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雨宮翔の確信

ゴルゲンの店で、頼んでもいない高額なオーダーメイドの支払いを請求された翔は、ファンタジー小説の定番である、酒で解決しようとしていた。




「で、その酒はどこにあるんだ!?」


ガゼダが翔詰め寄って酒を急かす。


能力で酒を出すためにはまず水が必要となる。




「ゴルゲンさん、この家にある全てのコップに水を入れてきてほしいんだけど」


「「水ぅ??」」


ドワーフの二人はその言葉に首をかしげた。


翔の言葉の意図が分からなかったのだろう。


水を酒に変えるなんておかしな才能があるとは、ふつう誰でも思わないものだ。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「おらよ、これでいいか?」


ゴルゲンが持ってきたのはすべて水がなみなみと盛られている木でできたジョッキ。


それがカウンターいっぱいにあるこの光景、普通の家だったらどう考えてもこの量のジョッキはおいてないはずだが、翔は考えるのをやめた。




「おっけーおっけー、二人はそこで待ってて」


「「???」」


いまだに納得がいっていない二人のドワーフに深く説明せず、翔はカウンターにおかれた無数の木のジョッキの上に手をかざす。




(どんなお酒が好きかわからない以上、俺が飲んだことあるお酒を片っ端から作ってみよう。)


翔が一番端のジョッキの上に手を持ってくると、ジョッキの中の水がどんどん赤い色へと変わっていく。




「うぉ!」「色が変わった!?まさかこれが酒か!?!?」


最初に変えたのは赤ワイン、続いて白ワイン、ロゼ、スパークリングワインと、次々に多種多様なお酒へと変えていく。




「赤に白、金色に...これ全部酒か!?」


「酒精はまぁまぁ、酸味と渋み、こりゃ葡萄酒か?それもかなり上等なもんだ...。」


翔の手によって変えられていく水を見て、目で追うゴルゲンに対して、ガゼダは赤ワインを口にしてすでに感想を述べていた。




「ガゼダてめぇ!お前がその気なら俺も....!?」


ゴルゲンが手にしたのはビール。


翔が一番よく飲んでいるなじみの酒だ。


この世界に来てから様々な飲み物を無料で飲めるようになった翔は、いつも風呂上りに冷蔵庫で冷やしたキンキンに冷えた水をビールに変えて飲んでいる。


うらやましいものである。




「何だこりゃ、口の中でパチパチはじけてやがる!!...こりゃうめぇ!酒精は低めだが....麦酒か!?にしてもこの苦みはなんだ!?」


どうやらこの世界でも、ビールはあるようだがホップを用いて苦みをつけてはいないようだ。




「酒精が強いのが好みなら、これとかどう?はい、ガゼダさんにも同じやつ」


翔はたまにスーパーで購入するウィスキーに変化させた水をゴルゲンとガゼダに渡した。




「....~~~~~~~~~~ッッ!!これだ!翔、俺はこれがいい!!!」


「.....カーッ!!!たまんねぇなこれ!!」


ゴルゲンとガゼダはジョッキ一杯に入ったウィスキーを一気に飲み干し、声を荒げた。


ウィスキーは蒸留酒、酒精も高く、とても一気飲みをするような飲み物ではないのだが....翔はまたもや考えるのをやめた。




「まぁまぁ、まだほかにもおすすめがあるからちょっと待って....二人はどんな酒が好み?」


「俺はガール酒みてぇな酒精が強い酒をよく飲むな、風味に深みがあるのもたまらん」


「俺は癖が少ない、酒精が強い酒が好きなんだが...なかなかねぇんだよなぁ。」


ガール酒は、ガールと呼ばれる植物が原料の蒸留酒であり、樽に入れて寝かせて風味をつける。


この世界ではドワーフにもっとも好まれている酒だ。


好みを聞いた翔は、ゴルゲンに今飲ませたウィスキーよりも上物の、長い間寝かせた高いウィスキーを用意した。


一方で癖がない酒が好みのガゼダには、翔が飲んだ中で一番飲みやすく酒精の強い酒である日本酒を用意した。


もちろん、両方とも相当高かったいい酒だ。




「こりゃさっきと同じ.......!?さっきのもうまかったがこりゃ比べもんになんねぇな!!!深みが全然ちげぇ!!!次も同じ酒に変えてくれ!」


「!!なんだこれ、無茶苦茶飲みやすいな!!さらっとしててほのかに甘みもある....ショウ!もっとよこせ!!」


翔が選んだ酒を痛く気に入った二人は、お代わりを要求した。


二人の好みに合う酒を見つけることができた翔は、ここで話を戻した。




「これが俺の才能なんだけど、どれくらい今の酒があれば1000万相当になるかな?」


これこそが翔の目論見、金がなければ酒を売ればいいじゃないの精神だ。


翔は地球の酒や飲料水を販売して多方面から目を付けられないよう、この能力を大っぴらにしてこなかった。


しかし今回のケースは、酒を取引材料にし、内密に取引を行おうとしているため翔の中で決めた才能の合法的な使い方だった。


自分の才能を使い不幸になる人がいなければそれでいいのだ。


尚、この才能を使って石を希少な鉱石に変えることも可能ではあるが、翔は大きな問題になると考えて水を酒に変える才能だと思わせることにしたようだ。




「1000万、....そうだ、おいゴルゲン!前に俺が作った水筒型の液体専用マジックバッグがあっただろ!!」


「ん?...あぁ、無駄に沢山入るやつか?ちょっと待ってろ。」


ガゼダの提案に、何か思いついたように答えたゴルゲンが席を立ち店の奥へと入っていった。


その足取りは多少ふらついていたものの、翔からしたらあれだけ飲んだのに普通に歩けること自体が不思議でならなかった。




「ほれ、これだろ。」


店の奥から戻ってきたゴルゲンはジョッキだらけのカウンターに皮でできた水筒を2つ置いた。


その水筒をガゼダが手に取り翔のほうを向いた。




「ショウ、この水筒にはこう見えて液体に限ってだが10トンまで水が入る。俺には800万分、ゴルゲンには200万分の酒を入れてくれ。」


「ちょ、ちょっと待て!!ずりぃぞ!!!!素材を分けてやったんだから逆だろうが!!」


「作った作品は俺のモンだろ?」


「クソ!待ってろ!」


ガゼダの提案を聞いたゴルゲンは、酒の量が圧倒的に少ないことを抗議するも、聞く耳を持たないガゼダ。


そしてゴルゲンが再度店の奥へと消えていった。




(嫌な予感がする....。)


店の奥からドタン!バタン!ガン!と物を倒したり何かにぶつかったりするような音が聞こえてくる。


翔はそれを聞いてこの後の展開をなんとなく予測できてしまった。




「ゴルゲンのやつ、何やってんだぁ?」


「~~~ショウにちょうどいいのがあった!!....待たせたな!」


店の奥から戻ってきたゴルゲンは、カウンターにコトンと指輪を置いた。




「こいつには形態変化の魔法が込められててなぁ、こいつをはめれば鉱物みてぇな硬いものじゃなければ自由に形を変えることができるってわけだ。」


「はぁ...。」


翔はゴルゲンが何をもって自分にちょうどいいと思ったのか、いまいち理解できなかった。


理解してなさそうな翔を見て、ゴルゲンは話を続ける。




「これがあればその銃の弾をその辺に落ちてるものから作れちまうってわけよ、つまり球数は無限になるってこったな。」


「それで、600万で売るから俺と同じ量の酒を寄越せってことだろ?」


翔は空砲のままけん制用の武器として使おうとしていたが、この指輪があれば万が一仕事中に魔物がやってきても撃退ができることを知って、密かにテンションが上がった。


結局、この異世界で異世界的なことをしたいという気持ちはずっと持ち続けていたということだ。




「まぁそうなるな。で、どうだ?ショウ。この指輪は使いようによっちゃあ1000万の価値だってあるぞ。」


形態変化がどの範囲までできるのかはわからないが、銃の弾を作る以外にもDIYで活躍しそうだと思った翔はうなずいた。




「じゃあそれも併せて二人に800万ゴールド分のお酒を...。」


そこまで言って翔は考えた、ウィスキーと日本酒の値段を。




(1Lで考えると、大体いくらになるんだろう....俺が飲んだ時の価格で売るのは気が引けるしなぁ。)


当時飲んだ時は少ない量で1000円を超えた酒だ。


1Lともなるとそれなりにするだろう、しかし翔は制限なく水を酒に変えられる。


この世界での酒の価格はわからないが、とりあえず1Lあたり1000ゴールドで考えることにした。




(1Lで1000だから...800万ゴールドだと...8000L?8トンくらいか、とんでもないな...。)


「じゃあ1L当たり1000ゴールドで。8トンずつってとこかな。」


「「は!?1000ゴールド!?」」


翔が値段と量を伝えると、ゴルゲンとガゼダは驚愕の表情で固まってしまう。




「え、高すぎた?」


「逆だ逆!!!!安すぎんだよ!!!」


「いったな、もう変えんなよ!?!?ゴルゲン!今すぐ水を入れに行くぞ!!!!!」


そういってゴルゲンとガゼダは家を出てどこかに行ってしまった。




取り残された翔は人の店ということもあって、どこにも行けずにただそこで待つことになった。




「失敗したかなぁ。」


翔は才能をいくら使っても疲れたことがないため、正直幾らお酒に変えようが困らない。


以前翔は才能の効果範囲の限界を確認すべく、王都の地下にある下水で試したことがあった。


結果は予想以上で、翔が発動した才能は王都の全ての下水を富士山の雪解け水のようなきれいな水に変えることができた。


その時のことはあまり知られていないが、一部の人々の中で都市伝説として語り継がれることになったらしい。




つまり何トンだろうが、翔にとって些細なことではなかったのだ。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「いや~~~~~~、おめぇの能力とんでもねぇな!!」


「...ぷはーーーーー!このニホンシュってのはたまんねぇな!辞め時がわかんねぇや!!」


しばらくして戻ってきた二人から渡された水筒に才能を使った翔は、無事に取引を終えることができた。


鎧を脱ぎ、元の服を着るとサービスとして鎧と銃を入れるマジックバッグもついでに貰うことになり、翔もゴルゲンもガゼダも、みんな満足そうだ。




「この能力のこと、絶対に秘密で頼むよ!」


「ったりめぇだ!こんなの知ったらドワーフに監禁されちまうぞ!」


「ぶははは!ちげぇねぇ!!!」


水筒から直に酒を飲みながら話を聞く二人が少し心配なったが、翔は信じることにした。


この縁はこれからも切れることはないんだろうなぁ、と思いながら翔はマジックバッグに鎧を入れていく。




(指輪はつけたままでもいいか...。)


右手の小指にはめている銀色の指輪を見つめる翔。


凝った装飾がなく、シンプルな形状をしているため、アクセサリーをあまり身に着けない翔でもストレスにならなそうだった。




店内にある窓をふと見つめると、もう日が沈み切っている。


目の前のドワーフたちはもう酒を飲みながら他愛のない話を繰り広げていた。




「じゃ、俺そろそろ帰るよ。二人とも、俺にはもったいないくらいの装備を用意してくれてありがとう。」


「馬鹿言うな、この最高の酒に比べたらこんなもんじゃ足りねぇ、絶対また遊びに来い!」


「ショウ、もし銃の調子がおかしくなったら来い!いつでもメンテナンスしてやるし、強化だってしてやる!」


ガゼダもゴルゲンもようやく酒が回ってきたのか、顔を真っ赤にしながら最初の数倍の声量で答えた。


ドワーフはイメージ通り、酒に目がないということを、翔は改めて実感する。




酒を飲み続ける2人に見送られながら、翔は店を後にした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ただいま~~~」


「わんわんわんわん!!」(おかえりおかえりおかえり!!!!)


ゴルゲン達がカルーアミルクや梅酒等の甘いお酒を好まなかったせいで翔が飲む羽目になったため、帰り道で酔いが回ってしまった翔。


ふらふらと千鳥足一歩手前で家の中に入ると、玄関ではわたこがぶんぶんと尻尾を振ってまっていた。




「わたこぉ~~~よーしよしよし~~~」


「ふんふんふん..ブシッ..うぅぅわん!」(しょうおさけ臭い!!)


わたこは翔から漂う酒の匂いを感じて、豪快にくしゃみをした。


この世界に来たおかげで今や犬には猛毒である玉ねぎやアボカドに対して耐性を持ったわたこであったが、酒への耐性だけはつかなかった。




抱きついてくる翔を押しのけて、どだだだだだーっとリビングのほうに去っていくわたこ。




「わたちゃんどしたの~?わ、お酒臭い!翔ちゃんおかえり~、お酒飲んできたの~?」


とたとたと玄関に走ってくる理沙、夜ごはんの支度をしていたのか、エプロンをつけている。




「理沙ぁ~ただいまぁ~!ドワーフのお店でちょっと飲んできちゃったよ~」


「よかったね~!」


理沙は抱き着いてきた翔の背中をぽんぽんと叩くと、きょろきょろと何かを探し出した。




「.....翔ちゃん、卵は~?」


「え~?」


(卵...?卵?え~っと....。)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


~今朝~


「ちょっと散歩してくる~。夜までには帰るけど、帰りに何か買ってこようか?」


「あ、じゃあ卵切れちゃってるからよろしく~!もしあればコカトリスのがいいなぁ~。冷却革袋もってってね!」




卵切れちゃってるからよろしく~!


よろしく~


よろしく~


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あッッッ!!!!」


「.....。」


一気に酔いがさめる翔、額からは冷や汗をだらだらと流し、理沙に抱き着いたまま固まってしまう。


喋らない理沙、焦る翔。




翔は過去に理沙にブチ切れられた時のことを思い出した。




普段絶対に怒らない理沙が過去に怒った回数は2回。


1回目は理沙にジビエ肉で作ったパティの挟まったハンバーガーを一口貰う時にずるるっとパティ引っ張り出して全て食べてしまった事。


2回目は理沙が楽しみにしていた高級肉を勝手に焼いて食べてしまった事だった。


つまりどちらも食事に関係している。




今回は卵ということもあり、肉よりは執着心が低いと思ってはいたが、黙り込んだ理沙をみて(もしや...?)と怯えてしまう。




しかし、そんな一瞬の静けさの後、先に口を開いたのは理沙だった。




「な~んてね、怒ってないよ~!」


「へ?まじ?」


理沙は翔から離れてえへへと笑い出した。




「うんっ、卵がなくてもとんかつにすればいいだけだもんね~!」


「ほっ....。」


怒ってないことを確認し、安心した表情を浮かべる翔。


そんな翔の顔を理沙はまじまじと覗き込んだ。




「え、何?なんか顔についてる??」


「いや、朝の翔ちゃんよりもしょんぼり感抜けてたから~なんかいいことあったのかな~って!」


理沙には翔の落ち込み具合がわかっていたようだ。


とはいえ、自分の夫が朝からスマホに向かってぶつぶつ何かをつぶやいていたらおかしいと思うのは普通なのかもしれないが。




「そう!いいことあったんだよ!まずさ~俺めっちゃ落ち込んでたじゃん?」


「私とわたちゃんがうらやましかったんでしょ~?わかるよ~!」


「やっぱり???」


「そ、それは置いといて、前話したドワーフの店いったんだよ~そこでな~!」


翔と理沙はイチャイチャとくっつきながらリビングに入っていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


翔は今日起きたことを全て理沙とわたこに話した。




ゴルゲンの店にフラっと何気なく立ち寄ったこと、勝手にオーダーメイドの鎧を作ってもらってたこと。


自分の才能が喜ばれた事に、とても立派な銃も貰ったこと。




とんかつを作りながら聞いていた理沙は翔が活き活きと話す様子を見て安心した。


自分とわたこだけ強力な才能を持ってしまったことを、ずっと申し訳なく感じていたからだ。


理沙からしたら翔の才能は万能、家事でも料理でも莫大な恩恵があるものなのだ。


そんな才能を持ちながら、自分の才能を好きになれない翔を見てきた。


だからこそ、翔が子供のように鎧と銃を自慢し、自分の才能を笑顔で語る姿がうれしかった。




「わんわん!」(わたも鎧ほしい!)


一方でわたこは翔の鎧をとても羨ましがった。


普段翔が仕事で来ている鎧は城の備品、家に持ち帰ったことはなかった。


だからわたこが鎧姿の翔を見たのはこれが初めて。


飼い主のカッコいい鎧姿を見て羨ましく思ったのであった。


おそらく翔はわたこのためにガゼダのもとへまた立ち寄ることになるだろう。


オーダーメイドの鎧と引き換えに、大量の酒を生成しに。




「はい、とんかつできたよ~!わたちゃんはオーク肉のステーキね!はい、すわってすわって~!」


「よっしゃ!」


「わんわん!」(いい匂いがするよ~~~!!!)


今日も雨宮家は家族みんなで食卓を囲む。




「「いっただきまーす!」」「わんわんわん!」(いただきます!)


こうして、翔の憂鬱な気分は綺麗さっぱり晴れたのであった。


異世界らしい防具と武器の入手、ドワーフたちとの会話、そして愛する家族によって。

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