のじゃロリ相続相談
のじゃロリ年金受給相談の姉妹作です。
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※この作品は2022年3月末時点での法令を元に書かれています。
「電話で予約をした神籬 寡魅狐じゃ。本日は宜しく頼む」
この私、弁護士・小雪 成郎が所長を務める小雪法律事務所の門を開いたのは、小学三年生くらいの幼い少女だった。
「これが本日持ってきた資料じゃ。よく吟味して欲しい」
最初はただの子供の悪戯か社会勉強かと思ったのだが、話を聞いていると確かにこの方は立派な大人……どころか私よりも余程年上であることが感じ取れた。
オレンジ色とも茶色ともつかぬ髪色にキツネの耳のようなものを生やした和服姿のその方は、どうやら自身に相続が発生してしまったと言うことで我が法律事務所の門を叩いたようである。
「なるほど……。亡くなられた方のご兄弟を名乗るお二人から、通知書が届いたわけですね」
「そうなのじゃ……わしとしてもかかる事態は初めての経験であり、戸惑っておる」
相手方から届いた通知書と戸籍関係を見ながら、私は思考を巡らせる。
神籬さんは随分と昔……それこそ明治時代の頃に孤児を一人養子としたのだが、現代になってその子孫の相続のことで話がこじれてしまっているらしい。
神籬さんの話を纏めると、次のようなことであった。
まず、神籬さんの子孫の一人が財を成した後に最近亡くなられたのだが、その方の妻と子供は既に他界しており配偶者と直系卑属の相続人はいなかった。
亡くなられた方には弟が二人おり、その弟二人は自身が兄の相続人だと信じて相続の手続きをしようとしたのだが、役所から真実の相続人は神籬さんであることを指摘され、それで相続の手続きが止まってしまったようである。
神籬さんに届いた通知書はかなり喧嘩腰であり、被相続人の弟二人は争う気があるように見受けられた。
「わしも長いこと生きているのだが、今まで相続の争いに巻き込まれたことはなかったのじゃ……。正直どうしてこうなったのかさっぱり分からぬ故、一から説明して欲しい気持ちもあって先生の元を訪ねたのじゃ」
「なるほど、よく分かりました。では、私の方から簡単に説明させて頂きますね」
そう言うと私は紙に書きながら神籬さんに説明する。
「まずですね、神籬さんが今まで相続の事で揉めなかったのは、神籬さんの子孫に第一順位である直系卑属がいたからです」
直系卑属とは、即ち子供や孫と言った子孫の事である。
「相続と言うのは、配偶者を除けば基本的に親から子、子から更にその子へ……と言う道筋が想定されています。ですので今までは子孫が順調に下へと繋がっていましたので、神籬さんが相続人となる事はありませんでした。しかし今回の場合では下へと繋がらず亡くなってしまったので、第二順位である神籬さんが相続人となってしまったのです」
「ふむふむ……」
「第二順位に当たるのは直系尊属……つまり、お父さんやお母さん、ご両親がいなければその上のお祖父ちゃんやお祖母ちゃんですね、その人達が相続人となります。下がいなければ、上へと行くわけです。神籬さん自身も亡くなられた方の直系尊属に当たりますので、第二順位の相続人となります」
遺言書による受遺者の指定や相続放棄等の一部の例外を除いて、亡くなった方に第一順位の相続人である子供や孫がいるのであれば、基本的には第二順位である親や祖父母が相続人となることはない。
第一順位である子孫がいないことによって初めて、親より上に相続権が発生するのである。
「で、最後が第三順位の兄弟姉妹となります。今回通知書を送ってきた相手方は亡くなられた方のご兄弟ですので、第三順位に当たりますね。亡くなられた方にお子さんやお孫さんがなく、更に両親やその上がいなければやっと兄弟姉妹が相続人となるのです」
「そ、そうなのか。小説やドラマではよく子供達が父親の財産を巡って意地の悪い叔父や叔母と相続で揉めているのを見るが、そのようなことは無いのか?」
「色々と例外はありますので完全に無いとは言い切れませんが、基本類型に則ればそのような争いは起こらないと言ってもいいですね」
もちろん遺言書による遺贈によって相続人以外の者に財産を渡すこともできるが、今回のケースにおいて有効な遺言書は存在していないとのことである。
そうなれば法定相続人が遺産を取得することになる。
「さて、今回揉めていらっしゃるのが亡くなられた方のご兄弟と言うことですが、私の考えとしては第二順位である神籬さんがご健在ですので、ご兄弟に相続権は無いと判断します」
まず前提として、基本的に戸籍や相続人の関係においてはどんなに長くても120歳を越えていれば、その者は死んでいるだろうと推定され戸籍等を遡ることはしない。
しかし、神籬さんは現実の上でも戸籍の上でも生きており、しかも役所……通知書には「役所」としか書かれていなかったが、恐らく法務局だろう……において生存が確認されてしまったため、神籬さんが相続上の第二順位に当たる直系尊属に該当する事となり今回揉めているのだ。
もちろん日本の法律では何代も前の直系尊属が生きていることは想定していない。
なので仮に裁判になった場合(この場合は相続権不存在確認請求訴訟になるのであろうか?)に「民法は何百年も生きている人間は想定していないことを前提に、被相続人の人生において何らの寄与もしなかった第二順位の相続人は死亡者と同様に扱い、例外的に神籬さんに相続権はない」と言う判決が出る可能性もゼロではない。
しかし現時点では民法の条文に則り、神籬さんを相続人として処理すべきであろう。
「ううむ、そうか……いや、わしとしても想定外だったのじゃ。血は繋がらないながらわしにも孫ができて、更にその先が続いておることは知っておったのじゃが、当時の孫のお嫁さんがわしのことを気味悪がってのう……。それ以降の代は疎遠になってしまったのじゃ……。故にわしの子孫である亡くなった者の事も知らぬし、その兄弟の事も知らぬ。わしとしては、子孫と争いなどしたくないと言うのが本音じゃ」
「争うかどうかは、神籬さん次第になります。現状で言えば神籬さんに相続権があると解されますので、遺産が欲しいと言うのであれば神籬さんが遺産を相続することとなります。しかし、その宣言をしてしまうと恐らく亡くなられた方のご兄弟も弁護士を立てて、裁判を起こすことになるでしょう」
今のところ向こうが弁護士を立てている気配はないが、喧嘩腰の通知書を見るに争ってくる可能性は高い。
たとえ裁判になったとしても神籬さんの方が圧倒的に有利だとは思うのだが、結果は蓋を開けてみるまでは分からない。
そもそも神籬さん自身は面倒事を望んでいないわけなので、私としては次の提案を神籬さんに行った。
「仮に神籬さんが遺産を諦め争わないと言う方向を望むのであれば、相続放棄をすればいいのではないでしょうか」
「ふむ? 相続放棄……?」
「そうです。家庭裁判所に相続放棄を申し立てることによって、初めから相続権が無かったこととされます。大体のケースでは『親の借金を継ぎたくない』とか『揉めるのは御免だ』と言った理由で相続放棄を宣言される方が多いですね」
相続放棄は被相続人が亡くなったのを知ってから三か月以内に家庭裁判所に申し立てれば、基本的には有効に処理される。
ちなみに相続放棄は人が亡くなる前に予め宣言しておく事はできない。
そして相続放棄の宣言は必ず家庭裁判所を通さなければならない。
「随分と前に縁が途切れた子孫なのじゃ。わしとしても争いたくはないし、できれば子孫の者達で分け合って欲しい」
「分かりました。では、神籬さんの相続放棄の手続きを取りましょう。念のため、私の方から相手方にも通知を出します。相手方が弁護士を立てているのかどうかわかりませんが、弁護士を立てていないのであれば一度、皆様でうちの事務所で話し合って貰いましょう」
「うむ……すまぬ……」
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……結論から言えば、うちの事務所で神籬さんと亡くなられた方のご兄弟の間で話し合いが行われ、神籬さんは相続放棄をし、亡くなられた方のご兄弟はその対価として100万円を神籬さんに支払うと言うことで事の解決となった。
亡くなられた方のご兄弟は税理士に相続手続きを依頼し、その税理士が司法書士に不動産の相続を任せようと書類の取得をお願いしたところで、直系尊属である神籬さんの存在が発覚したのだと言う。
大方の予想通りと言うか法務局はこの辺りの権利関係については非常に敏感なようである。
しかし神籬さんが生き続ける限り、またいつか同じような争いが起こってしまう可能性が高いだろう。
ここだけの話だが神籬さんが見せてくれたご子孫の戸籍を見る限り、同様のケースとなり得る爆弾がまだいくつか埋め込まれている。
そして万が一、神籬さんが遺言書を残さずに亡くなられた場合の相続はどうなるのか。
そこには考えたくもないような複雑な相続手続きが待っている事となる。