『食べたい、食べたい』
沢山の入院患者が病室の窓に群がり、病院の前の公園で行われてるフィスティバル会場を見下ろしている。
公園で行われているのは、市内の麺類の料理を提供する飲食店の組合が主催する麺類フィスティバルだった。
病室の窓に群がっている患者は全員近隣の病院から転院して来た、元の病院の医者たちに持って数日だと言われていた末期癌の患者たち。
だから麺類フィスティバル会場を見下ろして『食べたい、食べたい』と頭で思っても、匂いを嗅いだり一口でも口にすれば薬の副作用で嘔吐し食べられない。
でも、元気だった頃好きだったカレーうどん、香りの良い十割蕎麦、チャーシューの脂の匂いが漂うチャーシュー麺、ニンニク入りのスパゲッティペペロンチーノ、香ばしい匂いを漂わせている焼きそばなどを頭に思い浮かべて『食べたい、食べたい』という思いが募る。
此の病院に転院する際に患者たちや患者の家族たちは皆、病院のマッドサイエンティストの病院長の人体実験に付き合うという念書にサインしていた。
マッドサイエンティストと言っても病院長は利己的な欲望を満足させようとしているのでは無く、末期癌の患者の寿命を少しでも長くしたいという思いから人体実験を行っていたのだ。
そして今入院している患者たちは皆、転院前に入院していた病院の医者たちに持って数日と言われていたのに拘らず、転院してから1週間から10日程経つのに生きていた。
否、動いている。
そう、マッドサイエンティスト物の映画や小説のお約束通り、転院して来た日に注射された薬剤により彼等は皆、動く屍ゾンビになっていたのだ。
『食べたい、食べたい』という思いが彼等ゾンビを誘う。
患者たちは窓から離れ看護師や医者が止めるのも聞かず、階段を下りロビーを抜け病院の出入り口から外に歩み出た。
ゾロゾロと群れを成して患者だった物たちは、病院の駐車場を横切り病院と公園を隔てる道をクラクションを鳴らす車を無視して渡る。
公園の前の歩道では、麺類フィスティバル会場を指差し食べたがる子供に母親が夕食が食べられなくなるから駄目だと言い聞かせていた。
その母子の脇を患者だった物たちは群れを成して通り過ぎて行く。
そして麺類フィスティバル会場から出て来た会場で麺類を食べ腹を満たした者たちに襲い掛かった。
腹を満たした者たちだけで無く、麺料理が作られている各店舗にいる店員や料理にも群がる。
カレーうどんを作ったり焼きそばを焼き上げている屋台に、チャーシュー麺やスパゲッティを作る移動販売車に、手打ちの十割蕎麦を作ってるテントにそれぞれ群がり、麺を手掴みで口に運び各麺料理の香りや匂いを漂わせている店員の身体に齧り付く。
フィスティバル会場の各店舗の麺料理や店員それに客を食べ尽くした患者だった物たちは、鼻をヒクヒクと動かし食べたい物の匂いや香りを嗅ぎつけ、『食べたい、食べたい』と市内各所の飲食店の向けて歩きだす。
患者だった物たちの後ろから、患者だった物たちに身体の肉を噛じられ死んだ店員や客だった物たちもまた同じように、鼻をひくつかせながら食べたい物を求めて市内各所の飲食店に向けて散って行くのだった。