老兵の場合 ⑥
怒涛の9/14連投
戦闘の音が鳴り響く。
対するは異形型。
肉の集合体の如き魔物が、その身から粘液混じりの触手を放つ。
{「要塞Lv.5」の発動を確認しました。}
神官狙いのその攻撃の間にタンクが割り込み、重盾にてそれをパリイする。
物理障壁にて空に晒された5本の触手を、5発の弾丸が貫いた。
悲鳴を上げ仰反る魔物。
その隙を見逃さず、タンクが盾を構え突進する。
タンクを囲い飲み込もうと変形するも、物理障壁に守られたその身体はその一切を寄せ付けない。
{「聖魔法Lv.6」の発動を確認しました。}
神官が杖を掲げると、タンクの身に光が灯る。
身体能力向上魔法だった。
鉄の塊であるその重盾とプレートアーマーは、羽のような軽さになり、すべての感覚は十全以上の能力を発揮する。
だが、向上するのはあくまで身体性能のみだ。
その身に宿る感覚はその限りではない。
増強された感覚に適応するのは、それ相応の難度がある。
だが、その聖騎士は術前から一切パフォーマンスを落とすことなく異形を圧倒した。
雄叫びが上がる。
ステータスからして2倍近くになったその腕力を振るい、自身の5倍ほどもある肉の塊を殴りつけた。
地に響くような打撃音と共にノックバックする異形。
振るわれる盾と拳ごとに肉塊が飛び散る。
HPが1割を切った。
「1割だ!!」
後ろの鑑定士が叫んだ。
その声にタンクが反応し、既に異形の後ろにいたフランカーとスイッチする。
{「射出Lv.9」の発動を確認しました。}
大ダメージを受けグローリーな異形の身に、4本の両刃ナイフが突き刺さる。
射出スキルを利用して投擲されたそれは、確実に異形をその地に固定した。
「今だ!!」
フランカーが跳躍し、そこから即座に脱出する。
{「土魔法Lv.2」を発動しました。}
{「土魔法Lv.10」を発動しました。}
{「火魔法Lv.2」を発動しました。}
{「炎魔法Lv.2」を発動しました。}
{「雷光魔法Lv.4」の発動を確認しました。}
{「射出Lv.10」の発動を確認しました。}
{「命中Lv.10」の発動を確認しました。}
弾丸が、迅雷が、ポーションが、同時に倒れもがく異形に飛来する。
弾丸がその身を貫き、雷が短剣に通電し、最後に降ったポーションが全てを爆炎に飲み込んだ。
沈黙。
炎が肉を焼く匂いをやや漂わせたその時。
更なる爆発が異形を包んだ。
{「要塞Lv.5」の発動を確認しました。}
あまりの衝撃に周囲の木々が薙ぎ倒される。
弾丸の如き速度で飛来する小石はタンクの障壁の前に砕けていった。
「煉獄魔法…。」
魔法使いが呟く。
「ボス格とは言えな。嫌な想像が現実になっちまったみたいだね…あと、後ろだ。」
煉獄魔法の威力に呆然としている鑑定士に銃を向ける。
「は?」
{「土魔法Lv.2」を発動しました。}
{「土魔法Lv.10」を発動しました。}
{「火魔法Lv.2」を発動しました。}
{「炎魔法Lv.2」を発動しました。}
{「火炎魔法Lv.2」を発動しました。}
盛大な発砲音と共に鑑定士の隣を通っていった弾丸はその背中に襲い掛からんとしていた小型の異業種の体を貫き、吹き飛ばした。
「!」
{「要塞Lv.5」の発動を確認しました。}
奥の木々が爆発音と共に揺れる。
鑑定士は目を瞬かせるばかりだった。
「助かった。エリゼさん。」
障壁を解除したタンクが言う。
「…さっさと撤退だ。この集落の避難も済んだろう。」
アタシは盛大に鼻を鳴らし、キャンプに歩を向けた。
…。
『…北には13階層級が出てきているらしい…』
『…ヒーラーが足りてないんだ。教会は地方にも人員を割くべきだろう…』
『…アドヴァンダルのエリート様の記事だな…』
急ぎの避難だったためか、集落の食事処にはまだそれなりの食料と酒が残されていた。
急遽結成された防衛チームのパーティメンバーが騒ぐ様を、アタシはカウンターで酒を飲みながら聞いていた。
背後で盛大な笑い声が響く。
チラと覗けば、中心でミラが樽ごとエールをあけていた。
その様に薄く笑う。
既存の依頼は全て下ろされたことで、レッドの手配書は一時的ではあるがまとめて冒険者教会から外された。
戦争開始から既に数ヶ月だ。
それなりに掲示板を見ていたものでも、急速に変わりゆく昨今の世情から、その内容はもう頭の片隅にも残っちゃいないだろう。
蒸した芋を頬張りつつ、少なくなった酒を注ぎ直す。
最近は酒の量が多くなっていけないね。
拠点近くのシスターに言われた小言を思い出しつつ、それでもジョッキに注がれる薄黄色のそれには抗えない。
若干抜けた炭酸を喉に流し込んでいると、男が近づいてきた。
「すまない。隣良いか?」
酒を呷りつつ、隣を肘で指す。
「失礼。」
やたらとガタイのいい体が隣に着く。
先ほどのタンク、聖騎士の男だった。
男は手に持っていたジョッキをカウンターに置き、口を開いた。
「鑑定士の件、助かった。」
そう言い、頭を下げるタンク。
アタシはジョッキから口を離さず返した。
「構いやしないよ。教会のお守りとはご愁傷なことだ。」
アタシの言に、少し困ったような眉になったタンクが笑う。
「仕方がない。あの方は西部に移動する必要があった。本来はこの任務とは別だったはずだったんだが、想定より魔王軍の侵攻が早かったようでね。」
「なら置いてくれば良かったろ。鑑定だけなら勇者スキルで事足りる。」
「無理を通せるのが冒険者の売りだろ?だからあの方も僕らに頼んだのさ。」
「随分な心がけだね。」
ジョッキを飲み干す。
状態異常耐性の底からアルコールが渦を巻き始めるのを感じた。
ため息を吐く。
結局は金か。
このご時世、今後それがどれだけの価値になるのか見ものだね。
蒸かし芋を食う。
その横で、タンクが一本の瓶を机に乗せた。
「…こいつは?」
その瓶の中身は白濁の色でわずかに光り輝いていた。
外から見てもその内容に見当はつかなかった。
ミラならわかるんだろうが…。
当の本人は、小脇に冒険者の頭を抱え、机の上で魔法袋を振り回していた。
アタシの問いに、タンクが口を開く。
「凶化薬だ。北部の方で最近開発されたらしい。効能は一般のそれを遥かに凌駕し、それでいて副作用がほとんどない新薬らしい。今回の礼だ。受け取って欲しい。」
瓶を手に取り、光に翳す。
わずかにランプのそれを透過するそれは、鑑定にかけても大した情報が得られなかった。
揺らしてみても、特にこれといった反応はない。
少し考え、瓶をタンクに戻した。
「生憎だが、ウチはその手のにはもう間に合っててね。これはアンタが持ってた方が役に立つだろ。」
アタシからそれを受け取ったタンクは、少し残念そうな顔をした後、懐にそれを戻した。
「そうか。…そういえばエリゼさん。アンタ次の依頼で南部に行くんだろ?」
「ん?ああ。」
アタシの返しに、タンクは少し身を乗り出して言った。
「あっちの方じゃ、アドヴァンダルの学生が活躍しているらしい。幾つもの戦果を挙げているそうだ。名はユーリーン?だったか…。」




