魔法について
「わた~気持ちいいか~?」
「へっへっへ」(きもち~、あ、もちょい上も~)
翔がわたこを膝の上に乗せ、わたこを優しくブラシで撫でる。
わたこは気持ちよさそうに目をうとうととさせていた。
「翔ちゃん~私にもブラッシングして~」
「理沙もおいで~。」
わたこの横に並ぶようにして理沙が翔の膝の上にうつ伏せになる。
翔はわたこにはブラシ、理沙には手櫛でマッサージをするように優しく撫でた。
「ん~~翔ちゃんの頭皮マッサージってなんでこんなに気持ちいいんだろう~。」
「わふわふ~」(しょうのブラッシングってなんでこんなに気持ちいいんだろう~。)
「二人とも大げさだなぁ~。」
今日は3人とも休日ということで、全力で寛いでいた。
「あっ、九時半!二人ともちょっとごめんな~。」
2人をマッサージする手を止めた翔は、近くにあるリモコンに手を伸ばしてテレビを付けた。
雨宮家は女神の力によって、家に繋がる全ての配線を日本と繋げたままなっている。
無線環境も維持しているため、テレビやスマートフォンも問題なくつながっていた。
『異世界戦隊ナロウジャー!』
「始まった始まった!」
翔はリモコンを置くと、再びブラッシングと頭皮マッサージを始めた。
異世界戦隊ナロウジャーとは、子供向け特撮番組で、子供から大人まで幅広く人気のある戦隊シリーズの第43作目である。
翔は小さい頃から現在に至るまで、実に20年以上もの間毎週戦隊シリーズを欠かさずに見ているのであった。
『くそっ、こうなったら...!フェニックスファイヤー!!』
「最近の戦隊モノってCGすっごいねぇ~、もうリアルすぎて本当に魔法使ってるようにしか見えないよぉ~」
「わふぅ~。」(よくわかんないけどかっこいい~)
「.....。」
翔の膝の上に頭を乗っけたまま、一緒にTVを見るわたこと理沙。
いつもならナロウジャーを見てテンションが上がっている翔がなぜか真剣な表情でTVを見つめていることに、理沙は違和感を覚えた。
「...翔ちゃん?どしたの~?」
「....そうだ、魔法!!」
「???」(魔法?)
テレビを見ながらいきなり叫び出した翔、しかしその手は止まることなくマッサージを続けている。
「そうだよ、魔法!理沙、わたこ...は翻訳魔法使ってるんだっけ。二人とも、リュシアさんに魔法を教わりに行こう!」
「あ~、そういえばここ異世界だったもんねぇ~」
「わふ」(リュシアちゃんとこ遊び行くの??)
高いテンションとは裏腹に、2人の頭を優しくソファーに降ろした翔は、二人の返答を聞かずに出かける準備に二階へと駆け上がっていった。
「...私達も準備しよっか~!」
「わふ!」(まってる~)
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「こんにちは~、門番のショウでーす、リュシアさんに用があってきました~」
「わんわん!」(リュシアちゃーん!あそぼー!)
「わたちゃん、今日は遊びに来たんじゃないよぉ」
ここは王都ヴァレンシアの中心部、ヴァレンシア城。
その城門を支えている大きな柱の横に立っている小さな建物の前まで来た翔たちは、受付に向かって声をかけた。
この王都で一番大きい石造りの立派なお城、翔たちも初めて城に訪れた時は、まるで観光客のように写真を撮りまくっていたのだが、今では近所の家に訪問するノリにまでなっていた。
まったく、人というのは慣れる物である。
「ん?ああ、ショウさんでしたか。どうぞお通りください。」
「あ、その声はパイルさん。お疲れ様です~。」
パイルと呼ばれた頭まですっぽりと覆われた兜を見に付けた甲冑姿の男性は、翔の門番の仕事を取りまとめている、いわば責任者だ。
パイルに城門を開けてもらうと、中には様々な植物が植わった広い庭が広がっていた。
中心部にある城までは歩いても5分はかかるほどに遠い。
「リュシアさんの研究室は~、あっちだっけ?」
「ん~、私は一回しか来てないからなぁ~。」
リュシアは城内にある、宮廷魔術師にそれぞれ与えられる研究室に住んでいる。
しかし翔は毎回パリスに案内してもらっていたため場所を覚えていなかった。
「ふんふんふん...わんわん!」(あっちからりゅしあちゃんの匂いする!)
そんな時、わたこが頭を上げてふんふんと匂いを嗅いでから二人に向かって吠えた。
「わた~~!やるじゃんか~~!よし、わたに案内してもらおうかな!」
「わたちゃんいいこいいこ~~」
翔と理沙にもみくちゃに撫でられ、わたこはついその場に寝っ転がってお腹を見せて盛大に喜んだ。
「ふんふんふん」(もっとほめて~~)
「よーしよしよし」
「いいこいいこ~♪」
「...何やってるんだろう...あの人達...。」
そんな光景を離れてみていたパリスは不思議そうに眺めていた。
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わたこをひとしきり撫でまわした後、当初の目的を思い出した雨宮家は無事、リュシアの研究所までたどりつくことができた。
10分間撫でまわしていたせいでパリスに声をかけられたのは言うまでもないだろう。
「リュシアちゃーん、翔でーす。」
「ん~~....あ、ショウさん...どうしたんですか?」
翔がリュシアのいる研究所のドアをコンコンコンと叩きながら叫ぶと、目の下に大きな隈ができた、髪の毛が乱れたリュシアが現れる。
衣服はいつものThe魔術師といった格好ではなく、白のシャツにドロワーズという、ラフな....ラフすぎる服を着ている。
どうやら彼女は寝ずに本職の仕事に熱中していたようだ。
「わん、わふ...。」(今日はぼうししてないんだ...)
「わ、リュシアちゃん服!翔ちゃんも見ちゃダメ~!!」
「えっ」
翔の目を抑えながら自分の方に引き寄せる理沙。
この行動、日本にいた時であれば『うわっ』程度で済んだだろう。
しかし、今の理沙は巨人族の数倍の筋力を誇る才能を持っている。
ゴキン
翔の首からなってはいけない音が響く。
「いっっっ!!!!!」
首を抑えながら王城の庭をゴロゴロと転がりながら首の痛みに耐える翔。
「あちゃ~...ごめん翔ちゃん..私今強いんだった...。」
「くぅん...。」(いたそう...。)
これがシリアスな話であれば翔は帰らぬ人となっていたかもしれない。
しかし、雨宮一家にそんなシリアス展開は訪れない。
「~~~~!!....つぅ~...。理沙~、いい加減慣れてくれよぉその力...。」
「あはは....ごめんねぇ?」
翔はしばらく転がって痛みに耐えると、首をさすりながらよろよろと理沙の元へ戻ってきた。
理沙はまだ怪力を使いこなしていない。
これでも力を入れていないというのだから恐ろしいものだ。
一方理沙に指摘されたことで自分の格好に気が付いたリュシアは、扉を半分閉めて顔だけ出しながら様子を伺っていた。
「...ショウさん大丈夫ですか?すみません、こんな格好で。さっきまで寝ずに仕事をしてたもので...。」
「た、多分平気...。今まで仕事してたのかぁ。魔法について教えてもらおうと思ったんだけど...出直してきた方がいい??」
流石の翔も、やつれたリュシアの顔を見て申し訳ない気持ちに苛まれた。
しかし、リュシアは翔の言葉を聞いて目を輝かせる。
「魔法....魔法!!ちょっと待っててください!」
バタン!と勢いよく扉を閉じて部屋の中に戻っていったリュシア。
部屋の中からどたんばたんと慌ただしい音が聞こえたと思うと、急に音が止まった。
翔たちが顔を見合わせて首をかしげていると、いつもの魔法使い風の服に着替えたリュシアが勢いよくドアを開ける。
背中には大きな木の杖を背負っている。
「はい!お待たせしました!魔法ですよね?丁度天気もいいので庭を使いましょう!どうぞこちらへ!」
先ほどの生気のない姿はどこへやら。
目の下の隈はなぜか消え、ぼさぼさの髪はサラサラに、テンションもいつもより高いリュシアが翔と理沙の手を引いて王城の庭の方へと歩いていった。
「わふ?」(りゅしあちゃん凄い元気。なんで?)
「さぁ....?」
「あんなに早く準備できるなんて~、魔法の力~?」
「いや~、異世界人が魔法を習得できるのか、マナの量はどれくらいなのか、系統は何なのか、ずっと気になってたんですよ!魔法の話は皆さんの生活が落ち着いてからって思ってたんですけどまさかそちらから来てくれるなんて!王宮魔術師として腕がなりますねホント!」
三人が疑問を抱く中、急に早口で喋るリュシア。その足取りは軽く、腕を引っ張られる二人を後ろからわたこが走って追いかけるほどだった。
「うーん、この辺でいいですかね?」
リュシアはピタッと足を止めると、背中の杖を手に持った。
「いきなり魔法!?マジ!?」
「どうやるんだろうねぇ~!楽しみ!」
「わふ!」(集まってきてる~)
翔と理沙にはわからなかったが、唯一翻訳魔法を使うわたこには、リュシアの杖に『何か』が集まってきているのが理解できた。
「ディメンション!」
リュシアがそう叫びながら杖を軽く振ると、パリィィンというガラスが割れたような音を立てながら、空間に黒い裂け目が出現した。。
「かっけーーーーー!!!攻撃魔法!?なに!?そ...れ...。」
その黒い裂け目からどんな攻撃が出てくるのか、裂け目自体が攻撃なのか、興奮した翔はリュシアの次の行動を見て止まった。
「よいしょ...あー、重い。リサさん手伝ってくれませんか??」
「椅子??力仕事なら任せて~!」
空間の裂け目に手を突っ込んだリュシアが取り出したのは何の変哲もない椅子。
理沙はリュシアの指示を受けながら次々にものを空間から取り出していく。
椅子、椅子、椅子、大きな机、水晶玉、布。
「あぁ~、アイテムボックス的な魔法か...。いや、便利なんだろうけど...。」
「わんわん!わんわん!」(わたも使いたーい!おもちゃとかお菓子いれておきたーい!)
もっと派手な魔法を期待していた翔は落胆する。
もちろん、異世界転生モノを大量に読み漁っている翔にはその魔法の有用性がわかっていた。
しかし空間を杖で割るという無駄にかっこいい演出のせいで、翔の期待を超えることは無かったようだ。
「さてと、どうぞ座ってください!わたこさんは...大丈夫そうですね」
「わん!」(へーきー)
少し窮屈な椅子ではあるが、椅子の上に座り、置くスペースの無い前足を机の上に置いて人間のように座るわたこ。
理沙も、期待外れな魔法を見て落ち込んでいた翔も、椅子に座りテーブルの上に置かれた水晶玉を見つめた。
「きれ~。占いでもするのかな?」
「理沙、異世界転生モノを数多く見てきた俺からするとおそらく...これは魔法適正を見極める魔道具だ!」
「よくわかりましたね!そちらの世界でも私達の世界に関する知識があるんですね!ちょっとその辺を今度ゆっくり教えてください。」
急に研究者モードの顔でリュシアは翔をニヤリと見つめた。
「当たりだって!翔ちゃんすごい!」
「やっぱりなー!」
しかし翔はリュシアの最後の言葉を聞かずに理沙と2人で盛り上がっている。
リュシアは『はぁ』と軽くため息をついて水晶玉を手を伸ばした。
「ま、そのへんは追々...。さて、いまから皆さんにはこの球に触っていただきます。これは先ほど翔さんが言った通り、魔法適正を確認する魔道具です。例えば...。」
リュシアが水晶玉の上部に手を置くと、中心部に赤と黒の靄が現れる。
「「おぉ~。」」
「わふ」(きれ~)
「このように、闇と火属性に適性のある私が触ると黒と赤色の靄が現れます。ほかにも、水属性は青、風属性は緑...と言った感じに靄の色が変わります。」
食い入るように見つめる三人を見てリュシアは考えた。
(異世界にもマナはあった、ということは何かに適正があってもおかしくはない....。少なくともわたこさんは翻訳魔法が使えることだし、光属性の適正がありそうだけど...。)
「どなたからやってみます?」
「俺は最後にやる!理沙とわた、先にどうぞ!」
翔は自信満々にそう答えた。
異世界転生モノではこういう場合、主人公が最後に全属性適正持ちだという事実が解り、周囲をざわつかせるのだ。
そんな展開に彼は憧れていた。
「そう?じゃあわたちゃんどうぞ!ここにお手して!」
「わふ?」(ここにすればいいの?おやつもらえるー?)
翔がテンプレ展開に胸を膨らませる中、わたこは理沙に言われるがままに水晶玉の上に手を置いた。
ぷにっと肉球が水晶玉に触れると、水晶玉の中心部にポンッ!と虹色の骨型のクッキーが現れた。
「こっ、これは....!!わたこさん!!貴女全属性持ちですよ!!しかも霧じゃなくて物体になるなんて...マナ総量もマナ操作も今まで見たことない位凄い素質ですよ!!!!」
「......え?」
「わーーーーーーーすごい!!!やっぱりわたちゃんは天才だぁ~~♪」
リュシアは水晶玉を覗き込んで驚きの余り声が震えていた。
一方で理沙はわたこがものすごい素質を持っていることを喜んで撫でまわす。
「わんわんわんわん!」ペロペロ(このお菓子食べたい!美味しそう!どうやって食べるの!とれない!)
当の本人は水晶玉の中に現れた虹色のおやつを何とか食べようと、水晶玉を舐めまくっていた。
「こんな事が..もしかしてわたこさんはフェンリルよりも...。」
「ま、まぁ。わたやるじゃん?俺のが多分凄いけど??」
「じゃあ次はわたしね~!」
冷や汗を垂らしながら焦る翔に見向きもせず、理沙は球に手を伸ばした。
彼女もなんだかんだ言って、楽しみにしていたのであろう。
しかしそんな理沙の思いとは裏腹に、水晶玉の中心部にはリュシアに説明されていない、肌色の靄が現れた。
「ん~?これは...?ちょっと待ってくださいね...。ディメンション!」
水晶を覗き込んで首を傾げたリュシアは、魔法で先ほどよりも小さい亀裂を作り出し、手を突っ込んで1冊の本を取り出した。
「オレンジ色かな?」
「肌色...?二つの属性が混じってるとか?」
「わふ」(さっきのおかしたべたい)
雨宮家も揃って首を傾げ..正確にはわたこだけが食欲に屈していた。
「あ、あった。けどこれは....。」
本を確認していたリュシアがぼそりと呟いた。
どこか困った表情をしているリュシアを見て、心配そうに理沙が質問した。
「リュシアちゃん、これってどういうことなの~?」
「ええと...この本によれば過去一人だけリサさんと同じ色になった人がいたんですけど...。火や水、風といった自然的なものでは無いようで...」
もごもごと言いにくそうにリュシアは話し出す。
「なんか特殊な属性ってこと?理沙も凄いのか...。」
「まぁ、特殊と言われれば特殊中の特殊ですね...。」
「リュシアちゃん~!もったいぶらないで教えてよぉ~!」
翔が言う特殊という言葉に対して更にもごもごと回りくどく応えるリュシアに、痺れを切らした理沙が詰め寄った。
「過去に同じ色になった人は細い腕にもかかわらず、その特殊な魔法で巨人族をも上回る力を誇ったそうです....。」
「「えっ....。」」
それが何を意味するか、予想がついてしまった理沙と翔。
「見た目を変えずマナによって筋力を増強させるその特異な属性についた名は...魔筋属性。リサさん、貴女の才能とこれほどまでに噛みあうとは思いませんでした....。」
「ってことは私、これ以上に力が強くなるの!?」
「はい、何倍にも....。」
理沙の持つ力が数十倍にもなる才能、そして奇しくも彼女の適正の属性は筋力を数倍にも引き上げる魔筋属性。
今ここに、この世界どころか女神の管理する全ての世界中で一番力持ちの女性が爆誕した。
「もっとかわいいのがよかったあああああああああああああああああ!!」
よかったああああああああああああ
よかったああああああ
よかったあああ
たあああ
彼女の叫び声は人間にはとても出せない程大きく王都中に響いたという。
まるで常人とは比べ物にならない程、強靭な声帯を持つ生き物のように...。