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睡蓮と蝮

 カフェで四人の同業者との会合を終えた鴉は、帰り道を歩きながら(フクロウ)に電話をかけた。

 梟とは鴉がメインで取引をしている仲介人だ。

 鴉が活動を始めて以来の長い付き合いになる。鴉とって、梟との初めての会話はあまり良いものではなかった。

「どこにでもいそうな普通の人を意識して鴉ですか。良いネーミングセンスですね。では私のことは梟と呼んで下さい。」

 仲介人は一つの名前を持たず、相手によって呼び名を変える。

「梟は賢くて冷静。暗い森の中で長時間じっと周囲を観察しています。梟を怒らせてはいけませんよ。鷹や鷲と同じ猛禽類で鋭い爪を持ってますからね。」

 嫌な第一印象だったが、仕事の腕は確かだった。

 鴉は梟のことを信用している訳では無いが、仕事の腕は信頼していた。


 梟はワンコールもしないうちに電話に出たが無言だった。

「鴉だ。情報が欲しい。睡蓮について知ってることを教えてくれ。」

「無理ですね。」

 即答だった。

「金は払う。昨日の報酬の振り込みはまだだろ。それ全額でどうだ?」

 鴉が聞いた。

「金額の問題じゃないんですよ。その件については関わらないことにしてます。私は超えてはいけない一線を理解してます。」

 梟が言った。

「なら情報屋を紹介してくれるだけでいい。」

 鴉は梟から情報を得ることはすぐに諦めた。長年の経験から梟を説得するのは不可能だと知っていた。

「情報屋ならいくらでも紹介しますが、金の無駄だと思いますよ。その情報屋も信頼できるかどうか分かりませんしね...

 とにかくそれには関わらない方が無難です。今後もその話題を出すようなら我々の関係もここまでです。」

 梟はきっぱりと答えた。

 実は仲介人と殺し屋の関係があっさりと切れることはよくあることだった。仲介人達は人脈を持っている。それゆえ殺し屋はいつでも補充できるため、相性の悪い殺し屋や余計にトラブルを持ってくるような殺し屋との関係を無理してまで持つことはないのだ。

 しかし、それは鴉達も同じだった。殺し屋側も仕事柄、死体や痕跡を綺麗さっぱり消し去る掃除屋や武器商人、フィクサー達との人脈を持っている。更にサブとして複数の仲介人とも掛け持ちもする。相手の裏にどんな存在がいるのか分からない。このお互いに底が知れない恐怖が二者の絶妙なバランスを保っていた。

「分かった。なら別の情報を頼む。中国に俺の同業者を育成する学校はあるか?北京から車で四時間以内の範囲だ。もし本当にあるならそこに日本人を斡旋している組織について知りたい。」

 鴉は聞いた。今は少しでも情報が欲しかった。檜の裏に付いている組織が睡蓮の可能性もあるからだ。

「はい。その学校は実在しますよ。我々の世界では有名です。毎年日本人が二、三人ほど卒業していました。そこの卒業生は仕事の質が良く手数料が高いので我々の業界では高級品扱いです。そこに孤児を送り込んでいた組織が一つありましたが、二年前に撤退しました。つまりここ二年の日本人の入学生はゼロです。」

 梟は答えた。

「撤退?消えたのか?」

 すかさず鴉が聞いた。

「恐らく鴉さんが最初に聞いてきた花のせいでしょう。仕切っていたボスが殺されたなんて噂もありますが真相は分かりません。確かなことは、鴉さんが探してる相手ではないということです。」

 梟は感情の無い話し方をする。

「分かった。昨日の報酬はそのままあんたが受け取ってくれ。」

 鴉はため息混じりに言った。

「情報と金額が釣り合ってないので、別の情報も教えますよ。私の同業者も、ここ最近は引退する者が多いです。ご存知の通り、殺しの案件もほとんどなくなってきましてね。仲介業者は人脈がおおいにありますから、いくらでも他業種に鞍替えできるんですよ。

 私は危険をいち早く肌で感じますからね。私も近々引退するつもりです。鴉さんも引き際を考えた方が良いですよ。」


「分かった。考えとく」

 しばらく黙った後にそう答えた鴉は電話を切った。


 鴉は、今の仕事を引退する時の流れをイメージした。

 まずは洗浄屋に頼んで資金洗浄(マネーロンダリング)をする。

 同じ金でも裏の金と表の金がある。まずは裏稼業で稼いだ金を洗浄して表の金に変えなくてはならない。仮想通貨に変えた資産を海外の個人ウォレットに送金し、そこから更にダイヤなどの現物、コモディティー、株券などの金融資産に変えていく。そのまま国際捜査共助が成立しない途上国まで資金が移動してしまえば日本の警察はお手上げとなる。


 次に戸籍屋に頼んで新しい戸籍を手に入れる。

 購入できる戸籍は大きく二種類ある。一つ目は実在する人物から戸籍を買う実戸籍。犯罪者の親族などといった本人の精神的な理由、戸籍よりも明日の飯を食べる金を優先するホームレスなどといった金銭的な理由から、自分の戸籍を金に換えてしまう人物は意外と多い。実戸籍のメリットは、実在した人物の戸籍が丸々手に入るので、書類が初めから全て揃っているという点だ。しかし、犯罪歴無しなどの優良戸籍は億単位の高価が付いてしまう。

 もう一つは、存在しない人物を作り上げる架空戸籍。こちらは自分の好みの人物に、経歴をカスタマイズできるメリットがある。しかし、あらゆる身分証明書を、ニンベン師と呼ばれる偽造書類作成者に依頼しなくてはならない為、戸籍が出来上がるまでに長い時間がかかってしまう。

 鴉は、今の内に新しい戸籍を手配しておくことにした。


「鴉だ。新しい戸籍を売ってくれ。」

「どうも。実戸籍は今は売り切れてます。架空戸籍は三年待ちですね。」

「なんだと?以前依頼した時は、すぐにやってくれたじゃないか。」

「今は注文が殺到してるんですよ。すいませんね。」

「他より払うから優先してやってくれよ。」

「みんなと同じ事言ってますね。もう金額は上がるとこまで上がってますから、これ以上の横やりは止めてるんですよ。トラブルの元になりますし。金なんてある程度稼いだら十分ですよ。それより自分の命を大事にしたい。」

 舌打ちをした鴉は一方的に電話を切った。


 最後は、以前梟に紹介してもらった逃がし屋との会話を思い出した。

「何かあった時に海外に身を隠したい。」

 鴉は聞いた。

「まずはこちらで用意した米国人女性と結婚してもらいます。もちろん形だけですがね。金はその人に送金します。配偶者に資産を贈与したことにするんですよ。大金を海外の妻に送る。別におかしいことじゃありません。送金は仮想通貨でもなんでも良いでしょう。」」

「アメリカか。そしたら贈与税を払うのか?しばらく身を隠すとなると、なるべく資金は温存したい。」

 鴉が聞いた。

「払わなくていいですよ。日本では贈与税は受け取った側が払うことになってます。日本は属地主義なので、海外の住居者に納税を義務付けていません。そして米国の税法では逆に贈与した側に納税義務が発生します。それぞれ納税対象者が非居住者なんだから誰も税金を払わないというおかしなことが発生します。もちろんこの税法の穴を付いたスキームが横行し過ぎたせいで厳しい規制が設けられました。ですが今でも配偶者だけは変わらず非課税のままです。」

 逃がし屋は説明した。

「なるほどね。国籍はどうなる?日本は二重国籍を認めてないはずだ。死ぬまでアメリカにいるという訳にはいかないだろ。もし日本が恋しくなったらどうするんだ。」

 鴉は重箱の隅を楊枝でほじくる思いで感情論を持ち出した。

「米国籍を取得した方が色々と都合が良いでしょう。米国籍の配偶者がいれば楽に取得できます。日本に戻りたくなったら結婚生活が上手くいかなかったことにして、離婚して日本に帰ってくればいいんです。これは国際結婚では良くある事例です。もともと日本に住んでいた日本人なのですから、あらゆる権利はすぐ戻ってくるでしょう。」

 逃がし屋は考える間もなく鮮やかに返答した。

「あんたの取り分は?」

 鴉が聞いた。

「送金と渡米、成功報酬で20%頂きます。」

「分かった。」


 鴉は、このまま殺し屋を続けるか、ほとぼりが冷めるまでアメリカに身を隠すか、まだ悩んでいた。




 蝮は帰宅後に部屋の電気を付け、スマートフォンをソファに放り投げた。

(まったく、何が睡蓮だバカバカしい。あんな都市伝説みたいなもんにまんまと引っ掛かりやがって

 あいつらがあそこまで神経質だとは思わなかった。場を和ます意図で言った冗談が面倒な結果になってしまったな。

 いずれにしてもマズい状況なのは確かだ。あの四人を早く消さなければ。どの道近いうちに奴らとの関係は切ろうと思っていたんだ。丁度いい機会さ。)

 蝮は本棚にある一冊の本を動かし隠し扉の鍵を開けた。そのまま本棚を開くと地下への階段が現れた。

 階段を下りて行くとそこには大麻を育てる温室が広がっていた。テニスコートの半分程の広さの部屋に三列の長い鉢が並んでいる。それぞれの列の上には温度を調節するための紫色のライトが妖しく光っている。ライトの合間には水道管が通っていて、そこからミストを噴射して最適な湿度を保つのだ。

(奴らを始末したら殺し稼業は引退して、こっちのビジネスに専念しよう。まだまだ事業規模を拡大できる余地はある。)

 蝮の住む家はこの地下の設備のせいで一般的な家庭では考えられない程の電力を消費する。以前、何事かと怪しんだ電力会社の職員が訪れて来たことがあった。蝮は何台ものパソコン、サーバー、モニターが置いてある部屋に案内してマイニングを行っていると説明した。

「マイニングですか?」

 職員が首を傾げた。

「暗号資産は知ってるだろ?仮想通貨って言った方が伝わるか。」

 蝮はやれやれという表情をして答えたが、内心は喜んでいた。知識が無い人間の方が言いくるめやすい。

 職員は黙ったままだった。

「ブロックチェーンは分かるか?トランザクションのデータをハッシュ値に変換してブロックに保存するんだよ。その報酬としてマイナーは新規発行されるコインを... あーもういい。」

 ポカンとした職員を呆れた表情で見て言った。

「とにかくそれは膨大な処理演算を行う。そこのGPUはオーバーヒートするくらいまで発熱するから冷房だってガンガン回さなきゃいけないわけ。ここまで言えば分かるでしょ?」

「はぁ。」

「あ、ちなみにこれ違法とかじゃないからね。金融庁とかに問い合わせてみれば分かるよ。あぁでも警察なんかに相談するなよ。さっき以上に詳しく説明するの面倒だから。もし警察が来たら電力会社乗り換えるからね。こんなに電気代を払ってる太客との契約があんたのせいで切れたら、出世に響いちゃうんじゃないの?」

 蝮は不愉快さを露わにしている。

「あ、いえ!決してそんなことは!大丈夫です。上にはしっかり報告しておきます!」

 職員は慌てて返事をした。

「頼むよほんと。そしてもう二度と来ないでくれるか、こっちも暇じゃないんでね。」

 蝮は露骨に嫌そうな顔をした。実際なところは演技で、職員をいびって楽しんでいた。

 蝮は以前、実際に本気でマイニングビジネスに参入していた。しかし、思っていたほどの利益が生まれず撤退してしまった。暗号資産黎明期、一部の暗号オタクが行っていたマイニングも、今となっては電気代の安い国でそれ専門の企業が行うのが主流となり、個人マイナーは淘汰されてしまった。その後は使用電力の口実用にダミーとしてマイニングをするだけとなった。履歴を見れば電気代と釣り合ってないことが分かるが、そこまで調べには来ないだろうと踏んでいた。事実としてその後、職員が来ることは二度と無かった。


 蝮は大麻の様子と機器の数値を一通り確認した後、タブレット端末に何か打ち込み、栽培室の奥にある別の扉を開けた。

 そこはまた雰囲気が変わり、病院の滅菌エリアのような小部屋だった。そこでエプロンとマスク、手袋を装着して、更に扉を通過した後にあったのは壁一面に多くの薬品が並べられていた12畳程の部屋だった。消毒液のような強い刺激臭が漂っている。部屋の奥には飲食店の厨房にあるような大きな業務用の冷蔵庫が置かれている。

 蝮の武器は毒である。

(五人の中で一番有能なのは俺だろう。爆発物を使うような目立ちたがりとは違う。俺は科学の叡智を使って静かにターゲットを始末する。俺の毒なら檜の強靭な肉体でも防ぐことはできない。)

 蝮は不敵な笑みを浮かべながら毒の調合を始めようとした。

 その時何か異変を感じた。


(...!?

 指先に僅かな痺れがある。何か気化した成分を吸ったのか?いやそんなはずはない。ここの空気清浄は完璧に行われている。)

 続けざまに急な吐き気に襲われて、反射的にマスクを外すと直後に嘔吐した。そのまま床に倒れ込んだ。

(...これは?毒か?この俺が盛られたのか!?マズい!なんとかしなくては!)

 蝮の視界がぼやけてきた。

(...落ち着け。分析しろ。初期症状からして、恐らくこれはアコニチン。初心者の殺し屋が使う定番だ。)

 アコニチンとはトリカブトに含まれる毒である。経口致死量は成人の場合1.5 - 6mg/kgと推定されている。日本各地に分布しているため、厚生労働省は山菜採りをする際は注意するように促している。それはつまり手に入れるのも容易だということだ。

 蝮の呼吸が荒くなってきた。

(幸いなことにここには薬品が揃っている。)


 蝮は奥にある冷蔵庫まで這いつくばって進んだ。冷蔵庫に寄りかかりながら立ち上がり、扉を開いた。中にはラベルの付いたガラスの容器が整列していた。

 目的の薬物を手に取る際に、近くにあった容器が床に落ちて割れたが、気にしている余裕などなかった。キュポっという音と共に蓋を開けると、中身を口の中に流し飲み込んだ。その後、蝮は冷蔵庫を背中に付けて寄りかかりながらその場に座り込んだ。

 蝮が飲んだのはテトロドトキシンだった。

 テトロドトキシンとはフグに含まれる毒である。アコニチンはNa+チャネルを活性化させるのに対し、テトロドトキシンはNa+チャネルを不活化させる。そのため、この2つを同時に服用すると、お互いの効果を打ち消し合う拮抗作用が起こる。つまりは症状の緩和ができるのだ。

 何十分間その状態だっただろう。蝮の呼吸が安定してきた。異常なほどに喉が渇いていたが、ひとまず冷静になって思考を整理した。

(危なかった。まさか既に攻撃が始まっていたとは...

 テトロドトキシンの半減期はアコニチンよりも短いため、体の調子を見ながら追加摂取しなくてはならない。だがそれは問題ない。ストックはまだ十分にあるし、俺は毒を熟知している。だが今回はその慢心が仇となった。まさか毒使いの俺が誰かに毒を盛られるなど想像もしていなかった。完全に盲点だった。それにしても睡蓮は本当に存在したのか?あの四人の誰かなのか?だが奴らは俺の武器を知らないはず。いや、だからこそ何の躊躇いも無く毒を盛ったのか!

 しかし疑問がある。アコニチンには即効性があるはずだ。何故時間差で作用した?

 ...毒素をコーティングしたのか?でもどうやって?

 リポソーム化か?有り得ない。俺が持つ設備と技術ではそれは無理だ。そんな技術屋を味方に付けたやつがいるのか?それとも睡蓮ならそれすら可能なのか?)


 リポソーム化とは、リン脂質でできた何層にもなるカプセルの中に、有効成分を閉じ込めて、吸収を遅らせる技術のことだ。

 例えば、ビタミンCなどの水溶性の栄養素は吸収効率が悪く、摂取後すぐに尿と共に排出されてしまう。それをリポソーム化し脂溶性にすることで、人の体の中に長くとどまらせることができる。美容サプリメントでよく使われる。


(だが、その吸収の遅れによって対処する時間ができたな。何故わざわざそんな手間をかけた?

 それは、俺に毒を盛った時に本人も傍にいたからだ。だとするとやはり今日のカフェか。その時のドリンクに仕込んだな。リポソーム化された栄養素は強い粘性を持つ。俺がカフェで頼んだスムージーに混ぜたのか。だとしたら向こうも賭けだったハズ。全員がサラっとしたドリンクを頼む可能性だってある。店員もグルか?買収したのか?

 あの場所をセッティングしたのは蜻蛉だ。奴が睡蓮か?そして奴の武器は爆発物。科学には明るいだろう。それとも鴉か?あいつは遅れてきたから、自分で仕込む時間があった。いや檜の可能性もあるな。あいつは中国の学校で毒についても深く学んでいるだろう。

 いや、もう誰でもいい。全員殺してやる。)

 蝮は怒りで歯ぎしりをしたが、また吐き気を催した。

 アコニチンとテスドトキシンの拮抗バランスが崩れたのだろう。蝮は力無く立ち上がり追加のテスドトキシンを飲んで座り込んだ。しかし吐き気は収まらず飲み込んだテスドトキシンを吐き戻してしまった。

(なんだ!?何かがおかしい!)

 蝮の焦りは最高点に到達した。


(まさか、...塩か!?それこそ有り得ない!)


 塩分は人体に必要なものだが、摂り過ぎればもちろん毒となる。

 蝮は数多くの薬物実験を自分の体でも繰り返した結果、塩味を感じないという味覚障害を持っていた。

 しかしそれは蝮にとってさほど問題では無かった。日常生活で致死量の塩を摂取するなど通常では有り得ないからだ。意図的に塩分を避けていたし、味覚が無くても塩分を多く摂れば体の正常な反応で自然と喉は乾く。しかし今回はアコニチンへの処置で長時間水分の補給ができずにいた。

 蝮は死を意識し始めた。

(以前から俺を調べていて、味覚障害を持っていることを知っていたのか...

 やはり致死量をスムージーに混ぜたのか。アコニチンの毒はブラフ。中毒症状が似ている塩の方が本星だ...

 喉の渇きは感じていた、だが毒への対処でそれどころではなかった。

 そうだ、水だ、血中塩分濃度を下げるんだ。)

 蝮は部屋にある水道まで行こうとしたが、この時、既に足は痙攣し、寒気も感じていた。アコニチンの末期症状だ。テスドトキシンを吐き戻したことによって体内ではアコニチンが優位になっていた。

(...ここまでか。)

 蝮は諦めた。

 己の油断と慢心が一番の原因だと分かっていた。しかしこれだけの作戦を構築した睡蓮と対決する自信を完全に失っていた。逃げ切ることも不可能だろう。敗北を認めざるを得ない。


 蝮は毒の苦しみをよく味わうことにした。それは贖罪だと考えた訳ではない。

 単純な知的好奇心だった。今までは観察するだけだった毒による死を、遂に自分が体験できる。

 蝮は一般的な人間よりも毒への耐性があったため、すぐには死ななかった。



 しばらくすると視界が真っ暗になり体の感覚も無くなった。脳だけは最後まで機能していた。

(この仕事を始めたときから老衰で死ねるなんて思ってない。だとするとこれは最高の終わり方じゃないか。自身の武器である毒、そしてあの睡蓮によって殺される。なんとも名誉なクライマックスだ。

 睡蓮はすぐそばにいた。精々殺し合えよ。)

 四人の同業者の顔を想像した。


「...ふ」

 最後の力を振り絞り鼻で笑った毒使いは、毒に囲まれた部屋で、毒によってこと切れた。




 丸一日考えた鴉は、アメリカに逃亡することにした。

(もう少し活動を続けたかったが仕方ないな。やはり命には変えられない。生きてさえいれば何とでもなるか。)

 そう思い、逃がし屋に電話をかけた。

 ...プルルルル ...プルルルル ...プルルルル

 逃がし屋は電話に出なかった。

 10分待ってみたが。折り返しの電話はこなかった。

 鴉は嫌な予感がした。試しにもう一度電話をかけてみたが、結果は同じだった。

 携帯電話のスピーカーからは、虚しくベルが鳴るだけだった。

(まさか、逃がし屋の身に何かあったのか!?)


 鴉は梟に電話をかけた。

「鴉だ。逃がし屋と連絡が付かない。」

「そうですか。」

 焦っている鴉とは反対に、梟は落ち着いていた。

「何か知ってるか?」

「さぁ。」

「さぁって。新しい逃がし屋を紹介してくれ。」

「無理ですね。」

「なんでだよ!?」

「私はもう足を洗ったので。カタギの人間です。」

「ふざけるなよ!おい!」

 そう鴉が言い終える前に電話は一方的に切られた。

 再度かけ直しても、梟は電話に出なかった。

 (梟が用心深い男だということは知っていた。俺を裏切って自分だけ逃亡するつもりか?いやそもそも彼は味方だったのか?情報を出し渋っていたのは、睡蓮側の人間だったからなのか?)

 鴉はもう梟をあてにするのをやめて。他の仲介人にも連絡したが、誰一人として繋がらなかった。

 鴉は事の重大さを理解した。

 その時、携帯電話が鳴った。メッセージが届いたのだ。

 鴉がスマートフォンの画面を見る速度は凄まじかった。

 それは一通のテキストメッセージだった。




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