日の出
凄まじい吹雪で数歩先さえ禄に見えずビバークしようにもその場所が見つからない、だから私は地面にしがみつくようにして山を下っていた。
『さ、寒い……』
自分が今何処にいるのかさえ分からない、分かっているのは山を下っているってことだけ。
去年の秋の終わり頃、長く連れ添った女房が亡くなった。
息子たちは皆独立してそれぞれ一家を構え、私の住居がある新宿のマンションから電車1本で行ける都内のあちらこちらで暮らしている。
だから盆暮れはそれぞれの伴侶の実家に里帰りさせていた。
それが今年の正月は息子たちや義理の娘たちが私を心配してくれて里帰りせずに、私の住居に集まり共に正月を過ごしてくれる。
来年の正月も共に過ごすと義理の娘たちが言ってくれたけれど2年続けて甘える訳には行かないと思い、来年の正月は山で迎えようと冬山登山に来たのだが天候が急変して、遭難しかけていた……イヤ違うな遭難していた。
早く吹雪を避けられてビバーク出来るる場所を見つけなければ、このままだと立ったまま凍死してしまう。
『あれ、あれは?』
あ! 此の場所は知ってるぞ、此処は此の山の中腹にある秘境の温泉と言われている露天風呂だ。
これで凍死せずに済む。
凍え死にそうだった私は服のまま露天風呂に滑り込んだ。
「ブハ、ゲホ、ゴホゴホゴホ」
『なんだ? なんだ? あ 不味い、拭くもの、拭くもの』
紅白歌合戦のあと除夜の鐘を聞いているうちに炬燵に入ったまま眠ってしまったのだろう。
それで寝返りした拍子に飲みかけのお茶が入った湯呑みを倒してしまったらしく、そのお茶が鼻に入ってしまい咽て目を覚ましたって訳だ。
服や布団を拭いた雑巾を炬燵の上に放り出し、ついでに壁の時計を見て時刻を確認する。
6時半ちょっと過ぎたところだから初日の出に間に合った。
住居はタワーマンションの最上階より数階下にある部屋だから、炬燵に入ったまま新年の御来光を拝める。
あぁ……東の空が段々と明るくなって行く。
去年の年末1人で正月を過ごすのもなんだからと冬山登山に行こうか迷ったけど、行かなかったお陰で今年も初日の出を拝めた。
初日の出を見ていたらまた眠くなってきたもう一眠りしよう……。
高山にある秘境の温泉の周辺に山岳救助隊の警察官たちがいた。
その中の救助隊の指揮を執っていた警察官が部下に声を掛ける。
「如何だ、確認とれたか?」
「はい、年末に単独冬山登山に出かけて来た、新宿在住の日比野洋一さん65歳ですね」
「大晦日の天候悪化で遭難しながらも此処にたどり着いたのに、寒さを凌ごうと温泉に浸かったのは良かったがそのまま溺死してしまうとは」
「でも顔が笑みを浮かべ穏やかです。
此処から見える日の出を見ながら亡くなったのではないでしょうか?」
「そうかも知れないな」