようやく人里に着いたからと言って、ここで気を抜いてはいけない。
とにかく急ぎ電話を借り、家族と連絡を取るのだ。
精神的にかなり参っているが、体だけは何故か元気いっぱいである。
私は山の中から見えた微かな灯りを目指し、再び歩き出すのだった。
どうやらここは山間のど田舎らしい。
薄暗がりの中をキョロキョロと観察しながら歩いているが、辺り一面のどかな田園風景が広がっていた。
地元もかなりの田舎だが、ここはそれ以上のようだ。
しかしまずはともかく人を見つけないといけないので、えっちらおっちらと灯りを目指して歩いて行く。
参道を下りていたときにも、微かに見えていたのだ。
街路灯でなくても人が住んでいる証拠になるし、誰も居ないということはない。
その証拠に、あちこちに掘っ立て小屋らしき簡素な住居はある。
だがどの家も明かりが灯っている様子はなく、私は少し考えて口を開く。
「もしかして、今って深夜なんじゃ?」
時計がないので正確な時刻は不明だが、深夜なら皆寝入っていて電灯をつけてないのも頷ける。
だがそれ以前に電柱も街路灯も何処にもないので、電気が通っていない可能性まであった。
「困った……まさか、ここまでど田舎だとは」
なお今の私は狐っ娘で、出合い頭に通報されたくない。念の為に青い炎は消している。
それはそれとして、やはり田舎なので空気が澄んでいるようだ。
星や月の光もあって、夜道もかなり明るく照らされていて歩きやすかった。
「ううん、どうしたものかな」
流石に熟睡中にお邪魔するのは悪いように思えた。
誰かまだ起きている人は居ないかなと、木製のあばら家を一軒ずつ外から観察していく。
それにしても窓ガラスさえついていないとは、どうやら凄く慎ましやかな生活をしているようだ。
これは電話が通じてない可能性もあるかもと、私はここに来てまた辛い現実に打ちのめされるのだった。
山を下りて周囲をウロウロして少しだけ時間が経過し、ようやく明かりが灯っているあばら家を見つけた。
私は喜び勇んで、下駄のままで器用にスキップしながら近づいていく。
そこは村の家の中では少しだけ立派だった。多分この地区では裕福なほうなのだろう。
そんな考えは置いておいて、八方塞がりの状況を打開するためのキッカケになるはずだ。
少し緊張しながら玄関らしき引き戸の前に立って、近所迷惑にならないように口を開く。
「あの、夜分遅くに失礼します」
「……ん? こんな夜更けにどなたかな?」
聞き慣れた言語があばら家の奥から聞こえてきた。
やはりここは日本だったことを確認できて、心底安堵する。
お稲荷様が祀られているのでそんな気はしていたが、外国の山中でなくて本当に良かった。
嬉しくなって一瞬こちらから扉を開けようかと思ったが、獣耳の聴覚は優秀なようだ。
足音が徐々に近づいてくるので、迷惑をかけたくないし相手に任せようと少し離れ、ソワソワしながら待った。
「一体誰じゃ……はっ?」
「ど、どうも」
白髪交じりのおじいさんが玄関の引き戸を開けた。
だが彼は私を視界に収めた瞬間、完全に固まってしまう。
いきなりのドアップでは刺激が強いので距離を取ったのだが、それでも動揺は避けられなかったらしい。
「貴方、一体どうした……の?」
奥からもう一人おばあさんらしい女性が出てきた。
だが彼女も私を見て、石になったように固まってしまう。
(一応言い訳は考えてたけど、とても言い出せる雰囲気じゃない!)
この姿は狐っ娘のコスプレだと強引に誤魔化すつもりだったが、二人揃って完全に硬直している。
しかし幸いなことに恐怖は感じないし、純粋に驚いているだけのようだ。
実は内心では仮装した姿だと、良いように勘違いしてくれているのかも知れない。
ならば言い訳タイムは必要ないし、今は一刻も早く現状を解決したいところだ。
私が取れる手段は限られているので、速やかに実行に移す。
「……あの」
「はっ!? なっ、何じゃ!」
「電話を貸して欲しいのですが」
「でっ……電話? はて?」
おじいさんが正気に戻り、隣のおばあさんと顔を見合わせる。明らかに困惑しているので、何か不味いことを言ったかなと不安になるが、二人であれこれ相談しているので様子を見る。
しかしお爺さんもお婆さんも、やけに服装が質素というか色が薄くて地味な気がする。
思い返せば周りの家も違和感があり、現代日本のど田舎でも遥かにマシな生活水準のはずだ。
おまけに二人の態度から電話を知らないことが想像できて、嘘をついてようには見えずに首を傾げていた。
「稲荷様の言うような、電話……というものは、とんと聞いたことがないのう」
「そっ……そうですか」
この時点で私は、どうにも嫌な予感がした。さらに手足は震えて冷や汗をかく。
理由は、夜中に突然来訪した怪しい人物なのに、お稲荷様だと一目見て断言したからだ。
中には神様を信じている者も居るが、現代社会ならまずは仮装を疑うべきである。
それに電柱が全くなかったけれど、ケーブルが地下を通っているわけではないようだ。
家の中には電話どころか家電製品が一つもなく、間取りや家具は時代劇のセットに近かった。
正直に言うと、尋ねるのが怖い。
しかしこれで聞かなければ先に進めないので、私は覚悟を決めて大きく息を吸う。
そして一拍置いて、はっきりと質問する。
「ちっ、ちなみに、今は何年で、ここは何処かわかりますか?」
「確か永禄に変わったばかりじゃったか? のう婆さんや」
「ええ、そうでしたねぇ。そしてここは三河ですよ。稲荷様」
日本ではなく三河と来たものだ。しかも永禄とか、私は歴女ではないのでその年代に何があったかはまるで覚えてない。
それでも今が戦国時代だということだけは、辛うじて思い出すことができた。
これが時代劇の撮影や、村ぐるみのドッキリ企画ならまだいい。だがもし二人の言うことが本当だとしたら、私はもう帰れないかも知れない。
この短期間であまりにも色んなことがあり過ぎて、精神的にかなり追い詰められていた。
そして老夫婦に告げられた衝撃の事実にとうとう耐えきれなくなり、足がふらつく。
絶望の余り思わず腰が抜け、立てなくなってしまったようだ。
地面に崩れ落ちた私は、これまで気にしないように努めていた、現代日本の家族のことを考えた。
(家族と私がどんな名前と姿だったのか。全然思い出せないよ)
だが霧がかかったように思い出せず、その事実がさらなる絶望に突き落とす。
道理で自分のことながら、私としか表現できないわけだ。
日本の家族や私、それに友人関係の記憶が、綺麗サッパリ消えてしまっている。
狐っ娘に乗り移らせた何者かが、こちらの時代で暮らすために未練を断ち切ったのかも知れない。
実際のところはわからないが、何にせよ自分が何処の誰かがわからなくなった。
このことは、思った以上にショックだったようだ。
「どっ、どうしたんじゃ! 急にへたり込んだりして!?」
「あらあら大変。稲荷様、大したもてなしはできませんが、あがっていってくださいな」
顔を青くしてへたり込んでいる私を見て、あからさまに動揺するおじいさんと、こちらに近づいて優しく背中を擦ってくれるおばあさんのご厚意に甘える。
今は腰が抜けて立てないので、わざわざ引っ張ってもらう。
そして足取りはフラフラでも何とか歩きながら、家の中へと入れてもらった。
今の私は先程告げられた真実と、前世の人間関係だけが消えてしまった記憶を受け止めきれていない。
正直、これからどうして良いのか、まるでわからなくなってしまう。
目から涙が次から次へと溢れて止まらなくなり、子供のように恥も外聞もなく、見ず知らずの老夫婦の前で大声で泣き喚いてしまったが、二人はそれでも理由も聞かずに慰めてくれた。
そのあとは何があったかは、良く覚えていない。
気がつくと麻の服を上からかけられた状態で木の床に横になって眠っており、木枠の窓の隙間から朝日が差し込んでいたのだった。
気になる点等があれば、誤字脱字機能を使って修正くれると作者は大変ありがたく思います。
また4月17日から、毎日23~24回投稿になりますので、読み飛ばしにご注意ください。