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睡蓮と鴉

 地球温暖化の影響で平均気温が上昇し、街には強い日差しが照り付けている。

 駅の出口から一人の男が出てきた。黒のTシャツに淡いブルーのデニム、白のスニーカーを履いている。彼はどこにでもいそうな男性だ。

 半パンを履いてくるべきだったな...サングラスもかけたいがダメだ。少し目立ってしまう。目立たない服装というのは意識してやろうとすると難しいものだ。

 日光が反射したアスファルトを眩しそうに見つめながら彼はそう思った。

 彼は周囲から普通の人間だと思われることに執着していた。何故なら彼の仕事は普通ではないからだ。

 依頼を受けて標的ターゲットを消しに行く。いわゆる“殺し屋”だ。

 世の中の関心が自分に向けられることは、この業界においては良くないことだ。

 彼の名前は(カラス)

 カラスはどこの街にだっている。電線にカラスが止まっていても誰も気にしない。それはまさに彼が目指す理想の存在であった。

 自分は一般人に溶け込まなくてはならない。そこら辺の通行人と同化しなくてはならない。全身黒ずくめのサングラスをかけた暗殺者アサシン。そんな絵に描いたような典型的な殺し屋は映画や漫画の世界だけの存在だ。

 通りかかった公園の敷地内を何気なく覗いてみると、ベンチに座った老人が鳩にパンくずをあげていた。何とも平和な一日だ。鴉はそんなことを考えながら早歩きになった。

 今日は神保町にある普通のカフェで同業者との集まりがある。集団で行動することがほとんどないこの業界だが、今回のように定期的に集まって情報交換をすることがある。集まるメンバーはいつも同じで鴉を含めて五人。前回の会合から実に半年ぶりである。

 平日だというのに満席に近いカフェの店内、窓際のテーブル席に4人の男達が座っていた。中心の丸テーブルにはそれぞれのドリンクが置いてあった。

「いやぁ遅れて申し訳ない。」

 鴉は両手を頭の横でひらひらさせて着席した。これは凶器になり得る物は何も持ってきていないという心理状態の表れでもあった。

「いえいえ大丈夫ですよ。さあ何か飲み物でも頼みましょう。」

 そう言いながらメニュー表を手渡してきたのは蜻蛉(トンボ)という男だ。長身で細い身体に頬は痩せこけていて目がぎょろっとしている。髪の毛は天然パーマで白髪も混じっている。彼の名前コードネームは単純に見た目から取ったものだと以前に教えてくれた。

 会合の招集は毎回、蜻蛉が行っていた。これは蜻蛉にリーダーの素質があるという訳では無く、彼が言い出した集まりなら危険なことは無いだろうという謎の安心感があるからだった。蜻蛉には威厳が無かった。蜻蛉には他者の警戒心を解く弱々しさがある。だが、これが暗殺者の完成形なのかも知れないな。と鴉は納得していた。

「昨日は遅くまで仕事をしていてね。想定以上に手間取ってしまい帰りが遅くなった。おかげで疲れて寝坊してしまったんだ。」

 鴉はメニュー表を眺めながら言い訳をした。


「しかし今日も暑いな。東京都内は41℃まで上昇するらしいぞ。」

 そう話したのは(ヒノキ)という男だ。

 Tシャツの上からでも分かる鍛え込まれた良い身体をしている。原始的な戦いなら檜が一番強いということはこの五人の共通認識だ。コーヒーを持つその前腕にはいくつかの傷痕が見えている。それは彼の壮絶な戦闘経験を物語っていた。

 そのタイミングで店員が注文を取りに来たので鴉は眠気覚ましがてらにエスプレッソを注文した。

「もう冷房が無ければ生きていけないところまで来てるな。だとしたらもう人類は絶滅期に入っていると言っても、言い過ぎでは無いだろう。」

「それは、流石に大袈裟過ぎじゃないですか?」

 檜の言葉に蜻蛉が返答した。

「大袈裟じゃない。事実として先進国は軒並み少子化が加速している。ネズミは増え過ぎれば、エサ不足になって餓死したり共食いして数を減らすという研究結果がある。人間だって同じだよ。人間も増えすぎれば、神の見えざる手によって、地球の資源に対して適切な数まで減っていく。古代の人類は地球の資源が無限にあると勘違いしたようだが、ここまで人口が増えた現代人は、その資源に限りがあることにようやく気付いた。しかし後の祭りだな。リサイクルだSDGsだと騒いでいるが、もう手遅れなんだよ。」

「檜さん、随分と物知りなんですね。」

「仕事柄、こういう事はよく考えるんだよ。人類の繁栄なんて単なる地球の熱運動の一環だろ。宇宙の寿命から考えたら、ほんの一瞬の出来事さ。だとするなら、俺たちがやってる仕事なんて、取るに足らない小事だと思えてくる。こんなことをいつも考えていれば、この仕事を続けていても、精神の安定が保てる。」

 檜の語りに一同は沈黙で応えたが、蜻蛉が静寂を破った。


「ところで鴉さん。忙しそうでいいですねぇ。僕なんて最近はあんまり仕事が入らないですよ。」

 蜻蛉は泣きそうな目で羨ましそうに言った。

「それはきっとあんたの仕事ぶりがよろしくないから、案件がまわってこないんだろ、前回はどんな具合で仕事したんだ?」

 冷笑気味にそう質問したのは(マムシ)という男だ。蝮はこのように、少し周囲を馬鹿にしたような態度を取る。

「やめてくださいよ。そうやって詮索するの。」

 蜻蛉が困ったように眉を八の字にした。


 結局のところ彼ら五人はお互いのことを深くは理解していない。あくまで業界の情報交換をする為に集まっているだけであって、仲間同士という訳ではないのだ。一緒に仕事をすることは無いし、お互いがどのような武器を使い、どんな手口を使うのかも分かってない。この世界では同業者に自分の情報を晒すことは、マジシャンが手の内を明かすようなもので死活問題となる。経歴や実績などを自慢したところで何もメリットが無いどころか余計なトラブルにまで発展し兼ねない。そのため、この蝮のような探りがしばしば行われる。

「いや、俺も久しぶりの仕事だったよ、いっそのこと鴉じゃなくて閑古鳥と名乗りたいくらいだ。」

 鴉は自嘲気味に答えた。

「ここ最近の日本市場は駄目だね、仕事があることにはあるが昔に比べて単価が落ちている。」

 そう答えたのは椎名という男だ。椎名というのは勿論偽名だ。

 モデルのようなスタイルに美しい透明な肌、流行りの髪型には艶がかかっている。容姿端麗とは正にこのことだ。顔のパーツは整っていて、おまけに凛として良く通る声をしている。


 (こんな業界にいなくたって俳優でもやっていれば成功してたのではないか。そもそも昔はってあんた何歳だよ。20代に見えるぞ、いや30代と言われればそう見えなくもないか...。)

 そんなことをぼんやりと考えていた鴉の前に注文したエスプレッソが置かれた。


「ロシアはいいぞ、あそこならまだ仕事は十分にある。何故なら国土が広いからな。人間が移動するには物理的に時間がかかるだろ。だから同業者が増えても活動エリアに影響しないんだ。」

 檜が得意気に言った。

「ロシア?窓口が紹介してくれるのかい?」

 椎名が訊いた。

 窓口というのは仕事の案件を持ってくる仲介人の事だ。基本的に仕事の依頼は仲介人やフィクサーを通して行われる。鴉ら実行者は余計な私情を持ち込まない為に依頼人と直接交渉することはない。

 裏社会を彷彿とさせる単語を公の場で口にすることなどできず、この五人の中では自然と窓口と呼ぶようになっていた。

「いや、窓口はそこまで面倒は見てくれないさ。個人的なパイプがロシアにある。前回の集まりの後にすぐに発って、先月帰国したのさ。」

 檜は相変わらず得意気である。

「その間、家族はどうしたんだ?まさか連れていく訳ではあるまい。」

 蝮が訊いた。

「ああ勿論連れて行かないさ。海外出張だと言って出てきた。嫁はあまり詮索するタイプでは無いからな。」

 檜には家族がいた。嫁と娘だ。この業界で家庭を持つことはタブーとされている。それは足かせにしかならないからだ。

 ある日、檜が家族と過ごしている場面を運悪くこのメンバーの誰かが目撃した。その後いつの間にか全員に知れ渡ってしまった。そのことを告げられた檜は動じることなくこう答えた。

「妻子がいるという状況が良い隠れ蓑になる。人は家庭を持った人間に対しては警戒心を緩めるからな。」

 檜は社会との繋がりを意識していた。表向きは板金工場の営業マンということになっていた。もちろんそれは存在しない架空の企業だ。腕の傷跡は営業部に異動する前の製造部にいた頃に鉄板加工で怪我をしたことにしていた。あの嫁のことだ。会社を調べるなんてことはしないだろう。そもそも世の中の奥様というのはサラリーマンの旦那の仕事姿など見たことが無い人が大多数だ。

 檜が標的(ターゲット)についてリサーチをする際は、グレーの作業着を着て片手にスーパーの買い物袋を持ちながら尾行する。これは実際に浮気調査などを行う探偵がよく使う手口で、完全に地元の住人のようになり怪しまれることが無い。

「とは言えやっぱり傍にいないと心配ですよね。娘さんまだ三歳ですもんね。」

 なんとも覇気が無い話し方だが、しっかり年齢を覚えていた。こういう細かな所でやはり蜻蛉は同業者だと一同は思い知らされた。

「いつも言ってるだろ、俺にとって家族は弱点にならない。俺はあの二人の身に何かあっても何も感じない。他者に感情移入しないように完全に教育されてきた。俺の道徳心は普通の人間とは違う。だからといって別に家族を失いたい訳ではない。俺が多少なりとも家族を意識するのは、もう一度家庭を作り直すのが面倒だからだ。」

 檜は腕を組みながら答えた。

「なるほどね、それで毎回気になるんだけどその教育ってのは何なんだい?君の仕事について教えてくれた師匠でもいるのかな?」

 椎名が綺麗に揃った白い歯を見せて訊いた。俳優のような男があまりにも自然に質問したので、四人にはまるでドラマのセリフのように聞こえた。

 椎名の魅力的な声の効果なのか。檜は自分の生い立ちを話すことは問題ないと判断して語り始めた。


 檜が物心が付く前、檜の両親は交通事故で他界した。その後、身寄りがいなかった檜は児童養護施設に預けられて過ごしていた。小学校に進学する時期のある日、檜は施設長に呼び出された。呼び出された個室には施設長の他に一人の男がいた。黒のスーツを着こなし左手にはパテックフィリップのノーチラスをしていた。髪の毛はポマードでキッチリ7:3にされていて薄いサングラスをかけていた。

「この子が例の?」

 謎の男がサングラスの奥から鋭い眼光で見下してきた。

 檜は幼いながらも、その男の異様さを肌で感じていた。

「そうです。他の子と比べて記憶力が良く身体能力も言語能力も秀でています。有望かと。」

 この施設長も裏社会の人間だったのだ。

「昨今の人手不足は深刻でね、卒業後すぐに現場に出したい。ひとまず五本、卒業後に更に五本でどうだ。」

 謎の男は左手と右手の手のひらを順に前に出した。右手には腕時計が無い変わりにごつごつとした指輪がいくつもはめられていた。

「決まりですね。」

 施設長は深々と頭を下げた。

 五本というのが五千万円なのか五億円なのかは分からない。ひとつ確かな事は、檜は金で買われた。

 後日、黒塗りの車が檜を迎えに来た。運転手は初めて見る男だった。後部座席に乗せられた檜が連れて行かれたのは成田空港だった。空港にはまた別の男が待っていた。完璧に用意されたパスポートと書類によってスムーズに飛行機に搭乗し、着いたのは北京空港だった。空港から出るとまた車に乗せられた。日本で車に乗せられた時と違い、この時は目隠しをされた。その後4時間ほど車に乗せらていたが、最後の一時間ほどは舗装されていない山道を走っていたようで車は激しく揺れていた。そこに不安と緊張が重なって檜は胃の中のものを吐き出した。それでも目隠しを外すことは許されず。ビニール袋とペットボトルの水を渡されただけだった。

 車が停止後に降ろされ、ようやく目隠しを外すことを許可された。久しぶりの光に目を細めると、そこは森の中だった。木々の間に校舎のような建物が見えた。

 その後、体育館のような大広間に檜と同じくらいの年齢の子供達が集められた。人数はおおよそ300人。片足を引きずって歩く校長先生のような人が何か壇上でスピーチをしていたが、中国語だったので全く内容は分からなかった。その日は寮に案内されて終わった。

 次の日から地獄の日々が始まった。この学校には休日が無かった。まずは標準中国語と英語の授業が始まった。校内ではその二つの言語でのみ会話することが許された。最終的に檜は中国語と英語をネイティブレベルで操れるようになった。

 少しずつ言葉を覚えていくにしたがい檜は子供ながらに理解した。ここは殺し屋を育成する学校だ。その後、徐々に他の授業が追加されていった。銃の手入れや分解組立、人体の構造を理解する解剖学、暗号解読やプログラミング。哲学や宗教に関する授業まで行われた。最も辛かったのは実技の授業だった。近接格闘術や射撃などの訓練を行うのだが怪我人が毎回のように続出し、卒業試験までに100人近くの同級生が再起不能、または命を落とし消えていった。

 18歳になった年、卒業試験が行われた。フェンスで囲まれた広大なエリア内で三ヶ月間生き延びるというものだった。持ち物はナイフ一本とファイアスターターのみ。フェンスから脱走しようとしても、フェンスには強力な電流が流れていて死ぬということだった。仮にフェンスを越えられたとしても、逃げ場などどこにも無い。試験期間中、檜はトカゲや蛇などを食べて過ごした。生き物が確保できなかった時は、木の皮を剥いで食べた。参加者は全員サバイバルスキルを叩き込まれていたため、最初のニか月ほどは平和に過ぎていった。試験終了まで一か月を切ったあたりで、資源を巡って殺し合いが始まった。

 ほとんどの参加者は複数人でコミュニティーを形成して協力していた。しかし最終的にはその仲間同士でも殺し合っていた。檜は二人の参加者とチームを組んでいたが、この三人は最後まで裏切ることはなかった。

 試験終了が近くなったある日、空腹に耐え切れなくなった一人の参加者が獣のように三人に襲い掛かってきた。檜はこの時初めて人の命を奪い、初めて人を食べた。三人は無事に卒業した。

 檜がロシアにパイプを持っているのは、その時にチームを組んでいた一人のロシア人と今でも交流しているからだ。卒業生の数は入学生の数の三分の一程度にまで減っていた。

 その後、目隠しと今度は手錠をされ、幼い頃に連れてこられた手順と全く逆の手順で日本に帰された。

「関係者の人間に復讐しようなどとは思わないこと、施設長も含めてだ。」

 車から降ろされた後に運転主にそう警告され、バッグを渡された。檜にはもはや復讐する気など無かった。そんなことをしても何も生まれないことは理解していた。バッグの中には身分証明書と携帯電話、現金1千万円が入っていた。身分証明書には聞いたこともない名前が表記されていた。ぼんやりそれを眺めていると携帯電話が鳴った。

 電話をかけてきた男はこう言った。

「私は仲介人。仕事の依頼があります。」



「結局、最初に現れた謎の男とその関係者とはそれ以降一度も会ってない。でも窓口の裏には彼が付いてるだろう。投資した分は回収するハズだからな、俺がこなした仕事の報酬の何パーセントかは彼の懐に入ってるだろう。」

 既に氷が解け切ったアイスコーヒーを飲みながら檜は話し終えた。

「それって今でも監視されてたりするんじゃないですか?もしかしてこの話を聞いた私達はマズいんじゃ...」

 蜻蛉が不安そうに言った。

「問題ないさ。卒業してから監視されているような印象は無かった。ああいう人間は身を隠すのが上手い。復讐される可能性を危惧してなるべくこちらと関わらないようにしているんだろうな。あんたらとも余計な関わり合いをしたくないはずだ。

 俺の話はもういいだろ。今日は何か他に話があるんじゃないのか?」

 檜はアイスコーヒーを飲み切った。


「えーあ、はい。ちょっと言いにくいんですげど、今日は皆さんにその

 ...睡蓮(スイレン)の情報を教えてもらいたくて声をかけました。」

 蜻蛉が小さな声で話した。


 睡蓮というのは三年程前に突如現れた同業者だ。特徴は“殺し屋を殺す殺し屋”だった。

 鴉が初めてその存在を知った時、命知らずの馬鹿がいたもんだ。と楽に構えていたが、その噂は三年経った今でも消えていなかった。

 新陳代謝が激しいこの業界では三年も生き残れば一人前とされている。その上、同業者を相手に本当に三年も生き残っているとなると相当な手練れであることは確かだ。

 そしてその情報は謎のベールに包まれていた。何故殺し屋を始末し続けるのか、動機も目的も不明、そもそも個人なのか組織なのかも分からない。

 自然と裏社会の住人達にとって触れてはいけない禁句のような扱いになっていた。

「睡蓮?あれは誰かが面白がって流した与太話だろ?噂に尾ひれが付いて一人歩きしてるんだよ。」

 蝮が笑いながら答えた。

「はい。僕も最初はそう思ってました。でも最近知り合いの同業者がリストラされましてね。睡蓮の仕業ではないかと疑っているんです。」

 リストラというのは殺しを意味する業界用語だ。

 蜻蛉に他の同業者との繋がりがあることに一同は驚いた。しかし、今は睡蓮の話題の方が強力だった。

「睡蓮ね。僕も気になって一度だけ窓口に聞いたことある。そしたら二度とその話はしないようにと言われたよ。」

 椎名が答えた。

「檜、あんたなら何か知ってるんじゃないか?フリーで活動し始めた俺らと違って、その学校にいた関係で知り合いも多いだろ。」

 鴉が聞いた。

「俺は何も知らん。それに知ってても教えるハズないだろう。この中に睡蓮の手の者がいるかも知れないんだぞ。」

 檜が答えた。

「確かにそれは有り得るね。この中に睡蓮本人すら居たりするんじゃないかな?勿論僕は違うけどね。」

 椎名が他の四人を順番に見回した。目が合った鴉は少し心拍数が上がった。椎名には同性でもうっとりしてしまう程に強力な色気がある。

「いや、俺は睡蓮じゃないし、情報も何も持ってないからな。」

 鴉が言った。

「仮に本人がいたとして『私が睡蓮です。』なんて自己紹介するとでも思うか?同業者をリストラする同業者。この世界を極めたような存在だぞ。あぁ一応言っておくが俺も違うからな。」

 二人に倣って檜も否定した。

「なら試しにやり合ってみるか?本物の睡蓮ならこの場で他の4人をリストラすることができるだろうよ。」

 睡蓮を信じていない蝮が冗談を言って笑った。

「真面目な話、睡蓮がこの中にいたって別に不自然ではないよね。ここにいる五人はこの業界で五年以上生き残ってきた実績がある。」

 椎名が言った。

「いやそれは無いですよ!余計な探り合いはやめましょう!」

 蜻蛉は自分の議題が予想だにしなかった方向へ進んでしまい焦っていた。

「何故無いと言い切れる?さてはお前が本人か?睡蓮の話題を出して俺たちの反応を伺っていたんだな!怪しいぞお前。」

 蝮はもはや信じているのかいないのか分からない。蜻蛉をいじって楽しんでいるようにも見える。

「睡蓮がこの中にいなくても、蝮の言う通り他の四人をリストラできるなら、そいつはもう睡蓮を名乗っても良いだろう。そういう意味では睡蓮だから生き残るのではなく生き残ったやつが睡蓮だと言えるな。」

 場当たり的な近接戦に大きな自信がある檜も悠長に構えている。

「哲学を語ってる場合じゃない。俺はこの業界にいる時点で殺されるのは覚悟はしてるよ。だからといって別に死にたい訳じゃない。不毛な争いで無駄死にするこはごめんだね。俺は帰るぞ。」

 カラスはもはや隠語すら使わなくなった。そのまま立ち去ろうとした。

「帰って僕らをリストラする作戦でも立てるのかい?」

 椎名の美しい声が悪魔のささやきに聞こえた。

 その場にいた五人の神経が最大限に研ぎ澄まされた。今誰かが動いて何かをしでかすかも知れない恐怖が全員を支配していた。唯一の救いはそこが普通のカフェだということだ。周囲には一般人が大勢いる。慎重に行動しなくはならない。

「はい、そこまでです。もうやめましょう。」

 蜻蛉が片手を上に上げた。

「僕の趣味は花火です。そしてこの腕に巻かれている腕時計は普通の腕時計ではありません。ここまで言えば、あなた達なら分かりますね。」

 蜻蛉は続けた。

「この腕時計のサイズでもあなた達は全員範囲内です。」

 全員の視線が蜻蛉の付けているダイバーズウォッチに集中した。

「そしてこの腕時計はデッドマンスイッチ式です。僕の脈拍を感知していて、その信号が途絶えた瞬間に起動します。つまりここで争い。僕がリストラされれば、皆さんもまとめてリストラです。」

 蜻蛉の声は震えていた。

「そのサイズじゃ大した爆発にはならんだろ?」

 蝮は馬鹿にした様子だが、一応警戒している様子だった。

 檜が言った。

「確かに爆発自体はそんなに大きくはないだろう。だが脅威は爆発そのものじゃない。その爆発エネルギーよって飛び散る金属の破片だ。手榴弾と同じだよ。よく映画とかで見た事あるだろ。一人の勇敢な兵士が覆い被さるシーンを。あれは爆風じゃなくて飛散物を止める為にやってるんだ。どうせその時計の中にも物騒なもん入れてんだろ?

 終わりだな。」



「今回のところは趣味を明かした僕に免じてお開きにしませんか?」

 蜻蛉の武器が他の四人に知られるという代償の変わりに、この会合は無事に終了した。




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