心なんて読めなければいいのに…〜聖王女ソフィア・マール〜
妖兎族
三妖種族にして、この砂漠の王国マール王国に根付く種族。
怪力を誇る人虎族や念導力に長けたヒューマンと違い。
特別な腕力や他の種族にある長所も無い非力な種族。
そんな種族に、数十年に一人…変異体と呼ばれる特別な能力に覚醒する者が出現する。
共感能…
他者の心の内を暴く呪い……
この呪いが発現したのはサイの紋章が浮かぶ試練を越えた10歳の頃からだ…
周りの人達は聖なる力と持て囃したが、父である国王エドワード・マールの威光に他ならない。
「ソフィア様!早く起きてください!」
朝日が差し込む自室のベッドで侍女のメアリーが起こしにくる。
「メアリー……私気分が良くありませんの…そっとしておいてくれませんか…」
以前は姉のように慕っていたメアリーだけど…共感能に目醒めてからニ年…そっけない態度をとってしまう…
「ソフィア様…あまり塞ぎ込むのは良くありません、朝食を摂って散歩にでも行きませんか?」
意図せず流れ込んでくるメアリーの思考と感情の色…
『ソフィア様に近しい私が、この引き籠もり癖を治せれば、王族の信頼を勝ち取れば!私でもエドワード様の側室に……いえ…亡きシャルル様に代わって正室も…』
『ああ……エドワード王様…その逞しい腕で私を抱きしめて…』
毎日のように見るピンク色の妄想と打算が…この年頃の私には気持ちが悪く……不快だった。
「お母様を………」
ボソッと声が出てしまう。
私を難産の末に亡くなった、お母様…直接は知らないけれど、お父様の想いから読み取るお母様は…
私を…どれだけ愛して…産まれてくるのを楽しみにしていたのか…知っている。
「ソフィア様?シャルル様の夢でも…」
「お母様を侮辱しないでください!」
驚嘆の表情を隠せないメアリー。
「私は何も…」
「お父様は!!お母様を失って!!どれだけ苦しんだかも!何も知らない癖に!!貴女なんかに!お父様は心変わりなんて!」
感情を爆発させてしまい…ハッと我に帰った…
なんてことを言ってしまったのだろう……後悔しても発してしまった吐露は戻すことができなかった。
悲しさと羞恥の顔を入り混じらせたメアリーは飛び出してしまった。
………………………………
コンコン…
「ソフィア!入るぞ」
ドアをノックして返事も待たず扉を開けるお父様。
1代でマール王国を築き上げ砂漠の勇者と誉れ高い
国王エドワード・マール
私と同じ赤褐色の髪に、年齢を感じさせない鍛えられた肉体
鋭い眼光と威厳に満ちた貫禄があり、民からの信頼も厚く…
女性から人気があるのも頷ける。
チラっとお父様と目が合いベッドに突っ伏して目線を逸らせてしまう。
『ソフィア……ああ…ソフィア…』
お父様の感情と想いが流れ込んでくる…
ベッドから私を抱き起こし正面から私を見つめてくる……またか…
「いや〜ん♡ソフィアちゃん、いつ見ても可愛いーーー♡」
全力で抱きしめて、頬ずりしてくるお父様…
髭が痛いので勘弁してほしい……だが不快なものでは無かった。
私がこの共感能で…誰彼構わず不信感を抱いていても心が壊れなかったのは裏表のないお父様の愛情のお陰だと思う。
だけど王としての執務を励んでいる時は別人のように落ち着いた素振りを見せているが心の内は
面倒くせ〜〜誰か代わってくんね〜かな〜とボヤいていたりする。
私を離し思い出したかのように告げる。
「おっと……あまりの可愛さに……そういやよ、侍女のメアリーが辞職を申し出て飛び出しちまったんだけどよ……なんかあったのか?」
メアリーが!!私の…私のせいで…
こんな力なんて……誰だって知られたくない想いや隠したい気持ちがあるのに…
私が傷つけてしまった……こんな力なんて……
我慢ができなかった…頬を伝う感覚…
ポト……ポト……涙が溢れてくる。
「どうしたんだよ…ソフィア…」
ベッドに降ろし私の横に腰掛けるお父様に今朝の事を話した。
……………
「そっか…メアリーが…でもよシャルルには誓っちまったからな〜」
「生涯おまえ以外は愛さない!って格好つけちまってよ…いやソフィアは別だぞ!」
照れくさそうに笑うお父様だが、本当にお母様以上に想う女性は居ないし、これからも作るつもりも無いのだろう。
散々、跡取りの男子を授かるように側近から提言されていたが
お父様の鉄の意志は崩せず、もう誰も縁談を持ちかける事は無かった。
「私のせいで…メアリーは…」
「いや、俺のせいだよ」
お父様の?何故?
「王様だ何だと持ち上げられてよ…シャルルを幸せにするには、俺がやるしかねー!なんて自惚れなきゃ、地味な平民でお前の共感能を隠したり別の道もあったんだ」
「おまえが男だったら良かったのに、なんて陰口叩かれてるなんて知ってるし、俺ですら辛いのに…その歳で解っちまうなんて…キツいよな」
「お父様は悪くない!!!」
また感情的に叫んでしまう。
「ソフィア……まあ誰が良いだの悪いだの言っても仕方ないしな、メアリーは配置転換って事で待遇が悪くならないように話してみるよ」
「俺も変異体の事は調べてみたが、どうやら力を制御する術があるらしい」
この共感能を!?
「国中の本が集まる書庫があるだろ?そこに資料があってな、だが城の人員に余裕があるわけじゃないし、俺も忙しくてな…方法までは…」
「私が調べますわ!」
読み書きなら、基本的な事は習った!自分の問題なのだから、自分で解決するのが筋というものだ。
「お父様が国王にならなければ、その書物は手に入らなかったのですから!お父様は自分の偉業を誇ってください!後は私に何とかさせてください!」
「ソフィア…そうだな、城の書庫は好きに使っていい、侍女もつけない!やるだけやってみろ!」
………………………
城の書庫の前まで来ていた。
回廊に出るだけで様々な声が大きくなり入り乱れ…耳を塞いでも感情や思念が流れ込み、ただ歩くだけでも喧騒が辛かった…
お父様の励ましを胸に抱きやっとの思いで辿り着いた大きな扉。
存在は知っていたものの……
その大きな扉に圧倒されてしまう。
ギー……
鈍い音を響かせながら、意外なことに非力な私でも難なく扉を開けることは出来たのだけど…
「なんなんですの……これ…」
本棚にキッチリと並べられた図書室のようなものを想像していたが…
そこは乱雑に積み上げられた本の山が所狭しと置かれている……いえ打ち捨てられていると言っていい本の墓場のようだった。
舐めていた…貧しい砂漠の王国で高価な書物など、そこまで多くはないだろうと踏んでいた…
よく、ここまで多い書物を漁り忙しい執務の合間を縫い私の共感能に関する資料を調べたものだ…
お父様のバイタリティーに感心すると共に私に対する思いやりを感じる。
『こんな所に誰が…』
気配を感じる!本の山から少年が姿を見せる。
黒みがかった茶色い髪の妖兎族。
背は私より少し高い2〜3歳は年上だろうか?
「これは!!ソフィア様……そういえば王からソフィア様が来るって聞いてたんだった!」
「いえ…失礼しました、僕はマイケルと申します!ここの守衛を任されております」
あどけない中性的な笑みを見せるが、すぐにキリッと兵士の立ち居振る舞いで自己紹介される。
「あの…共感能の本を探しにきたのですけど…」
身構えて素っ気なく要件だけ伝える。
「エドワード王も探してました!まさか王女自ら…」
『可愛いな…僕の妹くらいか』
まだ若輩の兵士で危険の少ない書庫の守衛をさせられて居るのだろう。
「驚いたでしょ?ここの本は砂漠の遺跡から発見され奇跡的に保存状態が良くて……はっ!いけない!王女に軽々しい口を!」
「自然に喋ってくれて大丈夫ですわ、心の声も聞こえますし」
ギクッとした表情を見せながら、すぐに表情を崩し話し出す。
「そう…妹と同じような歳だから親近感が湧いたんだ、改めて宜しく!ソフィア王女」
悪意は無い…とりあえず心配することは無いだろう。
だけどお父様すら見つけられなかったのだから、私の力を制御する書物など…彼に聞いても…
!!!!
『ソフィア…』
本の山の中から共感能を通じて女の人の声がする!
「マイケル!大変です!あの山に誰か埋もれています!」
「えっ?そんな馬鹿な?ここ3日は誰もこの書庫には来てないよ?」
本を投げるように 取り除き、救出しようと試みる。
マイケルも手伝ってくれて声の主に近づいていく……
「なんなんですの?」
声に近づいて行くにつれ、白い光が私には見えてきた。
「マイケル!この光は…」
「光?なんのこと?」
マイケルには見えていない!?
光に向かって本を取り除いて行くと、そこには不思議な本が眩い光を放っていた。
『ソフィア…私に触れてください』
どうやら、共感能を通じて話しかけてくるのは羊皮紙でもない。
見たことも無い色彩をした本のようだった。
そっと本に触れてみる…
カッ!!
ザーーーー…ザ……
不思議な本の光は辺り一面に広がり、歪んだ…景色から……
見たこともないシンプルな装飾を身に着けた金髪のヒューマン?らしき女性が一瞬だけ見えた…
『ソフィア・マール…あなたを待っていました』
「貴女は誰ですの?」
『私は……ザーーーー……駄目ですね…伝えられません…そうね…彼の想い……人格投影…』
言っている意味が解らなかった。
『薄い意識しかありませんが、貴方に精神障壁を伝えます』
「なんなんですの!それは?」
『貴女を苦しみから開放します、どうか………』
………………………
「………ィア様!ソフィア様!!」
ガクガクと肩を揺すられ気がついた。
「マイケル…この本は何なんですの?」
本をマイケルに見せようと手元を見たが、あの本は消えてしまっていた。
「どうしたんだよ?ソフィア様!突然ボーっとして返事もしないなんて!」
どこかおかしい……マイケルの声が聞こえない…
いえ…城の喧騒が全くと言っていいほど聞こえなくなっていた。
「マイケル!!心の中で私に話しかけてください!」
「えっ!?いいけど…」
………
聞こえない!治った!?私の共感能が!
静寂…久しくなかった…
この長い耳を引き千切りたくなるような、あの苦しみから開放されたんだ!
…………………………………
数ヶ月後…
私は、静かな自室で本を読んでいた。
共感能が収まってから、さあ!直ぐにでも外に!
と意気込んでみたものの……
長らく流れ込んできた他人の思考から簡単に人を信じることができず……やはり怖かった。
コンコン
「どうぞ」
「ソフィア様、見たところ物語の本はこれで全部みたいだ」
大量の本を私の部屋に運び込むマイケル。
やっと静かになった自室で落ち着いた生活を送れると思ったものの、こう静かだと何もすることが無いのは飽きていた。
「後は難しい古文書のようで僕が読んでも理解できません」
私も少し読んでみたが、何が書かれてるのかチンプンカンプンだった。
けれども子供でも読める物語の本がありマイケルに頼んで自室に運んで貰っていた。
「ありがとうございます、マイケル読み終えたら返却しますので」
「泥棒でもない限り誰も興味を示さない物だから、ゆっくりと読むといいよ」
マイケルが出ていき私は読書の続きを楽しむことにした。
本はいい……
物語の人物は言ってる事と思ってる事が違うなんて解らないし
外の世界を知らない私に新鮮な情緒の息吹を吹き込んでくれる。
朝から晩まで本を読みふけり、特に私は恋愛小説などを好んで読むようになっていた。
「ふぅ……よかった…やはりハッピーエンドが一番ですわ…」
紆余曲折がありハラハラしたが、最後には結ばれる物語を読み終えたら、心が満たされる。
冒険小説はまるで、その世界を旅している気分になり
ミステリー小説は先の展開に思考を巡らせ
本当に読書が、これほど面白いとは思ってなかった。
マイケルが訪れたのは昼だったのに、辺りは暗くなり初めていた。
「ソフィア様、お食事の用意ができております」
ドアの外から遠慮がちに声をかけられる。
いつもは気を使われているのか、この部屋で食事を摂るのだが今日は気分がいい。
「お父様と頂きたいので、そっちに運んでおいて貰えませんか?」
「ソフィア様!やっと部屋から出る決心が!わかりました!王にも伝えておきます」
……………………
「ソフィア!共感能の制御が上手くいったんだな!」
食事をしながら笑みが溢れ、私を慈しむ眼を向けるお父様。
「あれから心の声は聞こえなくなりました…ですが…逆に全く力を使えないのも不安ですわ」
贅沢な話かもしれないが、自分に悪意を持つ人間を見抜けた今までと違い。
他人が何を考えているのか解らないとなると不気味な不安感を覚え警戒してしまう。
「元々はそれが普通なのだ、経験を積み人の気持ちを理解すること、まだお前は幼い少しずつ慣れていけば良い」
従者が揃う食事の場では尊厳な王を演じているが、私を抱きしめたくて仕方ないという、お父様の気持ちは理解できた。
…………………………
食事を終えて身を清めてから、後は寝るだけなのだが、一冊の本が目についた。
黒い表紙に男性二人の白いシルエットが描かれている。
「眠る前に少しだけ…」
ベッドに本を持ち込みページをめくる。
丁寧に粗筋が書かれている。
「ふむふむ…貧しい家庭で育った14歳のあどけない魅力を持つ少年ロミは煙突掃除夫として身売りされ、そこで年上で金髪の美少年アルフと出会い友情を育む……」
「面白そうですわ!」
すぐに物語を読み進めていく。
………
なんだろう…なぜか登場人物の描写…とくに容姿や体型などが細かく書かれている。
ロミの容姿は黒みがかった茶色い髪で、あどけない笑顔が魅力的…
頭の中でマイケルを連想してしまう。
途中までは胸を裂かれそうな悲劇や葛藤など、物語としては面白いのですが………
「そんな!アルフはロミの事を!」
物語は怒涛の展開を見せ……その……男の友情というには……行きすぎているような……
既に誰もが寝静まるほど夜が更けていたが、ドキドキと胸を高まらせる物語に釘付けになりページをめくる手が止まらなかった。
チュン……チュンチュン…
最後のページを読み終えた頃には…朝を告げる鳥の声が聞こえていた……
ロミとアルフ……白い肌を重ね…見つめあう二人を想像し胸の高鳴りが止まらず、全く眠気を感じることが無かった。
「男性が男性と……その発想はありませんでしたわ…」
ベッドから飛び起き自室にある本を探し回る。
恋愛小説は殆ど読み終え、残す本も男性の恋愛物は見つからなかった。
書庫だ!!そこにまだ残されているかもしれない!
……………………………
「おはよう!ソフィア様、今日はやけに早いけど?」
書庫には既にマイケルが守衛に着いていた。
ロミと重ねてしまい、ボッと赤面し目を逸らすように俯いてしまう。
「その…本を探して……」
「僕が見たところ物語の本は殆どソフィア様の部屋に運んだけど、まだ全部見たわけじゃないから埋もれているかも」
本の山にダッシュし漁りまわる!
「どうしたの?ソフィア様!そんなに必死になって?」
「い……いえ…その…そうですわ!この書庫は前々から乱雑すぎると思ってましたの!整理します!高価な書物で国の宝物なのですから」
「ソフィア様……やっぱり凄いや!一国の王女でありながら、決して驕り高ぶることもなく、自ら国の為に尽力するなんて!」
凄く……良心が痛みます……
「僕の知り合いに大工が居るんだ!本棚を作って貰えるように頼んでみるよ!勿論!僕も本を片付けるのを手伝うよ」
とてもじゃないが、あのような本を探していると言える雰囲気では無かった……
……………………………
マイケルの呼びかけに感心したのか、本棚を作る職人は快く引き受けてくれて
その職人が街の人々に触れ回り、私を手伝いたいと志願する者が現れ……
「流石はエドワード王様の息女だ!こんな小さい女の子が一人でも国の為に片付けたいなんて、そんなのオレっちが手伝うしかないでしょ!」
「聖なる力…共感能……その大きすぎる力は普通の人間には耐えられるものでは無いと聞く…それを克服し立ち上がるなんて…」
どんどんと増えていく人員……片付けるだけと当初は言っていたのだけれど
大掛かりな工事が始まり、椅子や机、綺麗にジャンル別に整理され本棚に収まっていく書物。
あの廃墟のような書庫はみるみる内に立派な図書館に生まれ変わっていく。
「ソフィア……これは…」
お父様達が書庫の視察に訪れた。
「その…書庫を片付けたいと申しましたら…皆様が手伝ってくれて…」
執事のセバス…大臣達や偉い方々が目を丸くして驚いている……
城の国家医師のレオンが、ふと本棚に目を留めた。
「臨床心理学?ふむ……これは!!」
パラパラとページをめくる医師は興味津々といった面持ちだ。
「エドワード王様!ソフィア様!この本の閲覧を、お許しくださいませんか?」
「どうしたのだ?」
「公爵夫人であるローザ様が心の病を患っておりまして…医師とはいえ心までは治癒することは出来ないのですが、この本には心の治療に役立つ情報が記されております」
心の病……私も…心を痛めていた…
「お父様!この書物は一般に公開するべきですわ!民の役にたつのなら…勿論持ち出し厳禁にするべきですが」
「そうだな……国の発展に役立つなら必要な人間が必要な知識を知るべきだろう……よし!この書庫は民の為に公開する!荷物検査は怠るな!」
「おお…ソフィア様!そこまで考えておられたとは…」
「流石だ…」
とてもマズイ展開である……
早く目的の本を見つけて持ち出さなければ……
………………………………
ない!!ない!!なーーーーい!!!
物語の本は更に細かく分けられ、童話から異界の物語まで、くまなく探したのだけれど…
私が求める本は見つからなかった……
「どうしましょう……」
諦めるしかないのだろうか…あのようなニッチな本を求めるなど、私しか居ないのかもしれない…
私はおかしいのかも…
心の内に火が灯るのを感じる…
「無いのなら!!書けばいいのですわーーー!」
自作小説!私は…誰に求められる訳でもないが、自らの情熱を消すことが出来なかった。
…………………………
まずは物語の構成や設定を考えて書き出していく。
すぐに浮かんだのは、やはりロミを想い出すマイケルだった。
「とりあえず主人公の名はマイケルでいいですわね…よくある名前ですし…」
恋仲になる男性はフレッド…金髪で長髪の線の細い美青年で……
どんどんと浮かんでくる登場人物や時代背景、悲恋や立ち向かう勇気で物語に抑揚を……
ガリガリと執筆を続ける。
文章におかしい所もあるのだろうが、自分が求める最高の物語を!
…………………
寝る間も惜しんで書き始めて数週間……
「出来た……」
感動のラストを迎えた私の物語…
百枚程の紙に穴を開け紐で結っていく……
「これが私の本……」
感無量といったところか…何かをやり遂げる…最後まで本を読んでも得られなかった…産まれて初めてのカタルシスを私は一生忘れることはないだろう……
ジーンと感慨深い気持ちで本を抱きしめ浸っていると、ふいにノックが聞こえた。
「ソフィア様、医師のレオンです…失礼かと存じますが相談したいことがございまして」
はわっ!!服の下に本を隠し応対する。
「どうかしましたか?」
「実は前に言っていたローザ様の心を聞いて欲しくお願いに参りました」
医師のレオンは私も病気になった時には世話になっていたし無下には出来ない…だけど…
「私の共感能は……今は使うことができませんの…」
「存じております…私もソフィア様に負担をかけまいとローザ様の事は黙っておりましたが……その……ローザ様が自死を図りまして…藁をもすがりたく…」
自死!?
「それは!………わかりました。何も出来ないかもしれませんが、ローザ様の屋敷まで連れていってもらえませんか?」
「ソフィア様……有り難き、御心…感謝いたします」
………………………
公爵夫人のローザ様を見て…悲痛な想いを抱く……
痩せ細り、眼は窪み、肌は荒れ…
小さな頃に会ったローザ様は快活で、衣着せぬ物言いの豪快なおば様といった印象だったのですが……
「ろくに食事も摂れず睡眠も満足に出来ないようで……」
力無く項垂れるレオン…
「ローザ様…何があったのですか?」
「……………………」
返事が無い…虚ろな眼は光が灯っていない…
「御子息と喧嘩をした翌日……御子息は狩猟に出たまま……行方を眩ませたと聞いております」
最近はミラージュという魔物が旅人や商人を襲うという話を聞いたことがある………もしかしたら…もう……
「わかりました……なんとか…」
呼吸を整え…以前の感覚を思い出す…
集中し心の声に耳を傾ける…………
………………………………
「わかってるよ!そんな事は!」
「だけどアンタ!そんなこと許されると思ってるのかい!!」
………………………………
「ハッ!!!はぁ…はぁ……はぁ……」
何かが視えた……声が聞こえた……
御子息とローザ様?
おかしい……人の表面的な声は聞こえたりしたが、今のは……もっと深い…心の奥…
「はぁ……はぁ…レオン…御子息とローザ様の記憶が視えました…今日は……無理…」
心の内側を視ることは…声を聞くより…とてつも無い精神力を使うみたいだ…
「ソフィア様!ソフ…………」
……………………………
気がつけば自室のベッドに寝かされていた…
「よう…起きたかソフィア、精神力切れだとよ…レオンに死を持って償うとか泣き付かれてよ…参ったよ…」
ボリボリと髪の毛を掻きながら、お父様が私に声をかける。
「レオンは悪くありません!私が未熟な共感能を使って!」
「わかってるよ…そんなことは…レオンに責任を問うわけねーだろ」
ホッとした…お父様はそんな事はしない。
「ローザ様の容態を診たのですが、今までの共感能と違って…ローザ様の記憶を視ることができて…」
事の顛末を説明していく
「ああ…伝説の聖女と同じだな…妖兎族に伝わる伝説でよ、心を救い民衆を導くなんて言われてる」
聖女?
「まあ今はゆっくり休め、ローザの事は忘れろ俺が何とかする」
部屋を出ていくお父様…
そんな……私には何も出来ず…お父様に甘えるだけなんて……
乗りかかった船だ!私が何とかしなければ!
あれ?そういえば……服の下に隠した本は!?
お腹にあった本が見当たらない……
部屋を探すが見つからない……
落とした!!!!!!!
搬送される時に落としたとしても不思議では無い!!!!
そんなーーーーーー!!!!!
…………………………………
城の外に出るには相当な勇気が必要だった。
街の人々に奇異の視線を向けられるのが怖かった…
だけど…私がやらねば…ローザ様は…
露店が並ぶ街の中心部に来ていた。
「完璧な変装ですわ」
巻いた長い髪を結い、簡素な水色のドレスを纏い眼鏡をかける。
どこから見ても王女だなんて思われないはず…
商店の店主の前に立ち、そっと目を閉じ両手を合わせ握り祈るように集中する。
深く潜れば倒れてしまう…浅く…
「いらっしゃい!お嬢ちゃん何かいるかい?」
『なかなか、上等な服装だな…世間知らずのお嬢様ってとこか…高く売りつけられそうだ』
「適正価格であれば、そこの林檎を頂きたいですわ♪」
出来た……どうやら集中の仕方で読み取る深さは調整できるみたいだ。
「1個10万マルクスだよ」
『本当は1000マルクスだけどな』
「私は商人の娘なので騙さないでください1000マルクスなら払いますわ」
「げっ!敵わねーな…はいよ1000マルクスね」
お金を支払い林檎を受け取る。
…………
噴水の近くに腰掛け林檎を齧る。
この力を使ってローザ様を…
やはり原因は御子息の事みたいだし何とか御子息を見つけられないものか…
誰かが私の前を横切る…
「フレッド!!!」
思わず叫んでしまう!
サラサラの金髪をなびかせる美青年…狼の耳と尻尾がある人狼族
私が思い描いた小説の人物がそのまま飛び出してきたような……
小走りに青年の前に立ちマジマジと見つめる。
容姿端麗で線の細い…立ち居振る舞いから装飾まで…イメージそのままだった。
「なんだい?君は…フレッドと叫んでたが人違いじゃないのかい?」
「いえ…人違いなのは分かってるのですが…」
「変な子供だ…僕はキース、訳あって同族の女性を探している…僕と同じ人狼族を見なかったかい?」
キース様…
「知らないなら失礼するよ忙しくてね」
「待ってください!貴方を取材させて頂けませんか?」
「取材?ハッ!!!そうか!僕のあまりの美しさに魅せられて……」
「なんてことだ…こんな小さな子供すら魅了してしまうなんて……生きているだけで罪になってしまう…怖い……自分の美しさが…」
当たり前の事ですが、小説のフレッドとは…かなり性格が違っている……なかなか尖った人格の方のようだった。
「そ……そうなのですわ!それに人を探しているなら協力させてください!私も探している方がいますし…」
「君も?」
目を閉じる…
『面倒だな…子守りをしながらアリスを追うのは…』
「探している方はアリス様と言いますのね?」
「なんだと!?」
「私は人の心が読めるのです、役に立つと思いますわ♪」
「へぇ…いいじゃないか!僕もニオイを辿って人を追える…だけど、こう人が多くなると…なかなか」
「ニオイですか?少々お待ち頂けますか?あそこの茶屋で食事でもしていてください、料金は払っておきます」
「おいおい…まだ決めたわけじゃ」
脱兎のごとく店に料金を払い、公爵家に駆け出した。
……………………………
公爵家の執事から御子息、ポール様の服を借りて、急いでキース様の居る店に戻った。
「やあ…遅かったね、せっかくだから食事は頂いておいたよ」
ティーカップを持ち凛とした作法は平民の者とは思えなかった。由緒ある家系の出身なのかもしれない。
「このニオイを追えますか?」
「これは?その探し人の衣服かい?さっきも言ったけど人混みでは………これは!?」
「何か分かりますの!」
「僕たち神狼会が泊まる宿で同じニオイをした男が居たよ」
それですわ!!!
………………………
バーーーーン!!
宿の部屋へ飛び込むように扉を開けると
「ソフィア様!!」
「ポール…私……」
宿でポール様と…知らない女性が怯えるように抱き合った。
「探し人は見つかったようだね、僕も神狼会のメンバーと合流する、他人の揉め事に付き合いたくないからね」
やれやれと言った様子で去っていくキース樣。
「ソフィア様…どうして王女直々に…それにソフィア様は城から出られないと…」
「ポール……諦めましょう…私達は…結ばれる運命じゃなかった…」
格好を見たところ女性は平民の娘のようだった。
「お母様に頼まれたのですか…確かに王族貴族が平民の娘と婚姻など出来るはずがない…僕たちの事は…死んだと思って」
「それは、しっかりローザ様を説得しての行動ですか?」
「いや…彼女の事を話しただけで…お母様は……」
「ならば、もう一度…何度も!説得してください!ローザ様は貴方の事を気に病んで…命まで断とうとしたのです!」
きっとお父様も…私が黙って居なくなったら…
「いくら王族でも他人の家庭に口出しするのは間違ってます……でも…私は…ローザ様を見るのが辛くて…これは私個人のお願いですわ」
「やるだけの事を精一杯やって、それで駄目なら、貴方を平民にするよう、お父様に掛け合ってみます!」
「ソフィア様……僕は…」
……………………………………
公爵家 ローザの部屋の前
「さあ…ポール様!勇気を出して」
勇気を出して……どの口が言うのだろうか…あれだけ人々を恐れ向き合う事を避けていた私が…
ガチャ……
扉を恐る恐る開けるとローザ様が立ち上がりポール様を抱きしめた。
「ポール…無事で良かった……アタシはアンタの事をどれだけ…」
「お母様…」
「後悔したさ…頭ごなしに否定して……そこに居るのは」
「おっ……お初にお目にかかります!カレンと申します…この度は大事なポール様に…なんと詫びを…」
「いいんだよ!そんな事は!アンタ!!ポールを愛してるのかい!」
「はっ…滅相も………いえ…正直に話します…私は…彼を愛しています!彼の為に生き彼を支え!抱きしめてほしい!」
「なら問題ないじゃないか!家柄?大いに結構!大切なのは愛情だよ!アタシはソフィア様が残してくれた本を読んで感銘を受けてね……」
ホロッと涙を流すローザ様………
本を!?それって……
私の自作小説!!!!!
確かに…身分差や悲恋をテーマに書きましたが…
「私を共感能で治癒しようと心を読まれ無理して倒れて…」
「ソフィア様…それでお母様に本を…そこまで考えて…」
違う……そこまでは…それに…内容は…
「ポール…異性ならまだ容易いよ、ソフィア様の本は……」
ストーーーーップ!!!
「とにかく!良かったですわ♪ローザ様本を返して頂けますか?」
一刻も早く、この場を去りたかった…
「いや…あの本は皆に広めるべきだよ!アタシが出資するよ!ソフィア様!もっと書く気はないかい?」
いえ……その………
………………………………
一週間ほどで本は出版され、売り上げは国家予算に組み込まれることとなった……
お父様は難色を示したものの、貴族の夫人に絶大な影響力を持つローザ様の熱弁を無視する事はできなかった。
内容からして全く売れず…王女の気まぐれ……となるはずだったが
何故か本は爆発的に売れ…増刷が追いつかないほどだった……
そしてローザ様が心の病から立ち直った噂で……
私は…昼は共感能で心の病を癒やし
夜は連作小説を書くというヘビースケジュールに追われていた……
街を歩けば女性から黄色い声援が飛び交いサインをねだられ……
いつの間にか聖王女と呼ばれ崇めたてられる始末………
「地獄ですわ………」
ある意味…精神力はメキメキ鍛えられているが…
小説は全く書けなくなっていた…
スランプというものだろうか……
机に向かうヤツレた私にペコペコと頭を下げ詫びるお父様……
「ほんっとうに!すまねー!ソフィア!まさか…こんな事になるなんて」
「最近……睡眠時間が4時間しか取れませんの……」
「いや…俺も悪いと思ってるよ…そこでだ!旅に出ねーか?ソフィア」
旅に?
「ここに居ちゃ気が休まらねーしよ、引き籠もってちゃ健康に悪い!書けないなら取材に行くってことにして」
旅…考えてませんでした。確かに私の知識や情報は殆どが本から得られた物…
その眼で観て!聞いて!感じて!好きな物を追う!少なくとも、この過密スケジュールで過ごす城よりも面白そうだった!
「信頼できる兵はつける」
「必要ありません!私は……外に出るのが怖かった……でも私が変わるには!一人で何とかしなければいけません」
「ソフィア……こうやって、大きくなって俺から巣立って行くんだな…」
「悪意はすぐに分かるので心配しなくても大丈夫ですわ♪」
そう一人で一歩を踏み出し……旅先で出逢う方と…共に歩み…自分で仲間と歩いていくのだ。
お父様と言えど、誰かに用意される物じゃない…
……………………………………
旅に出て初日の夜……
私は…アッサリと盗賊に囚われていた…
「おいおい、高価な身なりに金も、たんまり持ってやがる」
「アニキ!当たりですね!」
「まだ小さいからな、売り飛ばすなら娼館より奴隷だな」
悪意は感じていたのですが、脚があまりにも遅く逃げることができなかった。
刃物を持ちギラギラとした眼を光らせる盗賊に私は…恐怖を隠せずガクガクと震えていた。
私は…世の中を舐めていた…人生そんなに甘くない…
さようなら……お父様…
「なんだ!てめ………」
「アニキ!!うらーーー…」
「ひっ……助け………」
どうしたのだろう…諦めて閉じた眼を開けると…
「キース様!」
剣を抜き血に塗れたキース様と…首を落とされた盗賊の亡骸が転がっていた。
「外道が…年端もいかない女の子を痛ぶるとは…美しさの欠片もないブタ共だよ」
悲しく私を見つめるキース様……
『アリス……君を思い出す…』
キース様からは禍々しい…ドス黒い感情が読み取れる………だけど…何故だろう…その奥に悲しみと光も感じる。
剣で私の縄を切ってくれる。
「帰れ………街の中ほど甘い世界じゃない」
冷たく言い放つキース様だけど…
「あら♪私は貴方を取材すると言いました。丁度良かったですわ貴方に着いていきます♪」
「どうして…そうなるんだい?」
「一言で言うと、貴方の見た目が良いからですわ♪」
「ふっ……好きにするといいさ」
きっと彼も寂しい人だ……私には…そう感じ取ることができた…
私の冒険が始まる……それは…どんな物語と感動を与えてくれるのだろうか…お父様見ててください!
私は…お父様に負けない立派な王女になり、民を皆を護れるほど強くなってみせますわ♪
いや〜初めて書いた連載で主人公の仲間になるキャラの過去を掘り下げる!心を書きたい!
人に歴史あり!
なんてプロット組んでいたのに物語の進行上どうしてもソフィアの物語を入れる事ができずに、モヤモヤしていたのです。
短編小説は、簡潔にサクッと読めたほうがいいかな?とか思いながら、まあまあ長くなってしまった。
俺は…右手の剣を握りしめ迸る汗を感じながら剣を振るが甲高い音を立てながら受け止められた…✖
カキーン!剣を降るが受け止められた!◯
みたいなのがweb小説の書き方としては正解!
とか見たことあるが、女の子が主人公になると、ある程度心理的な描写がないとキャラとしておかしくなる…初めて読む人も設定解らないと…
とかゴチャゴチャ考えて字数が多くなっていく。
これで三人称なんて導入したら、めちゃくちゃダルくなりそう。
自分としては、結構おもしろいやん♪まあいいだろ。
とか思ってます。
興味のある方は本編も読んでくださいね!