雲の誘拐犯(クラウドアブダクター) 後編
「なかは部屋になってるみたいだなー。なんだ、ここもハズレかぁ。」
先の見えない真っ暗な隠し部屋を発見した一行は、わたこに魔法で明かりを作ってもらうことによって先に進めるようになった。
構えていた木の剣と盾をおろし、背中にしまったガルディアはあたりを見回す。
本棚によって隠されていた扉の先にあったのは机と椅子、小さな本棚だけだった。
「案外埃はないんだなぁ...この机も...お、おい、これ!!」
「わぁ、きれー!」
キールが何気なく机の上にある布を取ると、箱に入った爪ほどの宝石が露わになった。
わたこの明かりの魔法に照らされてキラキラと虹色に輝くその宝石をみたリースは目を輝かせながらそれを手にした....その時。
「!?わんわんわんわん!」(りーすちゃん!!てをはなして!!!)
「きゃ!」
宝石から何か嫌な予感を感じ取ったわたこがリースの手をはたくと、手から宝石が零れ落ち、カランと音を立てた。
手から離れてもわたこが感じたいやな気配は消えない。
そしてわたこの予感は的中してしまうこととなる。
「....なんだこれ、霧!?」
「うわああああああああ!」
「もうやだああああああ!」
リースの手から離れた宝石から、突如青白い霧が噴き出し、見る見るうちにガルディアたちを包み込んだ。
その場に崩れ落ちるキールとリースをみたわたこは、ここから出ようと出口のほうを振り返る。
しかし霧に包まれて目の前が10センチ程度しか見えなくなってしまっている以上、わたこだけならまだしも怯えた状態の二人とガルディアを連れて逃げることができないとわたこは悟った。
「わん!わん!」(ガル君!こっちきて!みんなわたにつかまって!!!)
「この声、わたか!?わかった!」
わたこが吠えるとその強い想いから翻訳魔法が発動し、かろうじて正気を保っているガルディアがわたこの声が聞こえた方向へと向かい、ガシッと白い毛を掴んだ。
リースとキールが冷静に判断できない状態にあることに気が付いたガルディアは、ふたりの腕をわたこに回す。
「うえええええええ!ままあああ!ぱぱあああ!おにいちゃああああ!」
「ままあああああああ!」
「....何もおきな.....!?」
突如、浮遊感に襲われた3人と1匹。
廃家の隠し部屋にいたはずなのに、どちらを向いても見えるのは青い空と白い雲、頭上から照りつける太陽。
「え?」
「ひっ、ひっ」
「......。」
「わふ?」(あれ?)
そしてはるか下には堅牢な石壁に覆われた王都が見える。
「「びええええええええええええええ」」
「うわああああああああああああああああああ!!!!」
「きゃいいいいいいいいいいいいいん」(きゃいいいいいいいいいいいいいん)
そう、ここは王都ヴァレンシアのはるか上空、高度数百メートルの空の上だった。
「わたわたわたわたああああああ!!!なんとか!なんとかしてくれえええええええ!!」
「きゃんきゃんきゃん!!!」(なんとかっていっても!なんとかっていってもおおおおお!)シャカシャカシャカ
シャカシャカと四本の脚が空を切る。
背中に乗るように抱き着くリースはまだしも、腹部に両サイドからしがみつくキールとガルディアに当たらないように気を付けながら懸命にわたこは藻掻いた。
「うええええええええええええええええ」
「ひぎゃああああああああああああああ」
泣き叫ぶリースとキールの声を聞いて、一緒に泣き叫びたいという気持ちをぐっと抑えるわたこ。
自分は魔法が使える、さっきも使えたんだからきっと使える、と強く願いだした。
「わんわんわんわんわん!!!!」(なんとかなれええええええええ!!!!)
わたこは助かるためにどうすればいいか思い浮かばず、漠然と願いながら空中で懸命に足をシャカシャカと動かした。
そうして足を動かせ続けていると次第に落ちる速度が弱まり始めた。
「....落ちるスピードが遅くなってる!?」
「うるるるるるうううううううううううう!!!!」(絶対たすけるんだあああああ!)
そのときわたこが漠然とイメージしたのは空間を蹴るように走る自分の姿。
わたこの才能はそのイメージを再現するために、風魔法と身体強化魔法を発動した。
その4本の足先からは風魔法が噴き出し、体には身体を強化する魔法が駆け巡る。
「この速度なら!!!!!!」
「ひっ、ひっ、あれ.....?」
「ぎゃああああああああ...ああ?」
わたこの頑張りにより落下する速度が抑えらていることに気が付いたリースとキールは、泣き叫ぶのをやめゆっくりと目を開く。
どんどんと速度が収まり、今自分たちがゆっくりと落ちて行ってることを理解すると、リースは周囲を見回してその光景に感嘆の声を上げた。
「....ふわああああああ!!!きれーーーーー!!!飛んでる!!!!わたちゃん飛んでるー!!!!」
「.....。」
恐怖から一転して景色を楽しみだしたリースの表情が笑顔に変わった一方で、キールは先ほどまでの失態を思い出して思わずわたこの毛に顔をうずめてしまう。
「おいキール、お前さっき『ままあああああ』って叫んでなかったか??」
「~~~~~ッ!!うるせーあほ!!いってねーし!ばーかばーか!!!」
ガルディアは普段からかわれている仕返しに、キールの真似を披露した。
プライドの高いキールは嫌でも認めようとせず、罵声を返した。
「ううううううううう~~~~!」(こっ、このままゆっくり降りるよぉ)
「え~!もっと景色みたい....って、わたちゃん!?いましゃべった!?リースわたちゃんとおはなししてる!?!?」
「そういえば、さっきからわたの行ってることがわかる気がするな。やるじゃんわた!」
「これ、わたこ声か....フェンリルは人の言葉を話すって本に書いてあったけどやっぱり...。」
どうやら必死になって助けようとしたことで、3人に翻訳魔法が通じるようになったようだ。
しかし、魔法を発動させながら激しく足を動かすわたこに談笑する余裕はなかった。
何とか落下速度を極限まで落とすことに成功したわたこは、王都の上をふよふよと漂いながら、自分の家を探した。
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一方地上からは、王都上空に浮かぶ子供を乗せた謎の雲の目撃情報が後を絶たなかった。
住民が数多く住まう地区では.....。
「おかあさーん!見てあの雲~!子供が乗ってる!」
「何言ってるのよ、雲に人は....乗れてるーーー!?」
親子がわたこを指さし驚きの声を上げていた。
冒険者が集う地区では....。
「おい、見ろよあれ!子供が雲に連れ去られてるぞ!!!」
「嘘だろ!?魔物か!?」
「あれは....雲の誘拐犯」(今命名)
子供が新種の魔物に攫われていると勘違いし、後を追っていた。
巡回中の兵士も...。
「王都上空に子供を乗せた雲を確認、新種の魔物の可能性があるため、至急応援を求めます!」
念話魔法を使用し、兵舎に応援を要求していた。
そして雨宮家では....。
「翔ちゃん、お庭の草むしり一緒にやろ~。」
「あいよ~、このコーヒー飲んでからでもいい?」
コーヒーを飲みながら、窓際で日の光を浴びながら優雅にスマホをいじる翔。
ちらりと庭を見ると、芝生に交じって赤や青の葉を持つ見たことのない植物が生えてきているのが確認できた。
「異世界の雑草も抜くべきか?なんか希少な薬草が生えてたりなんか....。」
異世界の雑草について考えを巡らせていたその時だった。
庭からきゃっきゃと子供の話し声が聞こえる。
近所の子供が家の周りで遊んでるのかなぁなんて漠然と翔が考えていると、視界の上部からゆっくりと3人の子供にしがみつかれたわたこが降りてくる。
「ブーーーーーーーーッ!!!ゲホゲホゲホゲホ...わ、わたぁ!?」
「ちょっと翔ちゃん~!ばっちいよ~!!!....あれ?わたちゃんだー!」
そのわけのわからない光景に口に含んでいたコーヒーを噴き出す翔。
理沙はいつも通りのマイペースで庭に下り立つわたこのもとへと向かうため、庭に続く窓を開けた。
地面すれすれまで降りてくると、シャカシャカと高速で動かしていたせいでぶれて見えなかった手足が、徐々に目視できるようになる。
そして四本の脚ですちゃっと地面に降り立り、そのままぺしゃりとたおれこんだ。
「はっはっはっはっ....きゅう....。」(つ、つがれだ.....。)
「どうも!おじゃまします!今日もお奇麗ですね!」
「リサさんこんちは!」
「ど、ども....。」
わたこと一緒に空から降りてきた子供たちが庭に出てきた理沙へと挨拶をした。
キールがよそよそしく挨拶しているのにはとても深い理由がある。
年上のお姉さんに照れているのだ。
「ガル君たらも~、将来は女の子泣かせだねぇ~?皆いらっしゃい、わたちゃんもお帰り!」
子供に褒められ素直に喜んだ理沙は、ガルディアの頭をポンポンと軽くたたいた。
もちろん、この時キールはガルディアのことを親の仇のように睨んでいたが、誰も気が付くことはなかった。
「わ、わふ....。」(お、お水....。)
「リサさん、わたちゃんがお水って~。」
「は~い...って、リースちゃんもわたちゃんの声が聞こえるようになったの~?ふふふ、わたちゃんよかったね!」
わたこの発言を聞き取ったことに驚いた理沙は、わたこにそれだけ信頼できる友達ができたことを心から喜んだ。
「俺も話せるようになりました!」
「お、おれも...。」
「あらあら~よかったねぇ!...そうだ、お水!ちょっと待っててねわたちゃん!」
ほんわかとした雰囲気を醸し出すわたこ達。
しかしその場で唯一ほんわかとしていない人物がいた。
「いやいやいやいやいやいやいや!!!!!ちょ、ちょっとまて!!!!」
今目の前で何事もなかったかのように流された出来事に異議を申し立てる翔。
「あ、ショウさんもこんにちは~!」
「こんちは!」
「ど、ども。」
子供たちは家の中にいる翔に気が付くとが付くと、先ほどと同じくそろって挨拶をした。
キールがよそよそしく挨拶しているのにはとても深い理由がある。
そもそも人と話すのが苦手なのだ。
「おう、いらっしゃい!....じゃーーーーーなくて!わた、今のは何!?空から降りてこなかったか!?」
「ぅわん。」(わた飛んだ....。)
「えぇ....。」
空を駆け....いや、空中犬かきを続けたわたこは、ハッハッと息を漏らしながら芝生の上に寝っ転がりながら端的に説明した。
その端的すぎる答えに翔はますます訳が分からなくなる。
「そうだよ、飛んだの!でね!王都がすっごいきれいでね!」
「隠し部屋のきれいな石にさわったらぶわーーーーって霧が出てきたんですよショウさん!まさか空を飛ぶことになるなんて!」
「あれは魔道具だったのか何だったのか、転移魔法の本があったしもしかすると....。」
続けて子供たちが説明を始めるも、興奮しているのかちっとも文脈がまとまっていない。
頭に手を当てて状況を整理しようとした翔のもとにさらなる混乱が訪れる。
ピンポーンピンポーンピンポーン
ドンドンドンドン!
わたこに何が起きたのか、なんで子供を乗せて空から帰宅したのか、聞きたいことが山積みだというのに、突然インターホンとドアをたたく音が鳴り響いた。
「こんな時に誰だよ!!!」
翔はカン!とコップを机に置いてインターホンのボタンを押した。
「はい、どちら様!?」
「今この家にクラウドアブダクターが!!!子供たちは無事か!?」
インターホン越しに見えたのは武装した兵士と武器を構えた冒険者達。
兵士が話す内容もまったく訳が分からず、翔は思わず声を荒げた。
それもそのはず、クラウドアブダクターという名は冒険者がさっき勝手に命名しただけなのだから。
「何言ってるかわからん!!!」
「クラウドアブダクターだよ!!!雲みたいな見た目で子供を攫って食っちまう魔物!!!!」
兵士を押しのけた冒険者の説明により翔は庭へと視線を移した。
雲は白くて浮いてる...わたこも白くて....浮いてた。
「あ、あ~。それ魔物じゃなくてうちの犬っすわ」
「はぁ!?」
結局この後、水を飲んで復活したわたこに空を飛ぶ魔法を再現してもらい、兵士と冒険者をなんとか鎮めることに成功した。
兵士と冒険者達は町で空を飛ぶわたこを目撃した人々に説明して回ることになるのだが、騒動を大事にしたのは自分たちのため、自業自得といえるだろう。
一方子供たちはというと、一歩間違えれば大けがでは済まなかったこともあり、翔に叱られることになった。
そのせいで翔は子供たちに怖い大人だと思われることになる....損な役回りである。




