ベテラン門番オルクスの恋愛奮闘劇その2~全ては酒のために~
~数日前~
いつものように定時で仕事を終えた翔は王都の中心に伸びる大通りを使って家に向かっていた。
「今日はなにか買うものあったっけ...。」
そう言いながら翔は立ち止まってポケットからスマホを取り出す。
スマホ、といっても電波は入らないため外出中はただのメモ代わりにしか使用していない。
謎(異世界の女神エリア)の力により家の敷地内でのみスマホがネットに繋がるため、外出中に翔がスマホを手にするのは理沙から送られてきた買い物リストを見るときと、休憩中に動画サイトでDLしておいた動画を見るときくらいだ。
「何もなし...っと。」
買い物リストに全て「済」と記入してあるのを確認すると翔はスマホをマジックバッグに入れて再び歩き出した。
「あっ、あの、すみません!ショウさん、です...よね?」
その時だった。
背後から女性の声で自分の名前を呼ばれた翔が振り返ると、そこには少し地味な恰好をした女性が立っていた。
年は自分と同じくらいだろうか、毛量の多い赤茶の長髪を三つ編みにして片方の肩から垂らしていて、この世界では珍しく眼鏡をかけている。
服は無地のワンピースに茶色のベスト、典型的な異世界の町娘、といった印象だった。
心なしか顔を少し赤らめているように見えるのは緊張からだろうか。
「えっと、翔ですが...。どちらさんですか?」
仕事を終えた翔はこの時オフモード、人一倍丁寧な対応も、きりりとした表情も職場において来ていた。
それに加えて今日は仕事がワンオペだったため特に疲れていた。
ヴァレンシア王国に訪れる人を一人で捌き、現れたフォレストボアも一人で倒し、後始末も一人で片付けたからだった。
「あ、あれ....いつもと感じが違う...。」
疲れ切ったオフモードの翔の返答を見ておろおろとしだす女性。
おそらく彼女は仕事モードの翔しか知らないのだろう、いつもと違うその対応に面を食らってしまった。
「いつも...?...えーっと、どこかで...。」
女性の反応を見る限り自分のことを知っている用だ、と考えた翔は記憶を頼りにその女性の顔を思い出そうとする。
(地味とはいえ顔立ちは整ってるし、忘れないと思うんだけど....。)
翔は仕事中に出会った人の顔を忘れたことが無い。
地球にいたころも顧客の顔を覚えることを注視していた結果、よい接客に結び付いた経験があるからだ。
しかし、そんな翔を以ってしても女性の事を思い出すことができない。
「いや、私が一方的に知っているだけだと思います、こうしてお話するのは初めてですので...。」
「な、なるほど....。」
翔は考える、年の近い女性が恥ずかしそうに話しかけてきた。向こうは一方的に自分のことを知っていて、今日初めて話しかけてきた...。
(もしや、一目ぼれからの告白!?)
この世界に来て、翔はなろう系異世界物の小説のように女性からモテるような事はなかった。
勿論、モテたとしても理沙という妻がいるため女性との関係が発展することはないし、妻以外の女性を好きになることなど絶対に考えられなかった。
それでも異世界に転移したら無条件にモテるものだ、と少しばかり翔は期待していた。
応えることはなくとも女性から好意を寄せられるというのは男性にとっては嬉しい以外の何物でもなかったからだ。
「それで、俺に何か用かな?」
平然と受け答えをしているが、心の中では(ついに異世界テンプレが俺にもやってきた!!!!)とテンション上がりまくりの翔だった。
一方で女性はもじもじと手をいじって話しにくそうにしている。
その行動がさらに翔の期待を駆り立てた。
「えっと、私ローラっていうんですけど、実はショウさんに話たいことがあって。」
「話?」(やばい、マジで告白っぽい。なんて応えればいいんだろう...。お嬢さん、すまない。俺には愛する妻と子(犬)がいるんだ...。いや違うな...。もっと優しく...。)
告白っぽい前置きが続いたせいで、翔はカッコいいかつ相手を傷つけない断り方を考え出す。
時期尚早である。
「え、えと...じ、実は...。ずっと前から...。」
(マジで告白じゃん!!)
少し俯きながらもローラが発したのは告白をするときによく使う前置き、『ずっと前から』
勿論そのあとにはあなたのことが好きだの気になっていただの、気持ちを伝える内容だろう。
「オルクスさんの事気になってるんです!」「ごめん!!...へ?」
しかしローラの口から飛び出したのは、翔の仕事の先輩であるオルクスへの愛の言葉。
内容はあっていたがその対象が翔の想定とは違ったのだ。
相手の発言にかぶせて断りを入れてしまった翔は、自分に今告げられた言葉に何故か上司の名前が入っていたことに疑問を感じた。
「お、オルクスさんって言った...?」
「はい!ですからショウさんに私の相談に乗っていただけたら嬉しいんですが...。」
自分ではなくオルクス、とてつもなく勘違いをしていたことに気が付いた翔は、恥ずかしくなって思わず顔を背けた。
紅潮する顔を必死に手で冷やして落ち着かせた。
「...やっぱりだめ...ですよね。ごめんなさい、突然呼び止めてしまって。」
その反応を見て翔が相談に乗ってくれないと思ったのか、ローラは翔に軽く頭を下げてがその場から立ち去ろうとした。
「ちょっ、ちょっと待って!ちょちょちょちょっとまって!乗る乗る!相談に乗る!とりあえずそこのベンチで話聞かせて!!」
間違えた恥ずかしさをノリでごまかすように、変なテンションになりつつも翔はローラ性の相談を引き受けることにした。
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「つまり、オルクスさんと俺が仲良さそうって言うのと、俺がいろんな人の相談に乗ってるって話を聞いたから俺のところに来たって訳か...。」
「はい!」
ベンチに2人で腰をおろした後、翔はローラに自分のことをどこで知ったかを聞いた。
そこで知ったのは翔が使えないと思われている才能を持つ人に、有効活用できる職場を紹介するという副業を行うきっかけにもなった、彫金店に務める親子がローラの知り合いということだった。
以前仕事中に翔は1組の親子に出会った。
子供は石のような硬いものを自由自在に変形させる才能、母親は物体を一か所に集める才能。
母親のほうは才能の力が弱く、小さいものしか動かせなかったが、翔は2人を彫金店に紹介した。
その後どうなったのかは知らなかったが、ローラが言うには子供のほうは大人顔負けの彫金細工を作るまでになり、母親は掃除係として大活躍しているそうだ。
母親が細かい埃を一か所に集めるお陰で、精密作業がとてもはかどっているらしい。
そんな親子と出身地が一緒だというローラ、たまに一緒に食事をしているのだが、その時に翔の話を聞いたようだ。
「はい!まさかキャロちゃんとジュディさんが言ってた人がオルクスさんと仲がいいとは!」
「ははは、あの二人が元気そうでよかったよ。...それで、詳しい話を聞いてもいい?というかオルクスさんとはどうやって出会ったのかな。」
そもそもオルクスのどこに惚れたのか、と翔は疑問に思いつつ、ひとまずは詳しい話を聞くことにした。
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あれはある日のことでした、依頼していた薬草を取りに5番地区の冒険者ギルドまで...あ、私は4番地区にある薬店で働いているのですが、
その日は師匠に頼まれて初めて冒険者ギルドに行ったんです。
それでその帰り道で冒険者の柄の悪い男性3人組に絡まれまして...。
人通りの少ない道を通ってしまった私も悪かったんですけど、その男性たちに強く迫られたんです。
男性にあまり慣れていない私は怖くてそのまま走って逃げたんですよ、でもすぐに追いつかれて腕をつかまれたんです。
もうだめかもしれない、乱暴されてしまうんだって思ったその時!!
『ヴァレンシア王国の治安がここまで下がっているとはなぁ...。元冒険者としてはお前らみたいなやつ恥ずかしくて見てられねぇわ。』
ってオルクスさんがその冒険者達に話しかけたんです!!
え?勿論じゃないですか。一言一句逃さず覚えていますよ!!
勿論、その発言に腹を立てた冒険者達は武器を構えて一斉に襲いかかったんですけど、なんとオルクスさんはため息交じりで3人の攻撃を軽々と避けたんです。
丸腰!丸腰だったんですよ!なのにオルクスさんが華麗に攻撃を躱していくと共に冒険者が次々に倒れていったんです。
あれはきっと避け際に恐ろしく速く攻撃をしたんです!私でなきゃ見逃してます!
そのあと....え?『別人じゃないか』って?
違いますよ、私を助けてくれたのは門番の仕事をしている34歳独身オルクスさんです!
いいですか?話を続けますよ?
そのあと私は直ぐにお礼を伝えにオルクスさんの方へと駆け寄ったんですが、オルクスさんはクルっと私に背を向けてしまったんです。
で、ですね!?
そんな去っていくオルクスさんに向けて私はありがとうございました、と伝えたんですよ。
そしたらどう返してくれたと思いますか!?
なんとオルクスさんはこちらを振り返らずに手を一度だけ挙げたんです。
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「ヤバくないですか!?ヤバいですよね!?かっこよすぎませんか!?」
「....ごめん、しつこいようだけど本当にそれオルクスさん?勘違いじゃない?」
ローラの体験談を聞いた翔は、何度考えてもその話に出てくる人物と、勤務態度が悪くおちゃらけた性格のオルクスが同一人物とは思えなかった。
「だーかーらー!間違いないって言ってるじゃないですか!その時は後をつけてヴァレンシアの正門まで戻って仕事を再開している所まで確認しましたから!!」
「ご、ごめん..。」(半分ストーカーじゃん....。)
オルクスのことになるとおしとやかな性格が一変するローラを見て、思わず翔はたじろぐ。
ローラの行動がストーカーじみていることは声には出さずに胸の奥にしまっておくことにした。
もしローラの言っていることが脚色無しだとしたら、オルクスの腕前は相当なものだろう。
現役の冒険者3名に対して丸腰で無抵抗化するのは並大抵の実力では不可能だ。
そして極めつけはそのかっこよすぎる行動。
翔はそれに心当たりがあった。
(もしかして、オルクスさんただ恥ずかしかっただけなんじゃあ...。)
恥ずかしくて女性であるローラの方を向けないから、振り向かずに手だけ挙げたのではないか、と。
だとすれば自分の知っているオルクスに間違いないのかもしれない。
翔はその事実をローラに知らせずに話を続けることにした。
「じゃあその時からオルクスさんのことが気になって?」
「はい!それから仕事帰りにオルクスさんを見に正門まで足を運んでたんですけど、その時にショウさんを見かけたんです。最初は仲がいいなぁとしか思っていなかったんですが、キャロちゃんとジュディさんにその話をしたらショウさんに相談してみたらって言われて!」
「なるほど。」
以前仕事を斡旋したキャロとジュディが自分を何でも屋さんと勘違いしているのではないかという疑問も浮かんだが、翔は深く考えるのを止めた。
話が進まないからである。
ローラが毎日オルクスを見に来ていたということは、オルクスが実はだらしない性格だということもわかっているはずだ。
そんなところも含めて好きなのだろうか。
「あー、仕事を見に来てるならわかってると思うけど、オルクスさんって普段はもっと雑というか抜けてるというか...。」
翔が言葉を濁しながらオルクスの本性を伝えようとすると、ローラは笑顔で頷いた。
「はい、勿論知ってます!普段はお酒が大好きでいつも週末にショウさんからお酒を貰っていますよね!勤務中もショウさんに仕事を任せて自分は手を抜いている...。」
毎週オルクスがウィスキーをねだることすら知られているとは思ってもいなかった翔は驚愕する。
自分の才能でできることはあまり知られないようにしていたはずなのに、その光景を見られていた。
詳細はわかってはいないとはいえ、水を上質なお酒に変えることができることが広まればどのような危険があるかはゴルゲンとガゼダの件で痛いほど身に染みていたのだった。
しかし、ローラは普段のオルクスを知っているというのに、オルクスへの思いはまったく変わっていない用だった。
「そこまでわかってて幻滅はしないの?」
翔が尋ねると、ローラは「何もわかってないなこいつ」といった表情で翔を一瞥し、大きくため息をついた。
「はぁ....逆ですよ逆。普段はやる気のないだらけきった性格、それなのにいざという時は誰よりも頼りになる背中。ギャップ萌えというやつですよ!!!」
「ギャップ萌え....。」
異世界で聞くことになるとは思わなかったであろう単語が飛び出て思わず翔は復唱した。
何故地球にしかない単語をローラが知っているのか、そもそも日本語を話すこの世界はなんなのか。
それは誰もが知っている世界的な英雄でありこの世界初の転移者である日本人が全てのカギを握るのだが、翔がこのことを知るのはもう少し左記のことである。
「そう、ギャップ萌え!...こほん。とにかく、ショウさんにお願いしたいのはオルクスさんが恋愛に前向きになるように仕向けてほしいんです!」
「思った以上に難しい相談来た..。」
それもそのはず。
オルクスは女性が苦手、というか女性慣れをしていない。
もしオルクスが日本にいたら引く手あまた、ヒモにだってなれる素質があるだろう。
というのもこの世界の人たちはアジア系の顔立ちをしておらず、彫りが深い顔立ちのいわば外国人系の顔。
異世界人は翔たちから見れば美男美女ばかりなのである。
とはいえど、アジア系の顔立ちがモテないというわけではない。
それどころか顔立ちの整っている翔と理沙は異世界人からすると異国系の美男美女。
既婚者ということもあって言い寄るよられる事はないが、陰でモテている事を2人は知らない。
話がそれてしまったが、オルクスはこの世界の基準でも特に整った顔立ちである。
しかし若いころに冒険者稼業に没頭していたせいで女性とのかかわりがあまりなかった彼は、女性に対して免疫がない。
唯一気になっていた女性は親友である現兵士長と結ばれた。
そのことでさらに滑車がかかり、恋愛を諦めているのである。
「なんでか知らないけどオルクスさんって恋愛にびっくりするほど興味ないからなぁ...。」
翔はオルクスが何故女性が苦手なのか、詳しく知らない。
なぜならオルクスは翔に自分の弱いところを見られたくない一心で、隠しているからだった。
「そこがまたギャップ萌えなんですけどね...。まぁ4兄弟の長男として生まれて男性に囲まれて過ごして、冒険者になるためもずっと一人で鍛えて、男四人組のパーティで10年間も活動して、その後冒険者を引退して城の兵士に就職して、その時に城勤務の女性に恋をするも同期に先を越されたら恋愛を諦めちゃうのもしょうがないですよね...。」
「詳しすぎませんか?」
つい敬語で反応する翔。
驚くべきはその情報量。
数か月一緒に仕事をしていてそれなりにプライベートの話をしてはいたが、翔はオルクスのプライベートについて兄弟がいる程度の情報しかもっていない。
「す、ストーカー行為なんてしてませんからね!恋する乙女の情報網です!」
「スゴイナー」
翔の引き気味な反応を見て焦ったローラは必死に弁解を行う。
情報網を使ってオルクスの素性を調査する行為事態がストーカーに足を踏み入れているような気もするが、翔はその話を聞いて考えた。
(日本に例えると男子校にずっと通って就職先で気になった女性を同期に取られたって感じか...。どうしたらいいんだろう。)
今の話を聞いて、さらに打開策が思いつかなくなる翔。
ふとスマホで時刻を見るともう夜ご飯の時間が近づいている。
はやく帰らないとわたこと理沙に心配をかけてしまうと考え、翔はベンチから立ち上がった。
「とりあえず、色々考えておくから今日はこれくらいでいいかな?早く帰らないと家族が心配するから。」
「あ、わかりました!すみません話が長くなってしまって。」
ローラもベンチから立ち上がり、深々と頭を下げた。
最初の内気そうな印象からガラっと印象が変わったのは恋をする力なのだろうか、と翔はフッと笑みをこぼした。
「俺もオルクスさんには幸せになってほしいし、2人の気が合うことを願ってるよ。」
「そういってもらえるとなおさら頑張ろうって思えます!」
両手を軽く握って気合いを入れるようなポーズを取るローラ。
翔は『それ以上頑張ったらガチのストーカーになっちゃうよ』という言葉が喉元まで出そうになるが、なんとかそれを抑えた。
「あ、なにかあったら第2地区のエリクシールってお店に来てください!私が正門まで行くとオルクスさんに会ってしまうので。」
「?会ったら何か問題があるってこと?」
オルクスと仲良くなるならば正門に訪れて徐々に仲良くなればいいのに、と翔は思ったが、ローラは首を縦に振った。
「勿論ですよ!やっぱり再会するときは『君はあの時の...。』みたいなの憧れるじゃないですか!」
「ハハハ、ソウダネ」
ローラの返答に苦笑いをしながら翔はその場を後にした。