Code.8 (16)
怒涛の11/14連投
真鍮の筐体に取り付けられた針が、金属の悲鳴のような音を立てて唸っている。
何がどう機能しているのかも、そも意味があるのかもわからないギアが背景で軋みを上げて回転し、その度にタコメーターの値が跳ね上がる。
黒い盤面に刻まれた白い数字は、もう読む意味を失っている。
ただ上がり続ける数字は一瞬も止まることを知らず、一番上の桁まで表をバタバタとはためかせていた。
「どれがどの…なに?」
戦争開始から数週間、女神様に崩壊シナリオの進捗を聞きに来たところで装置に座らされた私は、やたらとスチームパンクな装置と睨めっこしていた。
装置の奥の方でピストンが動き、中の蒸気を吐き出す。
密閉された空間では、その蒸気は外に排出されることがなく、暫く天井付近を漂った後、水滴となって床のシミの一つになった。
「これが、今の総獲得経験値量」
右から伸びてきた声と指が筐体右上の回転し続けている表記盤を指し示す。
「んで、これがその相殺エネルギーポイント」
次いで左から指し示された、左下のデジタル数字盤。
「ここが余剰SP」
「ここがシステム負荷」
「ここが総人口数」
「ここが総魔物数」
「ここが侵略マッピング」
上から、左、正面、右、右下、筐体上部マップをそれぞれ示す腕と声。
「んで、これが崩壊シナリオの進行具合ねー。」
筐体奥、これに繋がっている巨大な装置。
中央に配置されたクソデカブラウン管モニターには、マップとともに『崩壊シナリオ:大戦初期』と表記されていた。
視界のほとんど全てを占めている7本の腕を押し除け、筐体から立ち上がる。
「見にくいし、パッとわからんし。」
「「えー。」」
背後と正面からそれぞれバイノーラルに発せられる不満の声。
「えー。じゃない。えー。じゃ。いらないでしょ、こんな大層な装置。そもそもシステムって物理的に接続できるもんでもないだろうし。」
「できるよ。リトル5号に物理的に出力官ブッ刺せば、脳の電気信号からデータ入力とかできるし。」
「倫理!」
「神故な。社会性とか無いし。」
「最悪。」
後ろを振り向く。
筐体座席の後ろに絡まりながら立っている何体かの女神様の分体。
「どうなってんのそれ。」
「絡まった…。」
悲しげな顔で言う真ん中あたりの女神様の顔。
「演出に身体張りすぎ。」
ため息しか出ん。
…というか、これだけじゃ無い。
装置の周りでは十数人の分体がパイプをいじったり何かを観測しているし、装置に繋げられた数十個のブラウン管筐体にはそれぞれ数人の分体が何かを入力している。
皆んなおんなじ顔…いや、おんなじ顔は同じ顔なんだけど、それぞれなんか微妙な違いがある。
例えばシナリオ進行表示を説明した女神様はショートボブになってるし、奥の装置でレバーを上げ下げしてる女神様はウルフカットになってるし、別の筐体をいじってる奴はセミロングだし、なんかメガネかけてる奴もいるし、白衣付けてる奴とか、…なんかうさ耳もいるな?
「…なんか増えた?」
「ハッハッハ…気づいたか。分体開発のデータ収集は、開発した分体が増えるほどに早くなる。さらに、身体性能型、容量拡大型、処理性能型でそれぞれ開発を進め、容量型を本体意識と接続することで高効率な分体錬成を可能としたのだ!」
私の疑問にモノクルをつけた女神様が高笑いしながら回答する。
「なるほどね…なんか種類も増えてるっぽいけど?」
「ここに居るのは容量型だかんね。自意識が濃い分、差別化をする必要があったのだ。そこらへん関係ない身体型と処理型はあっちの倉庫にぶち込まれてるよ。」
右前の筐体にいたハーフアップ女神様が白衣を翻して部屋奥の連絡通路に繋がるドアを指差した。
「自意識が濃い?」
「本体の自我をそのまま移してる故、今まで五号人形とかに宿ってた分と同じくらいの自意識がそれぞれに入ってるんよね。」
バニースーツを着た女神様がさらに続ける。
「…それ、恥ずかしくないの?」
「胸部装甲厚くしたから。耐え。」
自信満々に胸を張る女神様に、ため息しか出ない。
「…さいですか。つか、そんなことして自我がごっちゃにならないわけ?分身系あるあるネタの本体バトルとか嫌だよ私。」
言ってから若干嫌な気が走る。
第三者からのこう言う質問もそういやフラグなのでは?
一抹の不安を覚える私の問いに、入り口前で壁にもたれかかっていたベリーショート女神様が口を開ける。
「まぁ、現状の型番的には一番若いのが私だけど、性能的にはそこの猫耳が一番高いし。」
「つか、本体は普通にあるしな。私達は分体でしかないのよ。」
「思考分体分離技能は割と必須技能感あるしね。」
それに対して猫耳女神様が返し、メイド服女神様が同意した。
わけわからん。
あまりに人外すぎる。
魔王軍はいろんな性格の奴を作ったけど、私のコピー的なのは作んなかったからなぁ。
普通の精神の奴がやったら、自分がなんなのかわかんなくなって自殺しそう。
「まぁ、女神様が良いなら良いわ…。」
何度目かもわからないため息を吐く。
…つか、そうだ。
深呼吸で若干回復した脳細胞が本来の目的を思い出す。
今回は女神様のファッションショーを見にきたわけじゃなんだわ。
「で、話それたけど、結局この装置のわかりにくさは解決してないのよ。」
「忘れてくれりゃよかったのに…。」
後ろでボソッと呟くサイドテール女神様。
「忘れないよ。このUXの悪さは。サイゼリ◯あたり見習って?」
「しゃーないな。」
ドリルツインテ女神様がため息を吐き、取り出したパッドを筐体横のUSBケーブルに接続した。
「充電完了」の文字とともに起動するパッド。
表示された中にはデジタルで装置が出力している内容を表示していた。
どの数字も凄まじい勢いで変動しているものの、アナログじゃない分かなり見やすい。
「これで良いじゃん。」
「浪漫だよ妃奈。ロマン。」
「浪漫にかまけて利便性が死んでるのよ。」
「一応ここスライドすると、アナログ表記に変換できる。」
三つ編み女神様が横からパッドをスライドさせると、筐体に表示されているのと同じようなUIに変わった。
「いらない。」
私は即座に逆スライドをした。
…。
その後、何度か女神様たちと茶番を繰り返していたタイミングで、唐突に装置の警告灯が点灯し、警笛が断続的になり出した。
「?…なに?」
「…なんだろ。警告条件はいくつか設定したけど…。」
私の背後で筐体をぽちぽちいじってたナース女神様が思案げに呟く。
「コードAだ。場所は南部森林。」
「なぬ?」
奥の方で女神様が言った言葉に、他の女神様がざわつき出す。
「Code.10なら認識できるはずだったんだけど、これ多分石田がプロテクトしてる。」
コードAってなに?
若干置いてけぼりをくらってる私の手の中で、パッドが一件の通知を表示した。
『Code.1の発動を確認しました。』
また?




