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雲の誘拐犯(クラウドアブダクター) 前編

今日は世間的にも祝日、雨宮家は一家そろって朝からゴロゴロと平和な時間を過ごしていた。

そんな中、日向ぼっこをしていたわたこがむくりと起き上がって時計を眺める。


「お、わたどっかいくの?」

「わん!」(遊びに行ってくる!)

異世界にきて謎の力(女神の恩恵)により知能が人間並みに跳ね上がったわたこを縛るリードは今や存在しない。

自由に扉を開け、口を使って丁寧に靴を履き、玄関の鍵を開けて外に出るその姿はもはやただの犬とは言えないだろう。


外に出るとじりじりと照りつける日差しに、わたこは思わず目を細めた。

しかし、長くもこもことした体毛を持つわたこは暑がる様子はない。

それもそのはず、この世界にきてすぐに買ってもらった体温調節の魔道具を腕につけているからだ。

逆にこれがないと冬以外は家にこもりっきりになるだろう。


そんなわたこがご機嫌に尻尾をあげて向かったのは家の近くにあるだれも住んでいない大きな廃家。

長い間手入れのされていない庭は草が生い茂っており、子供たちは入口から家の玄関まで続く砂利道しか歩くことができない位だった。

子供たちには都合よく、廃家の敷地に設置された門は錠が外れていて、開けっ放しになっている。


「わたちゃんきたー!!」「おそいぞー!」「遅刻だぞー!」

「わふ?」(え、時間通りだと思うんだけど.....。)

廃家でわたこを待ち受けていたのは3人の子供、男の子が2人と女の子が1人。

彼らとは散歩をしているときに何度も会い、次第に仲が深まったような関係だ。


わたこは現に遅刻していないが、この異世界で時計は高級品のため、時間をなんとなくで把握している子供たちが時間通りに行動できないのはしょうがないだろう。


「まぁいいや、これでみんな集まったし、お化け屋敷を探索するぞー!」

木でできた剣と盾を手に持ち、意気揚々と声を上げている男の子の名前はガルディア。

その短く切られた赤い髪は、彼の陽気な性格にとてもマッチしている。

ガルディアは3人の中で一番背が高く、年齢も12歳とリーダー的な存在だ。

父親は平民ながら王城の騎士まで上り詰めた男で、ガルディアもそんな父を尊敬し、騎士にあこがれているため正義感がとても強い。


「ねぇ、お兄ちゃん、キールくん....本当に入るの~?怖いよぉ」

わたこのふわふわの毛をガシッと握る女の子の名前はリース。

長く伸ばした赤髪を肩のあたりまで三つ編みにしている一見おとなしそうな9歳の女の子。

リースはガルディアの妹でもあり、騎士を目指す兄を誇らしく思っている。

見た目によらず普段は元気で活発的な女の子だが、幽霊の類が極めて苦手のため、今日は本調子ではないようだ。


「なんだよリース、ビビってんのか?」

リースを小ばかにしている生意気そうな男の子の名はキール。

ガルディアよりも2つ年下の10歳で、長く伸ばした金の髪はとても美しく、女の子と間違えられることも多い。

実はリースのことが好きだが、好きゆえに子供特有の『好きな相手に意地悪』な対応をとってしまい、よくケンカになる。


キールにバカにされても今は怖さが勝ってしまい、わたこの毛に顔をうずめるリース。

そんなリースをみて、わたこはリースの顔をぺろんとひとなめした。


「わんわん!」(わたこがいるから平気だよぉ!)

「わたちゃん!すきすき!....いじわる言うキールくんきらぁい」

わたこの気持ちが伝わったのだろうか、リースはわたこをぎゅっと抱きしめながらキースをジト目でにらむ。


「は!?俺だってリースのこと嫌いだし!」

「いいから中はいろーぜ!」

いつものようにケンカするリースとキールを無視して廃家の扉に手をかけるガルディア。

それを追うようにして2人と1匹は駆け足で廃家の中へと入っていった。


実はリースたちにわたこの言っていることは理解されていない。

わたこの才能はすべての魔法に適性があり、どんな魔法も使用することができるとてつもないものだが、魔法の使い方を理解していないわたこは翔と理沙と話したいという強い気持ちで翻訳魔法を実現していた。

そのため雨宮家限定でしか翻訳魔法は使えておらず、ガルディアたちには気持ちが伝わらずともなんとなく意図が伝わっているため、翻訳魔法は実現には至っていない。


3人と1匹が仲良くなるには翻訳魔法がなんていらなかったのだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「よっ....と。うわ、うちよりもデカいな。...ゲホゲホっ」

廃家の中は埃だらけではあったものの、荒らされた様子はなく、人の気配はなかった。

開いた際の扉の風圧でぶわっと室内の埃が舞い、ガルディアがせき込んだ。


「けほっ、けほっ、埃臭い....わたちゃんに埃たくさんついちゃうね。」

「ぶしゅん!...わん!」(帰ったらお風呂入れてもらうから大丈夫!)

シャンプーをするのも、ドライヤーをするのも翔と理沙なのだが、わたこは大好きなお風呂に入る口実になることをのんきに喜んだ。


「へー、意外と広いんだなぁどこから行く?」

「一番上だろ!ボスはたいてい一番奥で宝を守ってるんだぜ!」

キールとリースの意見も聞かずにずんずんと階段を上っていくガルディア。

彼のその思想はこの世界のどこかにある、魔物が住みつく階層的な建物や洞くつ、ダンジョンと呼ばれる場所からであった。


「ほんとに行くの??お化けいたらどうするのぉ...。」

ガルディアとキールがずんずんと階段を上っていく中、階段の手前でリースは二人を引き留めた。


「情けない声を出すな妹よ!俺が守ってやるからついてこい!」

「やれやれ、ガルは子供だな....。リース、早く来ないとおいてくぞ。」

自分は騎士だといわんばかりに、芝居じみたセリフを吐くガルディアを鼻で笑いながらリースをせかした。


「わふ...わん!」(キールくんもね...リースちゃん、いこ!)

わたこはリースの服を軽く?み、階段のほうへと引っ張った。


「わたちゃんまで...ううう、おいてかないで!」

皆が帰るという選択をしていないことを理解したリースはしぶしぶ階段を上りだした。


玄関ホールの中央にある階段を一歩一歩踏み出すたびに、老朽化した床がギィ、ギィと音を立てる。

リースはわたこの毛をぎゅっと握りしめながらも何とか階段を上っている。


「ウゥ...。」(ちょっと痛いけど我慢...。)

リースが怖がれば怖がるほどわたこの毛を引っ張る力も強くなる。

わたこは微妙な痛みに耐えながらも、リースに寄り添いながらガルディアたちを追いかけた。


「こっちは...寝るところっぽい。...つまんないな。」

「すげぇ、本がたくさんある!...ガル、ちょっとどんな本があるかみていってもいい?」

階段を登り切ると、すでにガルディアとキースが正面と左右の扉を開けて中を確認していた。

正面と右の部屋は二つとも寝室で、左側の部屋は書斎のようだ。

本が大好きなキースはその書斎に興味を示した。

一方でガルディアは何の変哲もない寝室に不満そうな顔をしていた。

まさか本当にボスがいるとでも思ったのだろうか。


「.....もしかしたら魔神が封じ込められた本があるかもしれないな!よし!みんなで本を調べよう!」

「よっしゃ!」

興奮気味のキールが書斎へ駆け出す。それを見てガルディアも書斎に向かおうとしたときリースがガルディアの服を引っ張った。


「お兄ちゃん、リース本読めない....。」

「あー、リースはまだ9歳だもんな。ま、絵が描いてある本でも探してな!」

「はぁ~い」

この世界では字の読み書きを習う場所というのがなく、簡単な文字は各々が勝手に本や人から学び、難しい文字は就職してから覚えることがほとんどである。

また、言語ははるか昔に地球から転移してきた日本人が王となり言語の統一を果たしたため、すべて日本語が使われている。

魔法に関する言語はまた違うのだが、ここでは省略しよう。


リースとガルディアの家では10歳から親に読み書きを学ぶ習わしがあるため、9歳のリースはまだ絵本の知識程度しか身に着けていないのだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「みてみてわたちゃん、このこわたちゃんに似てる~!」

「ううぅ~。」(似てるかなぁ。)

リースが見ているのは『S級の魔物たち』という本。

その中の1ページ「フェンリル」の項をリースはわたこにみせた。

実際、毛の色は似ているが、その本に描かれているフェンリルは体長が8メートルを超える巨大な白い狼。

1,5m程度のグレートピレニーズとはほど遠い見た目をしていた。


「...の....と....?な、な、キール。これって禁断の魔導書か!?俺にも読めない文字で書かれてるぞ!」

「....『転移魔法の制御と実現方法』?これはただ難しい文字で書かれてるだけ。ガルはだってまだひらがなしか読めないだろ。」

ガルディアが手に取った本は、タイトルが漢字で書かれていて内容も論文じみていた。

まだ漢字を習っていないガルディアは物語に出てくる禁断の魔導書だと勘違いしたようだ。


キールはほかの子供に比べ、極めて知能が高く、自主的に家にある本を読んでいただけで、わずか8歳という若さで漢字までマスターしている。

それゆえに、キールにとってこの書斎はお宝の山だった。


「んだよ~。ボスも幽霊もいないし、つまんないなぁ。....そろそろ帰ろうぜ~。おなかもすいたし。」

「リースもおなかすいたあ。」

「わふ」(わたも~)

本を読み漁ることに夢中なキールに比べて、残りの2人と1匹は早々に飽きていた。

読めない字で書かれた本を見ていても、子供には退屈なだけだったようだ。

実は翻訳魔法を使えばわたこでもどんな文字でも読むことが可能なのだが、本人(犬)に見ようとする気がない以上、それに気が付くはずもないのだった。


既に書斎に対する興味を失ってしまったガルディアたちは書斎をでて、扉の前でキールを待つことにした。


「ちょっと待って、もうちょっとだけ、あと一冊....。」

書斎から出て行った野に気が付かず、手に持った本をしまおうと立ち上がったキール。

しかしどこに入っていた本なのかわからず、適当な隙間を見つけて本棚に本を戻した。


カチッ

「えっ?」

本を適当な隙間に差し込んだ瞬間、本棚から何か音が聞こえた。

そのことに気が付いたのは間近で聞いていたキールのみ。


「なんだ今の音....うわぁ!!」

突如本棚がゴゴゴゴと音を立てて横にスライドし始めた。


「なんだなんだ!!」

「きゃあああああ!」

「わんわんわん!」(わたが見てくるから下がってて!!)

その音とキールの声を聞いたガルディアたちが急いで書斎に入って来る。

わたこは二人よりも先キールのもとへと駆け寄り、動き出した本棚とキールの間に割って入った。


「すっ、、、げぇ!」

「なにぃ....?もうこわいよぉ....。」

音に驚いて尻もちをついているキールの対面の本棚は、隣の本棚に重なるようにして横にスライドしていた。

そして本棚があった場所には本棚と同じ大きさのドアが現れた。


「これは....隠し扉!?」

「こんなの行くしかないだろ!!!ついてこいお前ら!!!」

不思議そうに見ているキールと怯えるリース、警戒しているわたこを差し置いてためらうことなく扉に手をかけるガルディア。


「ちょっ、ガル!ずるいぞ!俺が見つけたんだ!」

「くんくん....わん!」(中には誰もいないみたい)

「騎士はこういう時一番に行って安全を確かめるんだよ!....暗っ!」

扉を開けた先にあったのはまったく先の見えぬ暗闇。

さすがのガルディアもその暗さに面を食らったのか、先に進むことなくその場にとどまった。


「騎士でもこの暗さはちょっと...。」

「やだやだ!暗いとこ嫌い!!」

「騎士なんだろ~?早く先行けよ~!」

少し怯えたガルディアを煽るキール。

煽られたガルディアはゆっくりと中に入ろうとするが、なかなか最初の一歩が踏み出せずにいた。


「わふ...。くぅうん」(まほうで明るくできればいいのになぁ。むむむ)

そんな3人を見て魔法で何とかならないかと、使いこなせない魔法を発動しようと踏ん張るわたこ。


「わたちゃんも怖いの?」

「わん!わんわんわんわん!」(明かり~!明かり明かり明かり明かり!)

本来魔法とは、マナを使って詠唱することで、目に見えない精霊に魔法の発動手助けしてもらって初めて発動するものだ。

しかし、魔法に関する才能や、生まれ持った適性のあるモノは精霊の手助けを必要としない。

つまり詠唱を破棄し、想いの力だけで魔法を発動することができるのだ。


わたこは全ての属性を操る才能を持っているため、必要なのはマナと魔法発動のための想いの力。

マナに関しては無意識に理解しているわたこが魔法を発動するために必要なのは想う力だけ。

つまりは念じれば、


「まぶしっ!!」

「きゃ!!」

「うおっ!」

魔法は発動するのだ。


ちなみに適性がなくても魔法を使うことができるとはいえ、翔のように全ての属性に適性がなく、マナの操作もできない人間は詠唱をもってしても魔法を使うことができない。

重ねて哀れである。


「わんわん!!」(明るくなったぁ~!!)

「これ、わたがやったのか!?すげええ!!」

「わたちゃんすごおおおおい!!」

ガルディアとリースが興奮してわたこをぎゅううっと抱きしめる。

キールに煽られた手前、行かざる負えなくなっていたガルディアにとって、わたこは救世主だった。

一方でキールは、わたこを抱きしめずにペタペタと体を確かめるように触りだした。


「わたこはいったい何の生き物なんだろう...魔法を使う犬なんて聞いたことないし、そもそもこんな犬を見たことがない。フェンリルの子供?」

ガルディアたちをからかっているときとは別人のようなキールの行動にわたこは戸惑った。


「くぅ~ん...。」(キール君なに...?わたはわただよ...。)

右足、前足、後ろ足、尻尾、垂れた耳、とつぎつぎに体を触るキールに困ったような声をわたこはあげた。


「まーた始まった、キールのオタクモード!早く行こうぜ!せっかく明るくしてもらったんだしさ!」

ガルディアはそんなキールの行動を見飽きているのか、その急変した態度を気にする様子もなく、先が見えるようになった扉の先へと足を踏み入れる。

それを見たキールは渋々わたこの体を触ることをやめ、ガルディアの後を追うため、その場を離れた。


「わたこ、今度じっくり触らせろよ?」

「キール君!!わたちゃんは女の子なんだよ!!!このへんたい!!!」

「うるせぇ!ぶーす!」

去り際に言った一言がリースの気に障ったようで、ここでも言い合いが始まってしまった。

ケンカするほど仲がいいとはこのことなのだろうか。とわたこは最近見た理沙の好きな少女漫画を思い出しながらガルディアの後をついていくのであった。




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