[短編]映画館のリア充に耐えきれなくて爆破
有給をもぎ取って、平日の映画館に、今、俺はいる。
そう、映画館だ。
この冬最高の映画作品だと言われているミステリー映画。
その映画をネタバレなしに観て、楽しむために俺はいる。
それなのに、なんだ。
スクリーン正面中段の座席が取れた。
それなのに、なんだ。
なぜ、その2列後ろの席に、カップルが座っている。
近すぎず、遠すぎない絶妙にイヤな距離。
ポップコーンを食べる音がする。
その合間に聞こえるのは、
カップルの女性の方の声。
「そうなの?ふふっ」
内容は分からない。
しかし、映画の内容も俺にはもう分からない。
どこが伏線なのか、考えてしまうが、それは後ろのカップルの動きについてだ。
振り返ることは出来ない。
しかし、衣ずれの音と含み笑いの声が聞こえると、どうしても気になってしまう。
お前ら、俺の後ろの席で、キャッキャウフフなこと、してないだろうな?
チュッチュなことも、してないだろうなあ?
映画はどんどん話が進んでいく。
後ろの席のカップルもどんどん進んでいく。
なあ、今、俺の席の後ろで何をしている?
聞こえたぞ。
チュッチュしてるだろ。
俺は今、映画のサウンドより、後ろのお前らの音の方を聞いているんだ。
何をしているのか手に取るようにわかっているぞ。
この映画館は、今、俺とお前らの他に、いびきをかいて眠っている知らないおっさんが最前列に座っているだけだ。
俺が耐えればいい。
それだけの話だ。
だが、それは、それだけでは済まない。
なぜなら、俺は、リア充滅殺団団員。
俺とおっさんしかいないが、ここは映画館。
リア充が公序良俗に反する行為を見つけてしまっては、爆破するしかない。
だが、眠っているおっさんをそのままに爆破できるだろうか…?!
俺は迷いながら、スクリーンに目を向けた。
すると、眠っていたおっさんが新聞紙を手に取って、出て行った…。
おっさんは扉を開ける前に、足元から照らす非常口誘導灯のそばで止まり、
俺の方を見て、そっと握り拳を作ると、親指を立てた。
そして、その親指を力強く伏せた…!
あれは『リア充滅殺』のサイン…!
おっさんは、小さく頷くと光の満ちる廊下へ消えて行った。
俺は涙で視界を歪めながら、座席の下にポップコーンのカップ型爆弾を置くと、映画館を後にした。
外のアスファルトで舗装された道に出ると、映画館の方からくぐもった爆発音が聞こえてきた。
「リア充、滅殺…!」
俺はクリスマスに彩られた街へ、戦いの場を移すべく、歩み出した。