66/200
蟹
赤い甲殻。両手に持てばそれは幼少の真夏の鉄棒に似ている。両掌の中心に力を込めれば、それは骨を折るのに似ている。
窓向こうの雪景色。二人には手狭ではあるが清潔の行き届いた八畳間と、炬燵と、湯気と、鍋。
松竹梅の、竹の蟹。真っ赤な蟹は、飾り皿の上、だるまの胴体だけとなって、黒真珠の瞳で、私の手元を見ているような、見ていないような。
ボチリ、と音を立てて折れた脚が、柔らかな繊維の肉を弾けさせる。
バキ、とためらいのない君の手元と言えば勢いがいい。その微笑みは初めて見る。捕食者の微笑み。
腕相撲をしたならば、といらぬことを考えるのは男のくだらない性か。
なぜそう生まれたのか、と問うのも人のくだらない性か。
殻の割れ目を口につければ、たらりと舌の上へ流れ込む出汁。紅白の身の唯一なる歯ざわり。
上手く吸い込むだけで、すっぽりと抜けるその美味を、なぜ持って生まれたか。私たちはなぜ気づいたか。気づいてから幾百年。
想い馳せるは冬海の底。馳せているのは温室たる炬燵の中で。君と揃って纏うどてら。
この今こそが人なのだと。窓景色へと隔てられた雪降る夜波を眺めながら。
君もまた無言に舌鼓を打つ。




