番外編その1:翔の過去
長い間投稿が遅れて申し訳ありません!
大変お待たせ致しました!仕事がひと段落したので投稿を再開いたします!
現在、異世界で妻と犬と幸せに暮らしている雨宮翔だったが、その過去は今から想像ができない程度には過酷だった。
今から27年前、翔は都心部富裕層の家庭に生まれた。
父親は翔が生まれた時点で40歳、職業はIT系大企業の役員。
一言で言ってしまうと、プライドが極端に高い男性。
「翔、お前は俺の子だ。完璧な男でなければならない。」
「あ~だ~」
そんな完璧主義な発言を赤ん坊にするくらいの男だった。
一方で母親は24歳、翔の父親の会社で成績がトップクラスの若手女性社員。
父親は『その優秀な遺伝子を子供に継がせるため』という目的で彼女に近付き一緒になることを決めた。
「あなたと私の子ならきっと理想的な男の子になってくれるでしょうね。」
彼女もまた、父親に思想が近い女性だった。
そんな2人から生まれた翔は、小さい時から厳しく育てられた。
パパ、ママと呼ぶと怒られ、格式の高い幼稚園に入るため勉強を行う日々。
自分のことは自分でやるよう強いられ、小さいころから一人部屋も与えられた。
翔は厳しい父と母は苦手であったが、たまに褒められるときの優しい父と母は好きだった。
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~翔5歳~
「お父さん、お母さん、きょうようちえんでこれかいた!」
翔の手には母と父と翔で手を繋いでいる、よくある子供の書いた家族の絵。
クラスのひとよりは少しばかり下手だが、父と母が喜んでくれる思って描いた力作だった。
「...芸術方面にはイマイチだな。」
「そうですね、運動、勉学方向に伸ばしましょう。」
「え......。」
ところが2人の反応はまるで育成ゲームでもしているようなものだった。
2人は翔の絵を受け取ると、少し絵を眺めて机の上にポン、と置いた。
翔が思い返してみると、2人が翔を褒めてくれるのはいつも同い年の子供よりも結果が高い時。
小さいころから勉強を重ねてきた翔にとって、この時初めて『お父さんとお母さんは一番にならないと褒めてくれない』と理解した。
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~翔8歳~
「何故こんなことができないんだ!お前がちゃんとしていればこのようなことにはならなかっただろう!!」
「ごめんなさい....ごめんなさい....。」
リビングで父が母を怒鳴りつける声を聞きながら、翔は自室で震えていた。
翔はこの日、学校の同級生と喧嘩をした。
そのきっかけは、同級生にあった。
翔の父と母を授業参観で目撃した同級生は、その年齢差から、翔の父親は怪しい仕事をしていて、若い女性を好き放題しているという噂。
もちろん同級生も翔も、深い意味を理解していない。
しかし翔にはそれが父と母を馬鹿にしている言葉だと理解し、生まれて初めて暴力をふるった。
仲裁に入った教師は親を呼び、父と母は同級生に頭を下げた。
何故父と母が本当に悪い同級生に頭を下げるのか、翔には理解できなかった。
帰り道は終始無言、家に帰ってきてからいきなり父は母を怒鳴りつけた。
翔が問題を起こしたこと、学校に呼び出されるという屈辱、自身よりも下流階級の家庭に頭を下げる屈辱。
父はその全てが許せずに、翔の指導を母親が怠ったと判断して怒鳴りつけていたのだった。
「何故俺が!!あんな屑共に頭を下げなきゃいけないんだ!!!翔が二度と問題を起こさないように言っておけ!!!!」
「はい...。」
バタン!と父が書斎へ入っていく音を聞いた翔は、さらにがたがたと震える。
この後、母が自分のところに来て説教を行うからだ。
「翔....。なんでお母さんを困らせるの.....?学校でもちゃんとしなさいって....言ったでしょ!!!!」
「ごっ、ごめ、ごめんなさい....。」
部屋に入ってきた母は、手あたり次第モノを翔に投げつける。
翔は体を丸くして身を守りながら考えた。
(『ちゃんと』って何だろう。お父さんとお母さんの悪口を言われても笑わなきゃいけなかった?叩いたのがだめなら、なんでお母さんは僕にモノを投げるの?)
翔は母のヒステリーを耐えながら、自問自答を繰り返す。
そして行き着いたのは....。
(自分が何を言われても、相手が嫌なことはしちゃいけないんだ。相手が喜ぶことをしなきゃいけないんだ。)
自己犠牲の精神だった。
「お母さん、ごめんなさい。二度とこんなことはしません。お母さんが僕に求めること全て、ちゃんとします。」
「....お母さんもごめんね、モノを投げたりして..。でもわかってほしいの、お母さんは翔がちゃんとした大人になってほしいだけなの....。」
母に抱かれながら、翔の眼は黒く、澱んでいった。
それは幼い翔の決意。
こうして翔性格は歪んで行くのだった。
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~翔17歳~
翔の決意から9年。
翔は高校二年生になっていた。
時間は朝6時丁度、翔は眼を覚ますと制服に着替え、顔を洗ってからリビングへと向かった。
「お父さん、お母さん、おはようございます。」
「おはよう。今日からだったな?」
「頑張るのよ、翔。」
今日から翔は飲食店でアルバイトを行うことになっている。
というのも、受験勉強と並行して社会勉強を行わせるという父の教育方針だった。
勉強を疎かにせず、かつ仕事もこなせるようになって欲しいという父の教育方針(押し付け)。
翔は9年前のあの日から、父と母が求める息子になるよう、娯楽を一切断ち切り勉学と運動にのめりこみ、対話術も学んだ。
そのお陰であれからは一度も怒られていない。
学校では勉学、体力テスト共に学年一位。容姿も清潔に見えるよう努力し、接する人全てが自分に対して嫌な気持ちを持たぬよう、細心の注意を払って生活していた。
もちろん、男友達からは遊びに誘われ、女子生徒からは告白をされまくったが、全て相手が不快にならぬよう断ってきた。
家では、家族での旅行やショッピングといったコミュニケーションは無かったが、学校で順位がつけられるたびに両親がほんの少しだけ笑顔になる事だけが翔の生きる目的だった。
「翔~今日からバイトなんだろ~?頑張れよー!」
「え、翔君バイト始めるの!?どこどこ~?遊び行きたい~!」
授業が終わるとクラスメイト達が話しかけてきた。
父と母がから明確な愛を受けていない翔にとって、クラスメイトとの何気ない会話は心地よかった。
「ありがとう、バイト先は駅前の中華料理屋だよ、最初のうちは恥ずかしいから慣れてから来てほしいな。」
「~!頑張ってねぇ!」
翔のさわやかな笑顔にクラスの女子が顔を赤くした。
『どうすれば喜んでもらえるか』という内容に対して小さいころから考え続けてきた身からすると、クラスメイトのわかりやすい反応は自分の行動が間違っていないと認識するいい判断基準でもあった。
「今日からよろしくな!!」
「はい!」
アルバイト先の店長は人当たりの良い男性。
全力で仕事をすれば店長はすぐに褒めてくれ、翔の承認欲求が満たされていく。
翔はすぐに飲食店で働くことが好きになっていった。
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アルバイトを初めて1週間がたったころ、事件が起きた。
翔は仕事も早く、教えたことは絶対に忘れない、客への態度も驚くほどに丁寧で突っ込みどころがない。
店長からの厚い信頼を短期間で獲得したある日のこと。
一人の悪質なクレーマーが来店した。
「いらっしゃいませ、お客様は1名様でよろしかったでしょうか?」
「見りゃわかんだろうが。馬鹿にしてんのか?」
客の理不尽な対応に少々怯みはしたが、顔には出さず接客を続けた。
「大変失礼いたしました。お席へご案内致します。」
「チッ....。」
席に案内しながら翔は考えた。
今の接客の悪いところ、どうすればこの客に気持ちよく食事をしてもらえるか。
案内を終え、厨房に戻ると、すぐさま呼び出し音が鳴った。
あの客の席だ。
「お待たせ致しました。」
「待たせたって思ってんならもっと早くこいや!....灰皿もってこい」
店内は禁煙、翔は客の発言に戸惑いながらも最善の対応を考えた。
「申し訳ございません、店内は全室禁煙となっておりまして...喫煙所でしたらお店を出ていただいて向かい側にたばこを販売している店が...。」
「おいてめぇ!店から俺に出てけって言ってんのか!?!?ああぁ!?」
客の怒鳴り声とともに飛んできた何かが翔の横を通り過ぎる。
「...ッ!!!」
フラッシュバックしたのは幼い頃の記憶、母親に怒鳴られながらモノを投げつけられたあの日のことだった。
記憶と現実が入り交じり、客が母親に見えてくる。
(ごめんなさい..ごめんなさい....。)
翔はその場にしゃがみこみ、そのまま意識を失ってしまった。
「...!!気が付いたか!!」
翔の目が覚めた時、目の前にいたのは店長。
「て、店長...?」
「外傷はなかったようだからそのまま寝かしてたが...今親に連絡するから待ってろ」
その言葉を聞いた瞬間、翔の頭は一気に覚醒する。
もし父と母が店で問題を起こした事を知ってしまったら、どうなってしまうのか。
「ちょっと待ってください!!!!連絡だけはしないでください!!!!!!」
これまで一度も見せたことのない翔の必死な顔を見て、店長は驚きながらも電話を切る。
そして翔の前に置いてある椅子へと腰をおろした。
「....訳アリそうだな...。まだバイト時間は残ってる、翔の事を聞かせてくれないか?」
「俺のこと...ですか?でもそんな大したことじゃあ....。」
翔には自分の家こそが普通で、ほかの家庭が異常だった。
そのことを話しても理解されることはない。
だとしても、自分の家の話を誰かに話す機会は今まで無かった、付き合いこそ短いが店長になら、と少しずつ話し始めた。
「翔、お前明日空いてるか?一緒に来てほしいところがある。親にはバイトって言っとけ。給料も出す。」
全てを話し終えた頃、今まで黙って翔の話を聞いていた店長がそんな提案をしてきた。
働かず給料を貰うことは翔としてはとんでもないことであったが、店長が今求めているのは自分が店長についていくこと。
「わかりました。」
翔は二つ返事で了承し、その日は何事もなかったかのように帰宅した。
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「こんにちは。君が翔君かな?」
店長について行ってたどり着いたのは、何の変哲もないよくあるビル。
その一室にある一般人でも借りることのできる会議室だった。
待ち受けていたのは一人の女性。
「あなたは...。」
「翔、この人はカウンセラーだ。俺に話した話を一通り話してみろ。」
カウンセラーが何か、それは理解していたが、何故自分が?という疑問で頭の中が埋め尽くされる。
しかし、店長は信じるに値する人物だと確信していた翔は、見ず知らずの女性に身の上話をぽつりぽつりと始めた。
「~...でこの前のアルバイト中に倒れてしまいました。」
翔が話し終えると、店長は苦虫をかみつぶしたような顔で机をじっと見つめていた。
カウンセラーも、悲しい表情で翔を見つめている。
「....まず、翔くんは今の状況を受け入れている、ということでいいかな?」
「?受け入れるも何も...これが『普通』ですので。」
翔の受け答えに目頭を押さえる店長。
カウンセラーはふぅ、と息を吐くと、手元の紙に何かをメモした。
「....なるほど。ねぇ翔君。君はご両親の前でも、学校でも、アルバイト先でも力を入れすぎてるんじゃないかな?例えば、真面目な時と気を抜くとき、スイッチみたいなものを脳内で切り替えてみたらどうかな?...もし翔君が力を抜くとしたらどのタイミング?」
翔には気を抜く、という質問の意味が理解できなかった。
今の自分が全てであり、気を抜くということなど考えたことが無かったからだ。
「....?そうですね、両親の前で気を抜いては迷惑が掛かってしまうので、授業以外の学校生活位でしょうか?」
「翔、バイト中も気を抜け。接客の時は今まで通りでもいいから、せめて裏にいるときくらいは気を抜いてみろ。」
店長のその言葉の意図がわからなかったが、店長が求めているのならばそうしよう、と翔は考えた。
「わかりました。....とはいえ、気を抜くというのがどのようなことなのか...。」
「まぁ..それは特訓だな!」
「ふふ、翔君、これから定期的に私と話す時間を作ってくれるかしら?」
「はぁ....。」
その日から、両親による翔の『洗脳』は徐々に溶けていった。
最初は話し方、次に態度、最後に手の抜き方。
それを徐々に身に着けた翔は、心境にも変化があった。
それは学校生活で気が付いた
今までの優等生な態度から、けだるそうな気の抜けた態度へ一変した翔を見て、クラスメイトはもちろん、他クラスの学生でさえも驚愕した。
しかし、男子生徒からは取っ付きやすいと評判になり男友達が増えた。
女子生徒からも前とのギャップでむしろ前より好感度が上がったのだった。
(そうか、こんなに気を抜いても相手は不愉快に感じないのか。)
バイト先でも同じようなことが起きた。
一番喜んでいたのは店長だ。
店長に『最初に翔から事情を聴いたときは怒りで家に殴り込みに行きそうになった』と言われたとき、翔はどう反応していいのかわからなかったが、それを何とか好意的に受け止めることができた。
こうして、家庭の事情に変化はないものの、学校生活とバイト中というプライベートを作り出した翔は、以前よりも人間味のある生活を送れるようになった。
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~翔:18歳~
「....何だと?」
「もうたくさんだよ、俺は出ていく。」
「翔!!!!!!!」
大人として認められる18歳を迎え、高校を卒業した翔は、とうとう親に反抗した。
カウンセラーと出会ってから、徐々に一般的な家庭を知り、日本で一番偏差値の高い大学に受かったうえで合格を蹴って自立することを決めた。
いかに自分の両親が異常だったか、いかに自分が愛情を受けていなかったのかを理解してしまったからだ。
家を出る、と決めてからは早かった。
カウンセラーと店長に協力してもらい、都内に部屋を借りて、バイト代で生活必需品を揃えていっていた。
働き口も、アルバイトではあるものの、引っ越してからすぐに働けるように手配している。
「この家の俺のものは全て捨てていい。さようなら。」
「この.....!!!今までのお前にどれほど金をかけてきたと思っているんだ!!!!恩を仇で返すつもりなのか!!」
「翔!!!待ちなさい!!!!」
最低限の荷物を鞄に詰めた翔が玄関に向かうと、父と母が案の定怒声をあげた。
「何が恩だ!!!!!あんたらは普通じゃない!!!少しでも自分の子供に家族らしいことをしてきたか!?!?」
「「......ッ!」」
一度も聞いたことのない翔の怒鳴り声と、否定できない意見に反論ができなくなる父と母。
「....。」
父と母の顔を一度だけ振り返って確認すると、怒りと悲しみを含んだ顔でこちらを見ていた。
そして翔は、玄関のドアを開けて家を出ていった。
翔が両親の顔を見たのはこれが最後だった。
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「ショウさんにそんな過去が....、ごめんなさい、気軽に聞くべきではなかったですね....。」
雨宮家のリビングにある机を囲みながら酒をたしなむ3人とジャイアントフロッグのジャーキーをたしなむ1匹。
リュシアが興味本位で地球にいた頃の生活について話を聞くと、思いもしないほど暗い話が翔から聞かされた。
酒を飲む手をとめ頭を下げるリュシアに向かってけたけたと翔は笑った。
「気にしないで気にしないで~!今は幸せだから~...な~!2人とも!」
「わん!」(聞いてなかったけど、うん!幸せ!)
「うん~!でも、もっとも~っと、翔ちゃんもわたちゃんも私が幸せにするんだからぁ~」
きっと翔が今こうして幸せそうにしてるのは、理沙とわたこのおかげなんだろうと、リュシアは思った。
そう考えたところでふとした疑問が頭をよぎる。
「そういえば、お二人の馴れ初めってどんな感じだったんですか?」
「えぇ~~~~リュシアちゃんそこ聞くのぉ~???もう~!..えっとねぇ~まずねぇ...。」
酒が回り頬を赤く染めた理沙がさらに頬を赤くして、くねくねと身を捩りながら語りだしたのは理沙の生い立ちと翔との出会いだった....。